お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第17話

 神浜市中央区某所、マンションの一室。カーテンの開いたベランダから日の出の光が差し込み、3LDKの広々とした室内を照らし出す。リビングのテレビは朝の情報番組を流して、キッチンでは朝食のいい匂いが漂う。

 

 中火で煮立つ鍋の前に、エプロン姿の少女が立っている。部屋の住人の一人、六野かすかだ。

 

 鍋の中身を小皿にすくい、口に含んで一言。

 

「ん、こんなもんかな」

 

 するとタイミングよくオーブンと炊飯器がブザーを鳴らし、かすかはあらかじめ用意しておいた容器に三人分のおかずをよそっていく。小鉢や副菜は冷蔵庫から取り出して、食卓へさっさと運んだ。動くのは右腕だけだが、一人で数人分の人手を賄っていたワンオペ時代に比べればどうということはない。

 

 食器も含め準備を終えたところで、同居人の二人が顔を出す。

 

「ふわあ、おはようございます」

「おはよーみっふ。顔洗っておいで」

 

 一人は梓みふゆ。ふさふさした銀髪が寝癖で爆発し、口元にはよだれのあとが見える。

 

 みふゆはごはんとお魚、お味噌汁に彩られた食卓をぼうっと見つめた後、泡を食って慌てだす。

 

「か、かすかさん? 病み上がりなんですから、朝食はワタシが用意すると──」

「みっふがキッチンに立つ、すなわちテロ。おっけー?」

「て、テロは言い過ぎですっ!」

「その傷だらけの指を見て言い過ぎって言える?」

 

 みふゆは絆創膏まみれの両手を見下ろすと、しょんぼり肩を落として洗面所へ姿を消した。昨晩かすかの代わりに夕食を担当し、こさえたものだった。むろん味の方も危な過ぎる手付き相応で、かすかともう一人の住人はそろってもう止めてと懇願したのが消灯前の話だ。

 

 みふゆと入れ替わりでもう一人がやってくる。

 

「おはようございます、六野さん」

「おはようトモちゃん」

 

 寝室から出てきたその少女はすでに制服を着込み、特徴的なくるくるツインテールがセットされている。淑女然とした優雅な雰囲気漂う彼女は巴マミ。かすかの説得に応じ、組織には入らないまま個人的に協力することを決めた魔法少女である。

 

「わあ、おいしそう。みふゆさんは?」

「顔洗いに行ってる。ちょっと待ってね」

 

 実に行儀よく椅子に腰掛け、みふゆを待つマミ。やがて寝癖そのままでやってきたみふゆを迎え、三人は「いただきます」と手を合わせた。マミの協力を取り付けてから一週間後の朝の一幕である。

 

 かすかとみふゆが所属する秘密組織、マギウスの翼。協力を決めたとはいえ、一般的に悪と見られる行為も辞さないこの組織にマミが同調することはなかった。かといって自身の絶望、苦しみをすべて受け止めた上で共感と理解を示したかすかの元を離れる気にはならず、マミは外部協力者としての立場を得る。

 

 この際問題となったのはマミの住処だった。どんな立場であろうと悪行に手を貸すことは変わらないので、見滝原に戻るわけにはいかない。そこに住まう大切な仲間たちと合わせる顔がなかったからだ。当初はビジネスホテルに連泊して活動するつもりだったものの、

 

『じゃあウチに来たら?』

 

 と、かすかが提案。同棲中のみふゆと三人で住むこととなった。みふゆは『ワタシとみっちゃんの愛の巣が……』とふてくされ、かすかに小突かれていた。

 

 みふゆは黄色いリボンでぐるぐる巻きにされたかすかの左腕に思うところがあるらしく、マミとの交流は限定的だった。とはいえかすか本人が気にしていないことと年上のプライドもあって、ほどなく気軽に言葉を交わす程度の仲に落ち着いた。

 

