お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第22話

 北養区、電波望遠鏡の管理施設。マギウスの翼の本拠地であるそこの一室に、組織の幹部が勢揃いしている。

 

 メンバーは夏休みを通じて仲を深めたいつもの八人。当人たちは完全な利害の一致によってつるんでいるだけといまだ思い込んでいるものの、一般羽根魔法少女たちからは『仲良しすぎて声かけづらい』と言われるほどの親密ぶりを発揮していた。

 

「み、みっふ、つっくん、つかさーん! しっかりして傷は浅いよ!」

「ワタシはここまでのようです……」

 

 そんな八人が夏休み明けに何をしているかというと、軽い仲間割れである。

 

 会議室の長机にはみふゆ、マミ、天音姉妹の四人が虚ろな目で突っ伏し、死屍累々の有様だ。かすかの必死の呼びかけにも関わらずみふゆが力尽き、下手人たるマギウス三人組は涼し気な顔をしている。

 

「どうして、どうしてこんなことに……」

「なんか茶番が始まったんですケド」

 

 アリナの茶々入れは置いといて、かすかはこの惨状につながる夏休み明けのイベントを回想する。

 

 ことの始まりは九月初頭、マギウスの翼が活動を再開した日のことだった。計画の要にあたる半魔女、エンブリオ・イブの状態を確認したところ、アリナの結界を突き破る勢いで成長していたのだ。休み中も稼働を続けていたウワサや魔女の活動と、休み明けで憂鬱な気分になっている多数の感情エネルギーによる急成長。

 

 このままアリナの結界を突き破れば施設が倒壊し、また濃密な穢れが神浜市全域の魔法少女に感知され、拠点の場所が割れてしまう。イブを収容できる新たな拠点の調達は急務だった。

 

 しかしすでに拠点や羽根のローブなどをパパ様におねだりして用意させた灯花は、これ以上のワガママは言い出しづらい。そこで、ねむが具現の固有魔法で拠点を創造する運びとなった。

 

 市内で放し飼いにしているウワサのように、物語の形をとればたいていの事物を創造できる。連作として加筆していけば、城のような拠点だって作れる。

 

『ただ、情景描写をする上で、物語の骨子を考えなくちゃいけない』

 

 ねむがそう進言すると、少女たちはそれぞれの欲望を骨子にするため、注文を付けだした。

 

『アトリエが欲しいヨネ』

『宇宙素粒子観測所!』

『現実的に考えてください。みんなで使うならお風呂に決まっています』

『私は、みんなでお茶ができる素敵なリビングがほしいわ』

『中華料理は炎の料理。大火力の厨房がほしい』

 

 我の強い連中の集まりなので、やっぱり話がまとまらない。その場は解散し、ねむはじっくり物語を考えることにした。なお、天音姉妹は注文をつける前に解散されたのでしょんぼりしていた。

 

 それから数日後、ねむが拠点について意見が聞きたいというので、それぞれ都合をつけて集まったのが先程のこと。

 

『ねむの言う拠点のことですが、名前から考えてみるというのはどうでしょう?』

『名は体を表す、でございますね!』

『いいんじゃないかにゃー』

 

 拠点の名前を考える。みふゆのこの提案が悲劇の始まりだった。

 

『希望の宿』

 

 まずはみふゆが提案したこれ。年寄りくさいヨネ、とアリナが一蹴。メンタルがやられたみふゆは力尽きた。

 

 その遺志を継いだ姉妹の片割れ、月夜は固い表情で発表したのは、

 

『愛と希望のマギウスランド』

『ダッッッサ!』

 

 再びアリナが切って捨てた。

 

『羽根を休める場所〜愛と希望を添えて〜』

『工房の大衆相手に大鍋料理作ってるくせに何グルメぶってるワケ? アナタには羽根のごった煮丼がお似合いだヨネ』

 

 妹の月咲も同様、一撃で粉砕。

 

 おずおずとフリップボードをオープンしたマミはというと、

 

『マギ・コーヴォ』

『コーヴォって巣穴とかねぐらって意味だヨネ。陰気、根暗っぽい』

 

