お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第14話

「鶴乃ちゃんは私のこと覚えてるかな……」

 

 参京区、万々歳の看板を見上げながら、環いろはは不安げにひとりごちた。

 

 いろはは神浜市に隣接する宝崎市の魔法少女であり、こうして平日の放課後に神浜のテリトリーへやってくる正当性はない。新西区の病院に入院していた妹の病気も完治したので、わざわざ参京区まで足を伸ばす動機はないはずだった。

 

 しかし、その妹が突如失踪したとなれば、お姉ちゃんとして黙っていられない。

 

 ただの失踪ではなく、いろはや家族の記憶からも妹は消えてしまった。神浜を訪れた折、変わったキュゥべえに接触したのをきっかけに、いろはもようやく妹の存在を思い出したのだ。

 

 そうしていろはは、大切な妹の行方を追って神浜市の探索を始めた。

 

『うわさを現実にするウワサ、ですか?』

 

 すると現地の魔法少女チームであるももこ、レナ、かえでと行動を共にすることになり、ある怪異に巻き込まれる。

 

 ウワサと呼ばれるそれは魔女や使い魔と同じように結界へ犠牲者を閉じ込めるのだが、ウワサの大本を倒せば犠牲者は帰ってくる。もしかしたらういも巻き込まれ、どこかで帰れなくなっているのかも。

 

 そう考えたいろははいっそう探索に力を入れ始める。しかし神浜市の魔女や使い魔は強く、単独行動は厳しくなってきていた。ももこのチームにずっとお世話になるわけにもいかない。

 

 そこでいろはの脳裏をよぎったのが、かつて病院で知り合った年上の友だちだった。

 

「中華飯店万々歳……ここだよね」

 

 最強の妹を自称する友だち。妹の存在とともについ最近まで忘れていた彼女は、実家のお店のことをよく話してくれた。

 

 間違いのないようにいろはが見上げると、年季の入ったのれんに大きく『万々歳』と書かれてある。

 

 参京区はういの入院していた病院に近い。何か手がかりがつかめるかもしれないし、久しぶりに数少ない友だちに会いたい気持ちもあった。

 

 引き戸に掛けられた仕込み中の札に一瞬たじろぐものの、いろはは意を決して戸を開く。

 

「こ。こんにち──」

「やちよししょー……」

「大丈夫、大丈夫よ……あっ」

「……」

 

 入ってすぐのところに、その友だちは立っていた。由比鶴乃。オレンジ色の髪紐でサイドポニーを結い上げ、手にはミサンガらしきものを巻いている。けれどいろはに再会を祝う余裕はなかった。

 

 ロングの黒髪をなびかせるスレンダーな美人と鶴乃が抱き合い、熱っぽい視線を交わし合っていたからだ。

 

 うっとりと見つめ合う両者だったが、やがて口をパクパクさせるいろはの存在に気づく。

 

 いろはは即座に回れ右して駆け出した。

 

「おおおおお邪魔しましたー!」

「待っていろはちゃん! 誤解だよう!」

「あら、知り合いだったの?」

 

 全力ダッシュで逃げるいろは。しかし体育の得意な鶴乃にあっさり追いつかれ、店内へ連行されてしまう。

 

 ひとまずカウンターに三人そろって腰掛けたものの、いろはの顔は赤い。鶴乃は気まずげに言葉を選んでいる様子で、黒髪の美人だけがきょとんとしている。

 

「わ、私はそういうのよくわからないけど……愛があればいいのかなって、思います……」

「だ、だからやちよししょーとはそういうのじゃないから!」

「そんな、私とは遊びだったの?」

「話をややこしくしないでぇ!」

 

 ひとしきり鶴乃が慌てていると、「それはそれとして」と、黒髪美人が無理に話を進めた。分かっててこじらせたようで、鶴乃は涙目になっている。

 

