お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

1 / 27
前編
第1話


 日本某所、とある家屋の居室。饐えた肉と鉄の匂いが充満し、電灯が砕かれ文目も分かない。すぐ外の道路をトラックが通り抜け、ヘッドライトがきらりと室内を照らし出した。

 

「うへへ、転生モノは最高だぁ」

 

 暗闇に浮かび上がったのは、携帯電話の液晶画面とにらめっこしながら気持ち悪い笑みを浮かべる少女だった。

 

 彼女の名は六野(むの)かすか。人一倍要領が悪く、何をしても失敗ばかりで友達一人いないという、お先真っ暗で救いようのない女の子だ。

 

 しかし彼女の目には希望の光が輝いている。その源は携帯電話で閲覧中の小説だ。

 

 いわゆる転生モノ。主人公が神様の手違いやら単純な不幸やらで死んだ後転生し、劇的で痛快な第二の人生を送る。ネット上ではありふれたテンプレジャンルである。

 

 そのジャンルの中でもかすかは不遇な主人公のものを好んでいた。自分と同じかもっとダメダメな主人公が死に、どこかへ転生していい思いをしながら生きる。徹底的に投影して読むことでかすかは希望を捨てないでいられるのだ。

 

「やあ、六野かすか」

「うへへ」

 

 突如声をかけられたものの、一心不乱に文字を追っているため聞こえない。

 

「やあ、六野かすか」

 

 一段落したところでもう一度声がかかると、ようやく顔をあげる。頬はこけ、目の下にクマができたかすかの表情には死相が浮かんでいた。

 

 声のした方向には、奇妙な白い獣がお座りの姿勢で佇んでいる。見たこともない動物を前に、かすかはきょとんと首をかしげる。

 

「特定外来種?」

「ある意味そうかもしれないけれど、違うよ。僕はキュゥべえ」

「へー」

「僕と契約して魔法少女になってよ!」

「時間間違えてるよ。今は火曜九時。ニチアサへお帰り」

「訳が分からないよ」

 

 かすかには訳が分かった。もう三日間飲まず食わずで小説を読みふけっているため、頭がおかしくなってしゃべる獣の幻覚を見ているのだろう。幻覚にしてはおしゃれなデザインだなあとおぼろげに考えながら、「で?」と話を促す。

 

 キュゥべえによると、世の中には人を害する魔女とそれに抗する魔法少女がいる。かすかには魔法少女の素質があるため、魔法少女となって戦ってほしい。その代わりなんでも一つ願いを叶えてあげられる、と。

 

「じゃ、転生で」

「転生? どういうことだい?」

「今まで何かうまくいった試しなんて一つもない。何をしても、何を言っても空回り。周りに迷惑かけてばかりでしまいにはこの始末……」

 

 この始末、と言いながら暗い室内に目をやる。真っ暗な部屋には饐えた匂い以外何も知覚できない。

 

「そんな私でも、転生したら全部うまくいくんだ。やることなすこと成功して、ご都合主義で大団円。だから転生させて」

「通常の輪廻ではなく、君という自我を保ったままの転生を願うつもりかい? 君自身が変わらないなら、転生しても今と変わらないと思うな」

「幻覚に正論を言われた……もうダメ……」

「……」

 

 しくしく泣き出すかすかを無機質な瞳で観察するキュゥべえ。

 

 しばらくかすかの泣き声をバックに黙り込んでから、続ける。

 

「魂の輪廻については僕にも未解明の部分が多い。どんな代償があるとも知れないよ。それでも、君は転生を願うのかい?」

「ぐすん……うん。代償とかどうでもいい」

 

 瞬間、轟音。

 

 真っ暗な居室が巨大な何かに破砕され、メキメキと崩壊していく。破壊の源はハイブリッドエンジンの音を獣のように唸らせ、鋭い眼光を思わせるヘッドライトを光らせながら突き進む。

 

 それはあわれな主人公を新世界へ導く希望の象徴──大型貨物トラックである。

 

 居眠り運転か、飲酒運転か。何らかの理由でかすかの自宅に突っ込んできたトラックはまっすぐにかすかへ向かっていき、かすかの視界が真っ白に染まる。

 

「おめでとう。君の願いは、エントロピーを凌駕した」

 

 どこか遠くでキュゥべえの声が響いたかと思うと、意識が暗転。肉体は原型を留めないタンパク質へ変わり、魂は新たな世界へ運送された。

 