 朝食を終えるとみふゆはすばやく身だしなみを整え、マミと共に玄関へ。これからマギウス本部のある電波望遠鏡へ向かい、それぞれ魔女の回収やウワサの管理などの仕事に従事する。かすかはマギウスの三人から「働きすぎ」との指摘を受け、今日一日は休みだ。

 

「いってきます」

 

 声をそろえる二人にいってらっしゃいと返すかすか。扉が閉まって二人分の足音が聞こえなくなるまでじっとその場を動かず、数分後、名残惜しそうに踵を返す。

 

 しんとした広い部屋の中、洗濯機を回し、掃除機をかけ、ワイパーをかけ、晩の献立を考えながらお風呂を洗う。共用で使っているシャンプーが切れていたので、詰め替えパックを補充。止まった洗濯機から三人分の洗い物を取り出し、ベランダに出すと初夏の陽光が照りつけ、かすかの額に汗が浮かんだ。

 

「ふんふふーん」

 

 お昼や晩の料理について考えているとつい上機嫌になってしまい、能天気な自分に苦笑を漏らす。瑞乃だった時代にはなかった経験だった。

 

 かすかは料理をすることについて、好悪の念を抱いたことはない。その先にある鶴乃の笑顔を見るための手段に好きも嫌いもなかったからだ。

 

 しかしこだわりの料理を食べて笑顔を浮かべる灯花やねむ、みふゆ、マミ、羽根たちのことを思うと、知らず機嫌がよくなって瑞乃時代のように力を入れてしまう。いつしか料理すること自体が好きになっていたと気づいたとき、かすかは現金な自分に乾いた笑みを浮かべた。

 

 一人で鼻歌をエキサイトさせていたことをごまかすように、ふとベランダから外を見渡す。目に入るのは密集する住宅街。少しずつ遠くへ視線を向ければ中央区のセントラルタワーを中心に摩天楼が墓標みたいに立っている。あの向こう側にかつての仲間や妹たちが住んでいるのだと思うと、途方もなく遠くまで来てしまった錯覚に陥る。

 

「っつ……!」

 

 唐突な激痛。体が支えられず手すりに体重を預け、ずるずると座り込んでしまう。身を引き裂かれるような痛みだった。何を考える余裕もなく、妹の笑顔が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 

 震える手でエプロンのポケットをまさぐり、穢れに満ちた黒い種を取り出す。一度地面に転がしたそれに右手の指輪を押し当てると、徐々に痛みが引いてきた。

 

 ソウルジェムから穢れが吸収され、輝きとともに魔力も回復する。それに伴い痛みが消えると、かすかは力なくベランダに転がった。色素の薄い茶髪が汗で頬に張り付いている。

 

「んもー、何なの最近……」

 

 かすかは潤沢な魔力と固有魔法の補助により、すでに死んだ魂を延命している。したがって魔力がある程度減少すると生命の維持に支障をきたし、魂が砕ける激痛が発作的に発生する。もともと魔力量が多い上に節約術を習得しているかすかにとって、発作は避けられるはずだった。

 

 しかし最近はなぜか勝手に魔力が減ってしまう。まるで見えないどこかですさまじい魔法を行使しているかのように。

 

「ご都合主義、なのかな」

 

 常時発動の固有魔法、ご都合主義。あらゆる因果に干渉し都合のいい結果を呼び寄せる魔法。おそらく浪費の原因はこれだとかすかは踏んでいるが詳細は不明だ。分かることといえばみふゆとマギウスの三人組の近くにいるとき、集中的に消費されることだけ。

 

「……うぇ、ぐすっ……」

 

 何をしても迷惑をかけるだけの癖に、都合のいい幸せを願った。その幸せを守るためにもっと迷惑をかけようとしている。身を裂く痛みが当然の報いだとは分かっていても、かすかは泣きたくて仕方なかった。ベランダの地面にうずくまり、嗚咽を漏らすかすかの姿は、とてもみじめだった。

 

 

ーーー

 

 

 

「ああっ、巴さんが死んだ!」

 

