お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第21話

 あてもなくセクハラ小学生から逃亡を図ったかすかは、岩場の陰で航行を止めた。

 

 マギウスの集まっている場所から見ると、浜辺に黒黒とした雲がかかっているようなむき出しの岩場だ。海側から回り込んで見てみると、岩場はトンネル状に抉れ、洞窟のようになっている。不思議なことに、奥の方には陽光とは違う色合いのほのかな光がきらめいている。

 

「やっと追いついた……かすかさん?」

「トモちゃん見てよこれ、洞窟。なんかワクワクしない? するよね? 探検だよね?」

「えっ、ここに入るつもり!? ま、待って!」

 

 いかにも何かありそうなロケーションにかすかのテンションはうなぎのぼり。及び腰のマミを尻目に、バタ足を再開して中へ進んだ。マミも数秒迷った末、おずおずと後に続く。

 

 洞窟の内部を明るく照らしていたのは、光るコケだった。弱々しい蛍光テープのような光が幾重にも重なったコケから発され、肉眼でも困らない程度の明るさをもたらしている。

 

 暗がりの奥に陸地が見え、進んでいくと足が砂地に着く。

 

「ん? なんだろ」

 

 足の指先に奇妙な硬い感覚があった。探検モードのかすかはサラサラした砂地に手を差し込み、異物をつまみ上げる。

 

 小指の先端ほどの白い何かだった。一見ただの小石のようだが、それにしては軽すぎる。波に相当もまれたのか、表面はなめらかでつるつるしていた。

 

「かすかさーん?」

 

 洞窟の陸地からマミが呼んでいた。薄暗がりで心細いらしく切実な声音である。白い何かのことは気がかりだったが、ポケットもかばんもないためやむなく手放して、声の方向へ向かった。

 

 どうやら浜辺からの入り口もあるようで、砂浜の上に立つアーチ状の岩場から外の光が差し込んでいる。その光とコケで怪しく照らし出される物体が、かすかとマミの目に飛び込んできた。

 

 それは小さな祠だった。潮風や波でひどく傷んでいるものの、鍵が固く閉ざされていることから管理されているものと思われる。

 

「海にまつわる怖い話だと、こういう祠には御札がベタベタに貼ってあって、私たちがその封印を破って呪われるパターンなんだけども」

「お、恐ろしいこと言わないでよ!」

「冗談だってば。御札とかないでしょ」

 

 左腕をきつく握ってくるマミを連れ、かすかが祠に歩み寄る。御札は一つもなく、封じているものといえば錆びた鍵穴だけだ。

 

 といっても冒険心がうずくシチュエーションであることは変わらず、かすかはワクワクしながら祠に手を伸ばし──脳裏に不可思議な光景が広がった。

 

 万華鏡のようにめくるめく景色。大時化の海、遠くなる海面、虚ろな目をした多数の人間。最後に、祠の前で涙する瓜二つの少女たち。不思議な装束をまとった彼女たちは双子の魔法少女らしく、ソウルジェムのはめられた装身具を身に着けている。

 

『このままじゃ犬死するだけ』

『式典を終えれば魔法少女の宿命から解放される』

『魂を浄化して』

『巫女の職責をまっとうできる』

 

 彼女たちは海辺の村に住まう巫女だった。当時、魔法少女は巫女と呼ばれ、村に伝わるある儀式をこなせば宿命から解放されると大人たちに聞かされていた。

 

 けれど魔法少女の契約は取り返しがつかない。八百万の神々へいくら祈りを捧げても意味はない。

 

『ひどいよ、こんなのあんまりだよ……殺されるだけ。たとえ逃げても、いずれ魔女になってしまう』

『普通の女の子として幸せになる……それだけなのに、決して叶わない……』

 

 少女たちはその真実に気が付き、祠の前で涙を流していた。

 

 慟哭と共に、記憶のかけらが遠くなっていく。

 

