お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第15話

 かすかの翼としての活動は東から南のエリアに限定されている。新西区や参京区で魔女をバラまいたりウワサを管理しているところをやちよや鶴乃、かつての顔見知りたちに目撃されては気まずいでは済まないので、そのエリアは羽根たちに任せている。魔力パターンや声音、戦い方まで変えているから一見では分からないだろうが、念には念を入れてできるかぎり西側とは距離をとっていた。

 

 そんなかすかが珍しく、新西区をうろついている。

 

 新西区郊外。古い空き家や寂れた雑居ビルが立ち並ぶ中、大きな存在感を放つ廃墟の前で足を止める。風雨で薄汚れた看板に『神浜ミレナ座』とあることから分かるように、そこは廃墟となった映画館だった。

 

「廃墟、多すぎない……?」

 

 神浜市のどこに行っても廃墟には困らない。マギウスの翼の活動にはありがたいものの、廃墟を多数放置する市の行政にかすかはちょっと引いた。

 

 真っ暗な通路をおそるおそる中へ行くと、チケット売り場らしき広い空間に出る。すると奥から変身した状態の魔法少女が現れ、にっこりと笑顔を浮かべた。

 

「調整屋さんにようこそぉ。あなたが六野かすかさんねぇ?」

 

 調整屋、八雲みたま。ソウルジェムに直接触れることで、魔法少女を強化するサービスを提供する。マギウスの用意したこの廃墟を拠点に、かすかが失踪した前後から活動している。新西区で経営している立地上かすかは利用をしぶっていたものの、みふゆからの強いすすめがあってようやく今日やって来たのだ。

 

 とはいえ、長居はしたくない。みたまの言葉に無言でうなずき、「さっそくお願い」とつぶやく。

 

「はーい。じゃあ服を脱いで、そこの寝台へ横になってねぇ」

「……はい?」

「脱いだ服はこのカゴに入れて。あ、もちろん下着も靴下も全部よぉ?」

「……」

 

 かすかは懐からスマホを抜刀しすばやくタップ。110とダイヤルマークの表示された画面を紋所のごとく突きつけた。

 

「今宵の風営法は血に飢えておる」

「早まらないで!?」

 

 スマホに伸ばされたみたまの手を機敏に回避。追撃してきたのでこれも回避。何度か攻防を繰り返したところでかすかも満足し、おもむろにローブへ手をかけた。

 

「もういいや。では親友をムッツリへと変えた自慢の全裸をごらんあれ!」

「冗談、冗談だから!」

「あ、そうなの」

「そうよ。大人しいタイプかと思ったらとんだお転婆さんねぇ」

 

 ほんのジャブのつもりで放った冗談にきれいなクロスカウンターを決められ、みたまは呆れ顔だ。それほどでも、とかすかは照れながら寝台へ横になり施術を急かす。マイペースな客にみたまは苦笑し、さっさと仕事へ取り掛かった。

 

 ソウルジェムを指輪から宝石の形へ変えると、みたまが息を呑む。かすかは何も言わずに寝たままで、やがてみたまはこわごわと壊れかけのソウルジェムへ触れ、内部の魔力を少しずつ調整していく。

 

 数十分後、かすかが熟睡しかけた頃、施術は終わった。上体を起こして伸びをしてみると少しだけ身体が軽くなったような気がする。魔力の巡りもかつてないほどスムーズだ。

 

「ふわぁ……ありがと。領収書の名前は里見灯花でよろしく」

「……」

「ど、どうしたの、大丈夫?」

 

 施術前の飄々とした物腰はどこへやら、みたまは顔を青くしてうつむいていた。背中をさするべきか、それとも寝台へ横にして休ませるべきかとあたふたするかすか。

 

 そうしているうちにみたまは顔を上げ、言葉を慎重に選びながらゆっくりと口を開く。

 

「落ち着いて聞いてほしいの。実はあなたの命は──」

「もう長くないって? 知ってるけど」

「もう長くな──知ってたの!?」

 

 かすかはみたまの気遣いを察し、申し訳なさと嬉しさ半々の気持ちを抱いた。

 