 魔女の結界に悲痛な声が響く。それを聞きつけた古参の黒羽根たちは目を見張り、幹部が自らスカウトしてきた新入りの末路へ注目した。

 

 その名は巴マミ。長年一人で魔女退治を続けてきた実力者であり、その力はスカウトしてきた幹部だけでなくマギウスの三人も認めるほど。さっそく黒羽根の主要業務の一つである魔女の撃破および捕獲に駆り出されて今日が一週間目だったが、それもこれまでのようだ。

 

 黒羽根たちの後方支援を受けつつ最前線に立っていたマミへ、使い魔と魔女の攻撃が殺到。逃げ場のない猛攻を前にマミは身じろぎもせず、すべてをその身で受け止めた。殺意と穢れに満ちた凶器がソウルジェムごとマミの身体を穿つ──

 

「あれっ!?」

 

 かに思われた。少なくとも黒羽根たちの目にはそう映った。

 

 魔女たちの攻撃が直撃したマミの身体は、糸細工のごとくバラバラとほつれ、無数のリボンに姿を変える。そのリボンは使い魔と魔女に絡みつき、蜘蛛の巣のように縛り上げた。

 

「惜しかったわね」

 

 リボンで編み上げたダミーといつの間に入れ替わっていたのか、本物のマミが結界の上方から姿を現す。自然落下の最中にマスケット銃の大群を編み上げ、一斉射によりまずは縛り上げた使い魔を蜂の巣にしたのち、続けて身の丈を軽く超える大砲を生み出す。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 大砲から発射された希望の弾頭は魔女を貫き、結界が消滅。同時に魔女はグリーフシードへ姿を変え、優雅に着地したマミの手に収まったのだった。

 

「ふぅ……」

「すっごーい!」

「マミさん最強、無敵!」

「私はマミさんになら抱かれてもいい」

「ちょ、ちょっと」

 

 一息つくヒマもなく、興奮した様子の黒羽根たちがマミに詰め寄る。マミはたじたじになりながらもまっすぐな称賛を受け止め、「ありがとう」と顔を赤らめて答える。魔女退治に駆り出されてから恒例になりつつある一幕だった。

 

「もう、大げさよ。私よりかすかさんの方がよっぽど強いでしょう?」

「そりゃそうかもですけど、あの人強い弱いって次元じゃないから」

「マミさんはなんというか、地に足のついた最強って感じっすよね! 正統派、王道っていうか」

「分かる」

 

 一人で磨き続けてきた力を褒められ、頼られる。面映い気持ちになると同時に、見滝原へ置いてきた友人たちの顔が頭をよぎり、マミの表情は少しずつ陰っていく。その様子に気づかないまま、黒羽根たちは輪の中心にいるマミを口々に称えるのを止めない。

 

 そろそろ強がりの微笑みにボロが出るかというとき、手を打ち合わせる乾いた音が空気を割った。

 

「はい、そこまで。もう日が暮れるよ。門限早い子は上がっちゃって、そうじゃない子は次の現場に行ってね」

 

 輪の外から声をかけたのは、最古参の黒羽根。同じ羽根たちからはリーダーと呼ばれている人物だった。ローブの下からマミへ目配せしてから、はしゃぐ羽根たちへ指示を飛ばす。

 

 マミを囲っていた羽根たちは名残惜しそうに「お疲れ様でした」「ありがとうございました!」などとあいさつを言い置いて、めいめい散っていく。

 

 残されたのはリーダーとマミの二人きり。人気のない中央区の郊外で二人は並び立つ。

 

「お疲れ様。いやー、巴さんが入ってから魔女退治がすごく楽になったよ。ほんと助かるー」

「そ、そう。なら良かったわ」

 

 端切れ悪く目をそらしてマミは答えた。マミの口を重くしているのは、一週間経って心に芽生えた猜疑心だった。それを黒羽根のリーダーに気取られてはいけない気持ちと、相談したい気持ちが半々になっている。

 