「鶴乃、この子は?」

「はあ、はあ……この子は、って環いろはちゃんだよ。やちよだって知ってるでしょ?」

「いえ、初対面よ?」

「私も、初めてだと思います……」

「ほっ? お姉ちゃんのお見舞いに行ったとき、会ってるはずだよね?」

 

 お見舞い。その言葉から、病院で知り合ったのだといろはは見当をつける。

 

 鶴乃とはういのお見舞いに行った日に知り合った。しかし最近になってういの記憶を少しずつ思い出すまで、鶴乃の存在さえ忘れていた。おそらくまだまだ忘れている記憶があるのだろう。

 

「実は──」

 

 いろはは世界から消えてしまった妹のこと、それに伴い鶴乃のことも最近まで忘れていたことなどを説明する。鶴乃は「良かったー!」と胸をなでおろしている。

 

「ちょっと前からメールも電話も無視されるから、嫌われちゃったのかと思ってたよー」

「えっ、でもスマホには何も……す、すごい数たまってる!?」

 

 いろはのスマホにはすさまじい数のメールと不在着信の通知が表示されていた。今朝見たときはどちらもゼロだったはずだ。

 

「事情が込み入っているわね……」

「あ、あの」

「二度目かもしれないけれど、記憶が戻らないの。私は七海やちよ。改めてよろしくね」

「環いろはです。よろしくお願いします」

 

 黒髪美人ことやちよの主導により、三人の記憶について情報が整理される。

 

 三人はそれぞれ病院での出会いをきっかけに面識があったが、鶴乃だけがそれを覚えており、いろはも最近思い出し、やちよだけが記憶を取り戻せない。

 

 これを聞いた鶴乃は蚊の鳴くような声で、

 

「長生き、物忘れ……」

「表に出なさい」

「ななな何も言ってないよ!?」

 

 がたりと立ち上がるやちよと、冷や汗を流す鶴乃。

 

「やちよさんだけじゃないですよ」

 

 やちよの形相が鬼と化しあわや大惨事になるかというとき、いろはの新情報が二人を止めた。

 

 いろはは鶴乃とやちよの二人だけでなく、みかづき荘チームの幾人かとも面識があった。しかしその一人であるももこには完全に初対面として扱われ、記憶が戻る様子はなかった。

 

「あなたの妹さんを起点とした因果が、修正されているのかもしれないわ」

「因果、ですか?」

「ええ。存在そのものがなかったことにされている。そしてそんな大掛かりなことができる存在は──」

「きっとうわさだよ!」

「やっぱりそうなんですね……」

「ほ? いろはちゃん知ってるの?」

 

 知っているも何もつい最近巻き込まれたばかりだと告げると、鶴乃とやちよの二人は目を丸くした。

 

 ウワサは神浜市の噂話を現実にする怪物であり、噂の内容と違う行動を取ると襲いかかってくる。鶴乃たち神浜市の魔法少女も新しい敵に手を焼いているとか。

 

 そこまで説明すると、鶴乃が目を輝かせてやちよに迫る。

 

「ねえやちよししょー! いろはちゃんも今度の調査についてきてもらおうよ!」

「ちょ、ちょっと鶴乃!」

「調査って?」

「私たちも噂についていろいろ調べててね。今度とあるウワサを探しにいこうって話をしてたところなの!」

「もう、オカルト話を聞いて回るのとは訳が違うのよ? 危険だってあるかもしれないのに……」

 

 明らかに乗り気ではないやちよだが、いろはの心は決まっていた。

 

「大丈夫です。ういを見つけるためなら、どんな危険だって覚悟の上ですから」

「……怖くなるくらいまっすぐね」

 

 ため息とともにしぶしぶ了承するやちよ。

 

 決然とした顔つきで身を乗り出すいろはに、鶴乃は一瞬だけ何かをこらえるように唇を噛む。

 

 その変化には気づかないまま、いろはが畳み掛ける。

 