 ソウルジェムは魔法少女の魂そのもので、命である。しかしかすかは願い事の影響で形成されたその時から魂が粉砕されており、それを魔力で無理に延命している状態だ。その延命手段もじきに使えなくなり、遠くないうちに本当に死んでしまう。

 

 みたまは調整を通してその事実を知り、余命宣告する医者のような気分になっていた。

 

「気を遣わせてごめんね。でも私は大丈夫だから」

「だ、大丈夫ってあなたね……いえ、それならいいわ」

 

 あっけらかんとしたかすかの言い分に何か言いかけるみたまだが、店と客の関係で踏み込みすぎはよろしくない。ましてや経営場所を融通してくれたマギウスの関係者となればなおさらだ。口をつぐみやるせない気持ちを飲み込む。

 

 六番のローブを着直したかすかを、出口まで送る。魔力の調整によって「体が軽い、こんな気持ち初めて……!」とひそかにウキウキしているかすかに、みたまは一つ言い忘れていたことを思い出した。

 

「あ、そうだ。言い忘れてたんだけど」

「なーに?」

「私ね、ソウルジェムに触れることでその人の過去が見えちゃうの。願い事とかも」

「は?」

「でもあなたの願い事は見えなかった。興味本位なんだけど、一体どんな願い事をしたの?」

「……」

 

 ソウルジェムは魔法少女の魂そのものであり、深く触れると当人のプライベートな部分を不可抗力的に知ってしまう。願いやそこに至るまでの経緯も含めてだ。

 

 しかしかすかの過去で分かったことは、おそらく3歳頃から魔法少女として活動してきたことと、その時代の思い出だけ。願い事については杳として知れなかった。

 

 そこで、興味本位の質問。上機嫌になっていて、しかも余命すらも受け入れていることからこのくらい許されるかしら、と見込んでのことだった。

 

 問われたかすかはゆっくりと振り返る。

 

 涙目で唇を噛んでいた。

 

「えっ、あの、聞いちゃいけないことだった?」

「そういう問題じゃない……」

 

 懐から拳銃のごとくスマホを取り出すかすか。再び110と入力したのをハッとして取り消し、検索エンジンを立ち上げた。

 

「通報するのはおまわりさんじゃなくて、消費者センターっと…さーて番号は何番かなぁ!?」

「ちょ、ちょっと待ってぇ!」

「誰が待つか! あのさぁ、過去が知られるってそれ施術前に言うべきことじゃんねぇ! インフォームドコンセント、知る権利、説明責任! 聞かれなかったからで済ませるのはキュゥべえメソッドだよ!?」

「あ、あんなのと一緒にしてほしくないわ!」

「いい勝負!」

 

 きゃあきゃあ言い合いながら、クレーマーと店主がスマホを巡ってキャットファイトを繰り広げる。実力伯仲の二人の勝負は小一時間に及び、どうやら前世の情報は漏れてないと察したかすかが訴訟を取り下げ、お互い肩で息をしながら和解の握手を交わした。みたまの方も懲りたようで、次に来たら特別サービスをすると約束し、かすかは店を出た。

 

 魔力が強化されたにもかかわらずかすかはどっと疲れた気分だった。しかし幹部としての仕事はまだ終わりではない。

 

 新西区から見て南東にあたる、栄区へ足を向けた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 栄区の駅を中心に広がる繁華街を抜け、喧騒から隔絶されたわびしい一角に、その建物は悄然と佇んでいた。謎の男性の顔面が彫り込まれた正面の景観はモダンアートの一種だろうか。かつて神浜記録博物館として栄えたここは今やありふれた廃墟と化し、マギウスの翼の資産、ウワサとして利用されている。

 

 ウワサの内容は神浜記憶ミュージアム。条件を満たして結界内に踏み入った者の記憶を奪い、他人に記録として見せることができる。エネルギー効率自体はあまり良くないものの、魔女化しない神浜において、魔法少女の真実を実体験の記憶として突きつける道具としての価値が高い。

 