 技名のためにかじったイタリア語知識で頑張ってみたが、ノーサンキューを突きつけられやはり撃沈。こうして死屍累々、鬼哭啾啾屍山血河の有様へ至ったのである。

 

 もっとも早く倒れたみふゆはゾンビのごとく上体を起こし、アリナへ恨めしげな視線を向けると、「じゃあアリナはどんな名前がいいと思うんですか」と問う。「そうでございます」「さぞかし素敵な案なんだよ……」「どうせ前衛アートみたいな名前なんでしょうね……」と、続いた敗者たちの声は地獄の底からにじみ出る怨念のようだ。

 

 これに対しアリナは、

 

『アトリエ・リトルホープ』

 

 割と常識的かつすっきりしたネーミングを開示。亡者たちがたじろいだところで、灯花も『希望観測所』の案を発表した。どちらも欲望丸出しではあるが、ねむからは「綺麗にまとまってる」と高評価だ。

 

「かすかはどうなのかな?」

「……」

 

 最後に回ってきたのは六野かすか。なぜか普段よりも気持ちテンションが低く、ぼうっとうつむいている時間が多い。

 

「かすかってば!」

「えっ、ああ、ごめんごめん」

 

 虚空を見つめるかすかに灯花がしびれを切らし、肩を揺すった。ほっぺたを膨らませる灯花の怒り顔を前に、慌ててペンを取る。それからさっとフリップボードに書きつけ、反転させた。

 

『中華飯店・瑞鶴庵』

 

 みふゆの顔からするりと感情が抜け落ちる。人形めいた視線でかすかを凝視して、一方予想を外された灯花たちは首をかしげている。

 

「いがーい。てっきり万々歳二号店とか、マギウスの翼支店とかだと思った」

「それは考えたけど、万々歳は妹と家族でうまくやってるからね。いっそ独立してみよっかなと」

「やれやれ、灯花もアリナも、かすかまで私欲丸出しじゃないか」

 

 創造主たるねむは呆れ顔だ。実際、灯花たちは拠点としての機能などついで程度にしか考えていない。かすかに至っては計画が成就した暁には万々歳から妹を引き抜いて、店の名前に合わせた二人だけの人員で経営したい、などと夢見ている。世界が色を失った反動か、かすかが夢想する世界には色とりどりの希望が溢れ始めていた。

 

 話し合いは佳境に至り、やがてねむ発案の「フェントホープ」という名称に一同が傾く。

 

 かすかな希望。見せかけの希望。希望を作るの意にもなるその名前は、組織の活動内容に合致していて、すぐに採用された。居心地のいいホームであり、戦場でもある線引きのため、空間の骨子はホテルに決定。新拠点・ホテルフェントホープが誕生したのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 会議を終えたかすか、みふゆ、マミの三人は同居するマンションへの帰路についていた。山中に建つ電波望遠鏡から山道を下り、ふもとでマギウスたちと別れる。西からの陽光が三人を照らし、田舎道へ長い影を映しだす。山から吹き下ろす風が残暑を払い除け、ふもとは九月とは思えないほど涼やかだ。耳をつんざくセミの合唱は鳴りを潜め、ひぐらしのどこか寂しげな独唱が響く。

 

 終わってしまった。過ぎ去ってしまった。

 

 何も見えない闇の中、かすかは空虚な感慨に囚われていた。

 

 涼しさとひぐらしが与える錯覚だと言い聞かせ、場違いに明るい声を出す。

 

「マギ・コーヴォ。イタリア語なんだっけ。ティロフィナーレもそうだけど、トモちゃんはイタリアが好きなの?」

「イタリアが好きというより、昔見た魔法少女のアニメがかっこよくってね。それに寄せた名前にしてるのよ」

「へー、なんてアニメ?」

「ピュエラマギ──」

 

 マミと同じく技名を宣言するタイプのかすかは話が合う。見たことのないアニメの話題で盛り上がり、お互いのネーミングセンスを褒めあった。

 

 そうして話は最初に戻ってくる。

 

「瑞鶴庵も素敵な名前だと思うわ。どんな由来なの?」

「ありがとー。私の前の名前と、妹の名前、瑞乃と鶴乃から一文字とって瑞鶴庵。いつか妹と一緒に経営したいの」

「かすかさんならきっとできるわ。あんなに美味しい料理を作れるんだから」

「んふふ、そうかなー。ね、みっふもそう思う? ……みっふ?」

 