「それで鶴乃ちゃん、どんなウワサなの?」

「……え、えっとね」

 

 そうして鶴乃が告げたウワサの名は、口寄せ神社といった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 水名区のどこかにあると言われる口寄せ神社。噂によると、その神社で会いたい人の名を絵馬に書き、作法を守ってお参りすれば再会できる。ただし幸せすぎて帰ってこられなくなるとか。

 

 ういがその噂に捕まっているかもしれないし、何より手っ取り早くういと再会できるかもしれない。人を探しているいろはには渡りに船の噂で、鶴乃、やちよと共に水名区中の神社を探し回った。

 

 町おこしのスタンプラリー、ビルの屋上に建つさびれた神社、水名区に伝わる悲恋の物語──様々な道程を経て、一行はようやく噂の神社を特定する。

 

 歴史的な古い町並みの中央、スタンプラリーのゴールでもある水名神社だ。昼間に参拝しても何も起こらないが、由来となった物語およびポイント十倍デーのお導きを考えれば、夜に参拝することが噂の鍵と推測できる。

 

 しかし特定できたときにはすでに日が落ちて久しく、道中の使い魔や魔女を相手していたせいで一行は疲れていた。翌日に改めて突撃することを決め、その日は解散となる。

 

 いろはは鶴乃とやちよに頭を下げた。この二人がいたおかげで噂にたどり着き、明日にはういに再会することができるのだから。

 

「お礼なんていいわ。それより環さん、もう九時回ってるけど、本当に大丈夫?」

「なんならウチに泊まっていきなよ。通い続けだと、電車賃も馬鹿にならないでしょ」

「えっ、そ、そんな。悪いですよ、そこまでお世話になるなんて」

「いーからいーから! 流されちゃいなよっ!」

「え、ええ〜……」

 

 鶴乃の勢いに流され、いろはの一泊が決まった。実際中学生のお小遣い的に毎日市外へ通うのは辛かったため、ありがたい申し出だった。道すがらやちよが両親への連絡を申し出たものの、どちらも海外出張で留守のため不要だった。

 

 二人に連れられていろはがやってきたのは、新西区の古風なお屋敷だった。手入れの行き届いた中庭の中央に、どっしりと年季の入った戸建てが腰を据えている。門扉の横のプレートには『みかづき荘』と刻まれていた。

 

「お邪魔しまーす……」

「はい、いらっしゃい」

「たっだいまー!」

 

 中へ入って廊下を通り、リビングへ向かう。カウンター付きのシステムキッチンに、おしゃれな絨毯とソファ、高い天井。広々とした空間に、三人の少女がくつろいでいた。

 

「おかえりー、っていろはちゃん?」

「ももこさん。こんばんは」

「新しい入居者さんですか、七海先輩?」

「……」

 

 そのうちの一人はいろはの知った顔で、ももこだった。ポニーテールの小さな子は小動物のようにトテトテと寄ってきて、最後の一人は怜悧な目つきで一瞥をくれただけだった。

 

 いろはは緊張しながら自己紹介。小さな子が安名メル、長身で目つきの怖い人が雪野かなえ、と名乗った。やちよと鶴乃を合わせて五人がここに住んでいる。

 

(一人足りない……?)

 

 一対の銀髪アホ毛がいろはの脳裏をよぎった。鶴乃のお見舞いに付き添ってきたやちよの横で優しげに微笑んでいるその人が足りない。

 

 違和感を口に出す前に、やちよに「時間も時間だから先にお風呂入っちゃいなさい。ごはんは、今日の当番誰だったかしら」と言われ、鶴乃に手を引かれてお風呂へ連れ去られた。

 

 由比家秘伝と呼ばれる子供用全身シャンプーでぴかぴかになったいろはと鶴乃は、ごはんを食べ、お茶を呑んで、歯を磨いてほどなくベッドへ。

 