 かすかがここへやってきたのは、記憶ミュージアムを使ったある作戦について、みふゆと打ち合わせをするためだった。

 

「みっふー、来たよー。あれ?」

「かすかさん、いいところに」

 

 中へ入ると、吹き抜けの広々とした空間が広がっている。展示物もないのでただただ広大な印象を受ける。

 

 待ち合わせしていたみふゆはその中央に立って、見知らぬ人影と対峙していた。

 

 近づいていくとその人影の相貌があらわになり、かすかは「あ」と言って足を止める。みふゆへテレパシーをつないだ。

 

『巴マミ、だよね? どういう状況?』

 

 みふゆと対峙していたのは話題の魔法少女、巴マミだった。ロールのかけられた金髪ツインテールが揺れている。

 

 彼女はこれから打ち合わせ予定の『巴マミ強制スカウト大作戦』のターゲットでもある。見滝原で活動する凄腕の魔法少女であり、最近はマギウスの翼を嗅ぎつけて調べて回っているとか。

 

 作戦を通して接触するつもりではあった。しかしまだ打ち合わせも済んでいないのにどうしてここにいるのか。

 

『それがですね──』

 

 すでに変身状態で、警戒心をむき出しにしているマミを横目に、みふゆとかすかは状況を共有する。

 

 マミはウワサの発する特殊な魔力を追い、記憶ミュージアムにたどり着いた。そこでかすかの到着を待っていたみふゆとばったり遭遇、お互いに驚いて警戒しつつ膠着していたところだったらしい。

 

『なるほどー。で、どうしよう?』

「テレパシーで内緒話? 私にも聞かせてもらえると嬉しいわね。それとも、聞かせられないようなお話かしら?」

「うわバレた」

 

 不自然に見つめ合って沈黙していれば当然怪しまれる。指摘を受けたかすかが分かりやすく動揺したので、マミはさらに表情を険しくした。

 

「やっぱりあなたたちがマギウスの翼なのね。この街に魔女を集め、その上ウワサなんて怪物までバラまいて、一体何を企んでいるの!」

 

 マミの手にはマスケット銃が握られ、銃口をかすかとみふゆへ向けていた。

 

 神浜市に起きている異常現象、魔女の過度な集中にウワサの跋扈。その手がかりを求めやってきた施設に偶然にも居合わせた怪しげな魔法少女と、後からやってきたいかにも怪しいローブ姿の少女を前に、マミはすっかり臨戦態勢だ。

 

 誤魔化しが効く相手ではない。大人しく帰ってもらえるとも思えない。よって、かすかは選択した。

 

「知りたいなら、私たちの仲間になって」

 

 作戦の切り上げ。穏便なスカウトである。

 

 意を汲んだみふゆは身構え、マミは眉をひそめた。

 

「仲間ですって? あなたたちみたいな怪しい連中に、力を貸すとでも?」

「そりゃそうだ。まずは私たちについて説明しなきゃだよね。巴氏は魔法少女の宿命を知ってる?」

「魔女と戦う運命のことでしょう」

「それだけ?」

 

 訝しげに険を増すだけのマミに、かすかは察した。

 

 みふゆに目配せすると、小さなベルを取り出して、かすかへ手渡す。

 

「……っ!」

 

 ベルに向かって発砲。しかしかすかがさっと腕を振るうと雷光が弾け、弾体を蒸発させた。瞬時にもう一丁のマスケット銃を構えるマミだが、

 

「記憶の旅へご案内、と」

 

 ベルの音が響くと共に意識が闇へ沈んでいく。ウワサに記録されたかすかの記憶が、マミの記憶野へ流れ込んでいき、魔法少女の真実が実体験としてレクチャーされるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 マミは奇妙な結界の内部でハッと意識を取り戻した。結界の魔力パターンは魔女や使い魔、魔法少女のどれとも異なっている。ウワサが作り出した記憶の世界である。

 

「ええと、ここをこうして、こうやって──」

「そこのあなた。少しいいかしら?」

 

 目前には鉛筆と消しゴムを手に分厚い本へ書き込みをしている怪しげな少女の姿が。

 

