お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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後編
第13話


 マギウスおよびマギウスの翼はテロリスト集団である。

 

 魔法少女を解放する目的自体は宿命に絶望している多数に支持されよう。しかしそのために事情を知らない魔法少女たちや魔力のない一般人まで巻き込み、エネルギー源として利用する点は、客観的にはテロと大差ない。したがって組織のトップにあたるマギウス三人は、極悪非道冷酷無比を極めた狂人といっても過言ではない。

 

 そんな狂人の一人に最近スカウトされた少女、六野かすかは固く決めていた。自分が組織に身を置くのは妹の将来を守るためであり、非道な集団に心を開くことは決してない。構成員同士をつなぐものは利害関係のほかなく、絆、友情、信頼などと甘い概念になびくことはあり得ない、と。

 

 そのように決意した当初から三ヶ月経った春先。

 

 食卓に着いたかすかは眉をひそめた。

 

「みとっち、さすがに。今回の味付けはホントに特別だから、いいかげんピーマンどけるの止めな?」

「いーーやっ! 何食べようとわたくしの勝手だもん。大体、好き嫌いはダメなんて時代遅れだよ。今はサプリとかいろいろ発達してるんだよ? 栄養学的に考えても、私がピーマンを食べないことに問題はないよね」

「栄養学も産官学もあるかーい! 食べ物を残すことにそこはかとない罪悪感を抱く、その心が重要なのっ!」

「そんな心天才は知りませーん!」

「貴っ様ァ!」

「また灯花とかすかが荒ぶってるよ……」

「ディナーの時間くらい静かにしてほしいヨネ」

 

 かすかの隣に腰掛けるマギウスの一人、里見灯花。メインおかずのチンジャオロースから器用にピーマンを摘出しており、作り手のかすかにお小言を言われている。もう一方の隣に掛けるマギウスの翼幹部、梓みふゆは「まあまあ」と困り顔でなだめにかかった。

 

 対面に座ったマギウス、柊ねむとアリナ・グレイは料理をもさもさ頬張りながら、いつもの光景に呆れているようだ。

 

 頬を膨らませた灯花は、お箸でびしっと対面のねむを指し示す。

 

「ほら、ねむだってピーマン残してるよ!?」

「……はあ、灯花。君の目はいつからただの節穴になってしまったんだい?」

「たっ、食べてる!?」

 

 眠たげな半眼で冷ややかに灯花を見返しながら、プロの手腕によるチンジャオロースをピーマン含め口に運ぶねむ。信じられないように目を丸くする灯花に対し、かすかはにやりと口元を緩める。

 

「ねむりんはみとっちと違って偉いなー、すごいなー。にゃーにゃー言うだけの天才とは違うよねー」

「当然だよ。今年で十二歳にもなるのに、野菜の一つ食べられないようでは、一組織の頭目としてあまりに情けない。灯花、参考までに教えてくれるかい? 親の敵みたいにピーマンを毛嫌いし、料理人の意志を無下にするときの気持ちを。もっとも、合理性に縛られた君の哀れな語彙力で表現できればの話だけどね」

「う……うう……!」

 

 かすかのリードにすかさず最高の煽りでもってねむは答えた。好き嫌いの一点で見事なマウントを決め、「むふっ」とドヤ顔になっている。

 

 これを受けた灯花は餅のように頬を膨らませ、ぷるぷる震えたかと思うと、

 

「天才を舐めないでよね! はむっ」

 

 お皿の端によけたピーマンを一つつまんで、口に放り込む。しばらくの間、まるで爆発物でも口に入れているかのようにぎゅっと目を閉じて口を動かしていたものの、ごくりと喉を鳴らしてから一言。

 

「お、おいしい? おいしいよ、かすか!」

 

 新天体か新元素でも発見したような喜びようで詰め寄ってくる灯花に対し、かすかは笑ってその頭を撫でた。みふゆはくすりと微笑んで、ねむはちょっとだけ口を尖らせて、アリナは我関せずとばかり食事を続けている。テロリスト集団マギウスの翼とそのトップによる、いつもの食事風景である。

 

(いつもの……? あれれ? テロ屋ってこんなもんだっけ?)