 はっとかすかが我に返ったとき、双子の魔法少女は影も形もない。古びた祠がぽつんと立って、仄暗い洞穴に緩やかな波が寄せている。

 

「どうかしたの?」

「いや、なんでも」

 

 かすかが過去を覗いていたのは、ほんの瞬きほどの間だった。マミから見れば、かすかは祠に触れて急に動きを止めただけだ。首を振って一歩引く。

 

 祠にはかすかでも見逃してしまうほど、微妙な魔力がこびりついていた。魔力というよりもその痕跡、残滓だ。

 

 奇跡など起こしようもないエネルギーの断片。けれどここで息絶えた魔法少女の無念は過去の情報とともに、たしかにかすかへと伝わった。

 

 かすかは静かにヒザをつき、両手を合わせる。名前も知らない過去の魔法少女に黙祷。目を丸くしたマミも何かを察したのか、同じように祈りを捧げた。

 

 かすかは双子ではないがお姉ちゃんだ。ゆえに記憶の中で宿命に屈し、妹と共に息絶えた姉の無念はどこまでも深く伝わった。同じお姉ちゃんだからこそ、奇跡を起こし得ない残留思念だけで共鳴できたのだ。

 

 立ち上がったかすかの顔からは無邪気な冒険心が消え、一日中遊んだ後のようにくたびれている。みしりと小さく軋む音が鳴ると、くたびれ顔が極めて刹那の間、苦痛に歪んだ。

 

「トモちゃん、ごめん。疲れちゃった。保養所に帰って寝とく。みとっちたちに伝えといてもらえる?」

「そういえば、前日からずいぶんはしゃいでたものね」

「いやー、はは。遠足前の小学生じゃんねぇ」

 

 急な物言いだったものの、かすかの張り切りようを知っているマミはくすりと笑って受け入れた。保養所までは徒歩五分程度の距離だったが、一人にするのは不安だったので、念の為部屋までエスコート。冷房の効いた部屋に敷かれた布団にかすかが身を横たえてしばらくすると、マミは後ろ髪ひかれるようにのろのろと灯花たちのもとへ戻っていった。

 

 布団の上のかすかは目を閉じ、先程垣間見た過去に思いをはせる。

 

 妹を失う恐怖。宿命に押しつぶされる実感。深く共感したかすかに、遊ぶ気力は失せていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 とっぷりと日の落ちたプライベートビーチ。照明の少ない田舎の避暑地なので、普段は見えない星や月の明かりが柔らかに水面へ降り注いでいる。

 

 潮騒が夜の闇に染み込んでいく中、少女たちは昼間と変わらない活力をみなぎらせ、大いにはしゃいでいた。

 

「くふふっ。手持ち花火だし、もっと弱いかと思ったけど。意外とちょうどいい強さだねーっ」

「ちょっと灯花……火をこっちに向けないでくれる? 危険だし、何より熱い」

「線香花火がこんなに綺麗だなんて知らなかったよ……」

「ばい、神秘的で綺麗でございます」

 

 手持ち花火を両手に駆け回る灯花。飛び散る火花にむっと眉を寄せているねむ。つつましやかな線香花火を静かに楽しんでいる双子と、へび花火の地味さに微妙な気分になっているアリナとみふゆ。

 

「へー、巫女さんが式典を……」

「そうなのよ。なんだかドラマみたいよね」

「ジャンルはミステリー、サスペンス? 最初の犠牲者は誰かな?」

「んー、大穴で灯花さん」

「あれは黒幕でしょ」

「わたくしがどうかしたの?」

 

 かすかとマミもその輪の中で、手持ち花火片手に話し込んでいる。寄ってきた灯花に何でもないと答えると、首をかしげてまた駆け出した。マミと顔を合わせてくすりと笑い、かすかはたった今聞いた話に思いを馳せる。

 

 マミによると、かすかが寝ている間に保養所近くの村でちょっとした事件があったらしい。

 