 少女は地べたに置いた本を前に頭をひねっていたが、マミの姿を見るや泡を食って慌てだす。あまりにも怪しい。

 

「うわもう来た! 仕事早すぎるよリアルの私っ!」

「リアルの……? 何か知っているみたいね。知っていることを洗いざらい教えてもらうわ」

 

 威圧的に視線を険しくするマミは、次の瞬間愕然とした。銃の生成はおろか変身すら出来ないことがに気がついたからだ。

 

 少女はおどおどしながら本を盾にして、上目遣いにマミをうかがっている。

 

「そう言われましても、私はウワサが勝手に作ったバーチャルかすかに過ぎませんで……この記憶の本をあなたに開示する以上のことは何も出来ず……すいません、すいません」

 

 敵の策略にしてはえらくへこへこしている。マミは警戒と呆れ半々の面持ちで腰に手をやり、ため息をついた。

 

「その本を読めば、私を解放してくれるの?」

「は、はい、そう設定されてます」

「なら早くしてもらえる? 私にもやることがある」

「だ、だけどまだ編集作業が──」

「いいから早く!」

 

 敵かどうかいまいちつかめない少女の態度にしびれを切らした。なんにせよ時間稼ぎに付き合う気はなく、語気を荒げてやると少女は「はいぃ!」と背筋を正して本をマミへ開いてみせる。

 

 とたん、中途半端に編集された少女の人生が、実体験としてマミの記憶野に流れ込んでくる。

 

 少女は神浜市で三歳から魔法少女の活動を始めた。神浜市には同業が多く、少女は四歳の頃に二人の魔法少女と出会い、チームを組んだ。最年少だった少女はチームの二人に妹のように大切にされ、かけがえのない絆が育まれた。

 

 しかし、かけがえはあった。絆を信じていたのは少女だけだった。

 

 そのことが判明したのは、たまたま他のチームのメンバーが、魔女化する様を見たときのことだ。

 

 魔法少女はいずれ魔女になる。ソウルジェムは魂であり、これが穢れるとグリーフシードへ転じる。

 

 真実を知ったチームの二人は取り乱し、キュゥべえに問いただした。魔法少女のかわいいマスコットが残酷な真実を否定してくれると信じていた。

 

『だって、聞かなかったじゃないか』

 

 けれど、キュゥべえの正体は少女たちのイメージとは違っていた。

 

 詰問に淡々と返答され、少女たちは途方にくれた。魔女になりたくなかった。ソウルジェムが命そのものなんて信じたくなかった。

 

 ただ、最年少の少女だけは何がそこまで辛いのかよく分からなかった。魔女になった方がマシと思える経験をたくさんしてきたから、真実を知っても少しびっくりするだけだった。

 

 それでも大切なメンバーが落ち込んでいるのは見ていられず、ついに固有魔法のことを話してしまう。

 

『契約、なかったことにする?』

 

 少女の魔法はとても都合が良かった。メンバーを普通の少女に戻すことなど造作もない。ただし代償として、魔法少女として得たすべてのものを失くす必要があった。記憶、経験、友情──チームとして育んだ、少女との絆も。

 

 だから少女は、きっと二人は否定してくれると期待した。あなたたちとの思い出をふいにしてまで、普通に戻りたくはない。絆を失いたくない、と。

 

 そう思っていたのは、少女一人だけだった。

 

 大切な二人は少女の提案に飛びつき、二つ返事で契約破棄を受け入れた。失うものを少女が念押ししても、早くしてと急かすだけだった。

 

 契約が破棄された翌日、少女はその二人のもとを訪ねたけれど、どちらも少女の知らない誰かと一緒にいて、幸せそうに笑っていた。

 

 帰り道、少女はとぼとぼと一人ぼっち。

 

 赤いのれんをくぐって家に着くと、明るい笑顔が迎えてくれる。

 

「おかえり、お姉ちゃん!」

 

 その声が響くと共に記憶は途切れ、ウワサの結界は崩壊した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 マミが昏倒してから間もなく、みふゆの表情に陰がさす。

 