 

 どこかイメージと違う。

 

 かすかはふと違和感を覚え、灯花の笑顔を眺めながら、ここ数ヶ月の記憶に思いを馳せた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 灯花との出会いは病院だった。魔法少女解放の計画を発案した彼女は、人員を集めるため神浜市の有力な魔法少女たちを勧誘しようと考えた。父の所有する里見メディカルセンターに、人材たるかすかが運び込まれてきたのはその矢先のことだった。

 

 スカウトを受けたかすかは二つ返事で了承し、それから少し経って梓みふゆも合流。二人は灯花が父親のコネを使って用意した、中央区東寄りの高級マンションに同棲することとなった。

 

 それからというもの、灯花はかすかとみふゆの部屋にしばしば押しかけるようになった。目的は組織運営のための打ち合わせ──ではなく、かすかの料理目当てである。みふゆが加入した日にかすかが振る舞った中華料理は、病院食に慣れた二人に合わせ若干薄めに調整された味付けが奏功し、見事に灯花の味覚を撃ち抜いていた。

 

 するとある日、かすかは灯花の犯行現場を目撃してしまう。

 

『ピーマン嫌いとかベタな子供かっ!』

『子供じゃないもん!』

 

 とても器用な手付きでチンジャオロースを爆弾処理している灯花は、かすかに猛然とそう言い返した。

 

 かすかもプロの端くれだ。どんなに力を入れた料理であろうと、客の都合でお残しされた経験は幾度もある。これに営業スマイルでありがとうございますと応えることは容易だった。

 

 しかしかすかはもうプロではないし、何より灯花は客ではなかった。

 

『お残しは、あかん』

 

 ゆえに、ここから灯花とかすかの戦争が始まったのである。

 

 味の問題ではなくもはや生理的にピーマンを受け付けないと主張する灯花と、自分の料理が好き嫌いなんぞに負けるはずがないと自負するかすか。灯花のお箸の進み具合や表情から好みを研究し、意地でもピーマンを食べさせるために様々な味付けを試行錯誤した。灯花を招いてピーマンが残されるたび、かすかは食べ残しを噛み締め敗北の苦味を味わった。

 

 そうして数カ月経った今日、やっと勝利したのだ。

 

 灯花の味覚、そして子供が嫌いそうな野菜ランキング万年首位との疑惑もあったりなかったりするピーマンに勝利した。

 

 もちろん、かすかだけの力ではない。

 

『ねむりん、ありがとう! 私やりとげたよ!』

『どういたしまして。僕もいろいろと学べたよ』

 

 対面のねむに感謝と勝利のテレパシーを飛ばす。ねむはゆっくりとお箸を進めながら、「むふっ」と笑みを深めた。

 

『これがマウントを取る、ということだね。ただの低俗なスラングかと思ったけど、経験してみると存外気分がいい。癖になりそうだよ』

『う、うん。やりすぎはさすがにだよ?』

『分かっているよ』

 

 ねむの援護射撃があってこその成功だろう。

 

 ねむは弱冠十二の身ながら、ネットに投稿した小説が出版されるほどの天才作家であり、弁舌が立つ。その語彙力に目をつけたかすかが、こう言ったのだ。灯花にマウントを取って、と。

 

 小説の投稿などは灯花に任せきりだったので、ねむはそういったスラングに疎い。自分の優位性を相手に押し付けあたかもマウントポジションを取ったかのような優越感を得ることだとかすかに教えられ、実践したのが先程のことだ。

 

「むふっ」

「ねむ、どうかしました?」

「いいや、なんでもないよ」

 

 思わず漏れ出たような笑みだった。みふゆに指摘されすぐに無表情へ戻ったものの、かすかはこの子大丈夫かしらと不安を覚える。

 

(私は恐ろしいマウンティストを生み出してしまったかもしれない……)

 

 おそらく将来犠牲になるであろう灯花に念仏を捧げつつ、ごまかすようにアリナへ視線をやる。

 

「と、ところで。グレイ氏が今日みたいな集まりに来てくれるのは意外だったな」

「アリナが来たら何かプロブレムでもあるワケ?」

「いやいや、ただいつもビジーなんだヨネ、って言うから。意外だったってだけ」

「あっそ」

 

 会話が途切れる。

 

 一切踏み込んで行かないかすかの様子に、灯花、ねむ、みふゆは食事の手を止めて目をぱちくりさせている。かすかは基本的にノーガードで懐に突っ込んでインファイトを仕掛けるようなコミュニケーションを得意としているので、一歩引いたようなアリナへの対応は意外だった。

 

 わずかに温度の下がった食卓をごまかすように、かすかはしばし宙に視線を巡らせて、ねむへ水を向ける。

 

