お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第16話

 参京区教育学園。夕暮れに照らされる無人の校庭を抜けた先、地下水路に通じるマンホールの周囲に複数の少女たちが集まっていた。

 

「フェリシアちゃん、ここがあの人たちの拠点なの?」

「そーだぞ。なんか同じ服着たやつがたくさんいた」

「ウワサの魔力も感じるし、間違いないわね」

「なら急ごう! もう時間がないよ!」

 

 おなじみのいろは、やちよ、鶴乃の三人から成る神浜ウワサ調査チームに、傭兵魔法少女の深月フェリシアを加えた四人組だ。いろはと同じくウワサに巻き込まれたフェリシアは、ウワサを守る怪しげな集団に寝返るなどしたものの、結局はいろはの説得を聞き入れ共に行動している。

 

 寝返った経緯もあってフェリシアが先導し、地下水路へ入っていく。

 

 二房の長い金髪を揺らしながら、フェリシアは口を開いた。

 

「なあお前さ」

「……えっ、私?」

 

 お前呼ばわりされたのは、すぐ後ろを歩いていた鶴乃だ。遅れて素っ頓狂な声が出たのに構わず、フェリシアは続ける。

 

「あの黒ローブの連中と前になんかあったのか? あいつら『由比鶴乃か、まじか……』っつって、泣きそうな顔してたぞ」

「そういえばさっきの小競り合いでも、鶴乃だけ狙われてなかったわね」

「鶴乃ちゃん、どう?」

「うええ? なんにもないよう。さっき会ったのが初めてなんだよ?」

 

 鶴乃は現在追跡中の黒ローブの少女たちに、はれものに触るような扱いを受けていた。諍いになれば露骨に攻撃を避け、鶴乃が前に出てくるとそれだけでタジタジになる。鶴乃自身も不思議で仕方なかったが、心当たりもまたなかった。

 

「わっ、コウモリ! 顔にあたった、ばっちい!」

「落ち着きなさい」

「ひゃー!」

 

 フェリシアがさらに追及しかけたそのとき、水路に棲むコウモリが鶴乃の顔面でダイブ。いろはもつられて悲鳴をあげたことで、疑惑はうやむやになった。

 

 冷静なフェリシア、やちよに続き涙目の鶴乃、いろはが進んでいくと、物陰から例の黒ローブが姿を現す。

 

「ここで何を……げっ。由比鶴乃」

「こいつ今げって言ったぞ!」

「なんで!? 私何もしてないよ、ねえやちよししょー!」

「聞いてみればいいのよ。そうやって出てきたからには、少しは話す気があるんでしょう?」

 

 話し合いに慣れたやちよが前に出て、対話を呼びかける。すると黒ローブの少女は期待通り、自身の所属や目的を語りだした。

 

 魔法少女の解放を目的とした三人のマギウスがいること。その三人の手足となって動くのがマギウスの翼であり、黒ローブは黒羽根と呼ばれる構成員であること。ウワサを街にバラまいて被害を出すのは解放のために必要なことであることなど。

 

「七海やちよ。あなたほどの魔法少女なら分かるでしょう。解放の意味、それに縋る気持ちも……」

「ええ。でもね、他人を犠牲にしてまで救われようなんて思ってはいないわ」

「そうだよ! 人の不幸の上に成り立つ解放なんていらない!」

「解放がなんなのかは分からないけど、誰かを犠牲にするのは違うと思う……」

 

 やちよ、鶴乃、いろはがそれぞれ反論する。フェリシアはよく分からなかったので、頭の後ろで手を組んで突っ立っていた。

 

 黒羽根の少女は悔しげに唇をかみ、いまいましげに吐き捨てた。

 

「お前たちはやはり、あの方とは違う……力もなく、声も出せない私たちを救ってくれたあの方とは……」

「あの方?」

「なー、もういいだろ! 時間ねーんだよ! さっさとコイツぶっ飛ばして奥に行こうぜ!」

「私も賛成だね」

 

 赤い風が水路を駆ける。やちよたちの最後尾から駆け抜けたそれは槍をくるりとひとふりし、黒羽根の少女を薙ぎ払った。一撃で気絶する黒羽根。

 