「いつか知らないといけないとはいえ、乱暴ですね。巴さんは大丈夫でしょうか……」

「大丈夫に決まってるよ」

 

 マギウスの翼をプレゼンするにあたって、魔法少女の真実は避けては通れない。そのことに心を痛めていたみふゆだが、かすかは自信満々だった。

 

「強い魔法少女ってたいていメンタルが強いの。真実を乗り越えたやっち、みっふがいい例だよね。巴氏は相当のやり手みたいだし、真実を知っても取り乱したりはしないと思う」

「……えっ、その理屈は、どうなんでしょう?」

「大丈夫、平気平気!」

 

 魔法少女の強さはメンタルに左右される。先程の迷いのない一発には相当の威力が込められていて、マミの力を察するには十分だった。経験豊かなかすかの見立てによれば、マミが真実に屈することはあり得ない。おそらく真実を変えようのない現実として冷静に受け止め、その上でマギウスの翼の是非を判断し、自分の道をしっかり選び取るだろう、とかすかは推測している。これに首をかしげていたみふゆだったが、かすかの自信に影響されたのか「そ、そうですね!」と同調した。

 

「この場で誤魔化して逃げると、灯花やねむに捕まってひどいことをされるかもしれません。これが一番穏便な方法でしょう。さすがです、かすかさん!」

「ふっふっふ、さすカスさすカス。って誰がカスだって!?」

「ええ!?」

 

 悪の幹部二人が黒い笑みを浮かべていると、横になっていたマミが身じろぎする。

 

 生気のない瞳で周囲を見渡し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 そうしてかすかたちに目を向けると、

 

「ぎゃー!?」

 

 即座に発砲した。

 

 照準はそれぞれのソウルジェム。悲鳴をあげつつ、弾体を雷光で迎え撃つかすか。

 

 対するマミはとめどなく涙を流し、マスケット銃を撃っては捨てて、撃っては捨ててを繰り返している。

 

「魔法少女が魔女になるっていうなら! みんな死ぬしかないじゃない!」

「落ち着いて! 何も今すぐ魔女になるわけじゃないし、私たちはそのために──」

「うああああっ!」

「聞いてない……って、みっふ!」

「きゃあっ!?」

 

 撃ち損じとして見逃した一発の弾が、ひび割れた地面を抉る。

 

 そこから植物のつるのごとくリボンが伸び、みふゆの足を絡め取った。

 

 瞬時に雷光で消し飛ばし、倒れかけたみふゆを助け起こす。

 

「あなたたちも私も、みんな、みんなぁ!」

「みっちゃん、あなたさっきなんて言いました、ねえ!?」

「ごめーん! でもみっちゃん言うな!」

 

 単発銃とは思えない弾幕を捌きつつ、足元や壁から伸び来るリボンを躱していく。弾丸が古びた支柱の一部をえぐり飛ばし、銃声の中にびしりと何かがきしむ音がした。

 

 記憶ミュージアムは廃墟だ。アリナとの追いかけっこで一つ倒壊させたことから、かすかは建物の脆さを実体験で知っていた。このまま付き合えばウワサがガレキで撃破されてしまう。

 

「みっふ、ちょっと外に出て! 私がやる!」

「か、かすかさんを一人になんて……!」

「は、や、く! 巻き込んじゃうから!」

 

 暗に邪魔と言われたみふゆは、悔しげに眉根を寄せると、口を引き結んで出入り口の方向へ去っていった。

 

 それを見るやかすかは魔力を高め、十数年ぶりの得物を袖口から引き出す。

 

 魔法少女の装束に縫い込まれた雷紋模様が輝き、大蛇のように装束の上を滑って、かすかの手元へ。連結された雷紋の鎖がかすかの手に握られ、かすかを中心にとぐろを巻いた。

 

「えいっ!」

 

 腕をひとふり。雷紋の鎖の穂先がブレたかと思うと、山吹色に輝く嵐が吹き荒れる。高度に制御されたそれは、マミの弾幕を一発残さず打ち叩き、蒸発させた。

 

