お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第20話

 青い空、白い雲。遠くに望む海と空の境目は白くかすみ、緩やかな潮騒が砂浜に打ち寄せる。潮の香を乗せた暖かな風が吹き抜け、水着姿の少女たちを出迎えた。

 

「つ、つ……」

「着いたでございます、海!」

「ホット過ぎるんですケド……」

「わあ、きれいね」

 

 各々感想を述べる少女たちは、神浜市で絶賛活動中の悪の組織、マギウスの翼とその頭目たちだ。組織の善悪はともかく彼女たちは青春まっさかりの中高生、約二名は小学生ということもあり、こうして夏休みを満喫している。

 

 今回の海水浴旅行において、参加者は八名。組織のトップたる里見灯花、柊ねむ、アリナ・グレイ。翼からは梓みふゆ、巴マミ、六野かすか、天音月夜、月咲の姉妹。発案者の灯花としては組織全体から希望者を募り、大人数で出かける予定だったが、参加者八名を除いた全員が神浜市から出ることを固辞した。力のない魔法少女が多い羽根たちからすれば、魔女化の恐れがある外には出たくないようだった。

 

 そういった事情で、普段から絡みの多い八名が連れ立って参加する運びとなったわけだ。

 

「じゃ、みんな手をつないでー」

 

 とてとてと波打ち際に駆け寄った灯花が、他の七名を手招きする。小学生らしい白く華奢な手足が、日差しに負けないきらめきを発しているようだった。

 

 言われたとおり、または暑さで気だるげにしつつ八人は手をつなぐ。

 

「えっと、この態勢って?」

「分かった、花いちもんめですね!」

「みっふ、発想が大正生まれ……ぷ」

「ななっ!?」

「さ、行くよ! せーのっ──」

 

 一列になった八人は一斉にジャンプ。着地と共に舞い散った飛沫が少女たちを彩ってきらりと、宝石のように輝く。

 

 マギウスのサマーバケーション、開幕である。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 所属する組織が組織なせいか、マギウスのメンバーは個性が強い。八人もいれば同じ海岸でやることにも違いが出てくる。

 

「もっとバナナボートを乗りこなしてみせてよー!」

「む、無理でございます!」

「うちらが遊ぶんじゃなくて、うちらで遊ばれちゃってるよー!」

 

 灯花は天音姉妹をバナナボートやらフライボートに乗せて転覆、空に吹き飛ぶ様などを見て楽しんでおり、姉妹は涙目に。ねむは灯花のそばで砂のお城を作りつつヤドカリと戯れ、パラソルの下ではみふゆをデッサンモデルにしようとするアリナとごめんこうむりたいみふゆが攻防を交わしている。幸いここは灯花の父が所有するプライベートビーチなので、どれだけ騒ごうと問題はなかった。

 

「よーし行こうかトモちゃん!」

「え、ええ」

 

 そんな中、かすかとマミは浮き輪を手に海へ繰り出そうとしている。特に目的はないけれど海があるなら泳がなくては損。入念に準備体操をしてから波打ち際に足を踏み出し──

 

「待ってください!」

「みっふ?」

 

 呼び止められ、足を止めた。

 

 二人が振り返るとみふゆが日焼け止めクリームのボトルを手に駆け寄ってくる。どうやらアリナからの要求は躱せたらしく、アリナはパラソルの下でトロピカルジュースを呑んだくれている。

 

「海に出るなら日焼け止めを塗らないと、あとで痛い目を見ますよ。さあ、塗ってあげますから二人ともこっちへ」

「えー? いいじゃん別に。ねえトモちゃん?」

「まあ、今更よね」

 

 パラソルの下へ引っ張って行かれる二人だが、このビーチにいるのは漏れなく魔法少女だ。爆発炎上クラスの熱に煽られてアフロで済む存在が、今更紫外線を気にする必要はあるのだろうか。

 

 そんな思いを表情から見て取ってか、みふゆは眉を吊りあげる。

 

「魔力があるから無茶できる、なんて考えはいけませんよ。そうやって横着するから大怪我したりするんです」

「ぎくっ」

「たしかに、普段から体を丁寧に扱っている方がいいわよね。みふゆさんの言うとおりよ」

 

 二対一になっては分が悪い。観念したかすかはため息をつき、ボトルを渡すよう要求する。しかしみふゆから返ってきたのは満面の笑みと、いかがわしい動きで開閉される両手のジェスチャーである。

 

「右手だけでは、うまく塗れないでしょ? ワタシがちゃーんと隅々まで塗り込んであげますからね」

「ひえっ、な、なんか不穏……じゃあアリちーに頼むから、ってちょっとぉ!?」

 