 解散してからずっと口数の少ないみふゆにかすかが話を振る。しかしみふゆはますます思いつめたような表情へ変じ、かすかとマミは困惑するばかりだ。

 

 重くなった空気の中、みふゆはためらいがちに口を開く。

 

「……みっちゃんは昔から、隠し事が苦手だったよね」

 

 鶴乃に魔法少女のことを隠していたときも、サプライズの誕生日パーティーを企んでいたときも、壊滅的な演技の才能を発揮していた。かすかとしても自覚はしているが、もしやなんの脈絡もなく欠点でマウントを取りに来るつもりだろうかと身構える。が、そんな心の準備は次の一言で粉砕されることとなった。

 

「目、どっちも見えてないんでしょう?」

 

 確信のある口ぶりだった。

 

「夏休み明け以来、一度もワタシたちと目を合わせてない。焦点が合ってないんです。灯花、寂しそうでした」

「えっ、かすかさん、そんな……!」

「巴さん」

 

 突然の告発に困惑するマミだったが、

 

「少し黙っていてください」

 

 有無を言わせぬみふゆの一声に冷や汗を流し、続く言葉を飲み込んだ。そうしなければとても不吉な何かが起きると、長年修羅場を切り抜けてきたベテランとしての勘が警告していた。

 

 かすかはしばしの逡巡の末、気まずげに頭へ手をやる。

 

「やっぱバレちゃうか。気を遣わせたならごめんね。でも見ての通り生活に支障はないから」

「支障はないから心配しないでっていうの?」

 

 高く大きくなったみふゆの声がかぶさる。かすかは口をつぐみ、空気が張り詰めていく。

 

 肌を刺すような緊張の中、みふゆは大きく深呼吸するが、続く声音は噴火寸前の火山のごとく感情がないまぜになって、ひどく震えていた。

 

「ワタシみっちゃんのこと信じてた。ウソつく以外はなんでもできる人だったから。だから秘策があるって言われて、すごく安心したの。でも……」

 

 一歩一歩、かすかに詰め寄っていくみふゆ。言いしれない気迫に押されかすかは自然と後退るものの、周囲は古びた狭苦しい住宅街だ。すぐに壁際へ追い詰められてしまう。

 

「でもね、腕に大穴を空けたり、両目が見えなくなっても平気な顔で笑ってたり、将来のこと寂しそうに語ったりするの見てたら……信じられなくなっちゃうの」

「な、なにを……」

 

 ハッピーエンドの秘策のことだった。

 

 かすかは計画実現後に可能となるねむの魔法による救済を拒絶し、独自の秘策があると言った。その秘策はかすかを含め、誰も不幸にしない最高の方法だとみふゆは聞かされていた。

 

 かすかの言うことならきっと間違いはないのだろうと信じていた。しかしマミの説得から入院、それに構わない過労気味の働きぶり、さらには失明さえなんでもないように扱う態度を間近で見るにつけ、みふゆは一つの大きな疑念に至った。

 

「正直に答えてください。そのハッピーエンドの中で、みっちゃんは生きているんですか?」

 

 痛いほどの沈黙が場に満ちた。壁際に追い詰められたかすかは視線を泳がせ、口を開きかけては閉じる。どんな言葉よりも雄弁な答えを前に、みふゆはくしゃりと表情を歪ませる。

 

「やっぱり、最初から死ぬつもりだったんですね」

 

 かすかは何も言い返せない。

 

「どうして」

 

 みふゆはワナワナと震えながら顔を伏せたかと思うと、動かないかすかの左手を両手で包み込みながら、ゆっくりと顔を上げた。先程まで能面のように無表情だった顔は、迷子の子供みたいに涙で濡れている。

 

「どうしてアナタは昔から、そうやって一人で全部抱え込むの……一人で悩んで、傷ついて、苦しんで、挙げ句には全部抱えたまま死んじゃうつもりだったなんて、あんまりじゃない」

「お、落ち着いてよ。単に死ぬってだけじゃ……」

「聞きたくないっ!」

 

