まだいちご狩りに行きません(笑)
ある晴れた日の午後。
ルブラン家では一家そろって、庭でティータイムを楽しんでいた。本当はピクニックに行きたかったエディだったが、ジャンが頑なに拒んだため、折衷案として外でのお茶会に落ち着いたのだった。
庭に用意されたテーブルの上には、バスケットいっぱいにマリアお手製のドーナツが盛られており、ドーナツに目がないヤダモンはそれを次から次へと口に運んでいた。
家族で過ごす穏やかな時間はゆっくりと流れ、やがてバスケットの中もほとんど空になった時。エディは飲み干したコーヒーカップを置いて、おもむろに口を開いた。
「なあ、ジャン、ヤダモン。明日、いちご狩りに行かないか?」
「「いちごがり?」」
唐突なエディの誘いに、二人は目をぱちくりさせて口々に答えた。
「どうしたのさパパ、急にいちご狩りなんて」
「ジャンパパ、いちごがりってなに?」
ジャンは口に運びかけたドーナツをお皿に戻しながら、ヤダモンは急いでドーナツを飲み込んでから、口々にエディに尋ねた。エディは先にジャンの質問に答えた。
「実は、ブッチ君に研究所のガーデンの世話をお願いしたら、『どうせならおいしいフルーツも育てようではないか~!』って言いだしてね。
彼ったら張り切って、温室ひとつ分、丸ごといちご畑にしちゃってね。
いちごがいっぱい出来すぎちゃって、まるでいちごのジャングルだよ」
「研究所のみんなでおやつに食べてるんだけど、まだまだたくさんあるの。
せっかくだから色んな人に食べてもらおうと思って、研究所で働いてる人に、家族の方を誘ってもらうことにしたのよ」
エディとマリアの説明を聞いて、ジャンはブッチがたくさんできたいちごを前に狼狽えているのを想像してしまい、つい笑ってしまった。
「あはは、ブッチおじさんらしいね。でも、面白そう!ハンナも誘っていい?」
「ええ、いいわよ」
「やったぁ!」
「ねえ!いちごがりってなにー!」
自分のことをそっちのけでエディ、マリア、ジャンが盛り上がっているのを見て、ヤダモンは大きな声を出した。エディはキイィンと響いたその声の余韻にクラクラしながら、ヤダモンへと向き直って教えてあげた。
「いちご狩りっていうのは、自分でいちごを取って食べるんだよ。
自分で取ったいちごは格別においしいぞ!」
格別においしいいちご、と聞いて、タイモンはテーブルの上で立ち上がって、嬉しそうにぴょこぴょこと手足を動かした。しかし、ヤダモンの琴線にはあまり響かなかったらしく、指先の砂糖を舐めながら素っ気なく言った。
「ふーん、だったらあたし、ドーナツ狩りの方がいいや。
ジャンパパ、いちごがりやめてドーナツがりにしようよ」
ヤダモンが素っ頓狂なことを言い出したので、ジャンは笑った。
「あはは、ヤダモン、ドーナツ狩りなんてできっこないよ。
だってドーナツは木に生らないだろ?」
「むー!ふんだ、いちごがりよりジャンママのドーナツの方がおいしいもん!」
ジャンに笑われて気を悪くしたヤダモンはバスケットに手を伸ばしたが、「あーっ!」と悲痛な声を上げた。見ると、バスケットの中はもう空っぽだった。
「ドーナツが、ドーナツがもうない……」
まるでこの世の終わりとでもいうような顔で呟くヤダモンに、ジャンは呆れた顔で言った。
「ヤダモンはもう十分食べたじゃないか?」
「やだやだ、もっとジャンママドーナツたべたいのー!」
目の端に涙を浮かべて駄々をこねるヤダモンを、半眼になって眺めていたジャンだったが、ひとつため息をつくと、自分の分を分けてやることにした。
「もう、しょうがないなぁ。じゃあ半分こだからね」
そう言ってジャンがドーナツの半分をヤダモンに差し出すと、彼女はけろっとうそ泣きをやめて、
「わーい!ジャン、だいすきー!」
と調子のいいことを言ってドーナツにかぶりついた。
「あらまあ、優しいお兄ちゃんね、ジャン」
「ママ!もー、ヤダモンのわがままなんとかしてよぉ」
「ははは、下の子の面倒を見るのは年長者の務めだぞ、ジャン。
それにおいしいものってのは、大切な人と分けあって食べるのが、一番いい食べ方なんだぞ」
「あら、エディ、いいこと言うじゃない」
「そうかな、僕、いいこと言えてたかな?あはははは」
どこかずれた両親の会話を聞きながら、ジャンは半分になったドーナツを口に運んだ。仲が良いのがこの夫婦の美点だが、研究畑の人間の性というものなのか、たまに二人してずれたことを言っているのに、お互いに気付いていないのが欠点だ。
ジャンはドーナツを頬張りながら、僕がしっかりしなきゃ、と決意を新たにするのだった。
その夜、ヤダモンの部屋では、タイモンが心底嬉しそうに跳ねまわっていた。理由は言わずもがな、明日のいちご狩りである。
「嬉しいなぁ!明日はいちごを好きなだけ食べられるんだ!