「そ、そうだ、ねむりん。この前おすすめしてくれた小説読んだよ」

「僕も例のウェブ小説を読んだんだ。この後感想会をしようか」

「ふん、そっちが感想会ならこっちは勉強会だよ。みふゆ、今日はびしばししごくからね」

「悪いケド、みふゆのパーフェクトボディーはアリナがリザーブ済みなワケ。アナタは一人でゴーホームするといいヨネ」

「す、すみません灯花。先約なので……」

「うにゃー!」

 

 お残しせずに食事を平らげた五人は、それぞれ食後の時間を過ごす。かすかはねむとシンクに並び立ち食器を洗い、みふゆはスケブを抱えたアリナに別室へ引きずり込まれ、一人残された灯花は「なんでわたくしがこんなこと」とブツクサ言いながらねむの隣で食器を拭く係に回る。かすかは唯一苦手なアリナ、もといグレイ氏が姿を消したのでほっと息をついた。

 

 テロリスト集団マギウスの翼と、頭目のマギウス五人による、ありふれた夜の一幕だった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 北養区、電波望遠鏡。山中に設置された巨大なパラボラが天に向かって口を開け、怪獣のように鎮座している。その基部にあたるオペレーティングルーム、スタッフ控室、地下の空洞などがマギウスの翼の拠点だった。

 

 電波望遠鏡を囲むフェンスの向こう、怪獣の足元に、黒いローブをまとった少女たちが一堂に会している。部屋には到底入り切らない人数だった。翼を模したロゴのあるフードを深くかぶり、一様に顔を隠している。

 

 彼女たちは顔と名前を明かさない。魔法少女の解放も、そのために魔女やウワサと呼ばれる怪物を利用することも、傍から見れば狂気の沙汰だ。もともと力の弱いこともあって、身元がバレることは死活問題になる。

 

 そんな彼女たち『羽根』の前に立ち、堂々と振る舞う少女たちが五人。

 

「と、いうわけで、計画は順調に進んでるよ。春頃には計画を本格始動できそうだから、この調子で頑張ってね。それじゃ、今日もはりきって行こー!」

 

 そのうち三人は計画の要、マギウスだ。里見灯花が羽根たちに檄を飛ばすと、羽根の少女たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。ねむ、アリナは横に立ってその様子を眺めており、マギウスの三人から一歩引いた位置にみふゆとかすかが並んでいた。かすかは『六』の刺繍が入った黒いローブをまとっている。

 

「……計画は順調。僕たちが勧誘を始めてから一月足らずで人員は五十名を超え、エネルギー回収の手はずが整いつつある。改めて、すさまじい影響力だね。かすか」

「わたくしの見立てだと、人員の確保にはもっと時間がかかる予定だったのに。電波の広告も必要なかったかにゃー」

「それは良かったよ」

 

 かすかは複雑な気持ちで笑みを浮かべた。

 

 マギウスの計画には人手が必要だ。有力な魔女や使い魔を保護し、飼育して人々の負の感情エネルギーを回収させる。ねむが創造したウワサと呼ばれる化物を管理し、感づかれないよう保守する。その他、地区ごとの支部と連絡を取り合い組織の秘匿を守るなど、業務は多岐に渡る。

 

 こういった活動を担う人員を募るため、灯花は策を打った。電波望遠鏡から魔法少女にのみ届く電波を発し、神浜だけでなく市外からも魔法少女を集める。集まった魔法少女をスカウトし、ついでに電波で魔女も集まってくる、という一石二鳥の方法だ。

 

 この策の実行に前後して、加入したのが六野かすかだった。

 

「かすかさんの役に立ちたい、って急に押しかけて来たんだもん。びっくりしちゃったよね」

「私だってびっくりだったわ」

 

 そして後を追うように多数の羽根たちが加入した。

 

 彼女たちはかつて由比瑞乃に助けられた魔法少女たちだった。グリーフシードを安価に融通してもらい、戦い方を教えられ、一人前となった少女たち。瑞乃と同じように、彼女たちが自分たちと似た弱い魔法少女たちを手助けしだすと、ねずみ算式にかかわりが増えていき──通称『よわよわ魔法少女連絡網』が出来上がる。

 

 西を中心にほそぼそと勢力を拡大してきた連絡網は、発祥となった由比瑞乃の昏睡と失踪を察知。行方が知れるや否や電波望遠鏡を訪ね──マギウスの目的、組織のことを知るなり翼へ加入した。