 享年十一歳と二ヶ月。こうして六野かすかの物語は終わりを迎えたのである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 神浜市。近年の急速な振興策により発展し、三百万もの人口を抱える大都市だ。中央区の摩天楼は霞が関の威容に勝るとも劣らず、地下鉄や高速道路など発達したインフラも国内有数の規模を誇り、第二の首都としても注目を集めている。

 

 そんな都市の中央からやや北西よりの参京区に、その店はあった。

 

「激辛エビチリセットとスタミナラーメンセット上がったよー!」

「おーい瑞乃ちゃん、こっちのチャーハンまだ?」

「はいただいまァ!」

「お姉ちゃん、四番テーブルのラーメンはネギ抜き!」

「はいよっ!」

 

 中華飯店万々歳。神浜市土着の歴史ある名家、由比家が経営する名店であり──六野かすか改め、由比(ゆい)瑞乃(みずの)が看板娘として生を謳歌する舞台である。

 

 満席の店内からひっきりなしに届くオーダーを、祖父と共に中華鍋を振るいながらテキパキ捌いていく。時には厨房を飛び出して接客に回り、客の注文を聞きつけ、対応し、新たな注文を記憶して、厨房へオーダーを届け上がった料理を客へ届ける。ハキハキとした接客と満面の営業スマイルも忘れない瑞乃の働きぶりに、客は機嫌を良くして食事にありつく。

 

 ラストオーダーをこなして最後の客が店を出ていくと、ようやく瑞乃は一息、

 

「お姉ちゃん、今日もお疲れ様!」

「お、お疲れさま鶴乃。って近い近い、離れて。結構汗かいてるから」

「ふんふん!」

「鼻息やめい!」

 

 一息、つくひまもなかった。

 

 不意打ち気味に後ろから引っ付いてきた妹、由比鶴乃をどうにか引っぺがそうと身をよじる。しかし花の咲くような笑顔でスキンシップを図る鶴乃に毒気を抜かれ、苦笑しながら頭をなでた。前世ではいなかった二歳違いのかわいい妹に、瑞乃は強く出られない。

 

「あー、ダメになるぅー」

「きゃー!」

 

 気持ちよさげに目を細める鶴乃に辛抱たまらなくなり、後ろから抱えてわしゃわしゃと更になでてやる。そうしてしばらくはしゃいでいると店主の祖父から注意が飛び、二人は舌を出しながら閉店準備に取り掛かる。由比家の看板娘二人組が送る日常の一幕であり、六野かすかが由比瑞乃として転生してから、十三年と一ヶ月が経った頃のことだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『久しぶりだね、六野かすか改め由比瑞乃。僕のことは覚えているかい?』

 

 瑞乃が前世の記憶を取り戻したのは三歳の頃、キュゥべえが姿を見せた瞬間だった。フラッシュバックのように記憶がめぐる中、キュゥべえは魔法少女の使命について淡々と説明を始めた。

 

 魔法少女は魔女を狩る。魔法を使ったり普通に生活しているだけでも魔法少女のソウルジェムは汚れる。これを浄化できるのが、魔女が落とすグリーフシードだと。

 

 しかし生まれたその時から魔法少女である瑞乃は、三年間も魔女退治をサボってきた。もうずっとサボっててもいいんじゃないのと聞くと、

 

『どうやら感情ではなく本能で動く赤子の状態だと、ソウルジェムは穢れないようだね。自我が芽生えた今となっては、きちんとグリーフシードを集めないといけないと思う』

『ちぇっ……』

 

 こうして嫌々魔女退治を始めた瑞乃だったが、驚くほどうまく行った。ほとんどの魔女を一撃で倒せるからだ。

 

 キュゥべえによると、前世と今生を無理やり転生の因果でつなげたため魔力量と魔法の威力がすさまじく上昇しているらしい。

 

『インガ……? よく分かんないけど、このヘンテコなソウルジェムと関係ある?』

『分からない。君の願い事は前例がないからね。もしかしたら関係があるかもしれないし、ないかもしれない』

 

 瑞乃のソウルジェムは奇形だった。粉々になった陶器を無理やり接着剤でつなげたように亀裂が走り、いびつな凹凸が刻まれている。幸い指輪の形態に変化しておくと奇形が目立たないものの、不気味なことに変わりはなかった。

 

 こうして分からないことは脇に置いたまま、瑞乃は第二の人生をスタートさせる。

 

 ご都合主義全開のサクセス転生者ストーリーを楽しみたい瑞乃だったが、障害は多かった。定期的に魔女を退治する義務もそうだが、幼稚園や小学校も、実家の万々歳の手伝いも嫌で嫌で仕方なかった。幼稚な子供たちとコミュニケーションを取るのはストレスしかないし、せっかくの休日を店の手伝いで潰される。いっそフリーの魔法少女として出ていってやろうかとさえ思った。