 かすかは迫られると弱い。強い力でパラソルの陰へ引っ張り込まれ、シートの上に組み敷かてしまう。みふゆはうつぶせになったかすかのお尻にまたがって、日焼け止めクリームをねっとりと塗りつけ始めた。

 

「ど、どこ触って……ひっ……と、トモちゃん! 指の隙間からチラチラ見てないで助けて! このアホ毛やらしい!」

「巴さん、よく見ていてください。これが大人の関係ってやつです」

「中学生に変なこと教える、なっ!?」

 

 かすかの体がびくりと跳ねる。弱点を通過したみふゆの手はその反応に呼応し、執拗に同じ箇所を往復しだした。

 

「あっ、あははっ、わ、分かったみっふ、大正生まれは言いすぎた! 昭和でいい、ギリ昭和でいいからっ」

「正真正銘平成ですっ!」

 

 根に持っていたみふゆは眉を吊り上げ、かすかはお腹が痛くなるまで笑った。

 

 塗り終わった頃にはなぜかみふゆの方が心無しか肌艶がよくなり、逆にかすかは疲労困憊だった。ごく普通に優しく塗り込まれたマミは顔を赤らめつつも余力を残していて、今度こそかすかと共に海へ繰り出す。

 

 かすかは浮き輪の穴にお尻から突っ込んで、海面を漂流。マミはしばらくそれに付き合っていたものの、飽きたのだろう。いたずらっぽく笑ったかと思うと、手で水鉄砲を作り、かすかへと発射した。

 

「冷たっ。んもー、何するのさ!」

「ふふっ」

 

 器用にも浮き輪にハマったまま、はみ出た手足をばたつかせてマミへ水をかけるかすか。ひとしきり撃ち合いを楽しんだ後、二人して青い空を見上げた。

 

 潮騒をバックに、遠くから灯花のはしゃぐ甲高い声が聞こえる。穏やかで緩やかな空気の中、マミはぽつりと言う。

 

「私こんな風に誰かと海で遊んだの、初めて」

「ふうん? 見滝原の友だちとは?」

「あの子達とは、今年会ったばかりだから」

「そっか。じゃ、来年だね。全部終わって、みんな解放された後で、海でも山でも行ったらいいよ」

「ええ、来年必ず。かすかさんも見滝原に遊びにきてほしいわ。みんなに紹介したいの」

「考えとく」

 

 うまく笑えた自信はなかったけれど、お互い空を見上げていたおかげで、追及されることはなかった。動かない左腕と半分欠けた視界。後一年と宣告されてからすでに半年以上経っている。かすかにとっての来年は定かではない。

 

 感慨にふけっていると海岸から灯花の呼ぶ声が聞こえ、かすかとマミは顔を見合わせてそちらへ進路を向ける。

 

 そこにはニコニコ笑う灯花と、散々遊ばれてくたびれた天音姉妹がいた。

 

「なんでもいいからわたくしを楽しませて!」

「はい?」

 

 灯花はさっそく海の遊びに飽きかけていた。旅程初日の数時間でこれなので、かすかは耳を疑う。

 

 さらに言葉を続けたことには、楽しませてくれたならミナギーシーのペアチケットなどの豪華景品を進呈するとのこと。ミナギーシーとは神浜市栄区に位置する人気テーマパークで、アトラクションはどれもこれも一時間待ちが当たり前な大人気スポットである。

 

 天音姉妹はペアチケットが貰えると分かるとがぜんやる気をみなぎらせ、マミも「かすかさんと、二人きりで……」などとやる気を出している。

 

 かすかは特に乗り気ではなかったが、二人のノリに合わせ軽くジャブを放つことに。

 

 ばっと勢いよく手を挙げる。

 

「はい、かすか!」

「メンバー全員で無人島行って一週間サバイバル生活! もちろん魔法の使用は禁止ね!」

「却下!」

「じゃあみんなでモリ突き漁競争! 最下位は今日一日ご飯抜き。漁協にはみとっちのコネで話つけてね!」

「いぃーーやっ!」

「遊びってレベルじゃないでございます!?」

「ウチらも普通に嫌だよ!」

「かすかさん、気を確かに」

「怒涛の総ツッコミ!」

 

 がーん、とショックを受けたかすかは肩を落とした。

 

 大体何でもできるかすかは挑戦するにあたって制限がない。面白くなりそうなら修羅レベルの遊びだって辞さない覚悟である。当然そんな挑戦者気質は誰も求めておらず、総スカンを食らった。

 

 とりあえずこの場では案が出そうにないので、灯花は双子に「頑張って」と激励。双子は胸の前でぐっと拳を作り、企画を探しに旅立った。

 