 

 その結果計画が加速。春先には神浜全土での活動基盤が整い、本格的にエネルギーを回収できる予定だった。

 

「さて、じゃあ私も出ようかな」

 

 かすかが外へ足を向ける。魔女の捕獲、ウワサの管理、弱った魔法少女の保護と勧誘。人員がいくらあろうと、計画実現のための仕事はまだまだ多い。

 

「あ、じゃあワタシも……」

「みふゆは別行動! かすかの力なら手助けなんて無駄でしょ!」

「貴重な戦力を遊ばせておくつもりはないよ」

「そ、そんなぁ」

 

 マギウスの指摘を受け、みふゆのアホ毛がしょんぼりとしおれた。

 

 一人では何かと無茶をやらかすかすかを心配してのことで、実際かすかと行動を共にすることも多いが、毎日それを許しては無駄極まりない。今回は別行動が強制される。

 

 灯花とねむは電波望遠鏡の内部へ引っ込み、かすか、みふゆ、アリナの三人は神浜の町へと散っていく。とある一日における、マギウスの翼の活動が始まったのである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 日中は魔女や使い魔の動きが少ない。もともとオバケじみた存在だからか、元になった魔法少女たちにとって学校にいる時間帯だからか、活発になるのは放課後にあたる正午以降からだ。

 

 しかしマギウスが電波望遠鏡から広告を出すと、その常識が一変。魔法少女だけでなく市外の魔女まで神浜に集まりだし、ほとんど一日中魔女の気配が町にあふれるようになった。

 

 マギウスの翼にとっては好都合だ。増えた魔女たちが神浜の町で呪いを振りまけば負の感情エネルギーが増幅し、半魔女のエサになる。数の増えた魔女に魔法少女達が苦戦し、さらに魔女が増えればもっといい。

 

「鶴乃に知られたら絶縁モノだよ……」

 

 自己嫌悪を深めながら、姉を名乗れない愚かなかすかは魔女を狩る。瞬殺ののち結界が消え、グリーフシードと共に廃墟の中へ放り出された。

 

 グリーフシードは穢れが溜まればもう一度同じ魔女が生まれる。そうでなくとも溜め込んだ穢れはイブのエサにできる。すぐに倒されかねない貧弱な魔女は、こうして種の状態でストックしておく方が効率がいい、とは灯花の言だ。

 

『かすか様! 聞こえますか!』

「はいよ、どうしたの?」

 

 グリーフシードを懐に忍ばせると、テレパシーが入る。羽根の声だ。

 

 魔力を探ってみれば、近くで戦っているらしい。ひどく焦った声だった。

 

『今、近くで魔女に対応していたんですが……』

「うん」

『鉢合わせしたアリナ様が超エキサイトして手に負えません! 助けてください!』

「ええ……」

 

 もしテレパシーではなく電話なら「あー、電波が、ざざー」と小芝居でもしていたかもしれない。げんなりしたかすかは肩を落としながら、仕事だからと自分に言い聞かせ現場へ急行する。

 

 かすかの現在地からそう遠くない廃墟の一角に結界の入り口を見つけ、中へ入る。サイケデリックな魔女結界の中身はやはりけばけばしく穢れに満ちたデザインをしていたが、戦況はそれ以上に混沌としていた。

 

「アハハハッ! サイッコー!」

「ひえー!」

「どういう状況!?」

 

 結界の主と思しき強力な魔女が一体と、なぜかもう一体の魔女が大喧嘩している。そこへアリナが嬌笑を上げながら魔力のレーザー掃射を浴びせかけ、三つ巴の大決戦。羽根たちはその余波を受け、悲鳴を上げて右往左往している。

 

 三体の羽根たちを慌てて抱え結界の隅へ移動し、戦況を問う。

 

「あの魔女が強すぎたので、近くのアリナ様に救援を頼みまして……」

 

 巨大な水がめを頂点に掲げ、本体へ絶えず水を掛けているあの魔女。イキガミの魔女というらしい結界の主と戦っていたところ、苦戦してアリナに救援を頼んだ。

 

 駆けつけたアリナは魔女のデザインに至極感嘆し、「アメージング! 捕まえてブリードしたいヨネ!」とはしゃぎつつ突貫。固有魔法であるキューブ状の結界ですぐさま捕獲しようとした。

 