 長らく封印していた得物でも手付きに迷いはない。もともと使っていた中華鍋と包丁は、調理技術の向上と中華の宣伝目的で作りだした魔力の塊に過ぎない。本来の戦い方を解禁したかすかなら数百発の弾幕を迎撃することも可能だった。

 

 吹き荒れる山吹色の竜巻。弾を一つ蒸発させるたびにスパークを発し、記憶ミュージアムがまばゆい光に照らされる。

 

 そのまま防戦を続けていると、少しずつ弾幕が散発的になる。ようやく終わりかと思われたその時、マミの手元にひときわ強烈な魔力が集中していく。

 

 やがて形成されたのは、人が二三人は入ってまだ余るような大口径。大砲に申し訳程度の引き金と撃ち金を付け足したような、マミの切り札だ。

 

「ティロ──」

 

 悲痛な声とともに砲口が輝き、

 

「フィナーレ!」

 

 冗談のように巨大な魔力弾が発射される。たとえかすかが弾いても回避しても、ミュージアムの倒壊は免れないだろう。

 

 しかしかすかの経験値は伊達ではない。慌てずに威力を見極め、最適な行動を選択した。

 

「ほっ」

 

 連なる雷紋の連結を解除。一つがマミの魔弾の進路上に位置取り、他の個体がそれを囲むように動く。

 

 間もなく着弾すると、ミュージアムの外まで響く閃光と轟音が両者の視界を塗りつぶした。

 

 埃が晴れたそこには軋みを上げながらも健在のミュージアムと、力尽きて膝をつくマミの姿がある。衝撃をうまく相殺できたかすかはほっと息をついて、変身を解除した。

 

 マミの魔力は底を尽きかけていた。発狂による感情の振れ幅が魔力を増幅していたのだろう。その反動でソウルジェムが黒く濁っていた。

 

 すばやく駆け寄ってグリーフシードを使う。神浜で魔女化することはないが、かすかの場合魔力が少なくなれば即死なので、常にストックしているのだ。

 

「私は……私はあの子たちを……」

 

 真実を知った動揺を吐き出し、穢れも浄化された。マミの目には若干の理性の光が戻ってきていた。

 

「あの子たちが、どうしたって?」

「……っ!」

「わわっ」

 

 かすかが隣に寄り添うと、マミはマスケット銃を水平に薙いだ。

 

 泡を食って距離を取り、向かい合う。マミは泣いていた。

 

 かすかにマミの気持ちは分からない。魔女になることの何が怖いのか。ソウルジェムが本体だとしてだから何なのか。それより辛い経験をしたことがないんじゃないの、と僻んでさえいる。

 

 そんなかすかだからこそ。

 

 マミの言葉に深く、鋭くえぐられることとなった。

 

「私はあの子たちを巻き込んでしまった……魔法少女の宿命を背負わせてしまった……!」

 

 かすかは妹を巻き込んでしまった。魔法少女の宿命を背負わせてしまった。

 

「魔法少女の後輩ができて、友だちができて嬉しかった……誰かのために頑張って戦うことが誇りだった、あの子たちもそれを分かってくれた……なのに、なのに……」

 

 かすかは妹が魔法少女になってくれて、一緒に戦えて嬉しかった。妹のために頑張る姉であることが誇りだった。

 

「私が、私のせいで、あの子たちまで魔女に……!」

 

 けれど妹はかすかのせいで、魔女化の宿命を負ってしまった。

 

 壊れた蛇口みたいに涙を流し、懺悔するように語るマミ。浄化したばかりのソウルジェムがまた濁りだしている。きっと自分のソウルジェムも濁っているのだろうな、とかすかは思った。マミは鏡写しのかすか自身だった。

 

 だからかすかはつい言ってしまう。

 

「分かる」

 

 傷ついた誰かがもっとも腹を立てる言葉を。

 

「分かるよ。自分のせいで大切な人が宿命を負った。自分が魔女になることよりも、怖いよね、苦しいよね」

「あなたに何が分かるのっ!」

 

 発砲。魔力でコーティングされた強力な弾丸がかすかに迫る。

 