 部屋は鶴乃と相部屋で、鶴乃は夜を迎えた猫のようにいろはにすり寄って、一緒のベッドで寝ようと言い出した。

 

 勢いでお風呂も一緒に浸かったいろはにとって羞恥心など今更だ。流されるまま流されて、大人しく鶴乃の抱きまくらにされる。春先とはいえ夜はまだ冷えることもあり、鶴乃の子供のような体温は心地よかった。

 

 このまま目を閉じれば明日になり、夜を迎えれば妹と会える。そう考えると目が冴えて、自然に口が動いていた。

 

「鶴乃ちゃん」

「ふわぁ……なーに?」

「ありがとう。鶴乃ちゃんたちのおかげで、やっと一歩進めたよ。こんなに良くしてもらって、本当にありがとう」

「……気にしなくていーよ。だっていろはちゃんは、私たちと同じだから」

「え……?」

 

 鶴乃は密着していた身体を離し、いろはと目を合わせる。暗くて表情はよく見えない。

 

「私のお姉ちゃんと、みふゆのことは覚えてる?」

「う、うん。覚えてるよ。お姉さんとは会ったことないけど、瑞乃さんだよね?」

「その二人ね、いなくなっちゃったんだ」

「……ええっ!?」

 

 鉛筆か消しゴムでも一つなくしたような、あっけらかんとした声だった。

 

「いろはちゃんと二回目に会ったとき、お姉ちゃんはぐっすり寝てたよね。やっと目を覚ましてくれたと思ったら、いなくなっちゃった。行方不明。みふゆも後を追うみたいに……」

「そんな……」

 

 いろはは鶴乃が姉を慕っていたことを知っている。過労で倒れたとき、昏睡状態になったとき、どれだけ気を病んでいたか。知っているからこそ、かける言葉が見つからなかった。

 

「だから私たちは同じだと思うんだ。今まで当たり前みたいに一緒にいた人が、急にいなくなるのって本当に辛いよね、苦しいよね……ほっとけるわけないよね……」

「鶴乃ちゃん……」

 

 大切な人を失った痛みを、鶴乃はよく知っている。二人の親友に置いていかれたやちよもそうだった。昼間のように二人で抱き合って、痛みを忘れようとすることもよくある。

 

「なんで、どうして……」

 

 無味乾燥だった鶴乃の声音が徐々にかすれ、水気を帯びていく。いくら暗くとも、鶴乃がどんな顔をしているのか丸わかりだった。

 

「なんで……いなくなっちゃったのかな、私が面倒をかけちゃったからかな、お姉ちゃんに甘えすぎたから、嫌われちゃったのかな……」

「違うよ!」

 

 今度は鶴乃が抱きまくらになる番だった。いろはは背中に手を回し、あやすように撫ですさる。

 

「妹のことを面倒に思うお姉ちゃんなんていない。甘えられて嫌うなんて絶対ないよ」

「ほんとぉ……?」

「本当だよ。だって私もお姉ちゃんだもん。鶴乃ちゃんみたいな妹がいたら、お姉ちゃんはすっごくうれしいよ。だから……大丈夫。きっとまた会える」

「いろはちゃん……うえええぇん!」

 

 鶴乃は赤子のように泣いた。姉が姿を消して以来、みかづき荘チームの前でも一人のときでもずっと抑え続けた涙が、滝のように流れた。

 

 ひとしきり感情を吐き出すと、鶴乃は泣き笑いを浮かべる。

 

「ごめんね、私の方が年上なのに。いろはちゃんってお姉ちゃん力があるよね」

「うん、いいよ。お姉ちゃんりょ……へ?」

「お姉ちゃん力」

 

 お姉ちゃん力とは、世にあまねくお姉ちゃんのすべてが持ちうる不思議な力である。ピンチに陥った妹がいると力を増し、どんな奇跡も叶えられるとかどうとか。

 

「へ、へぇー」

「明日、きっと会おうね。私のお姉ちゃんとういちゃんに」

 