 残されたのは落ち込むかすかとなぐさめるマミ、手持ち無沙汰な灯花。

 

 ふと、灯花の視線がかすかの胸に行く。はちきれそうなビキニタイプの水着。隣に立つマミも中3にしてはすさまじいサイズだが、かすかは一歩先を行っている実り方で、灯花の見立てによるとマミのそれが重力を発生させているのに対し、かすかのは重力波が出ている。

 

 これ中に何入ってるんだろう? 落ちるリンゴを見つけたニュートンレベルの科学的疑問が灯花の頭脳を満たす。もちろん人体の構造など知り尽くして久しいものの、目前のこれは神浜市最古参の特別な代物なので、もしかすると中に魔力や希望が詰まっているかもしれない。むしろこっちがソウルジェムの本体なのではないか。

 

 一度気になると止まらない。灯花は虫の足を一本ずつむしり取るくらいの気持ちで、その豊かな胸へ手を伸ばした。

 

「んっ」

 

 下から上へ持ち上げて、次は左右に振ってみて。小さな両手が柔らかなそれに吸い付き、勝手気ままに揉みしだく。マミは両手で口元を覆い目を丸くしている。

 

 時間にして数秒。灯花が手を離すと、かすかは顔を真っ赤にして後ずさった。

 

「な、なんばしょっと!?」

「ちゃーんとクーパー靭帯つながってるみたいだねー。重力に負けそうだったから、手伝ってあげようと思って」

「うちのマジカルクーパーさん舐めんな余計なお世話じゃんねぇ!?」

「くせになる感触だったにゃー。もう一回触らせてくれたら何か景品あげちゃうよ?」

「こっ、この……セクハラ上司めっ!」

「あっ、かすかさんどこへ!?」

 

 踵を返すや否やスプリントで駆けていくかすか。波打ち際で浮き輪を装着して海へ飛び込むと、モーターボートめいたバタ足で沖合へ逃げていきながら、「ちょっと労基署行ってくるー」と返ってきた。

 

 かすかは左腕と左目の機能を喪失している。一人で大海原へ出航させるわけにはいかない。気持ちは分かるけど海に役所はないわよねと冷静に突っ込みつつ、マミがその後を追いかけていった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「一体何事ですか?」

「灯花、何をやらかしたんだい?」

 

 残された灯花のもとへ、遠目から見ていたみふゆとねむがやってきた。海岸線に沿ってばた足で泳ぎ去っていくかすかとマミを眺めながら、灯花が満足げにいきさつを語ると、ねむは呆れて嘆息。灯花のいたずらもタチが悪いが、そのくらいで取り乱すかすかも大げさな気がした。

 

「な、なんてことを……」

 

 一方、みふゆは相当頭に来ているらしい。前のめりで握りこぶしを作って憤慨している。

 

「かすかさんにセクハラできるのはワタシだけの特権なのに!」

 

 うわぁ、と。灯花とねむの声が重なった。二人の天才は無意識にみふゆから一歩後退る。

 

「かすかは友人関係を一度見直した方がいいんじゃないかな」

「わたくしもどうかーん。これはさすがにだにゃー」

「うん、さすがにだよ」

 

 二人の瞳の奥で重大な何かが揺れている。

 

 それは信頼である。複数の派閥からなる羽根たちを取りまとめ、マギウスに取り次いで積み上げてきたみふゆの信頼が、攻め過ぎたジェンガのごとく揺らいでいた。

 

 不審者に遭遇したようにささやきあう二人だったが、みふゆには聞こえていたらしい。しかし反論するでもなく、みふゆはきょとんと意表をつかれたみたいに目を丸くして、灯花とねむへまじまじとした視線を送る。

 

 灯花たちが警戒を高めているのに構わず、みふゆは一転、微笑を浮かべた。

 

「二人とも、かすかさんと仲がいいですよね」

「急に何言い出すの?」

「暑気と惚気で文脈の概念を溶かしてしまったのかな?」

 

 唐突な話題転換に戸惑う二人。みふゆはにこにこと嬉しげな笑みを崩さない。

 

「いえ、深い意味はないんです。本当に仲が良くて微笑ましくなっただけなんですよ」

 

 灯花とねむはしばらく怪訝な思いで首をかしげていたが、特に否定する理由はなく、ねむの方から率直に答えた。

 

「……まあ、かすかのことは好ましく思っているよ」

「ねむは小説の趣味が合うのがきっかけでしたっけ?」

「それもあるけど、大きな理由じゃない」

「じゃあやっぱり料理が美味しいから?」

「胃袋を掴まれたみたいな認識はしないでほしいな」

 