 黒羽根のリーダーの心象はけっして悪くない。相談してみるのもいいかもと考えつつ、マミはリーダーの方を盗み見る。

 

 リーダーとの出会いは決闘だった。

 

『かすかさんにケガさせておいて同棲だとぅ!? コロス!』

『や、やめようよリーダー』

『そうだよ、かすかさんにケガさせるような人だよ? 逆らったら殺されるよ』

 

 一週間前、ぽっと出のくせにマギウスたちに重用されるマミに、黒羽根白羽根たちは不満をくすぶらせていた。それを自ら爆発させたのがリーダーだった。マミは喧嘩腰の相手によどみなく応対できるほど大人ではないので、リーダーの剣幕に戸惑うばかりだった。

 

 が、リーダーはここで地雷を踏んだ。

 

『リボンなんかが武器の頭メルヘン女に誰が負けるか! 私の武器ハサミだもんね! やーい、弱そうな武器ー!』

『よ、弱そうな武器……』

『リーダー、時雨ちゃんのこと悪く言わないでくださいっ!』

『ち、ちがっ……ええい、全部このリボンちゃんが悪いんじゃい!』

 

 なんと魔法少女の武器でマウントを取り出したのである。当時近くにいた、パチンコを武器にする黒羽根まで巻き添えにしてマミの地雷を見事に踏み抜き、黒羽根対新入り魔法少女の決闘と相成った。

 

 闘いの決着は四秒で付いた。静かにキレていたマミがリボンを数十丁のマスケット銃に変化させ、照準を向けるのに一秒。距離を詰める手段のないリーダーが詰みを自覚するのに一秒。『生意気言ってすんませんした』と土下座するのに二秒である。

 

 第一印象は最悪の一言だったが、あの一件がなければ羽根たちに馴染むのにもっと時間がかかっただろうことを思うと、リーダーがあえて芝居を打ったのではとマミは推理している。

 

「巴さん? どうかした?」

「実はね……」

 

 だから、悩みを打ち明けてもいい気がした。必死で言葉を選び、一週間で積もった悩みを──

 

「あっ、もしかしてもう辞めたくなっちゃった? 翼の活動」

「翼の活動なんだけど……えっ、な、なんで分かったの?」

 

 言おうとしたところ、先回りされた。

 

 マミはすでに翼への協力を辞めたくなっていた。リーダーはそのことをあらかじめ察していた。そろそろ辞めたくなるころだろうと。

 

「そりゃ分かりますとも。だいぶライン攻めてるからね、私たちの活動って」

「ラインって?」

「魔法少女が超えちゃいけない一線のこと。まあ瑞乃さん、今のかすかさんの受け売りなんだけどね」

 

 いわく、魔法少女には超えちゃいけない、超えられない一線がある。一般人を巻き込まないという暗黙の了解のことだ。

 

 この一線は気性や思想に関わらずすべての魔法少女が無意識に守っているという。たとえば縄張りを侵されると問答無用で殺しにかかる子や、縄張りに関係なく同業を見るや殺そうとする子、使い魔を見逃して魔女になるまで犠牲者を許容する子であっても、積極的に一般人を巻き込むことはしない。誰に言われるでもなく、魔法少女はこの一線を必ず守る。

 

 だからこそ、マギウスの翼は異端なのだ。目的のために一般人を巻き込み、一線を踏み超える。その後ろめたさがあるから羽根たちはローブで顔と名前を隠している。

 

「巴さん()後ろめたくなったんでしょ?」

「……ええ。あの子達が今の私を見たらきっと失望してしまう。合わせる顔がない。正直そう思ってるわ。……待って、私『も』?」

 

 リーダーはこくりとうなずいて、

 

「みんな後ろめたいよ。特に私たちかすかさん派の羽根は、ぶっちゃけ魔法少女の解放とかどうでもいいし」

 

 あけすけにそう言ったので、マミはしばし呆気にとられた。

 