 いまいち理解できない謎パワーだったが、鶴乃はスッキリした顔でそう言って、すやすや寝息をたてはじめた。年上なのに愛おしい鶴乃の寝顔にいろはは微笑を浮かべ、目を閉じるといつの間にか意識が沈んでいた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 翌日。

 

 いろはは夜までみかづき荘で時間を潰し、夕刻になると水名神社へ。電車と徒歩で到着した頃には日が落ち、真っ暗な内苑の外門前に、鶴乃とやちよがそろっていた。

 

 十メートル程度の高さを誇る立派な門をひょいと飛び越え、中へ。整備された石畳の上を歩き、絵馬の販売所に至った。当然開いているはずもなく、あらかじめやちよの用意しておいた絵馬に三人それぞれ会いたい人の名前を書く。

 

「鶴乃はアイツをお願い」

「了解! ししょーはみふゆだね」

 

 やり取りを横で聞きながら、いろはも環ういと書いた。記憶にしかいない大切な妹にやっと会える。絵馬を吊るすと、いろはは弾むような足取りで社へ向かった。

 

 二礼二拍手一礼。三人揃ってお作法通りにお見舞いすると、社を中心に奇妙な空間が形成される。

 

 橙に染まる黄昏時の結界。小島のように浮かぶ無数の陸地を朱塗りの太鼓橋がつないでいる。

 

 いろはが求めた妹は、一つの橋の中央に佇んでいた。

 

「うい!」

 

 名前を呼んで駆け寄ったが、おかしい。妹らしきその人影は、壊れたスピーカーのように同じ文言を繰り返すだけだった。ういじゃない、と確信するのに時間はかからず、いろはは振り切るように踵を返す。

 

 やちよと鶴乃が偽物に騙されるといけないと、慌てて結界内部を駆けるいろは。いくつか橋を渡っていくと、鶴乃の姿が見えてきた。太鼓橋の中央で誰かと相対している。

 

 噂が作り出した偽の想い人。鶴乃の姉と思しきその人影は、

 

「なんで……うまくいかないの……」

 

 ヒザを抱えていじけていた。

 

 髪はぼさぼさ、手足はやせ細り、顔には死相。鶴乃に目もくれずぶつくさ恨み言を漏らしている。

 

「あ、いろはちゃん。そっちは済んだ?」

「うん、結局会えなかったけど。えっと、この子は?」

「分かんない……お姉ちゃんじゃない、とは思うけど……あ、そっか聞いてみればいいんだ。ねえ君、名前は?」

 

 切り替えが速い。ウワサの怪物にためらいなく声をかける鶴乃に、いろはが目をむく。

 

 ウワサの女の子は「六野かすか」と答えた。

 

「私は由比鶴乃! お姉ちゃんのこと、何か知らないかな。由比瑞乃っていうんだけど」

「知ってる……私のなりたかったもの……だけど結局なれなかったもの……」

「なれなかった?」

「何をしても失敗ばかり……誰も私を褒めてくれない……私だって頑張ってるのに、なんで、なんで……」

「鶴乃ちゃんっ!」

「わわっ!?」

 

 唐突に太鼓橋が揺れる。

 

 ウワサの少女がへたりこむ箇所から亀裂が入り、橋桁全体に拡大。またたく間に太鼓橋が粉々に砕け、六野かすかを名乗った人影は崩落して消えてしまった。

 

 絵馬に書いた人物とはまったく違う誰かが出てきて、勝手に橋が壊れフェードアウトした。意味不明な展開に鶴乃といろはは顔を見合わせる。

 

 ひとまず考えは後にして、二人はやちよの元へ向かった。

 

「鶴乃さん……あなた、スキンシップが多いんですよ! ワタシのみっちゃんにベタベタベタベタ……いくら妹でも限度ってものが」

「誰がいつあなたのものになったのよっ!」

「やっちゃん……なんで……?」

「……」

 

