お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第24話

 そこには由比瑞乃と六野かすかが同時に存在していた。

 

 どこかのお店で働いていて、鶴乃が手伝ってくれている。一般の客だけでなく、やちよやみふゆをはじめ、多くの友人知人がやってくる。おいしい料理に笑顔を浮かべ、他愛ない話題に盛り上がり、時に怒ったり拗ねたりして、けれど最後にはみんな曇りなく笑っている。

 

 すべてが希望に満ち、みんなが幸せだった。

 

 そんな夢はもう終わった。ブツリと断線したみたいに音を立て、消えた。

 

 過ぎ去った幸せの後には、ただ真っ暗な闇が残った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 意識を取り戻したかすかが目を開くと、何も見えなかった。そういえば目が見えなくなったんだとぼんやりした頭で思い出し、魔力の波を放射。返ってきた波から擬似的な視界を作り出して、状況を把握した。

 

 広いホテルの一室に横たえられている。品のいい調度品や家具、上質なベッドは高級ホテルと比べても遜色ないが、そこら中に散りばめられたねむの魔力から、ウワサの一部──ホテルフェントホープの一室であると当たりをつける。

 

 さらに意識を失う前の記憶を思い出したところで、かすかはバネじかけのように跳ね起きた。

 

「ああもう、みふゆ……!」

 

 強力な幻覚魔法を至近距離で受け、昏倒した。みふゆの魔法の力をよく知っているかすかだからこそ、焦燥感と危機感で頭が占められる。どれほどの期間眠らされていたのか、思いつめたみふゆがどんな暴走をしたのか。マギウスは、マギウスの翼は──

 

「……?」

 

 ふとした疑念が湧く。そもそもなぜ目覚めることができたのか。

 

 かすかは変身もしていない状況で一方的に本気の魔法をかけられた。みふゆが意識的に魔法を解除しない限りは目覚めるはずがない。その保証があればこそ、かすかの左手にソウルジェムが返されているのだろう。

 

 にも関わらずなぜ、都合良くも意識を取り戻したのか。

 

 頭を働かせるものの、情報があまりに不足していた。ひとまず疑念は捨て置いて、部屋の出口へ向かう。

 

 その時、かすかの優れた魔力探知能力が警鐘を鳴らす。反射的に窓へ駆けよって空を見上げた。濁ったかすかの両目の先には分厚い暗雲が垂れ込め、どこからともなく遠雷のような高笑いが響いている。雲の向こうへ意識を集中すると、かつてない極めて濃密な穢れが、神浜市へ接近しているのが分かった。

 

「ワルプルギスの夜……」

 

 天変地異に等しい最悪の魔女。伝説が襲来している、と直感した。

 

 呆然とつぶやいた次の瞬間には、さらなる新情報がかすかの探知網へ舞い込む。ホテルの地下で管理しているはずのエンブリオ・イブの魔力が、外へ出ている。ゆっくりと山中から町へと進行しており、その周囲を無数の魔法少女たちの魔力が動き回っている。町中には小さなイブの魔力とワルプルギスの夜のものがいくつも散らばっていて、これは双方の使い魔と思われた。

 

「鶴乃はいない、よかったぁ……」

 

 応戦中の魔法少女たちの中に鶴乃の魔力はない。ほっと胸をなでおろすかすかだが、安心してる場合か、とセルフでツッコミを入れる。

 

 かすかとしては悪い夢だと思いたい現状は、端的にまとめるとこうなる。

 

 ワルプルギスの夜とイブによる夢の共演。舞台は神浜市、観客は魔法少女たちと巻き添えの一般人が強制される。一年近く穢れを溜め込んだイブと伝説の魔女が衝突した後、残るのはガレキと死体の山だろう。安心できる要素がない。

 

「なんでこうなっちゃうのかな……」

 

 後悔と自責に呼応してソウルジェムがにわかに穢れ、その分の激痛が体を蝕む。今までのような全身の神経を直接引っかき回されるような感覚と違い、体内の臓腑を丁寧になます切りされているような痛みだった。

 

 頑張れ。ここで弱音を吐くようではお姉ちゃん失格だ。ただの無能なカスに逆戻りだ。

 

 必死でそう言い聞かせていると痛みが和らぎ、震える膝でどうにか立ち上がった。苦悶しているうちに六番ローブの留金を握りつぶしていたが、気にしている場合ではない。

 

 変身し、身体に魔力を巡らせる。袖の下と懐の仕込みを確認する。まだ頑張れる、とかすかは判断した。

 

「失礼しまーす……って、あれ?」

「かすかさん、お目覚めだったでございます!?」

「つっくん、つかさん、いいところに!」

 