 しかし二十七個のキューブはすでに他の魔女や使い魔で埋まっていた。そこで「バトルさせて強い方をブリードしてアゲル! アリナの作品にふさわしいのはどっちなワケ!?」と、手持ちの魔女の中でもっとも強力な一体を解放。大決戦と相成ったらしい。

 

「やっぱりグレイ氏、頭おかしいよ……」

 

 頭を抱えた。ため息が抑えきれない。

 

 かすかはアリナが大の苦手だ。かすかも経験が長いので魔女や使い魔をかっこいい、かわいいかもと感じたことはあるが、ヨダレを垂らす勢いでエキサイトするアリナは異次元の域にある。

 

 アリナは立体から絵画まで様々な芸術作品を発表する新進気鋭の天才アーティストである。やっぱりアーティストってどこかズレた人が多いよね、と偏見じみた考えも手伝い、かすかは最大限の距離をとってグレイ氏としか呼べないほどだ。

 

 しかしいくら苦手な相手とはいえ、仕事となれば話は別だ。

 

 羽根たちを手早く結界の外まで送り届けた後、エキサイトしているアリナの元へと跳躍する。

 

「アッハハハハ!」

「アハハハハ!」

「……何か用?」

「あ、いや」

 

 ついついアリナにつられて大笑いすると、怪訝な顔を向けられる。

 

 かすかは気まずさで顔を赤くしながら、一つ咳払い。

 

「遊びすぎ。羽根の子たちも巻き込まれて何人かケガしてたよ」

「ダカラ? アリナ的にノープロブレムなんですケド」

「上司が遊び呆けてたら超プロブレムなんですケド。造反で人員が減ったら計画実現が遠のくよ。それでもいいの?」

「……チッ」

 

 舌打ち一つに万感の不満を込めて、アリナはひとまず引き下がった。争う二体の魔女から距離を取る。

 

 かすかはほっと息をつきながら、ローブの下の雷紋模様をバチバチと帯電させた。

 

「二体とも種にしちゃっていい?」

「イキガミの方は残して。もう一体はブレイクしていいカラ」

「はいはい」

 

 アリナの指示通りイキガミでない方にかすかが手をかざすと、閃光。爆発的な輝きで結界が余すところなく白に染まる。

 

「『神様の手違い』」

 

 続いて大樹を焦がすどころか灰に変えうる山吹色の雷光が天から降り注ぎ、魔女の一体へ直撃した。『ほっほっほ、すまんのう。どうやら手違いでお主を殺してしまったようじゃ』そんなお約束的セリフがどこかで聞こえるような、手違いで転生させる神のごとき強烈な雷が、瞬時に魔女をグリーフシードへと変化させる。

 

 イキガミの魔女はすさまじい攻撃の余波で硬直し、そこへすかさずアリナが結界を展開した。

 

 キューブ状の結界が迫り、立方体の中へ魔女がおさまる。中から出ることはできない。この結界の中に穢れや感情エネルギー、人そのものを入れて成長させ、野へ解き放つ。アリナの重要な仕事の一つだった。

 

「た、助かりました、かすか様、アリナ様」

 

 結界が消えると、外の廃墟で待っていた羽根たちが頭を下げる。自身のキューブをニヤニヤ見つめているアリナの横で、かすかは「ううん、お疲れ様。気をつけてね」と羽根たちを送り出した。

 

 かすかは迷う。エキサイトしすぎ、とアリナに注意すべきか。それともこっそり姿を消すか。

 

「お、お疲れさまでーす」

 

 後者を選んだ。

 

「ステイ」

「はっ、はい」

 

 しかし逃げられない。

 

 キューブを仕舞い、変身を解いたアリナ。ずんずんとかすかに歩み寄り、エメラルド色のきれいな瞳が覗き込む。

 

「体力は平気なワケ?」

「……えっ?」

「アナタがハードワークで倒れたことがあるのは、灯花たちから聞いてるカラ。あんな大技使って平気なワケ?」

「し、心配してくれるの?」

「は? かすかが倒れたら、羽根たちの士気がブレイクするってだけだヨネ」

「……」

 

 かすかは絶句していた。なんていい子なんだろう、と。

 

 みふゆの身体をデッサンするのに強制で徹夜させたり、魔女をアート扱いで愛でる印象があまりにも強かった。しかし思い返せばアリナはアートが直接関係しなければ、普通のいい子だったのだ。

 