 やちよは案の定、みふゆの偽物に攻撃をためらっていたが、鶴乃を見るなり激高した偽物を槍の柄でぶっ叩き、かっとばした。あんまりなスピード撃破にいろははポカンと口を開け、鶴乃は「さすがやちよししょー!」と歓声を上げた。

 

 するとうわさの内容に反した三人に対し、結界の主である怪物、ウワサが姿を見せる。

 

 襲いかかってくるウワサに応戦していると、偽物だったショックを引きずっていろはのソウルジェムが穢れきり──穢れをまとった謎の怪物と化し、ウワサを瞬殺した。

 

「そこまでよ。まさか人に化けた魔女がいるなんてね」

 

 結界から解放されるとよその地区の魔法少女に絡まれひと悶着あったものの、どうにかやり過ごして一行はみかづき荘へ帰った。

 

 結局誰も会いたい人物に会えず、結界に囚われていた一般人を解放できたことを除けば、収穫はなかった。

 

 気落ちするやちよといろは。

 

 そんな二人の横で鶴乃は、

 

(六野かすかって誰だろう?)

 

 姉のトラウマ、消し去りたい黒歴史への手がかりを、たしかにその最強の頭脳に刻み込んでいたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 いろはたちが口寄せ神社のウワサを撃破した翌日、夕刻。北養区山中、電波塔の管理施設の一室に、五人の少女たちが集まっていた。

 

 彼女たちはマギウスおよびマギウスの翼。現在、魔女や魔法少女を特殊な電波で神浜に集め、ウワサと呼ばれる怪物を使って暗躍している悪の組織である。

 

 会議室のカーテンは閉じられ、照明も落ちていかにも陰謀めいた雰囲気がただよっている。

 

 六の字印のローブに身を包む幹部、六野かすかは長テーブルに肘をつき、重々しい声を発した。

 

「水名の口寄せ神社がやられたか」

「くっふっふ、しかしあやつはウワサ四天王の中でも最弱」

「こら、何ふざけてるんですか」

 

 会議室の照明がついた。かすかと、なんとなく乗っていた灯花は「まぶしい」「うにゃっ!?」と悲鳴をあげる。

 

 口寄せ神社はみふゆとかすかが共同で考えたウワサだった。あわよくばやちよと鶴乃率いるチームが計画完遂まで囚われてくれればと企んでいたが、乗り越えられたらしい。

 

 マギウスの一人、アリナは片肘つきあくびを噛み殺しながら、

 

「ウワサの一つが消された程度、ノープロブレムだと思うヨネ」

「そうでもありません」

 

 幹部、みふゆが腰に手を当て、表情を険しくした。

 

「やっちゃんのみかづき荘チームが中心となって、西ではウワサの対策が立てられています。東の十七夜さんとも情報を共有しているようですし、このままでは次々にウワサが消されてしまいます」

「ねむだって無限に創造できるわけじゃないからねー。何か対策を立てないと」

「問題はまだあります。魔女の少なくなった近くの街から、魔法少女がやってきて諍いを起こしています。どうにか仲裁しなければいけません」

「……みっふ、それは今の私たちにとってむしろ好都合じゃんね?」

「そ、そうでしたね」

 

 ウワサによるエネルギー回収が滞ることは問題だが、諍いによって穢れやマイナスな感情が生まれることはむしろマギウスにとって願ったりである。

 

 みかづき時代の癖が抜けないみふゆは取り繕うように「ですが」と続ける。

 

「そこそこ名のある魔法少女もやってきています。やっちゃんたちと手を組む前に、ワタシたちで対応する方がいいのでは?」

「名のあるって、たとえば?」

 

 みふゆはホワイトボードに『巴マミ』『佐倉杏子』と板書した。一方は強い正義感で長年魔女退治に従事するベテランであり、もう一方は一匹狼で行動の予測が難しい強者である。