 今にもホテルを飛び出そうとしたところで、扉が開かれる。顔を見せたのは天音姉妹、月夜と月咲の二人だ。

 

 当然のように起きているかすかを見て目を丸くするが、すぐに表情を引き締める。すでに二人も変身しており、いつでも戦える状態だ。

 

「かすかさん、これ以上の無茶はダメでございます!」

「ウチら、みふゆさんに頼まれたんです。かすかさんを見張って──」

「シャラーップ!」

 

 日和ったことを言い出す双子をかすかが一喝。びくりと肩を震わせた二人に詰めより、焦点の合わない目で睨めつける。

 

「こんな異常事態を放っておけるわけないでしょーが! とりあえずイブを鎮めに行くから、道中で事情の説明よろしくっ!」

「ま、待つでございます、かすかさんお体は──」

 

 反論は受け付けず、かすかは窓から外へ飛び出した。ホテルが有する広大な芝生の庭を一直線に駆け、イブのもとへ向かう。意図的にペースを緩めていると、後ろから大慌ての双子が追いかけてきた。

 

 見張るといっても、かすかが目覚めてしまった以上双子に止める手立てはない。説明しないなら置いていくと急かされたのを機に、この異常事態に至るまでの道筋をかいつまんで語り出すのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 かすかが魔法をかけられた翌日、みふゆの呼びかけにより天音姉妹を含むマギウスの翼総員がフェントホープに集合した。

 

『計画はすでに最終段階にあります。もうひと頑張りで魔法少女の解放は成るでしょう。今から説明する任務が、みなさんに課せられる最後のお仕事になります』

 

 不自然にニコニコしたみふゆが説明したのは、神浜市の主要な電波局や電波塔を占拠する制圧作戦だった。羽根たちの中には訝しげにする者もいたけれど、ほとんど祝勝ムードの周囲に流され、あっさりと最後の仕事を果たしに散開した。

 

 それから黒羽根の初期メンバーと、白羽根の代表である天音姉妹が集められ、真実を告げられたという。

 

 かすかの余命があとわずかで、その命を救うために計画を急ぐ必要があること。計画の加速案は一度はマギウスがボツにしたワルプルギス招聘作戦を使うことで、羽根たちに与えた仕事はその一環であることなど。

 

『かすかさんの命を救うためならば是非もありません』

『あなたたちならそう言ってくれると信じていました』

 

 黒羽根の初期メンバーは固い表情のまま、そろって同意した。

 

『リーダーさん、少しこっちに来て』

 

 内密な話だろうか、黒羽根のリーダーだけがマギウスの三人に呼ばれる。短く言葉を交わしたかと思うと、アリナから魔女を飼育しているキューブを一つ受け取り、決然とした足取りで部屋を出ていった。後から聞いた話によると、リーダーは離反した巴マミを命懸けで処分しに行ったらしい。

 

 その後のマギウスの三人のうちアリナとねむはいつもと変わらない様子だったが、灯花は見るからに機嫌が悪かったという。

 

『もうっ、なんでかすかはそんな大事なこと秘密にしてたの!? プンスコプンだよっ!』

『矜持、だろうね。もっとも、僕たちは今からそれを踏みにじるのだけれど』

『アリナ的には、計画の前倒しに反対する理由はないヨネ』

 

 彼女たちはひとしきり計画の加速への思いを述べた後、何も言わない天音姉妹へ水を向けた。

 

 二人は何も言えなかった。かすかの命は惜しいと思う。魔法少女の解放は宿願だ。しかしワルプルギスの夜とイブが神浜で争えば、どれほど大きな犠牲が出ることになるか、分からない二人ではない。結局その場は賛成とも反対とも言えないまま、あいまいにうなずいて解散した。

 

 その一週間後、みふゆは黒羽根と天音姉妹を伴い記憶ミュージアムへ赴いた。そこには新西区の代表格であるみかづきチームが勢揃いしており、かつて月夜の匂いを嗅ぎ回ったにっくき由比鶴乃の姿もあった。

 

 目的はみかづき荘チームの説得だ。ワルプルギスの夜を呼ぶにあたり予想される迎撃戦から、西の最大勢力を排除する。

 

『こんなところに私たちを呼び出して、何のつもり?』

『真実を、知ってもらいたいんです。私たちが何をしようとしているのか。かすかさん──みっちゃんと私に何が起こったのか』

 

 記憶ミュージアムは人の記憶を実体験として再現できる。みふゆがベルを鳴らしてミュージアムのウワサを起動すると、言葉よりも雄弁な記憶の世界へみかづきチームは旅立った。その記憶はかつてかすかがマミを説得するのに使った記憶と、みふゆが見聞きした記憶の混ぜものだったという。

 