 

 しかし、

 

『お姉ちゃんすごーい! こんなに大きなお鍋片手で持てるんだ!』

『そ、そう? すごい? すごいかな?』

『うん、お姉ちゃんってすっごいよ! お料理もめちゃくちゃ美味しいし、お勉強もできるし、力持ちで働き者だし! 鶴乃、お姉ちゃんの妹でほんっとうにうれしいな! ふんふん!』

『鶴乃ぉ〜、愛してるぜぇ〜……』

『わぷっ、お姉ちゃん苦しいよー!』

 

 妹の存在が瑞乃をつなぎとめた。

 

 由比鶴乃。瑞乃の二歳下の妹は、厨房にて細腕で中華鍋をぶん回す瑞乃を手放しで称賛した。

 

 実際、瑞乃のスペックは莫大な魔力により非常に高くなっていた。生まれ持った体に才能もあったのか、店主の祖父に料理を教われば基礎から応用の調理技術、アレンジレシピまで瞬時に閃き、魔法少女の強靭な肉体がアイデアを実行に移す。小3の少女が身の丈ほどもある中華鍋や肉きり包丁を巧みに操り厨房に立つさまは、参京区で話題になっていた。

 

 しかし厳しい祖父も、実の娘に料理の腕を追い越され余裕のない父親も、瑞乃を褒めることはしなかった。だから瑞乃は、初めて褒めてくれた鶴乃のためだけに料理を頑張ろうと決めた。

 

『お姉ちゃんと私がいれば、きっと由比家のえいこーも取り戻せるよね!』

『うん、そうだね!』

 

 由比家はかつて由緒正しき名家だった、と祖父が語ると、鶴乃はそれを取り戻そうと目を輝かせた。瑞乃はお家の栄光などどうでもよかったが、鶴乃が万々歳を繁盛させて栄光を取り戻そうと提案すると、瞬時に同調した。妹が笑顔になるならなんだってする覚悟だった。

 

 日中は学校、放課後は家の手伝い。夜は妹とイチャついて、魔女退治は基本深夜にすばやく。睡眠時間が平均よりも短いせいか身長は伸び悩んでいるものの、こうした生活サイクルで瑞乃は第二の人生をエンジョイしていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「そんでさ、お姉ちゃんは学校でも家でもみんなから頼られて大変だから私がもっと頑張ってお姉ちゃんを支えるんだぁー、って言った後、はあはあしながら言うの。息継ぎ忘れてたぁ、って。かわいすぎじゃんね? 鶴乃ちゃんサイカワじゃんね?」

「ああもう、分かったから離れなさい。暑苦しいわ」

「じゃんね?」

「……」

「あいった!?」

 

 夕暮れの参京区郊外。人気のない裏路地を歩きながら少女に詰め寄っていた瑞乃は、デコピンを食らって大きくのけぞる。

 

 瑞乃に圧をかけられていた少女はというと、呆れた顔で腕を組む。

 

「まったく、使い魔が近くにいるっていうのに。そんな調子じゃいいかげん怪我するわよ、由比さん」

「この最強お姉ちゃんがケガするはずもなし。今日も安心安全な新人研修を約束するぜ、やっち」

 

 自信満々に笑ってみせる瑞乃に、やっちと呼ばれた少女──七海やちよは苦笑した。

 

 二人の関係はクラスメイトから始まった。

 

 神浜市立附属学校の中等部。同じクラスにいながら、二人の関係は希薄だった。やちよは眠たげな目元と整った容姿、モデル業をしている噂などもあって高嶺の花。一方、瑞乃はクラスの爆弾扱いだった。スキあらば妹自慢と実家の宣伝攻勢をかけてくる圧力少女として恐れられていた。

 

『キュゥべえ、本当にこんな人が……?』

『ああ。こんなでも、彼女の経験はとても長い。教えを請うにはぴったりだと思うよ』

『よしそこに直れこの美人とエイリアンが』

 

 そんな二人の関係をつなげたのがキュゥべえである。

 

 最近魔法少女になったばかりのやちよに、魔法少女のいろはを教える先生役として瑞乃は目をつけられた。妹と中華の宣伝でひたすら圧をかけてくることで有名な瑞乃にやちよは腰が引けていたが、頼られたら断れない瑞乃の性格が幸いし、そこそこ質の高い新人研修を実施できていた。

 

 今日は研修の7日目。表向きは部活動の名目で万々歳に都合をつけ、放課後に活動している。

 