 左手にすがりつき、癇癪を起こした子供のように泣きじゃくるみふゆを前に、かすかはオロオロするばかり。まだ動く右腕を使って、やさしくみふゆの背中をさすることしかできなかった。

 

 ひぐらしの虚しい声が響く中、しばし抱き合う二人。やがて先に口を開いたのは、まだ涙声のみふゆだった。

 

「……ごめんなさい。一番辛いのはみっちゃんなのに」

 

 かすかの左手を握ったまま一旦身体を離したみふゆの顔は、晴れ晴れとしていた。鬱屈とした感情を吐き出したことで吹っ切れたようにかすかには見えた。

 

「こっちこそごめん……すごく心配かけてたよね」

「いいの。だってワタシ、そんなアナタが大好きだから」

「……へ?」

 

 動かない左手をぎゅっと握るみふゆ。かすかは目を丸くしながら、ありもしない左手の温かい感覚を錯覚した。

 

「『普通の女の子がすることじゃんね』。そんな風に言ってくれたあの時、ワタシすっごく救われたのよ? あれからずーっと、大好きだった」

「す、好きって、それ……」

「だから」

 

 唐突にみふゆが距離を詰める。目と鼻の先、息遣いさえ感じ取れる至近距離に迫ったみふゆは、不意打ち気味に変身した。

 

 不穏な気配にかすかも変身を試みるが、すでに遅い。

 

「み、みっふ!?」

 

 みふゆはいつの間にか、かすかの左手からソウルジェムの指輪をかすめ取っていた。

 

 かすかは不意打ちにとても強い。よほど無防備な状態でなければ、ほんのわずかな魔力の動きを嗅ぎつけ脊髄反射で対応できる。しかし魔力の介在しない純粋に肉体的な奇襲には、人並みな反応しかできない。みふゆはそのことをよく知っていた。

 

 変身のできなくなったかすかの両目を通し、みふゆが固有魔法を発動する。せめて夢の中では自由でありたい願いから生まれた幻覚の魔法である。決して目覚めることのない幸せな夢の幻覚へ、無防備なかすかの意識を引きずりこんでいく。

 

「だから、もう全部ワタシに任せて。目が覚めた後も、幸せな夢はずっと続いているから」

 

 七年間の経験に裏打ちされた強力な魔法を変身もせず防ぐ方法はなく、かすかの身体から力が抜ける。完全に意識が飛ぶ寸前、

 

「みふゆ……」

 

 呟かれた名前に、みふゆは顔を歪めた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「な、何をするの!?」

「あら巴さん」

 

 みふゆが壁に背を付けずるずると座り込んだかすかを抱きしめていると、泡を食ったような声がかかった。巴マミである。

 

 マミから見れば、二人が突如よく分からない問答を始め、いろいろな意味でただならぬ雰囲気になったと思ったら、みふゆが不意打ちでかすかを昏睡させた状況である。

 

 したがって、変身したマミがマスケット銃をみふゆに向けているのは無理もない判断といえよう。たった今マミの存在を思い出したようなみふゆも、照準をつけられていることは当たり前として了解している。

 

 みふゆは名残惜しげにかすかの髪を撫でつけると、泰然としてマミへ向かい合う。

 

「アナタにも選んでもらいましょう」

 

 そうして語った。かすかのソウルジェムの状態と、余命があとわずかであること、かすかは死を受け入れてしまっているということ。

 

「かすかさんが、余命……!? だからあの時……でもそんな……」

 

 まずマミが心中に抱いたのは納得だった。マミの固有魔法はおろか、かすかの桁外れの魔力でも改善しない左腕の麻痺や、来年の夏を語る際の寂しげな表情など、話を裏打ちする要素はそこそこあった。

 

 しかしたとえそれが事実だとしても、みふゆの蛮行の理由が分からない。

 

「簡単ですよ。ワルプルギスの夜を神浜に呼びます」

 

 疑念に先んじてみふゆは答えた。

 

 このままではかすかは無理を重ね、計画実現を前に余命が尽きてしまう。よってマギウスの腹案であるワルプルギスの夜招聘作戦を実行する。イブはワルプルギスの夜を食らうことですぐに孵化し、その際の相転移エネルギーで魔法少女の解放と、余剰エネルギーでかすかの救済が可能となる。