 

 諜報担当の羽根が用意した資料を読み上げるみふゆに、灯花は元気よく手を挙げる。

 

「はい、灯花」

「かすかに追い出してもらえばいいと思いまーす」

「殺し合いになるけどいいの?」

 

 平然とした確認。場の空気が一段重くなった。灯花とみふゆは目を丸くして、アリナはわずかに口元をゆるめている。

 

「かすか、巴マミのこと知ってるの?」

「割と有名なベテランさんだよ。力に訴えるなら、最初から殺す気じゃないときつい手合。それでもいいならやるけど」

「うーん、魔法少女もわたくしたちの大切なエネルギー源だからね。殺すのはなるべく控えたいところかな」

「なるべく、じゃなくて絶対ダメです! 魔法少女を救うために動いているのに、殺したら本末転倒でしょう!?」

「未来に生まれる何千、何万の魔法少女が救われるんだよ? 将来救われる人数と比べれば、今の犠牲なんてほんのちょこーっとだと思わない?」

「な……」

 

 みふゆは絶句するが、対応を考え中の灯花は気にしていない。

 

 やがて挙手したのはアリナだった。

 

「あ、アリナ」

「真実を知らない連中って多いヨネ? その見滝原のマジカルガールにレクチャーして、翼にジョインさせればいいワケ」

「そんな乱暴な……!」

「採用!」

「灯花!?」

「錯乱したりごねたりしても、わたくしが言いくるめるから問題なし!」

 

 もちろん知ってたら出来ないことだけど、と前置きして灯花は語る。真実で心を弱らせたところに甘い救済をささやき、脳内をエンドルフィンやらドーパミンでいっぱいにさせて何も考えないように誘導すれば、マギウスのための手駒にだってできると。

 

「ブレインウォッシュ?」

「そのとおり。心理学は専門外だけど、天才に不可能はないんだよ。さっそく羽根たちを通じてコンタクトしよー!」

「ま、待って! かすか、灯花を止めてください!」

「やだ」

 

 かすかはぷい、とそっぽを向いた。あまりにらしくない反応にみふゆは唖然としてしまう。

 

「別にいいじゃん、そのくらい」

 

 見ず知らずの少女のために身を削ってグリーフシードを集め、戦い方を教えて回った優しい女の子は、もういなくなっていた。目の前にいるのは目的のためなら文字通りなんでもできる、恐ろしい一人の少女でしかなかった。

 

 それでもみふゆの頭からはかつての瑞乃がくっついて離れず、この子はもう瑞乃ではないと割り切ることもできなくて。

 

「……っ!」

 

 両手で顔を覆い、その場に膝を折る。しばらく後にかすかからハンカチが差し出されたけれど、その手を振り払って──

 

「ウソをつくのって難しいね」

 

 顔をあげると、気まずそうに苦笑いするかすかが見える。すでにアリナも部屋を後にし、

かすかとみふゆの二人きりだ。

 

「ウソとは……?」

「市内の子ならともかく、見滝原の子まではさすがにだよ。殺す気でうんぬんはテキトー言っただけ。いやーでも、洗脳とか言い出すとは思わなかったな」

 

 いくらかすかの経験が長くとも、市外の魔法少女の情報まで把握しているはずはなかった。それとなく争いを避けるためのウソだったのだ。

 

 結局天才二人組が予想の斜め上のあたりにある洗脳という手段をとってしまったが、かすかはまだ甘さを捨てきれずにいた。

 

 お姉ちゃんの狂気と矜持がかすかを動かしている。しかしかつての優しさもまだ、たしかに息づいている。

 

 そのことに気づいたみふゆは無意識に、かすかの小さな身体を抱き寄せていた。

 

「みっちゃん……!」

「かすかだってば」

 

 このように、多少のイレギュラーと内部対立を抱えながらも、マギウスの計画はおおよその想定に沿って進行中である。

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