「は…っ!?」
目を覚ました僕はベットから勢いよく身を起こす。
全身から大量に嫌な汗をかいてしまっていて、ベタベタと肌に張り付くパジャマが気持ち悪い。
うるさい鼓動を抑えようと胸に手を当て、荒い息をゆっくりと整える。
「はぁはぁ……い、今のは」
俺こと、天野花音は男女共学の中学校に通っていたが、とある理由から自室に引き籠る生活を送っていた。
身体を壊したとかそういった訳ではないが、精神的な理由から家族との接触すら絶っていた。
「ぼ、僕…いや、俺は……」
いつも通りの寝て起きての生活を送っていたある日、夢を見た。
事故で両親を亡くし、1人孤独に生き続けて、最後には自身も事故で亡くした1人の男…1人の人間の歩んだ人生を夢に見た。
「これって…前世の、記憶?」
一夜の夢にしては濃密すぎる20と数年分の記憶。夢にしては起きた後でも鮮明に、妙にハッキリと覚えているその内容。
それは紛れもなく前世の、カノンとして生きてきた時の記憶だった。
「っうぅ……ッ!頭が、痛いッ!」
1度に1人分の記憶が丸々入ってきたせいか、頭がズキズキと痛む。
その痛み自体は暫くたつと治まっていったが、夢に見た前世の自分、その自分の感じていたら孤独と、最後に願ったある願望が脳裏にこべりついてた。
「はぁ…取り敢えず、着替えるか」
取り敢えず汗で濡れたパジャマを何とかしようと多少の倦怠感を感じつつもベットから出てタンスの引き出しから部屋着を取り出した。
着替えが終わると俺は今まで頑なに開けようとしなかった部屋の扉を開け、部屋の外へ足を踏み出した。
「え……?か、花音?」
「…母さん」
廊下に出ると、目の前に母さんがいた。
母さん、天乃美幸はおっとりとした雰囲気の息子の俺から見ても綺麗な人だと言えるが、その目に出来た大きな隈、俺と同じ淡い金色の髪は少しバサついていて、前に顔を見たときに比べると酷くやつれていた。
そんな母さんとも俺が部屋に引きこもっていたせいで、まともに顔を合わせるのは久しぶりだった。
俺が部屋に引き籠るようになった理由…最初は知らない女の人に襲われかけたのが原因だった。それも性的な意味で……
生前であればあまり信じられないような事件だった。
男が女を襲ったり、痴漢したりという事件は幾らかニュースで見たことがあったが、逆のパターンは花音の知る限りでは見た事がなかった。
しかし、カノンか生きていた男女比に余り差がなかった生前の世界とは違い、花音が生きている今の世界では男女比が1:10と偏っている。
それ故に起こってしまったあの事件は、花音の心を酷く蝕んでしまった。
幸い、周りの人が通報してくれたお陰で最悪の事態にはならずに済んだが、その日の事件以来、重度の女性恐怖症になってしまった。
「う、嘘…花音が部屋から、出てきて……ッ!」
あの事件から約1ヶ月、自分から部屋を出た俺を見て感極まった声を上げた。
母さんが両の手で口元を抑えてしまった拍子に、ガシャン!と大きな音が響いた。
音の発生源に目を向けると、そこには散らばった食物と割れたお皿、トレーが転がっていた。
恐らく部屋を出ない俺の為に作ってきてくれたご飯、ハンバーグや生ハムの乗っていた色取り取りのサラダ…どれもが昔から好きだった物だ。
「ご、ごめんね!お、お母さんドジしちゃって…す、直ぐご飯作り直すからーー」
「母さん、怪我してない?」
「へっ?」と虚を突かれたような声を上げる母さんの履いていたスリッパと長ズボンの裾は飛び散ったソースなんかで汚れてはいるが、そのおかげで外傷は無いように見える。
「うん…お母さんは大丈夫、だけど…花音はーー」
「そっか、良かった」
俺が安堵した様子を見せると、途切れ途切れではあるが返事を返してくれた。
あの事件の前から母さんに強く当たっていた俺が急に心配する様な真似をしたから戸惑っているのだろうか?
すると、いきなり隣と部屋の扉がガチャリと音を立てて開いた。
その部屋は俺の妹である天乃遥の部屋だった筈だ。
「ちょっとお母さん!さっきの凄い音なにーーお、お兄ちゃん?」
出てきた遥は俺を見た途端に驚愕した様に目を見開いた。
顔が母さん程では無いが、それでもやつれた様子を見せる遥の姿を見るだけで、罪悪感に襲われる。
「母さん、遥…今まで迷惑かけてごめんなさい」
「お兄ちゃんッ!?」
「め、迷惑だ何てそんな事思ってないわッ!!花音は何も悪くないの…あの時私が、私が…」
そんな2人に俺は深く頭を下げて謝罪する。
それに対して顔を上げるようにと言われるが、彼女達にしてきた事を考えれば簡単に頭を上げられる筈が無かった。
こんな姿になるまで心配してくれた人達の気持ちをずっと蔑ろにしていたのだ。
俺が部屋に閉じこもっている時、隣の部屋からすすり泣く遥の声が聞こえていた。
目の前にあるこのご飯だって、1つ1つが丁寧に作り込まれていた。
前世の記憶を思い出せて良かったと心から思う。
前世で家族を失い、頼れる人が居なかったせいでひたすら孤独だったからこそ、今のこの環境がどれだけ恵まれたモノなのかが理解できた。
「も、もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。これからは1人じゃなくて、皆んなでご飯が食べたいな」
震える声でそういう母さんと遥の目からは大粒の涙が溢れていた。
丸一日だって頭を下げていられるが、これだけは目を見てちゃんと言いたかった。
「うぅ…っ!お兄ちゃんッ!!」
「花音、花音ーーッ!!」
飛び込んで来た2人を受け止める。
こんなにも愛されている俺は本当に幸せ者だと思う。
「母さん、遥…ありがとう」
俺は2人に向けて満面の笑みで答えるのだった。
こころからの言葉だった