「ど、どうでもって。じゃあなんで黒羽根を続けているの? 後ろめたいなら辞めればいいじゃない」

「恩返しだよ。よわよわ魔法少女の連絡網って知ってる?」

 

 マミはその名前を知っていた。マギウスからは黒羽根の前身組織だと聞いていたし、見滝原にいた頃にも魔法少女同士の互助組織のようなものとして噂程度に耳に入ってきていた。

 

「組織って呼べるほど立派なものじゃないけど……あれ作ったの、私なんよね」

 

 リーダーは組織の起こりと発展について語った。かすかのグリーフシード融通と戦い方の講習、それによって救われた魔法少女たちが同じ境遇の者たちを助け合い、ねずみ算式に影響力を増していったこと。そのねずみ算の頂点がかすかであり、すぐ下にいるうちの一人がリーダーだという。

 

 リーダーは自嘲気味に笑った。

 

「世の中にはね、助けてって言えない子がたくさんいるんだ。自分一人じゃなにもできないし、戦う勇気もないくせに、弱音を吐くことさえ満足にできない。救いようのない子がたっくさんいる」

 

 そんな連中に決まってかけられる言葉は、戦え、勇気を出せ、誰かに相談しろ、現実に向き合え。強い選択肢ばかりだとリーダーは吐き捨てた。

 

「今のままじゃいけないから変われって言うんだよ。それができないから苦しいのに、できないことを頑張れって。でもね、あの人だけは違った。弱いままでいい、戦わずに逃げてもいい。私たちのままでいいって言ってくれた。そんなあの人に私たちは救われたから──」

 

 恩を返す。そのためには罪悪感を踏み倒し、超えてはいけない一線も軽々と飛び越えてみせる。黒羽根の多くはその覚悟を決めている。

 

 リーダーも真実を知った当初は魔女になることが恐ろしかった。だから灯花の勧誘を受けてすぐ、瑞乃に味方してもらうために灯花を連れて相談に向かった。しかし瑞乃がかつてないほど追い詰められ、妹のことを気に病んでいるのを見ると、リーダー含む黒羽根たちは恐怖よりも報恩への想いを強くしたのだ。

 

 遠くを見つめていたリーダーの視線がマミへ向けられる。ローブの陰に隠れた目は、強い感情でギラギラ光っているようだった。

 

「そのために私たちは戦う。あの人のために尽くす。巴さん、あなたはあの人と話してどうだった?」

「私、は……」

 

 正面からまっすぐぶつかってきたかすかの瞳が脳裏によぎる。同時に、一週間かけて積み上げてきた罪悪感と、数年間正義を信じて戦ってきた矜持が頭をもたげ、マミは袋小路に陥った。その上友人たちを魔法少女の宿命へ巻き込んだ負い目、後ろめたさ──到底処理できない感情の津波がマミの心を押し潰さんとする。

 

 その時、マミの背中が優しく二度叩かれた。

 

「大丈夫。私たちでも、かすかさんでも誰でもいいから……あ、いや、マギウスの三人はダメだけど。とにかく信頼できる人に相談してゆっくり決めたらいい。みんな味方だから、ね」

「……」

 

 マミは一言、ありがとうと言い置いて、ゆっくりと帰路へついた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「おかえりトモちゃん」

「た、ただいま」

 

 発作から数時間後、涙のあとを拭ってけろりとした顔つきでマミを出迎えるかすか。

 

 マミはまだ慣れない調子で返し、もじもじしながら上がってきた。自室にこもってから部屋着へ着替え、リビングへ出てくる。その手には一つのグリーフシードがあった。

 

「今日は好調だったわ。魔女を三体捕獲して、ウワサのエネルギー回収も順調。魔法少女の解放にまた一歩近づいた」

「ふーん」

 

 言葉とは裏腹に、マミの表情は暗い。笑いたくもないのに無理な笑顔を貼り付けようとしているのが丸わかりの顔だった。

 

 リビングのソファに腰掛けたかすかは、マミを手招き。近づいてきたところで隣のスペースをぽんぽん叩くと、マミはおずおず腰を下ろした。

 