 たとえば食後に気まぐれで食器洗いを手伝ってくれたり、学校で後輩に画力指導をしているという話だったり。かすかはこういったアリナの一面に目をつむり、頭おかしいアーティストの面しか見ていなかった。

 

「ソーリー、アリちん」

「……は?」

「今までクレイジーサイコアーティストとか思っててソーリー。あなた、マイフレンド。ないすつーみーちゅー」

「ファック」

「ぎゃー!?」

 

 瞬時に変身したアリナが至近距離からレーザーを発射。

 

 紙一重で躱したかすかにさらなる追撃が迫る。

 

「人をおちょくる元気あるナラ、まだまだ平気だヨネ!」

「ノーノー! ワタシとアナタ、友だちになりたいネ!」

「ふざけるのも大概にしろこの牛女!」

 

 かすかのコミュニケーションは基本的にノーガード戦法。ひとたび気持ちを決めたなら何も考えず距離を詰め、仲良くしたい気持ちを拳に込めて右ストレートで殴り抜ける。気持ちの表現は名前の呼び方だったり、話し方だったりと様々。

 

 今回の気持ちの表現は、いっとう最悪だったらしい。

 

「アリちんマイフレンド!」

「ヴァアアアアアッ!」

 

 口を開くごとにアリナの攻撃は激しさを増し、エメラルド色のレーザーが廃墟を穴だらけに。やがて建物の基礎部にまで衝撃が及び──廃墟の一角が倒壊した。

 

 片や神浜市の最古参、片や規格外の固有魔法を使いこなす素質の高い実力者。倒壊に巻き込まれながらも瓦礫に埋もれるようなヘマはせず、むしろ降り注ぐ瓦礫の中でも追いかけっ子を続けた。

 

 しかしほこりだらけになった両者、どちらからともなく動きを止める。遠くからサイレンの音が聞こえた。

 

「……帰ろっか」

「……ハァ」

 

 二人はすばやく姿を消し、後には無残にも倒壊した廃墟だけが残される。

 

 傍から見れば仲が悪くなったのかなんなのかわからないが、少なくともかすかは「アリちーとすごく仲良しになった」と確信できた、素敵な一日になったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 3月。手で触れられるような鋭い寒気がなりを潜め、うららかな初春の空気が漂い始めた頃、かすかとみふゆの住居にマギウス三人が押しかけていた。

 

 目的は情報共有と壮行会だ。支部の設立や人員配置、ウワサの創造などが一段落つき、四月から本格的なエネルギー回収ができる運びとなった。それに向けた景気づけの集まりである。

 

「だからってなんでここに集まるかな……」

「ワタシとかすかさんに用意されたお部屋なのに、もうただのたまり場みたいになってます……」

「かすかー、ごはんまだー?」

 

 かすかはみふゆと二人で晩餐を用意しながら、リビングからの催促にはいただいまーと返す。失踪した二人のために灯花が用意したこの一室は、すっかり幹部のたまり場だった。空き部屋には灯花の天文学系統の機材や学術書、ねむのハードカバーを中心とした蔵書が押し込まれ、みふゆの部屋にはアリナの画材が設置されて、常に絵の具が飛び散っている。

 

 食費や家賃は灯花の実家持ちなので、かすかに文句はなかった。マギウスの三人がそれぞれ学校を終えて直接ここに夕食をたかりに来るようになったことから、いろいろと察したこともあり、当然のように歓迎している。

 

 主食、主菜、副菜が同時に完成し、できたてのそれらを食卓へ運ぶ。

 

「あれ? 今日は中華じゃないんだ」

「たまには味変もいいもんでしょ」

 

 伝統ある老舗の洋食屋直伝の洋食だった。灯花とねむはラーメン屋に行って寿司が出てきたような顔をしていたものの、いざ口に運ぶと笑顔を見せ、アリナはいつもと変わらず黙々と食らっていた。

 

 食後の空気は弛緩しきっている。いつしか当番制となった片付けを終え、マギウス印のマグカップでお茶を呑む。いつもはさっさと離席してアートを創り出すアリナだが、今夜は乗り気でないらしく、肘をついてお茶をすすっている。

 

「かすか。この前の件なんだけど。始めてみると、なかなかどうして難しいよ」

「えっ、本当に始めたの?」

「なんの話?」

 

 ふとしたねむの言葉にかすかは耳を疑った。

 

 割って入ってきた灯花に対し、呆然として応える。

 