どんないちごがおいしいのかな?おっきないちごかな?小さくても真っ赤ないちごかな?
ああ、楽しみだなぁ~!」
そうやってはしゃぐタイモンのことを、「うるさいなぁ」と思いながら我慢していたヤダモンだったが、彼女の堪忍袋の緒はそう長持ちしなかった。
「うるさーい!タイモンうるさい!もう静かにしてよ!」
「だって明日はいちご狩りだよ!ぼく、こんなに嬉しいこと初めてなんだもん!
ああ、はやく明日にならないかなぁ……。
いっちごっがり~♪いっちごっがり~♪」
普段のタイモンならきっと、ヤダモンの顔色を見て大人しくすることも出来ただろう。しかしこの時の彼は浮かれきっており、気分屋な少女の不機嫌を察することが出来なかった。
結果、青筋を立てたヤダモンが呪文を唱え始めてから、やっと自身の危機を察知したタイモンだったが、彼女のご機嫌を取るには遅きに失していた。
「ティラクル・ラミカル・タイモンだまれー!」
呪文に反応して、ヤダモンの胸のブローチからタイモンめがけて光が放たれた。逃げようとするタイモンの努力むなしく、光はタイモンを直撃し、彼は口を引き結んで気を付けの姿勢のまま、床に転がることとなった。ヤダモンは床の上のタイモンに一瞥をくれると、ふん、と鼻を鳴らして部屋の明かりを消した。
「あたしもう寝るから、タイモン静かにしててよね。
じゃ、おやすみ」
ヤダモンはそう言ってベッドに潜り込むと、すぐに寝息を立て始めた。タイモンは、「静かにするから、せめて魔法を解いてよ、ヤダモン」と言いたかったが、魔法のせいで声は出せない。タイモンは身動きのとれないまま、まんじりともせず夜を過ごすのだった。
●
翌朝。誰に眠りを妨げられることもなく、爽やかに目を覚ましたヤダモンは、タイモンが床の上で寝ているのを見つけて「なにやってんの、タイモン?」と首を傾げた。そして、いくら話しかけても起きないタイモンを見て、昨夜かけた魔法のことを思い出し、それを解いてあげることにした。
「ティラクル・ラミカル・タイモンうごけー!」
一晩経ってようやく拘束の魔法から解放されたタイモンは、こわばる体をほぐすようにぶるぶると全身をゆすった後、ヤダモンに食ってかかった。
「ひどいやヤダモン!ぼくを動けなくして、一晩も放っておくなんて」
「だってタイモンがうるさいのがいけないんじゃない。あたし悪くないもん」
「うう……ヤダモンのいじめっ子!
こんなことに魔法を使ってると、またブローチに閉じ込められるよ!」
「うぐっ?
なんでそんなイジワルいうのさ!
あたしは悪くないもん、悪いのはタイモンだもん」
「ヤダモンの分からずや!ブローチと約束したんだから、ちゃんと勉強しなきゃダメじゃないか!
魔法をいたずらに使っちゃ、いけないんだぞ!」
「もー!勉強勉強って、あたし勉強きらいだもん!
イジワルばっかり言って、もうタイモンなんか、だーいっきらい!」
ヤダモンはべぇっと舌を出してタイモンに背を向けると、足音荒く部屋を出て行った。一人残されたタイモンは、しばらくドアを睨みつけていたが、やがて瞳を潤ませて「ヤダモンの分からずや……」と呟いた。ヤダモンに恋をしたために、父である妖精王の反対を押し切って人間界まで追いかけてきたというのに、タイモンの想いが伝わりそうな気配は全くない。挙句、想い人から「だいきらい」とまで言われて、心が壊れそうだった。
俯いて、涙がこぼれないよう堪えていたタイモンは、心配したジャンが様子を見に来るまで、一歩も動けぬまま惨めさに打ち震えていたのだった。
後編までぜひお付き合いください。