 天音姉妹はその村で海の神を招いて歓待する式典が開かれることを聞き、灯花を楽しませるために全員で村へ向かった。しかし肝心の式典が巫女の手によって中止寸前まで追い込まれていたという。巫女は式典に不可欠な装身具を盗み、マギウスたちの推理によってその犯行が暴かれると、装身具を破壊した。粉々になった装身具は修復中で、式典とは別にお祭りだけでも明日開催される。灯花はそのお祭りが楽しみで、いつもよりはしゃいでいるとか。

 

「昼間に二人で見つけたあの祠ね、あの中に二つある装身具のうち一つが入っていたのよ」

「巫女さんがそうまでして拒否る式典の装身具ねえ……さすがに」

「さすがに……何?」

 

 さすがに本気でいわくつきの場所だったと考えると、かすかも冷や汗を抑えきれない。一眠りしてからみんなと合流しおいしい海の幸に舌鼓を打っていると白昼夢だったような気がしていたが、巫女がそこまで嫌がるならあの記憶は実話なのだろう。夏のホラーを体験してしまったかすかは悪寒を覚え、身をすくめた。

 

「……っ」

「かすかさん?」

 

 次いで、燃え上がる怒り。感覚のない左腕の皮膚に右手の指が深く食い込む。前世と今生合わせても長らくご無沙汰だった本気の怒りと苛立ちに、かすかは声が震える。

 

 暗がりで表情がよく見えないため、マミが怪訝に首をかしげた。

 

「マミとかすかはどうする? 保養所で休んでいるかい?」

「えっ?」

 

 すると、唐突にねむの声。見ると、花火はみんなバケツに突っ込まれており、ねむたちは六人連れ立ってマミとかすかを待っている。

 

 ねむはやれやれと首を振った。

 

「話を聞いてなかったみたいだね。これからみんなで、光るコケのある洞窟を見に行くんだ。君たちはどうする?」

「行く行く。一人で戻っても退屈だし」

「かすかさんが行くなら」

 

 光るコケの洞窟と聞いてすぐに昼間のあの場所を連想。お墓ではないにせよ、同じお姉ちゃん仲間としてもう一度お参りしておくのも悪くない。かすかとマミも加わった八人全員で移動すると、案の定昼間の洞窟だった。

 

「コケが光を反射するって仕組みを分かってても、まあまあ綺麗って思えるよー」

「素直じゃないなぁ……」

「何をー!?」

 

 月や星のわずかな光をエメラルド色に反射するコケは幻想的で、灯花やねむは小突き合いながらも楽しんでいる。アリナは何を考えているのか分からないキョトン顔で辺りを見回しており、みふゆはその横で微笑。

 

 天音姉妹はというと、

 

「ちょ、つっくん? つかさん?」

 

 祠に手を触れたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 

 近づいてみると、目の焦点が合っていない。遠いどこかを見ているようだ。それこそ、昼間にかすかが垣間見たはるかな昔を見ているのかもしれない。

 

「はっ、い、今のは?」

「かすかさん?」

 

 二人が立ち尽くしていたのはほんの十数秒だった。我に返るなり周囲を見回し、そろってかすかと目が合う。

 

「かすかさんも、祠に触っても何も起きないでございますか?」

「双子の魔法少女を見たりはするよ。昼間に見た」

「えっ!?」

 

 二人が手を触れた拍子に、祠の扉が開いていた。かすかがその扉を締めると昼間と同じように魔力の残滓が流れ込もうとしてくる。これに対し、すばやく自前の魔力で干渉を遮断した。十年以上も扱っているエネルギーなので、探知も操作もお手の物だ。

 

 近くでその様子を見ていた双子は信じられないものを見たように目を見張り、顔を見合わせる。それから、かすかの袖をちょんと引いて洞窟の隅へ寄った。

 

「かすかさん。あの双子はきっと、私たちに何か伝えたいことがあるでございます」

「ねー」

 