「ねむりんが、転生ジャンルの小説を書き始めた話」

 

 ねむは作家である。魔法少女になる前は身体が弱く、灯花と共に入院生活を送っていた。そこで書いた物語を灯花の運営するサイトに投稿すると、またたくまに人気を集め本を出すことになった。

 

 そんな正真正銘の天才作家に、なんとかすかは転生ジャンルをおすすめしたのである。

 

『転生小説? 聞いたことのないジャンルだね。どんな話なのかな?』

『こんな感じ』

『……なるほど』

 

 一読したねむはたっぷり十数分は考え込み、ネットのどこかで隆盛する転生ジャンルについて所感を述べる。

 

 いわく、どの小説も話の起承にあたる部分がほとんど同じで、転結に当たる部分まで書かれていない。主人公が訳のわからない理屈で成功し続ける話だから、山も谷もない。小説の作法すら守っていないものも多く、読むのが辛い。

 

『総評としては稚拙の一言だよ。けれど──なぜか、惹きつけられる』

 

 しかしだからこそ、転生小説は希望に満ちていた。辛いことも悲しいこともなく、あったとしてもご都合主義で粉砕され、主人公は幸せに満ちた生活が約束されている。山も谷も落ちもない、文学的価値なんて論ずるに値しない文章の羅列であろうと、ねむがオススメされた小説のどれもが、その一点だけは共通していた。

 

 希望を振りまく魔法少女だからこそ、希望に満ちた小説に惹きつけられるのかもしれない。そう結論したねむは、いつの間にか『僕も書いてみよう』と口に出していた。

 

 そうして実際に何篇か書いてみたのだが、

 

「奥が深いね。面白さのテンプレートを遵守するだけだと、固有名詞を変えただけの量産品に成り果てる。かといって独自性を追求すれば、転生ジャンル特有の面白さを欠いてしまう」

「あのさ、オススメした私が言うのもなんだけど、無理しないでいいよ? ねむりんみたいな人気作家まで転生モノの泥沼にはまらなくても……」

「泥沼か、清い泉かは、僕自身が決めることだよ。かすかが気にすることじゃない」

「そ、そう」

「納得いく形に仕上がったら、一番に見せてあげよう」

 

 むふっ、と意気込むねむ。かすかは恐れ多い気持ちで苦笑いしつつも、「楽しみにしてる」と返した。

 

 そのうち話についていけない灯花が「わたくしだけ仲間はずれ!?」とむくれ出し、アリナは顔をしかめて部屋を出ていった。

 

 ねむとみふゆと手を組み三人がかりで灯花のかんしゃくをなだめる。ただの子供にしか見えない灯花の振る舞いに、かすかはふと気になっていたことを聞いてみた。

 

「魔法少女の解放って、なんでそんな計画思いついたの?」

 

 魔法少女の解放。半魔女の性質とマギウス三人の固有魔法を利用したこの計画は、とても複雑で規模が大きい。そもそもどうしてこれを思いつき、実行するに至ったのか。かすかのように、解放したい誰かが他にいるのか。兼ねてから気になっていたことだった。

 

「くふっ、そういえば二人にはまだ言ってなかったね。私たちマギウスの欲しいものについて」

 

 これに対し返ってきたのは予想の斜め上の回答である。

 

 魔女化回避システムを世界規模に広げれば、感情エネルギーを自動でエネルギーに変換し、宇宙の延命に利用される『自動浄化システム』が完成する。このシステムを対価にキュゥべえと交渉し、灯花は宇宙の深遠なすべての知識を手に入れる。

 

 半魔女が魔女化した際のエネルギーを使い、アリナは宇宙規模のアートにソウルを委ねる。ねむは地球そのものを原稿に、あらゆる奇跡を具現できるようになる、と灯花は説明した。

 

「と、いうわけなの。分かった?」

「……アリちんだけ意味不明すぎない? 宇宙規模のアートって何?」

「そんなこと、本人に聞いてよね」

「聞いたところで理解できないと思うけど」

 

 かすかはひとまず分かった風にうなずいておいた。アリナだけ内容がふわふわとして理解できなかったものの、それぞれ欲しいものがあって計画に加担していることだけは分かった。

 

 こんなことを考えつく小学生にモノを教えるなんて、学校の先生は大変だ。

 

「本当なんですか!?」

 

 と考えていると、みふゆが食卓に手をついて立ち上がった。

 