 数秒の沈黙の後、口を開く。

 

「無理はしなくていいよ」

 

 びくり、とマミの肩が震えた。

 

「いくら立場にこだわっても、やることは変わらないからね。魔女を育てたり、ウワサを守ったり、辛いんでしょ?」

「……ええ」

 

 マミは正義感の強い魔法少女だった。魔法少女と魔女の関係を善悪にあてはめ、自分たちが正義だと疑わず、誇りをもって生きてきた。だからこそ真実に一度は発狂し、理解を示されて嬉しかった。

 

 その正義感が警鐘を鳴らしているのだ。見知らぬ誰かを犠牲にするマギウスの計画は正しくない、と。

 

 かといって見滝原に戻る踏ん切りもつかず、ないまぜになった感情が渋滞を起こしている。考えがまとまらないままマミは訥々と言葉を漏らした。

 

「本当にこれでいいの? 私は誰かを守るために戦ってきた。仲間もできた。誰かを不幸にしてまで救われようなんて、考えもしなかった……でも真実を知った今、あの子達に合わせる顔がない。宿命を背負わせたことが、辛い……ねえ六野さん。私は正しいことをしているの……?」

 

 それでもマギウスの計画に協力せざるを得なかった。自分のせいで宿命を背負わせた罪と向き合う覚悟がなかったから。唯一の逃げ道を示してくれたかすかに縋るマミ。

 

 しかしかすかはマミの揺れる瞳に対し、残酷に言い放つ。

 

「正しくないよ」

 

 同じ苦しみを抱えるマミ相手だからこそ、かすかははっきりと告げる。

 

「こんなやり方が正しいわけない。だけど時間がない、他の手を考える頭もない。だったらやるしかないでしょーが。罪だの何だの知ったこっちゃない。私はただ自分が許せない。何でもできる力があったのに、あの子に宿命を背負わせた自分が」

 

 だけど、とかすかはマミの右肩をつかむ。その瞳はマミと同じく揺れていて、今にも壊れるかに思えた。

 

「だけど、割り切れないんだ。悪人になる覚悟を決められない。半端に悩んで迷って、どっちつかずであろうとしてる。やりたいこと、なるべき自分、今までの自分。全部ぐちゃぐちゃになって……だから──」

 

 苦しいんだ。

 

 苦しくて、辛いんだとかすかは言った。

 

 マミの葛藤や悩みへの回答としては支離滅裂な言動。しかし本当の苦しみを抱える少女にとって、これ以上ない慰めでもあった。

 

(やっぱりこの人は、同じなのね)

 

 本当に苦しくて辛いとき、人は誰だって孤独だ。誰も共感してくれず、優しくもしてくれない。魔法少女になってから孤独に耐えて戦ってきたマミはそのことをよく知っていて、後ろ暗い前世を持つかすかもまた同様。鏡合わせの二人が持つ苦悩は共感し、響き合う。

 

 マミはかすかの小さな右手を取り、指を絡める。

 

「決めたわ」

 

 マミの瞳には強い光が宿っていた。暗闇の中で見つけた灯火がそこへ映り込んでいる。迷いに揺れていた声音は決然として曇りない。

 

「私には何が正しいかなんて分からない。でも貴女に──かすかさんに向けるこの思いだけは本物よ」

 

 揺らぐ気持ちを肯定も否定もせず、ただただ深い共感を示した魔法少女の先達。そんなかすかにマミが向ける気持ちに近い言葉を挙げるとすれば、思慕かもしれない。もしくは──

 

「トモちゃん? なんか目怖いよ?」

「これからもよろしくね、かすかさん」

「う、うん」

 

 盲信と呼ぶこともできよう。

 

 この翌日、マギウス本部へかすかと共に顔を出したマミは正式に組織へ加入する意志を表明。市外出身の実力ある魔法少女として、かすか、みふゆに並ぶ幹部として名を連ねることとなる。

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