 月夜と月咲によると、この祠だけでなく村の近くのもう一つの祠でも同じ現象が起こったという。双子の魔法少女が伝えたいこと、村に伝わる式典の謎、その裏に潜む闇。天音姉妹は祠が見せる幻影をきっかけに、式典へ深くかかわる決意を固めていた。

 

「あの双子を見たってことは、かすかさんもウチらと同じで何かつながりがあるんだよ」

「ですから明日村に行って、謎を調べるお手伝いを……」

「ごめん無理」

「ええ!?」

 

 かすかは感度も人一倍強いので、わずかな残滓から双子が伝えたい思いを十全に汲み取っていた。宿命に屈した無念、悔しさ、恐怖、そして──村に対する激しい憎悪さえも。

 

 天音姉妹が共感する気持ちは分かるものの、暗く燃え盛る残留思念にこれ以上関わりたくはなかった。なぜなら今はバケーション。生真面目に悲しくなるよりおバカに楽しく過ごしたい。

 

 天音姉妹は心細そうに肩を落としたけれど、二人でぎゅっと手を握り合うと、決然とした瞳で前を向いた。かすかは小さく頑張ってとだけ言い残し、二人の元を離れたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 翌日、午前中はひとしきり海で水遊びを楽しんでからマギウスメンバーはそろって村へ。林の合間の広場にはチョコバナナ、水飴、ヨーヨーなどお祭りらしい出店がぎゅう詰めになり、赤いちょうちんの連なりが夏の青空を区切っている。

 

 灯花を筆頭にお祭りへ繰り出す一行だが、おかしい。出店には人気がなく、よく見ると店番すら誰一人していない。

 

「申し訳ないけど、式典の準備をしなくちゃいけないからね。お祭りは明日だよ」

「楽しくなーい!」

「まあまあ、つっくんたちの勇姿を見物に行こうよ」

「それしかなさそうだね……」

 

 通りがかった村人に事情を聞いた灯花はかんしゃくを起こす。かすかがなだめつつ、一行は間もなく始まるという式典の祭場まで移動した。天音姉妹は祠の前で起きた現象を追究するため、辞退した本来の巫女の代役を買って出たのだ。

 

 ねむは式典に民俗学的な興味があるらしく、がぜん乗り気で一同の先頭を切って移動。ぶーたれる灯花、あくびをするアリナが続く。

 

 祭場に着いた頃にはちょうどよく開始予定時刻で、沈みかけた太陽が空を赤く染めている。村人たちが作った人だかりの中には式典で使う装身具を身に着けた天音姉妹の姿。

 

「な、何をするでございます!?」

「痛っ、離してよ!」

 

 が、ここで異変発生。

 

 村人たちは突如双子に掴みかかり、二人の腕を後ろ手にひねりあげた。村長の老人は無表情で「指輪を取り上げろ」と命じ、二人は力の源である指輪状のソウルジェムを奪われてしまう。

 

 変身しかけたかすかだったが、軋む音が聞こえて動きを止める。すると村人たちは林の中へ双子を連れ込んでいく。

 

「岬へ連れて行け」

 

 灯花とねむは心配よりも好奇心に満ちた顔つきで、村人たちを追いかける。

 

 行進が止まったのは林を抜けた先にある切り立った崖で、下には打ち寄せる波が崖を絶えずえぐっていた。

 

 村人たちが力づくで双子を崖際へ押し出していく段階で、一行は見ている場合ではないと判断。変身して村人たちを蹴散らしにかかる。

 

「死んでも知らないカラ」

「汚い手でわたくしに触らないで!」

「邪魔……!」

「ちょっと三人とも! もっと加減しないと危険よ!」

「大丈夫です、巴さん。一応この子たちも魔法少女なんですから」

 

 一般人に向けるにしては物騒な剣幕だったので、マギウスに文句をつけるマミ。みふゆがなだめるものの、一応と付けたせいで余計不安を煽った。

 

 かすかはその様子をじっと見つめ、ぴくりとも動かない。

 

(あああ腹立つ腹立つ腹立つ痛い痛い痛い!)

