お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第2話

「あっ、中華シスコンがいるぞ! おーい、今日も三食中華か?」

「おうともさ! 朝はエビチリ昼は点心、夜はリッチなホイコーローだい!」

 

 放課後の校門前にて、帰途に就く男子生徒たちに声をかけられた瑞乃は威勢よく返した。男子生徒たちは「不摂生!」と笑いながら、手を振って去っていく。瑞乃は手を振り返してから、校舎の時計を仰ぎ見た。待ち合わせの時間の五分前だった。

 

 免許皆伝の日以来距離の近くなったやちよは掃除当番で遅れている。やちよを待つだけなら教室の外でも良かったのだが、今日は校門前で待ち合わせがあるのだ。

 

「あっ、由比姉妹のやべー方!」

「お前も中華にしてやろーかァ!?」

 

 名物扱いの瑞乃は、声をかけられるたび返答する。

 

 そうしてしばらく待っていると、それまでとは質の違う控えめな声が聞こえた。

 

「あの、あなたが由比瑞乃さんでしょうか?」

 

 振り返ると、まず目につくのが触角みたいなアホ毛。寝癖なのか髪型なのか判断に迷う角を揺らす彼女は、瑞乃とは違う水名女学園の制服をまとっている。お嬢様校として有名なだけあって、控えめな声掛けにもどこか気品が漂う。

 

「キュゥべえからあなたを頼るよう言われました。梓みふゆと言います」

 

 梓みふゆ。今回の待ち人だった。

 

 やちよの時と同じく新人の魔法少女で、キュゥべえからお世話を頼まれた。瑞乃に断る理由はなく即決で引き受け、待ち合わせ日時と場所を指定し今に至る。

 

 瑞乃は馴れ馴れしく距離を詰めに行った。

 

「どうもご丁寧に。知っての通り私が由比瑞乃。よろしくみっふ!」

「みっふ!? まあ、あだ名で呼んでいただけるなんて素敵です。じゃああなたのことは、みっちゃんと呼んでよろしいですか?」

「えっ、まさかの順応? あ、はい、みっちゃんでよろしく」

「はい、よろしくみっちゃん!」

 

 しかしここでカウンター。唐突なあだ名呼びに対しみふゆは目を輝かせ、両手で瑞乃の手を取って、満面の笑みを浮かべた。まさかの順応っぷりに瑞乃はたじたじである。

 

「あだ名呼びなんて普通の女の子みたいです……」

「そ、そう? ところで、恍惚としてないで離れてほしいな」

「いいじゃないですか。ワタシたち、あだ名で呼び合う仲なんですよ?」

「あだ名引っ張るなぁ!?」

 

 梓みふゆは歴史ある名家の出身である。実家でも学校生活でも、名家の名に恥じない言葉遣いや人間関係に腐心してきた。だからこそ、普通の女の子らしい振る舞いには強い憧れがあったのだ。

 

 その憧れの一つだったあだ名呼びをうっかり瑞乃から仕掛けてしまったことで、みふゆに対する第一印象は最高評価だ。手を取ったまま、ぐいぐい距離を詰めてくる。道行く生徒たちは「あらあら」「来ましたわ?」などと囃し立てている。

 

 そんな面映い空気を破るように、ドスの効いた声が響いた。

 

「瑞乃……? 何、してるのかしら……?」

「あっ、やちよいいところに! この子を止め──って目ぇ怖!?」

 

 光のない目でじっとりと睨みつけてくるやちよ。きょとんと首を傾げて瑞乃とやちよに視線を行ったり来たりさせるみふゆ。周囲は「修羅場!」と一層の盛り上がりを見せている。

 

 場の中心で針のむしろにさらされている瑞乃は、幾度か視線を右往左往させてから、明後日の方向に指を差す。

 

「あーっ! 白色の特定外来種があんなところに!」

 

 迫真の演技。オーディエンスは一斉にあらぬ方向を振り返る。

 

 そのスキに瑞乃はみふゆの手を引き、真っ黒な目をしたやちよが後を追いかけるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 数分後、新西区の駅前のカフェに腰を落ち着けた三人は、改めて自己紹介。

 

 しばらく光のない目でみふゆを凝視していたやちよだったが、少し前の自分と同じ境遇であることを知るとすぐに態度を軟化させた。

 

「そういうことだったのね。私は七海やちよ。よろしくね」

「梓みふゆです。やちよさん……やっちゃんと呼んでもいいですか?」

「やっちゃ……? い、いいけど」

 

 みふゆは「やっちゃん、みっちゃん……」と口ずさみながらニコニコ。瑞乃とやちよは顔を見合わせ、小さく苦笑した。

 