 突如姿を現した赤い魔法少女は槍を肩に担ぎ、ふんと鼻を鳴らす。

 

「解放だかなんだか知らねーけどさ。さっさとそのウワサを倒さねーとやべーことが起こるんだろ? 御託に付き合ってる暇はないね」

「あなた、佐倉さん?」

 

 彼女は佐倉杏子(きょうこ)。今回のウワサを調査する道中、やちよが出くわした市外の魔法少女であり、同じくウワサに巻き込まれた一人だった。

 

 ミザリーウォーターと呼ばれるウワサは、区内のどこかで配布された水を飲むと、24時間後に不幸が訪れるというもの。ご丁寧に24時間をカウントダウンしてくれるサービス付きで、不幸が訪れるまで後一時間もない。やちよたちは先を急いだ。

 

 黒羽根が一人やられたことで、奥から同じような格好の少女たちがワラワラと駆けつけてくる。ひとまずウワサ調査チームと杏子の合同でこれを蹴散らし、水路の奥へ進んだ。

 

「聞こえてましたよ。あと一時間ですってね」

「聞こえてたね。あと一時間だって」

「ねー」

「だけどウチらには関係ない。ここで足止めさせてもらうから」

「そのままご不幸になられて、辛酸をおなめくださいま──げっ、由比鶴乃……!?」

「また『げっ』て言われたぁ! なんなのもー!」

「鶴乃ちゃん、本当にこの人たちと何もないの?」

 

 水路の奥、柱の林立する広い空間に出ると、今度は白いローブの二人組が待ち構えている。

 

 その二人からも嫌そうな声を出され、鶴乃は涙目だ。

 

 一方、白いローブの二人組はごにょごにょと内緒話をしている。テレパシー使いなさいよ、とツッコミたいのをやちよはぐっとこらえた。

 

「いい加減教えてほしいわね。ウチの鶴乃とあなたたち、一体どういう関係なの?」

「……アンタッチャブル、でございます」

「参京区在住の魔法少女、由比鶴乃に手を出した羽根は」

「すべての羽根から袋叩きにされた上打首獄門だと……」

「鉄の掟で定められているんだよね」

「ねー」

「怖っ!? ちょっ、みんな引かないで!?」

 

 時代錯誤もはなはだしい極端な決まりにやちよたちは戦慄し、なんとなく鶴乃から距離をとった。それほどの罰があるということは、実はものすごいビップなのでは、恐れ多いやんごとなき人物なのでは、とやちよたちの思いが一つになる。

 

 実際、由比家は没落するまでは相当の名家だった。もしかするとそのあたりの血筋や縁者が関係していたり──その時、やちよはハッとひらめいた。

 

『魔法少女になったことをなかったことにする』

 

 魔法少女の解放、救済。ご都合主義を操る最強の魔法少女にして、鶴乃のたった一人のお姉ちゃん。

 

「瑞乃?」

 

 鬼気迫る表情で、やちよは強く白ローブたちへ一歩踏み込んだ。

 

「そのマギウスというのは、瑞乃のこと? 由比瑞乃。だから鶴乃を特別扱いしている。そうなのね?」

「えっ、さあ……」

「由比瑞乃、って人は、ウチにはいないよね」

「ねー」

 

 しかし、空振りだった。

 

 当然だ。やちよの知る由比瑞乃は、誰かを犠牲にしてまで救われることを考えない。むしろ自分を犠牲にする考え方をしていたし、そもそも犠牲を要するような力ではない。連想の飛躍だった。鶴乃はほっと胸をなでおろしてから、「お姉ちゃんはそんなことしない!」とやちよに抗議した。

 

 問答にしびれを切らしたフェリシアと杏子が同時に得物を構え、それに対し白ローブ──白羽根の双子もローブを脱ぎ捨て抗戦。笛の音を武器とした双子の攻撃は、地下水路に反響し脅威となる、はずだった。

 

「鶴乃!」

「あいあいさー!」

 

 しかし、やちよと鶴乃の息の合ったコンビネーションで完全に封殺されてしまう。

 

「この子の命が惜しければ、武器を捨てなさい」

「たすけてー白羽根のひとー!」

「な、なあっ!?」

「ひ、卑怯すぎるよぉ!?」

 