 

「かすかさんに釘を刺されたマギウスの説得は、骨が折れるかもしれませんが……まあ、どうとでもなるでしょう」

 

 それよりも、とみふゆはマミを見つめた。暗く淀んだ瞳のうちに猛る炎は、希望よりも熱く絶望よりも深い。それがどれほどの長きに渡ってくすぶっていたものか、マミには想像もつかなかった。

 

 握手でも求めるように、みふゆはマミへ手を差し出す。

 

「アナタはどうしますか、巴さん。外道へ落ちる覚悟を決めて、目的に殉じますか?」

「でも、でも……っ」

 

 マミの心は混迷を極めている。

 

 魔法少女の正義を信じ孤独に戦ってきた自分の矜持、それを砕かれた絶望、怒り、八つ当たり。すべてを受け止め共感してくれたかすかの死を受け入れられるはずもない。しかしエンブリオ・イブとワルプルギスの夜の衝突による多数の犠牲者を看過することはできない。個人的感情と正義の堂々巡りが始まっていた。

 

「顔を上げなさい」

 

 ぐい、と銃を引っ張られる。ハッとして顔を上げると、いつの間にかみふゆが距離を詰めていた。マスケット銃のバレルを強く握りしめ、銃口を自身の首元へ突きつけている。

 

 変身したみふゆのソウルジェムは、首元のチョーカーに宝石としてあしらわれている。そこへマミの銃を押し付けていた。マミが指先をほんの少し動かすだけで、みふゆは魂を砕かれ死に至る。

 

「そして、選びなさい」

「な、にを……」

 

 引き金から指を外すことさえ出来なかった。身じろぎ一つで意図せず暴発してしまう気がした。

 

「ワタシは悪に堕ちます。何千何万の一般人を犠牲にして、みっちゃんを救う。それを間違いだって言うなら、どうぞ撃ってください」

 

 そうすればかすかに掛けた魔法はすぐに解ける。逆に言えばみふゆが死なない限り決して解けないほど強力な魔法だが、かすかが自由に動ける状態になれば、ワルプルギスの夜の招聘は絶対に阻止される。マミはみふゆの命一つを犠牲にして、幾万もの人命を救うことになる。

 

「それとも、共に堕ちますか。多数の犠牲を捧げ、かすかさん一人を救いたいというなら、変身を解きなさい」

「……っ」

 

 選べなかった。

 

 かすかだけでなくみふゆにも、マギウスの面々にも恩や義理を感じている。しかしそれを理由に自身の正義をなげうつ決断をすることはできない。そもそも、仮にみふゆの企みの通りかすかを救済したとして、そこに救いはあるのだろうか。

 

 何も分からなかった。悪に堕ちるか正義を(とお)すか。変身を解くか引き金を引くか、幾度となく繰り返してきた単純な動作すらうまくできない。脳裏には魔法少女になってから経験してきた情景が走馬灯のように巡っていた。かわいい弟子と決別したこと、大切な後輩たちができたこと、真実を知りかすかと出会ったこと──

 

「……分かりました」

 

 不意に、みふゆの姿が霞む。銃身から手を離すと、霧のような魔力がみふゆを包んでいく。

 

「即決で協力してくれると見ていましたが……アナタの正義、見くびっていましたね」

「待っ……」

 

 とっさにリボンを伸ばしてももう遅い。みふゆは優しく微笑んだかと思うと、夢現の幻のごとく消え去った。当然、壁際に寄りかかっていたかすかも消えている。マミの動揺につけこみ知らずのうちに幻覚の魔法をかけていたのだろう。どこからどこまでが現実だったのか、見当もつかない。

 

 今のマミに分かることと言えば、決断を下せなかった後悔だけである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 一方、姿を晦ましたみふゆはフェントホープへ取って返し、灯花たちマギウスに連絡をとっていた。

 

「ええ、すみません。大至急話したいことがあるんです。いえ、できれば今日中に。何の話かといえば、計画の加速のこととそれから──」

 

 電話越しに難色を示すマギウスに対し、簡潔な要件を告げる。

 

「かすかさんの余命について、ですね」

 

 

 

ーーー

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