 

 むしろ動けない。溢れ出る憤怒と憎悪、それに伴い増幅していく穢れによって魔力が減り、激痛が魂を苛んでいる。

 

 双子の魔法少女を襲った悲劇を知ったときから、かすかはずっと怒りを抑え込んでいた。村人たちに騙され、使い捨てにされる双子の気持ち──とりわけ妹を守れなかった姉の無念、悔しさを思うと、村人たちへの怒りと憎悪が止まらない。かすかはいついかなるときでもお姉ちゃんであり、だからこそ見知らぬお姉ちゃんの思いにどこまでも深く共感できてしまうのだ。

 

 その共感はかつてないほどの憎悪をかすかに与え、実際に天音姉妹が乱暴される現場を前に爆発寸前だ。

 

 しかし爆発すればすなわち即死、何もできないまま迷惑だけかけて死んでしまう。かすかは激痛に耐えながら、必死で鶴乃の笑顔を思った。うつむいて胸に手を当て、何度も鶴乃の名をつぶやく。

 

「月夜さん、月咲さん!」

 

 みふゆの悲痛な叫び声。かすかにとっては幸いなことに、一般人相手の鉄火場を前に誰もかすかの異変には気づいていない。

 

 どうにかメンタルを持ち直し、かすかも変身して参戦。

 

 村人をマミのリボンで縛り上げた後、崖下から現れた謎の魔女を全員で瞬殺し、海へ落ちた天音姉妹も助け出すことに成功した。天音姉妹とかすかはギリギリのところで一命をとりとめ、夏の夜の異変は終わりを告げるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「えっ、全部ご存知だったでございますか!?」

「たった一回見ただけで!?」

「うん」

 

 翌日の昼下がり、旅程の最終日。村人と観光客でにぎわう出店を回りながら、かすかはなんてことないような口調で村の過去を全部知っていたことを告げた。

 

 口にした後で後悔する。天音姉妹は過去を探るために村の式典へ深く関わり、危険な目に遭った。もっと早く教えてくれれば巻き込まれずに済んだ、と責められるかもしれない。かすかはイカ焼きを頬張りつつ、気まずげに二人をチラ見すると、

 

「良かったでございます……」

「ほっ?」

 

 二人そろって胸をなでおろし、安堵しきった笑みを浮かべている。

 

「ウチら、やるせない気持ちだったんだ。あの双子の子たちの苦しみも、存在さえもウチらしか知らないままなんだって」

「でも、そうではなかったでございますね。立派なお姉ちゃんのかすかさんがしっかり覚えている。同じお姉ちゃんとして私は誇らしいでございます」

「ねー」

「そ、そう」

 

 顔も名前も分からない過去の誰かのことを、ここまで思いやっている。かすかには月夜と月咲があまりにまぶしくて、つい目を逸らしてしまう。その耳が赤くなっていることに気づくと、双子は顔を見合わせて笑った。

 

 と、そこへねむと灯花がやってきた。

 

「興味深い話をしているね」

 

 ねむの瞳には好奇心が輝いている。

 

「この村の風習や式典、あの結界を持たない魔女にしたって、謎が多すぎる。真実を知っているなら、教えてほしいな」

 

 言われてみれば、と天音姉妹は顔を見合わせた。小さな名探偵の言うとおり、魔女は倒したものの謎が残ったままだ。特に隠すことでもないので、かすかは残留思念と過去の情景から推測した真実もどきを語って聞かせた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 それは村の暗部の起こりである。大きく3つの段階を経て、この村は陰惨な風習を生むに至った。

 

 まずはじめに、この村は海難事故や記録的不漁にあえいだ時期があった。村人たちはこれを海神の怒りと考え、人身御供によって鎮めようと考えた。この時人柱として海に出された人物の中に、おそらく魔法少女がいたと思われる。それまで人知れず魔女や使い魔から村を守ってきた魔法少女は、この仕打ちに絶望し魔女となった。この魔女は近海に居着き、村を襲う災厄は悪化してしまった。