 やちよに槍を突きつけられ、悲鳴をあげる鶴乃。やちよの目配せを受け、残りのメンバーも鶴乃を盾にする位置へ移動する。双子はまったく手が出せなくなったが、いろは、フェリシア、杏子はドン引きだった。

 

 由来は不明だが鶴乃に手が出せない掟があるなら、利用しない手はない。双子たちはふくれっ面でぷるぷる震えながら笛を懐へ仕舞い、両手をあげた。

 

「今よ! ここは私たちに任せて奥へ急ぎなさい!」

「やべーな、神浜……」

「やっ、やちよ! 先っちょがつんつんしてるよ!?」

「ああっ、やめるでございますこの外道!」

「仲間を人質にとるなんて恥ずかしくないの!?」

「仲間じゃないわ。かけがえのない親友よ」

「なおのことでございます!?」

 

 鉄の掟と鶴乃による心理プレーで双子が動けない間に三人は奥へ急ぎ、ウワサの怪物と戦闘を始めるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 やちよと鶴乃、双子がしばらく人質小芝居をしていると、空間が歪む。どうやら地下水路全体がウワサの結界に含まれていたようだ。浮遊感の後、水路の入り口にあたる校庭の裏手で投げ出される。

 

 いろは、フェリシア、杏子の三人の眼前にくす玉が現れ、おめでとうのメッセージとイラストが描かれた紙を残し、煙のように溶けて消えた。ウワサの怪物を倒し、不幸を回避したのだ。

 

 ウワサを撃破しただけでなく、それを裏で操る組織の情報も得た。今回の調査でやちよたちが得たものは大きい。

 

 しかし笛の双子はそうもいかないようで、真っ赤な顔で両手をぶんぶん上下させている。

 

「こ、こんな手で負けるなんて納得いかないでございます!」

「西のベテランならもっと正々堂々戦うべきだよね!」

「ねー!」

「ああ、そう」

 

 やちよが軽く聞き流すとますます双子のボルテージが高まっていく。ついに笛を構え、延長戦が開かれようかというとき、その声はやけにはっきりと響いた。

 

「月夜さん、月咲さん。ここは退きましょう」

 

 やちよと同時に、鶴乃も動きを止め、それからハッと弾かれたように声の方向を振り返る。はたしてそこには、行方知れずとなった親友が変わらない姿で佇んでいた。

 

 バランスのとれた美しい体つきに、優しい目元、一対の触角アホ毛。かつてやちよたちとチームを組んでいた、梓みふゆその人である。

 

「みふゆー! どこ行ってたの! ずっとずっと探してたんだよ! だー!」

「うぐっ! もう鶴乃さん、飛びつくのはやめてください」

 

 鶴乃のタックルを受け止めたみふゆは、苦笑しながら頭を撫でる。鶴乃はふくよかなみふゆの胸に顔をうずめ、ぴくりとも動かない。

 

「ほんとに……みふゆなのよね?」

「ここは結界の中じゃありません。口寄せ神社のようなウワサではないですよ」

「そう、そうよね……みふゆ、会いたかった……」

 

 鶴乃のように駆け寄ろうとしたところ、みふゆが手を掲げてそれを制する。このタイミングで出てきたことも相まって、嫌な予感がやちよの頭を占め、果たしてその予感はすぐに的中した。

 

「やっちゃん。今、ワタシはマギウスの翼にいます。一緒にいることはできません」

「そんな……どうして!? 誰かを犠牲にして救われるようなんて、あなたがするはずないじゃない!」

「そうかもしれませんね。でもワタシは翼を辞めるわけにはいかないんです」

 

 みふゆはマギウスの翼に所属していた。しかし何か事情があるらしい。やちよの頭脳が回転を始め、みふゆが失踪した当時のことを回想しはじめた。最後に会ったとき、みふゆは何をしていたか──

 

「……瑞乃、なの?」

 

 アホ毛がぴくりと動いた。その反応からやちよは確信を得る。

 

「瑞乃もマギウスの翼にいる。だから一人にしないために、翼を辞められないの?」

 