 みふゆが落ち着いたのを見計らい、瑞乃は魔法少女と魔女について説明を始めた。ソウルジェムのこと、魔法のこと、魔女のことなど。特にもっとも危険な魔女探しと退治については、今から実地でやりにいくので重点的に説明する。みふゆは「早速ですか」と顔をこわばらせていたが、意を決してうなずいた。

 

 三人はカフェを出て、人通りの多い表から一本外れた路地を歩く。

 

「みっふは自分の固有魔法を知ってる?」

 

 ソウルジェムで魔女の反応を探すみふゆに、瑞乃が声をかける。

 

 固有魔法。魔法少女の願い事が変化した特別な魔法のことだ。最初からなんとなく使い方まで分かる者もいれば、何も分からない者もいる。みふゆは前者のようで、「はい。幻覚の魔法ですよ」と答えた。

 

 瑞乃は十年間の魔法少女経験の中で、みふゆと同じ幻覚タイプの魔法少女を想起。みふゆに合った戦い方を組み上げていく。

 

「そういえば、瑞乃の固有魔法ってなんなの?」

「……分かんない」

 

 間を空けてから世界競泳レベルで視線を泳がせてからの返答。バレバレのウソだった。

 

 しかし、みふゆもやちよも追及はしない。常に自信に満ちた瑞乃の瞳に、確かな恐怖の色を認めたからだ。

 

 若干重くなった空気をまとい、三人は夜の帳が下りだした路地を行く。しばらくするとようやく魔女の気配を感知する。

 

 ほどなく結界を見つけ、瑞乃、みふゆ、やちよの順に中へ。幸いそれほど広大な結界ではなく、数分で最深部の魔女まで到達した。

 

 穢れと絶望に満ちた魔女の威容に、みふゆはごくりとつばを呑む。

 

「これが魔女……なんて禍々しい」

「はい、じゃあ一人で好きに戦ってみて」

「……えっ!? 一緒にやってくれないんですか!?」

 

 さらりと投げだされたみふゆが目をむくものの、瑞乃はどこふく風だ。

 

「とりあえずみっふに今できることを把握してから、私の考える戦い方とすり合わせしたいからさ。というわけでファイッ!」

「む、無理ですよ! あんな化物相手に一人でなんて……!」

「大丈夫」

 

 瑞乃はみふゆと正面から向き合い、まっすぐ瞳を見つめながら、

 

「何があっても私が守る。危なくなったら絶対助けるし、ケガ一つさせないよ。だから安心して、今のみふゆを見せて?」

 

 あなたは私が守るから。瑞乃の誠実な瞳と言葉にロマンスの波動を見て取ったみふゆの体温は急激な高ぶりを見せる。心臓が早鐘を打ち、頬の紅潮がすさまじい。同時にみふゆのソウルジェムが強く輝いて、高ぶった魔力が自然にみふゆを変身させた。

 

「……分かりました。見ていてください、みっちゃん、やっちゃん。これが、ありのままのワタシですっ!」

「頑張ってー」

「……」

「やっち、無言でつねるのやめよ? 痛いから痛いイタタタ!?」

 

 みふゆが戦っている間、瑞乃はやちよにつねられる腕の痛みと戦っていた。無事にみふゆが戦いを勝利で終えた後、やちよは早足でさっさと帰っていったという。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 万々歳の看板娘、由比鶴乃には姉がいる。

 

 名を由比瑞乃。鶴乃が物心ついたときから瑞乃は厨房に立って、祖父や父と肩を並べていた。料理の腕が優れているだけでなく、勉強もスポーツもなんでもできて、とっても優しい自慢の姉だ。

 

 しかしそんな瑞乃にも一つだけ欠点があった。

 

『鶴乃がいれば友達とか要らず〜』

『もー、お姉ちゃんのシスコン!』

 

 友達がいない。

 

 人当たりがよくて誰にでも優しいものの、妹の鶴乃を溺愛するあまり友達ができた試しがない。鶴乃はそのことが嬉しくもあり、心配でもあった。姉の人間関係に安心している自分が卑しく思えたこともあった。

 

 しかしそれも過去の話だ。

 

 中華飯店万々歳、定休日の店内。

 

 カウンターには瑞乃と、その左右に二人の少女が腰掛け仲良く話している。

 

「ねえやっち。この前撮影に行ったの、そろそろ雑誌に載るよね。どこの雑誌?」

「絶対教えない。からかうつもりでしょ」

「からかうなんてそんな……仕事とオフのギャップをニヤニヤ指摘するだけですよ、ねえみっちゃん?」

「そうそう!」

「それをからかうって言うのよ!」

 