 

 次に、悪化した災難に見舞われる村に魔法少女の素質を持つ子供が生まれた。その子供にキュゥべえが接触し、契約。少女は実際に魔法の力を実演するなどして、キュゥべえから聞いた魔法少女と魔女のこと、村を襲う災厄との因果関係を村人たちに信じ込ませた。少女の活躍によって災難は一時鎮静し、平穏が訪れた。しかし少女は長じるにつれ力が衰え、やがて魔女となった。

 

 村人たちは困り果てた。災厄の鎮静に魔法少女は不可欠だが、いずれ魔女になってしまう。そこで考えたのが、魔法少女使い捨てシステムだった。

 

 素質のある少女を神聖な儀式の名目で契約させ、力が衰えるまで戦わせる。魔女化の兆しが少しでも生じれば、式典の中で殺す。少女には、戦いによって生じた穢れを浄化し、清い魂をもって巫女の職責をまっとうすると吹き込み、岬へ呼び出す。浄化と偽ってソウルジェムを取り上げ、岬から突き落として殺害した後ソウルジェムを砕く。天音姉妹が巻き込まれた式典と同じように。

 

 こうして村は少女たちの命と引き換えに、今日まで豊かな生活を享受してきたのである。

 

「……」

 

 天音姉妹はそろって顔を青くしていた。祠で見た光景はかすかよりも断片的だったため、そこまで血なまぐさい風習があったとは考えていなかったのだ。

 

 一方、ねむは眠たげな目元を瞬いてしきりにうなずいている。

 

「なるほど……あの文献の記述とも一致する。その説に従うなら、僕たちが倒したあの魔女は、話の最初に生まれたものかな?」

「たぶんね。戦ったとき魔女の気配がしなかったのは、沖合から村の全域を結界にしていたからだと思う」

「気配が大きすぎて分からなかったんだね」

 

 納得した風なねむとは違い、灯花は首をかしげていた。

 

「なんか中途半端だにゃー」

 

 魔法少女を道具として使うなら、もっと徹底する。灯花はわたくしならこうすると前置きしてから、得意げにアイデアを披露した。

 

 村の風習として契約を強制するなら、少女の願い事を売り物にするビジネスが成り立つ。たとえば当時の地方政府や権力者の願いを少女に代行させ、その対価として村を優遇させたり、上層部が甘い汁を吸えるよう体制を整える。そうすれば魔法少女を余すところなく利用する合理的なシステムになりうる、と。

 

「……みとっちってホント、キュゥべえの才能あるよね」

「さすがに擁護できないよ、灯花」

「聞きたくなかったでございます……」

「ウチ、ちょっと気分悪い……」

「わたくし、褒められてる?」

 

 きょとんとする灯花の顔に一切の悪意はない。かすかが苦笑して頭を撫でると褒められたと解釈したのか、得意満面の笑顔を咲かせた。ねむはむっと眉を寄せるが、月夜と月咲はこれ以上聞きたくないとばかりその場を去っていった。

 

 いずれにせよもう終わった話だ。岬に落とされたと思われる歴代巫女たちの遺体も、波にさらわれてなくなっているだろう。証拠がない以上、残留思念をつなぎ合わせたかすかの推測の域を出ない。

 

 つまりはうたかたの夏夜(かや)に揺らめいた、とある無念の幻である。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「シィット! あの人形絶対後ろに支えがあるヨネ。ヘッドショットで微動だにしないんだケド」

「ヘイヘイ、苦戦してるじゃんね。ここは一つ地元のテキ屋に出禁食らった私がお手本見せてあげるヨネ」

「さらにシット。マウントマンのご登場ってワケ」

「せめてウーマンって呼んで!?」

 

 かすかが話し過ぎたことを双子に詫び、三人で歩いていると、射的屋で悪態をつくアリナを発見。無駄に多芸なかすかがスナイパーじみた腕前で景品をゲットし、アリナは舌打ち、双子は手を叩いて喜んだ。

 