 由比瑞乃。知らない誰かのために自分を犠牲にできる優しい親友の名前だ。失踪した瑞乃を追い、どうかしてマギウスの翼にいることを突き止め、みふゆも後を追った。

 

「いいえ」

 

 しかしやちよの推理は空を切る。

 

「由比瑞乃はマギウスの翼ではありません。マギウスの翼の誰に聞いても、答えは変わらないでしょう」

 

 みふゆの真剣な瞳にウソの色は見えない。それだけではなく、隣の笛姉妹も「ゆいみずの?」と疑問符を浮かべている。本当に瑞乃はそこにいないのだろう。

 

 それならどうしてとなおさら疑問の泥沼にはまろうというとき、きっぱりとした声が響く。

 

「お姉ちゃんの匂いがする」

「えっ、つ、鶴乃さん?」

 

 みふゆの胸に顔を押し付けていた鶴乃は、みふゆの体をがっちりホールドしたまま顔を上へずらしていき、首元で鼻を鳴らした。

 

「ふんふん」

「な、何ですか何ですか!?」

「何ですか、ってこっちが聞きたいなぁ。みふゆ、お姉ちゃんと一緒にいるでしょ? しかも毎日」

 

 光のないつぶらな瞳が、みふゆを下からえぐりこむように覗く。

 

「返して」

 

 どろりとした、粘性のある声音。

 

「お姉ちゃんを返してよ」

 

 得体の知れないプレッシャーに誰一人動けない。もっとも早く動いたのは、威圧されていた張本人のみふゆだった。

 

 変身と同時に幻覚魔法で霧を呼び、鶴乃の拘束を逃れる。不意打ちで支えを失った鶴乃はつんのめり、そのスキにみふゆは笛姉妹のもとへ駆けつけた。

 

「誓って言います。みっちゃんはワタシのそばにいません」

 

 そうして最後に言い残し、三人は姿を消す。

 

 残されたのは呆然とするやちよたちと、うつむいて表情の見えない鶴乃の五人。

 

 痛い沈黙を最初に破ったのは鶴乃で、「いやー、参った」と空虚な笑みを浮かべている。

 

「お姉ちゃんの匂いだと思ったんだけどなー。気のせいだったのカナ」

「鶴乃……」

「あ、いろはちゃんごめん! ういちゃんのこと、みふゆにも聞いとけばよかったね!」

「う、ううん、それより鶴乃ちゃん、大丈夫?」

「何が?」

 

 何が、と振り返った鶴乃の顔には、空虚な強がりがへばりついていた。何一つ推し量れない虚ろな顔つきにいろはは息を呑み、フェリシアは半歩後ずさっている。杏子はいつの間にか姿を消していた。

 

 四人はみかづき荘へ足を向けた。帰り着くと疲れで全員すぐに眠り、翌日からはいろはの引っ越しと入居、フェリシアの入居とバイトなど新たな話題に追われ、鶴乃もいつの間にか普段の調子に戻っていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 恵まれた少女の夢を見た。

 

 ある日学校で配られたカードにやさしい言葉と電話番号が書かれてあった。そこへ電話をかけて両親のことを相談すると、君は愛されているんだと言われ、少女は通話を切った。

 

 携帯電話からインターネットにつながることを知った。誰でも意見を書き込める場所に辛い思いを書き込むと、甘ったれるな、幸せものめ、そのくらい普通だという旨の返信が、たくさん届いた。

 

『君、自分が世界で一番不幸って思い込んでない?』

 

 そうなのかも、と少女は思った。

 

 苦しいことや辛いことがあるのは当たり前で、頑張ることも当たり前。うまくいかないのは頑張ってないからで、頑張らないことは悪いこと。悪いやつが弱音を吐くのは気持ち悪いことだと、少女は魂の底まで刻み込んだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 うっすらと目を開けると、少女の視界に白い天井が広がった。左半分が欠けている。

 

 どこかで見たような光景で、視線を巡らせればやはり清潔感あふれる病室であることが分かる。ゆっくり上体を起こすとめまいがした。

 

「六野さん!」

「おはよう。気分はどうだい?」

「絶好調」

 

 ベッドサイドには涙ぐむマミと、本を開くねむの姿があった。

 