「な、何がだい?」

「どんな奇跡でも可能になる、という点です!」

「うん、このわたくしが保証するよ。イブのエネルギーとねむの『具現』があれば、どんなことでもできちゃう。何か叶えたい願いでもあるの、みふゆ?」

「はい、実は──」

「あーっ!」

 

 かすかは奇声を上げながらみふゆの後ろへ回り込み、口をふさいで羽交い締めにした。

 

「ちょーっとみっふ、こっち来てお話しよっか!」

 

 きょとんとしているマギウスの二人を置いて、かすかとみふゆはドタバタとリビングを出ていく。

 

 解放されたみふゆは涙目で「何するんですか!」と肩を怒らせた。もっともな反応である。

 

「せっかくみっちゃんの命を救える手があるのに!」

 

 続いて出てきた言葉は、やはりかすかの予想通りだった。

 

 かすかの魂はすでに死んでいる。歪んだ因果の生む桁違いの魔力で無理やり延命しているが、キュゥべえの見立てによると後一年も経たず崩壊し、消滅する。しかし計画が成功しねむの奇跡が可能になれば、死んだ魂を復元することだってできるだろう。かすかは生きることが出来る。

 

 が、かすかはにべもない。

 

「あり得ないでしょ」

 

 さすがに、のフレーズすら使わない。その方法での延命は絶対にあり得ない選択肢だった。

 

「な、んで……」

 

 唖然とするみふゆに対し、かすかは困り顔で言葉を選ぶ。

 

「私たちが今やってることって、相当悪質だよね。魔女や使い魔、ウワサなんかをばらまいて、いろんな人を不幸にして自分たちだけいい思いをしようってんだから」

「そ、それがどういう……」

「そんな方法で延命したって、結局私は生きられないよ。だって、胸張って鶴乃のお姉ちゃんを名乗れないもん」

「……っ!」

 

 鶴乃は優しく、まっすぐな女の子だ。マギウスのやり口をみればそんなやり方は間違っている、と声を大にして反対するだろう。仮に延命が成ったとして、それほどまっすぐな妹の隣にお姉ちゃんとして立てないのであれば。

 

「死んだほうがマシ」

 

 断言するかすかの瞳に光はなかった。開き切った左目の瞳孔。どこまでも真っ黒なそれの奥に燃えるものはお姉ちゃんとしての矜持であり、お姉ちゃん以外には理解できない狂気でもあった。

 

 息を呑み、後ずさるみふゆ。

 

 親友がこれほど追い込まれるまで気づけなかった自責の念。もう引き返せないところまで来ている確信。じわじわとみふゆの魂を絶望が染めていき──

 

「大丈夫」

 

 耳元のささやきが、穢れをせき止めた。

 

 かすかはみふゆを抱きしめ、あやすように背中をさすっている。

 

「このままじゃみっふも、やっちも鶴乃も悲しませちゃうもんね。大丈夫、秘策があるんだ」

「ひ、さく?」

「うん。私も、みんなも幸せでいられる、最高の方法だよ。だから私のことは心配しなくていい。出たとこ勝負だからその時にならないと分かんないけど」

「本当ですね? ウソや誤魔化しなら怒りますよ?」

「私がウソつけないの、知ってるでしょ」

 

 かすかは昔からウソがつけないタチだった。露骨に視線が泳ぎ、言葉が震え、どもる癖があった。

 

 その点、今のかすかの言葉に一切のゆらぎはなかった。自身の余命について、本当に誰も不幸にならない最高の方法を知っているからだ。

 

「……分かりました。ワタシはみっちゃんを信じます」

「みっちゃんじゃなくて?」

「かすかさん、でしたね」

 

 みふゆは弱々しく笑ってから、一度大きく深呼吸。心を落ち着けてかすかと手を結び、マギウスの待つリビングへ戻った。

 

 灯花とねむは戻ってきた二人に心配げな顔を向けている。

 

「大きな声が聞こえたよ? ケンカはよくないにゃー」

「すみません二人とも。ちょっとプライベートな話だったので」

「痴話喧嘩ってやつかな?」

「そんなところです。お二人はこの後どうされます? お泊りなら今から準備しますけど──」

 

 笑顔のみふゆは二人の追及をかわし、さらっと話を流した。灯花とねむは怪訝そうにしながらも食い下がることはなく、いつもの日常が再開される。

 

 かすかはその様子を、遠い目で見つめていた。


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