「てぃろ・ふぃなーれ!」

「ふふ、全然似てないでございます」

「あっ」

 

 お調子に乗ったかすかは裏声で物真似しつつ引き金を引くが、

 

「ビハインジュー」

「てぃろっ……」

 

 背後にリボンのような金髪ツインテールがちらついたので、銃を双子に押し付け逃げ出した。待ちなさい、と呼ぶ声は聞かないふりだ。

 

 興ざめしたアリナを引き連れ更に歩くと水飴を手に練り歩くねむ、みふゆに合流。最後には買いすぎたたこ焼きと焼きそばとお好み焼きの山を前に慌てふためく灯花とマミに出くわし、少し早い粉物だらけの夕食会が始まった。

 

 ひとしきり出店を楽しんだ一行は、帰りしなの真っ暗な林道で肝試しを実行。何度か足を運んだ丘の祠へお参りをしてから帰ってくるコースを決め、二人一組で出発した。

 

「幽霊なんて非科学的だよね。心霊現象のほとんどはパレイドリア効果で説明つくもん!」

 

 かすかはくじの結果灯花とペアになり、余裕綽々で先行する灯花に手を引かれて進んでいたが、

 

「でもさあ、奇跡も魔法もある世界だよ? 幽霊もワンチャンありそうじゃない?」

「そ、そんなこと、あるわけ……」

「痛い痛いって魔力使うな変身すなー!」

 

 かすかの余計な意見を聞くなり灯花が変身し、思い切り手を握った。反射的に振り払うと、今度は裾にしがみついて離れなくなった。

 

「お化け怖いとか小学生かっ! あ、小学生か」

 

 かすかはセルフでツッコミをするほかなかった。今更暗闇が怖くなった灯花が、一言も発さなくなったからである。コアラのように引っ付いて離れない灯花を引きずって進む道中はかなりの重労働だった。

 

 なお、灯花のビビリ方を見て取ったねむがすかさずマウントを取りに行ったのは語るに及ばずである。

 

 保養所での枕投げで決着をつけることにした二人だが、遊び疲れたのか床につくとすぐに寝息を立て始め、かすかたちも程なく眠った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 翌朝、送迎の高級車に乗り込んだ八人は神浜市に舞い戻り、長いようで短いマギウスの夏休み旅行は終わりを迎えたのだった。

 

 最愛の妹に会えない寂しさはある。けれどひと夏の思い出はけっして味のないものではなく、幸せと刺激に満ちていた。魔法少女の宿命を覆した後で、来年はきっと鶴乃もやちよも、みかづきチームも一緒に楽しめたらいい。

 

 帰ってきた中央区のマンション、ベランダから快晴の空を見上げながら。かすかは希望に満ちた未来を想った。

 

 それはおそらく、あまりにも分不相応な望みだったのだろう。

 

「っつ……!」

 

 ばきり。軋む音とは違う、硬質な何かが欠けて砕ける音。それが聞こえるや否や、かすかの世界は黒く染まった。

 

 光に照らされる中央区の町並みも、抜けるような青い空も真っ黒に塗りつぶされている。呆然として幾度瞬きを繰り返そうと、落ちてきた闇は消えない。開いているはずの目に、光が差し込むことはない。

 

「へ、平気平気」

 

 すでに左目が見えなくなっていたのだ。いつかもう片方もと予想はできていた。あの夜に溜め込んだソウルジェムの穢れが、おそらく寿命を縮めたのだろう。

 

 かすかは自分を中心に微量な魔力を波のように放出。反射して返ってきた波から、擬似的な視界を作り上げた。魔力操作と探知両方に優れたかすかだからこそできる芸当である。

 

 色はない。鶴乃の顔も見られない。けれど不自由はしないから、まだまだ頑張れる。

 

 少しずつ近づいてくる終わりを考えないように、かすかはさらなる頑張りを誓う。その誓いが精神を追い詰め、もっと寿命を縮めることになるなどと、考える余裕すらなく。


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