 ねむはむっとして反駁しながら、年上の友人のことを思った。たしかに料理は美味しいし、新しいジャンルの小説を紹介してくれたことも好感の理由ではある。ただ、もっとも大きなのは漠然とした信頼感だった。

 

 言葉にしがたい感覚を物書きの矜持でもって、簡潔な表現へ落とし込む。

 

「僕はありのままでいい。そう思えるから、好きなんだろうね」

 

 かすかは変化や成長を正義と思わない。かといって停滞や足踏みをいいものとも思っていない。相対した人物の現状をありのままに受け入れ、肯定する習性がある。どんな自分であろうと決して拒絶せず受け入れてくれる安心感があるからこそ、傍にいると心地良いのだろう。ねむはそう分析していた。

 

「抽象的過ぎてよくわかんない。これだから空想に生きてる人は困るよねー」

 

 かちん、とねむの頭に来た音が聞こえるようだった。

 

 いつものように天才同士の舌戦が始まるよりわずかに早く、灯花は直截に告げる。

 

「わたくしもかすかは好きだよ。からかったら面白いし、お料理美味しいしね」

 

 でも、と口を尖らせて、

 

「口うるさいのは苦手だにゃー。この前もめちゃくちゃ怒られちゃったし。お説教は嫌い」

「あの一件のことだね……たしかにあれは肝が冷えた」

「怒られた? どういうことです?」

 

 付き合いの古いみふゆをして、かすかが本気で怒るところは見たことがない。一体二人は何をやらかしたのかと思ってみれば、返ってきた答えは想像を絶していた。

 

 ワルプルギスの夜を利用した計画の加速案。天災クラスの魔女により一般人の犠牲と感情エネルギーの促進を図り、イブをすぐに孵化させる天才的な腹案があった。二人がそのことをかすかに語ったとき、尋常でない怒気を感じたという。

 

『それ、ラインだからね?』

 

 あるいは殺気だったのかもしれない。灯花とねむが二人して絶句し、神妙にうなずいたのは離反ドミノを恐れたことだけが原因ではなかった。

 

 ワルプルギスの夜を呼ぶとなれば、妹が傷つく可能性は飛躍的に高まる。それを危惧したお姉ちゃんによるささやかな威圧だったが、十年以上鉄火場をしのいできた魔法少女の気迫は、当人の思ったよりも高い効果があった。

 

 さんさんと降り注ぐ陽光の下にも関わらず、灯花とねむは当時を思い出し若干顔色を悪くしている。

 

「ワルプルギスの夜を……それはまあ……」

 

 しばし思案顔で伏し目になっていたみふゆは、スイッチを入れ替えたようにパッと笑顔を浮かべた。

 

「なるほど。マギウスの御三方そろってかすかさんと仲が良いようですね。友人として嬉しいことです」

「かすかのことなのに、なんでみふゆが嬉しいの? 変なの」

「……御三方、って言ったかい?」

 

 耳聡くねむが聞きつけ、ちらりと砂浜の一画を一瞥する。サイケデリックな彩色のパラソルの下で、トロピカルジュース片手にリクライニングでくつろぐアリナの姿があった。ねむが察している通り、みふゆは折を見てアリナにも同じような話題を振ったことがある。好奇心を見せる灯花とねむの視線に対しあえて秘匿する意味はないので、みふゆはアリナの言葉をそのまま口にする。

 

『グロテスクな死体をビューティフルに仕上げる料理は、生死が題材のアートと呼べるワケ。その点、アーティストとしてリスペクトせざるを得ないヨネ』

「そういうの、胃袋掴まれてるって言うんじゃないかにゃー」

「食材を死体扱いするのはどうかと思う……」

 

 二人の視線に気づいたアリナは眉をひそめて見返したものの、興味なさげにサングラスをかけてふんぞり返った。アーティストはマイペースである。

 

 灯花とねむはアリナを仲間として認識しているが、価値観や性格の違いから一歩距離を置いていた。思いがけないところで互いの共通項を見つけたので、珍獣でも見るような目つきになっている。

 

「君はどう思ってるのかな、みふゆ」

 

 ふいに、ねむはみふゆへ水を向けた。

 

「僕たちにばかり答えさせて、自分だけ何も言わないのは不公平だよ」

「セクハラのターゲット、とかならかすかもかわいそうだよねー」

 

 みふゆは六野かすかに対し、どういった感情を抱いているのか。おおよそ想像はつくけれど、本人の口から聞いたことはない。

 

 問われたみふゆは目をぱちくりさせた後、ぞっとするほど純真な笑顔でこう言った。

 

「もちろん、大好きですよ。世界中の誰よりも、何よりも」

 

 

 

ーーー


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