 ねむはかすかの返答に目を細め、一度部屋を出ていく。ほどなく戻ってきた彼女には白衣の男性が連れ添っていた。先生を呼んできたらしい。

 

 医師は軽い質疑応答の後、輸血の処置が行われたこと、今日一日ゆっくり休む旨を告げ、病室を後にした。悲しげなマミと今にもまぶたの落ちそうないつものねむが残される。

 

 その頃には意識を失う前の記憶が鮮明になってきており、ふとボロボロになった左腕へ目をやる。そこには包帯の上から黄色い魔力製のリボンが幾重にも巻かれており、溢れ出る魔力が無数の花となって咲いては消えてを繰り返している。

 

「私の魔法よ。繋ぎ止める力があるの。ひどいことをしてしまって、本当にごめんなさい」

「え、いやあの、ぶっちゃけ今考えると、私の完全なマッチポンプで、トモちゃんが謝ることは何も……」

「それでも、あなたは私のすべてを受け止めてくれた。ひどい八つ当たりも、弱い私も、みっともない私もすべて。だから私はあなたの隣にいたい。お願い」

「そ、そっか。じゃあよろしく」

 

 かすかとしてはただ熱くなって共感しただけなので感謝される謂れはないものの、ありがとうを貰って気を悪くするわけもない。とりあえずよろしくすると、本を閉じたねむが割って入ってきた。

 

「巴マミ。少々内密な話をするから、席を外してくれるかい?」

「……分かった。でも勘違いしないで。私はあなたたちマギウスの翼じゃない。六野さんに協力する一人の魔法少女よ」

「重々承知しているよ」

 

 マミはねむを警戒の目つきで一瞥すると、かすかに微笑みを残して優雅に退室していった。

 

 扉が閉じた数秒後、ねむはため息を一つ。

 

「みふゆと巴マミの証言から、記憶ミュージアムで起きたことはもう把握しているよ。あれほどの実力者を正面から説き伏せ、協力者に仕立て上げた点は評価できる。けれど、わざと攻撃を避けずに受け止めるのは無茶が過ぎるよ。どうしてそんな馬鹿げたことをしたのかな?」

「ぐう……」

「……」

「あいった!?」

 

 あまりにもスローテンポな語り口でかすかのまぶたが重くなってしまった。むすっとしたねむに頬をつねられ、目を白黒させている。

 

「どうしてと言われても、私のせいで泣いて苦しんでる子を、全力でなぐさめて何かおかしいかな?」

「おかしいね。論理的に破綻している。君が重症の上意識不明と聞いたとき、泣いて苦しむ子はたくさんいる。君が倒れたら、誰がその子たちをなぐさめるのかな」

「そ、それは……」

「いいよ、少し意地悪な言い方だったね。でもこれだけは忘れないでほしい」

 

 君が無理をすると、悲しむ人がたくさんいる。

 

 それだけ言うと気が済んだのか、ねむは口調と同じくゆったりとした足取りで出ていった。

 

 しばらくするとみふゆ、羽根たち、最後に灯花がやってきて、口々にかすかの無茶へお小言を残していった。みふゆは泣きそうなのをこらえながら、羽根たちは申し訳なさそうに、灯花はわかりやすくほっぺたを膨らませかすかの左腕をぺしぺし叩いた。話を聞くと灯花はかすかの出身に気遣い、父に泣きついて西から遠いこの個人診療所を手配してくれたらしい。今度なんでも好きな料理かデザートを作る約束をすると、無邪気に喜んでくれた。

 

 見舞い客が途切れ、消灯した薄暗い病室。天井を見上げるかすかは面映い気持ちで一息ついた。

 

 ほんの少し頑張っただけでこんなにも心配してくれる人がいる。少女が知っているよりも、世界は優しくできていた。

 

 その優しさを初めて教えてくれた妹へ、死ぬまでに必ず恩を返す。

 

「もっと、もっと頑張ろう」

 

 張り切るかすかの目には希望が満ちて、ソウルジェムには魔力が充足している。無理無茶無謀と頑張ることの区別がつかないかすかには、できないことなど何もない。

 

 翌日退院したかすかはさっそく市内を駆け回って仕事に従事し、翼の面々はそろって頭を抱えたという。


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