 艷やかな黒髪がまぶしい高身長の少女は、七海やちよ。中学生ながらモデルとして活動しているスタイル抜群の美女だ。

 

 もう一人、どことなくお嬢様然とした方は梓みふゆ。由緒正しい水名区の名家出身で、正真正銘のお嬢様だという。

 

「むー……」

「あ、鶴乃じゃん。どしたの、こっちおいでよ」

 

 カウンターの影からこっそり三人を覗いていた鶴乃は、あっさり瑞乃に見つかる。やちよとみふゆともすでに顔見知りだ。しぶしぶ出ていくと、適当な席に腰掛け──ることはせず、瑞乃の背中にくっついた。

 

「つ、鶴乃?」

「あら」

「あらあら」

 

 困惑する瑞乃、微笑ましげなやちよ、みふゆ。鶴乃は瑞乃の背中にくっついたまま、かわいらしい威嚇の視線を左右に向ける。

 

 やちよとみふゆは年上の余裕で微笑を浮かべていたが、それが気に食わなかったのだろう。

 

 鶴乃は名探偵になった。

 

「怪しい」

 

 言葉を向けたのはみふゆである。

 

「やちよさんは分かるよ? 同じ高校だもん。でもみふゆさんって学校も違うし、住んでるところとか部活とか趣味もいろいろ違うよね? どんな絡みでお姉ちゃんと仲良くなったの?」

「それは……」

 

 みふゆはやちよ、瑞乃とアイコンタクト。魔法少女特有のテレパシーで会話しているのだ。

 

 鶴乃はこれがますます気に食わない。自分を差し置いて気心知れた三人が言葉もなく通じ合っているようにしか見えず、猛然と食って掛かる。

 

「お姉ちゃんをたぶらかそうったって、そうはいかないんだから!」

 

 あまりの剣幕に場は沈黙。

 

 数秒後、三人が同時に我に返る。もっとも早く口を開いたのは瑞乃だった。

 

「こら、鶴乃。さすがに。それはさすがに、だよ。みふゆは──」

「みっちゃん」

 

 たしなめるような口調の瑞乃を一言で黙らせ、みふゆは鶴乃に対し、体ごと向き合う。二人の視線がばっちりと交錯し、みふゆはニコリと笑みを浮かべた。

 

「お姉ちゃんのことが大好きなんですね」

「当たり前だよ! お姉ちゃんは私の大切なお姉ちゃんなんだから!」

「知っていますよ。つい最近知り合ったばかりのワタシより、鶴乃さんはよっぽどみっちゃんと仲良しですよね」

「その通り! この最強の妹である由比鶴乃こそ、お姉ちゃんを世界で一番大切に思ってるんだから! ふんふん!」

「では、そんな鶴乃さんにお願いです」

 

 みふゆは身を乗り出して、鶴乃を下から覗き込むように、

 

「お姉さんのことを何も知らないワタシに、教えていただけませんか? どこが好きなのか、どこがいいところなのか」

「お安い御用! まず料理が上手で──頑張り屋で──なんでも出来て──」

 

 堰を切ったように姉のいいところを語りだす鶴乃。的確な相槌を打つみふゆの話術により、鶴乃の表情は次第にやわらかくなっていく。

 

 とはいえ、横で聞かされている本人からしてみれば恥ずかしいことこの上ない。

 

「ちょっ、本人がいる前で何言い出すの!? むぐぐ……」

「面白いから大人しくしてなさい」

 

 瑞乃は背中にかぶさったままの鶴乃の口を塞ごうと席を立つが、やちよに力ずくで着席させられる。やちよは意地悪な笑みを浮かべていた。

 

「お姉ちゃんって教えられたこと大体何でも一回で出来るようになるけど、夜中にこっそり起き出して忘れないように復習してたりするんだよ! そのことを指摘したらすっごくしどろもどろでバレバレなウソついたりしてかわいいんだ! 朝とか家で一番早く起きてお店中ピカピカに──」

「拷問か!? さすがに、さすがに拷問やで!?」

 

 本人の目の前で行われた褒め殺し作戦に瑞乃のキャラは壊れ、みふゆと鶴乃は共通の好きなものを見出して仲良しに。やちよは思った以上に出てくる友達のいいところに呆れつつ感心し、最後には耳まで真っ赤になった瑞乃がカウンターに突っ伏していた。

 

「やちよー、みふゆー! また来てねー!」

 

 帰る頃にはすっかり仲を深め、鶴乃は満面の笑みで二人を見送った。

 

「むむ……罪悪感が……」

 

 瑞乃は何か言いたげに口を開いては閉じるを繰り返していたが、結局何も言わないまま、困ったように笑いながら鶴乃の頭を撫でたのだった。


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