 二人は雑談しながらも使い魔の魔力をたどり、結界を発見。慣れた様子で変身して準備を整える。

 

 いざそこへ入る前に、やちよはふとした疑問を投げかけた。

 

「使い魔ってグリーフシードを落とさないのよね? あえて見逃す手はないの?」

「見逃す人もいるけど、私はおすすめしないな。見逃した使い魔にもし鶴乃を傷つけられたら立ち直れないもの。やっちは大切な人いる?」

「……いるわ。そう考えると、倒すしかないわね」

 

 魔女から分裂した使い魔は倒しても見返りがないが、妹を傷つけるリスクがある以上見逃す手はなかった。やちよと共に結界へ入り、戦いが始まる。

 

 魔力を凝縮した槍で使い魔を追い込むやちよ。その後ろで中華鍋を担ぎながら、いつでもフォローできるように位置どる瑞乃。いつもどおりにやちよをメインとした立ち回りで、あっさり使い魔は討伐された。

 

 特に危ないところもなく結界が崩れ、元の裏路地に戻る。

 

 同時に変身を解く二人。すると、瑞乃がおもむろに一枚の紙を差し出した。そこに書かれていたのは、

 

『万々歳セットメニュー一品無料』

「一週間お疲れさま。もうなんにも教えることないや」

「これは?」

「免許皆伝の証みたいな。あっ、決してウチの味を覚えさせてリピーターにしようなんて企んでないよ? ホントに、ホントだから」

「本音が漏れてるわよ、もう……」

 

 やちよはくすりと笑った。そんな風におどけられると、遠慮して受け取らないわけにもいかない。何かお返しをしようにも、「ウチの中華を食べてもらえるのが何よりのお返しじゃんね」と言われるのが目に見えているからだ。

 

 無料券に手を伸ばし──瑞乃の手ごとガッチリと掴んだ。

 

「えっ?」

 

 困惑する瑞乃を置いて、やちよの思考が加速する。

 

 やちよは小学生時代から優れた美貌で注目を集め、成績も優秀な優等生だった。中学生になってからはモデルのスカウトも受け、ますます女性としての魅力が増している。そのためか、友達と呼べるほど踏み込んだ関係の同級生は居なかった。瑞乃のように自然体で接し、小突き合えるような仲の友人は初めてだ。

 

 魔法少女のレクチャーから始まった付き合いは、果たしてレクチャーの終わった今も続けられるのか。瞬時に膨れ上がった不安は勝手にやちよの体を動かし、関係を掴み取った。

 

「ねえ、瑞乃」

 

 目をぱちくりさせる瑞乃に、やちよは一歩歩み寄る。

 

「今から行ってもいいかしら?」

「えっ? まあ、いいけど……ち、近いよ」

 

 そのままさらに距離を詰めると、瑞乃は顔を赤らめて目をそらした。この女、自分から近づくのはともかく他人から近づかれるのは大の苦手である。

 

 それを見抜いたやちよは意地悪な笑みを浮かべ、さらに顔を近づける。

 

「何言ってるの。いつもあなたの方からこうしてくるくせに」

「そ、そうだけど……んもー、調子狂う! 早く行こー!」

「耳が真っ赤よ」

「誰のせいだっ!」

 

 こうして二人は万々歳へ向かい、やちよは万々歳の味に舌鼓を打ち、繋ぎ止めた関係に満足して弾む足どりで帰っていった。

 

 しかし瑞乃にとっては不幸なことに、やちよは目の覚めるような美人だった。落ち着いた口調で人当たりもよく、刺激の強い万々歳の中華料理を食べる姿も気品にあふれている。そんな魅力あふれる人物を突如瑞乃が連れてきたならば、

 

「お姉ちゃんの浮気者っ!」

「痛い痛い! 反抗期!? 反抗期来ちゃった!?」

 

 姉と同じレベルでシスコンを拗らせる鶴乃がスネてしまうのは、自明だった。やちよが帰った直後、ほっぺたを膨らませた鶴乃は瑞乃へポカポカパンチをお見舞いする。

 

 目を白黒させる瑞乃だったが、

 

「怒る鶴乃もかわいい……!」

「はーなーせー!」

 

 魔法少女の身体能力を活かし、鶴乃を力ずくで抱きしめた。ほっぺたをつねられながらも恍惚とした目で鶴乃をハグするその姿は率直に言って手遅れである。

 

 姉妹の痴話喧嘩は、厨房の祖父がしびれを切らしげんこつを落とすまで続いたのだった。








週一投稿予定。
鶴乃の姉は原作登場キャラなので、一応憑依タグ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。