 燃えるような怒りと苛立ちで銃口がぶれたのだろう、ソウルジェムからわずかに狙いが逸れ、かすかの左腕に命中した。

 

 血しぶきが舞う。貫通した銃創から砕けた骨がのぞき、とめどなく血が流れる。

 

「な、なんで、なんで避けないのよ……」

 

 避けることも、迎撃することもできたはず。あまりにも痛々しい傷に、マミは勢いを失った。

 

「私も同じなんだ」

 

 弾けた血痕が顔に付着したのも気にせず、かすかは語りだす。

 

「私には妹がいる。世界で一番大切な妹が。だけど私のせいで魔法少女になっちゃった。それだけじゃないよ」

 

 一歩、マミに近づいた。

 

「魔法少女の契約を白紙に戻せる魔法があった。だからいつでも元に戻せると思って油断してたら、その力を失って……取り返しがつかないことになってた」

「え……」

 

 自嘲の笑みを浮かべるかすかに、マミはやっと気づいた。この人は私と同じだと。

 

「笑っちゃうよね。それだけの力があったのに、なんでもできたのに。大切な人を救えなくて何がお姉ちゃんだって話。あはっ、あははは!」

 

 妹を大切に思う気持ちを拠り所に、かすかは頑張ってきた。一方のマミは、悪い魔女を退治して人々を守る誇りに縋って、ずっと戦ってきた。

 

 その末路が今の状況であるとマミは悟り──

 

「でも!」

 

 そのときにはもう、かすかの顔が鼻先まで近づいていた。

 

「でも、まだ諦めるには早い。すべての魔法少女が宿命から解放される方法がある。私たちマギウスの翼はそのために活動している。だから巴氏──いやさトモちゃん!」

「と、とも……?」

 

 場にそぐわない珍妙な響きに思わず声を出すマミ。

 

 かすかはそんなマミのふくよかな体を、ぎゅっと抱きしめた。

 

「辛ければ泣いていい。当たり散らしていい。私が全部受け止める。そうやって全部吐き出して、まだ立ち上がる元気があるなら!」

 

 体を離し、見つめ合う。

 

 涙に彩られ、けれど覚悟の炎が燃えているかすかの瞳が、マミを貫いた。

 

「私たちと一緒に歩こう」

 

 かすかの頭に小難しい思考はない。危険因子の取り込み、実力、組織の強化、マギウスの思惑など、幹部として考えるべき事項はすべて吹っ飛んでいる。

 

 ただひとつ残っているものは、最大限の共感。同じ苦しみを抱える少女をなぐさめ、肩を持ちたい気持ちだけである。

 

 呆然とするマミの瞳には正気が戻り、ソウルジェムの穢れは止まっていた。

 

 マミはかすかの熱い視線に負けじと見つめ返し、

 

「……いいえ。魔女を利用するような組織に、協力なんてできないわ」

 

 一拍置いて、「だけど」と続ける。

 

「あなた個人に力を貸すなら、喜んで」

 

 共感は反響する。かすかがマミを放っておけないのと同じように、マミもかすかを他人とは思えなかった。

 

 かすかは心底嬉しそうに、子供のように笑う。

 

「改めて、六野かすかだよ。よろしく」

「巴マミよ。大切な人を宿命から解放するために……よろしく」

 

 お互いに固い握手を交わし、同じ志を確かめ合う。

 

 そこでかすかに限界が来た。

 

「六野さん!?」

 

 かすかの体が傾き、マミに寄りかかる。もともとの魔力量が多いため、ソウルジェムの穢れはわずかしかない。しかし左腕の上腕動脈から相当量の血液が流出していて──出血多量、である。

 

「た、大変! 誰か、誰かー!」

 

 大慌てで上腕をリボンでぐるぐる巻きにして、テレパシーと肉声両方で助けを呼ぶ。

 

 ミュージアムの外でしょぼくれていたみふゆを巻き込み、かすかはてんやわんやの末里見メディカルグループ系列の施設へ運び込まれた。

 

 こうして情に流されたかすかにより、見滝原のベテラン魔法少女、巴マミがマギウスの翼へ加わったのだった。


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