詣でる女   作:紫 李鳥

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 翌朝、いつものように散歩に行ったが、神社の石段に高見沢の姿はなかった。

 

 居なくて当然だな、殺人現場に。そんなことを思いながら公園まで行くと、帰り道に高見沢の家を素通りした。通り過ぎたぐらいでは、家の中の様子を(うかが)い知ることはできなかった。

 

 

 それから数日後。足腰に少し自信がついた俺は、長い石段に挑戦してみた。

 

 よしっ、上ってみるか。気合いを入れて上ったはいいが、体力はついていけず、途中で休むと荒い息を吐いた。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 すると突然、拝殿に向かってジロがリードを引っ張った。何事かと思った直後、……もしかして、あの女かもしれないと期待した俺は、その重い足を懸命に上げた。

 

 あと、三段を残した時だった。拝殿の横で抱き合う男女の姿が見えた。全く期待外れだった。

 

 チッ。朝っぱらからイチャイチャかよ。ったく。それも神様の傍らで。(ばち)が当たるぜ。

 

 そんな文句を頭に浮かべ、石段を下りようとした時だった。ジロを見ると、尻尾を振りながらアベックを見つめていた。

 

 エッ!まさか……。顔を戻すと、丁度、女が男から離れるところだった。

 

 アッ!スカートにサンダル。まさかっ!男の胸元から離れた女の横顔は、紛れもなく高見沢だった。

 

 俺は慌てて頭を引っ込めると、長い石段を見下ろした。(にわか)に、見てはいけないものを見てしまったような、漠然とした罪の意識を感じて、()げるように石段を駆け下りた。

 

 高見沢に見付かる前に石段を下りて姿を消したかった。そんな思いからか、振り返るのが怖くて、いつもジロに引っ張られている俺が、逆にジロを引っ張っていた。

 

 ……どう言うことだ。あの男は誰だ?恋人?もしそうなら、なんで朝っぱらからあんな場所で逢ってるんだ?あー、さっぱり分からん。

 

 

 

 翌朝、それを解明するために俺は一人、いつもより30分早めに散歩に出た。――そして、長い石段を上ると拝殿の裏に回り、回廊の下に隠れた。

 

 

 ――間もなくして、40前後の普段着の男が朝日を背に現れた。

 

 ……ん?昨日の男をはっきり覚えてないが、ちょっと違うような。高見沢とは関係ないのか?

 

 男はポケットからケータイを出すと、指を動かしていた。紫陽花に囲まれた社務所を見ると、人の気配はなく静かだった。

 

 

 ――やがて、主人公がやって来た。高見沢は白い歯を覗かせながら小走りで駆け寄ると、男に抱きついた。やはり、恋人か……。

 

 だが、会話一つない二人は、“時間が勝負よ”と言わんばかりに慣れた作業のように、急いで拝殿の裏に回った。

 

 高見沢の淡色のスカートを追うと、大きな椋木(むくのき)に隠れる格好で止まった。途端、高見沢の指先が男の下半身をまさぐった。――やがて、フレアスカートの裾が捲れ、肉付きの良い太ももが現れた。その行為は段取り良く、動きに無駄がなかった。――

 

 

 高見沢の手には、男から受け取った紙幣が覗いていた。

 

 

 ――俺は警察に手紙を書いた。

 

〈愛宕神社の殺人事件、犯人は近所に住む高見沢という30前後の女です。また、朝の7時頃、愛宕神社の裏で売春をしています〉

 

 悔しかった。淡い恋心を抱いていた女が、体を売っていたことが……。殺人事件とは無関係かもしれないが、とにかく、高見沢の人生を滅茶苦茶にしてやりたかった。

 

 

 間もなくして、愛宕神社殺人事件の容疑者が逮捕された。だがそれは、犯人を見たという高見沢の供述によってだった。

 

 あの時、高見沢が血相を変えて石段を下りてきたのは、人を殺したからではなく、殺すところを目撃したからだった。

 

 と同時に高見沢経子(32)は公然わいせつ罪で逮捕された。だが、その理由は【難病の母親の手術費用を稼ぐため】だった。

 

 

 

 

 

 売春をしていた理由を知った俺は、警察に売ったことを後悔した。そして、その償いとして、経子の弁護を自ら買って出た。――

 

 

 

 

  完


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