 しばらくした後、記憶の旅から目覚めたみかづきチームは呆然としていた。魔法少女の真実とマギウスの思惑、かすかの余命など、多大な情報量を処理しきれないようだった。

 

『落ち着いて。今すぐ魔女になるわけじゃない』

『その通りだ。事実、みかづき荘のメンバーからは長年一人の犠牲も出ていない』

 

 年長者たる雪野かなえ、東のトップの和泉十七夜の二人が率先してメンバーをなだめていった。そのおかげだろうか、一同は落ち込みはしても錯乱することはなく、沈痛な面持ちで黙り込んだ。

 

 そんな中、異常があったのは鶴乃だった。

 

『あは、あははっ……』

 

 突如笑い出したかと思うと、虚空を見つめたまま棒立ちになり、はらはらと涙を流していた。肩を揺さぶるかなえの手を荒々しく振り払い、幽鬼のような足取りでその場を後にした。戦意喪失したように、双子には見えたという。

 

 完全に想定外だったのだろう、みふゆは無表情のまま目を大きく見開いて、鶴乃の背中を見送った。鶴乃は必ず姉の命を救うためにマギウスの翼へ下ると踏んでいたが、結果は戦線離脱である。月夜と月咲もみふゆと同様、まったく意味が分からなかった。

 

 とはいえ、鶴乃よりも重要なのは七海やちよだ。西の顔でありみかづき荘チームのトップであるやちよは、由比瑞乃と親しい。彼女が親友の命のためにこちら側へ着けば、計画は成就したも同然である。

 

 うつむきがちなやちよの表情は長い黒髪に覆われ、よく見えない。天音姉妹はその様子にただならぬ悪寒を感じたものの、みふゆは構わず呼びかけた。

 

『やっちゃん。わかったでしょう? ワタシはただ、あの人を救いたいだけ。魔法少女の解放には正直あまり興味がありません。あの人が生きてさえいれば──』

『死んだほうがマシ』

 

 みふゆの説得をぶったぎる言葉だった。声音にはふつふつとした感情が滾り、それに伴い空気が肌を刺すような緊張と圧力を帯び始める。やちよからにじみ出る気迫と魔力で空間が歪んでいる。彼女はゆらりと顔を上げ、

 

『そんな汚い手で延命するくらいなら、死んだほうがマシ』

 

 抉るような目つきでそう言ってのけた。あまりの眼光とドスを前に天音姉妹は小さく悲鳴を上げ、みかづき荘のメンバーですら一歩後退っていた。

 

『……どうして、その言葉を。記憶からは省いていたはずです』

『さあ。でも、アイツならそう言うだろうなって思ったのよ。どうやら図星だったみたいね』

 

 天音姉妹には何を言っているのか理解できなかった。しかし何か重要な意味があったらしく、みふゆはうつむいてワナワナ肩を震わせ、やちよは鬼のような形相と化している。

 

『色ボケしてんじゃないわよ。あなたたちのやり方で救われたとしても、アイツは私たちから離れていく。ずっと自分を許せないまま、ひとりぼっちになってしまう。そのくらい分かってるでしょう』

『うるさい』

『恨まれても構わない、とでも思ってる? あいにくアイツが恨めるのはアイツ自身だけなのよ。無理やり昏睡させられたとしても、ごめん一つで済ませるでしょうね』

『うるさい……』

『あなたがやろうとしていることは独善ですらない。ただの──』

『うるさいうるさいうるさいっ!』

 

 気づけば変身したみふゆとやちよがそれぞれの武器で切り結んでいた。天音姉妹には開戦の瞬間すら見えなかったという。

 

『知ったようなこと言わないで! あの人に頼ってばかりでずっと苦しめてたくせにっ!』

『そんなこと分かってる! だからこそ、これ以上苦しめたくないって言ってるのよ!』

 

 チャクラムと槍が激しくぶつかりあい、ほんの瞬きの間に魔力の火花が星星のごとく散っていく。二人が撒き散らす戦意は穢れすら及ばぬほどドロドロと熱く滾っており、年少の黒羽根のうち数人が貧血を起こし、みかづき荘チームの幾人かも顔を青くしていた。修羅場でございます、と誰かが震える声でつぶやいた。

 

 天音姉妹を含む少女たちはしばし二人に気圧されていたが、十七夜をはじめ動けるメンバーが加勢の動きを見せたので、羽根側も参戦。ミュージアム内で魔法少女大乱闘が勃発した。

 

 黒羽根たちは姉妹が思っていたよりもずっと強力で、十七夜や環いろは、深月フェリシア、二葉さななど動けるまでに回復した複数人を相手に一歩も引かない戦いを見せた。

 

 といってもやはり一番ヒートアップしていたのはやちよとみふゆだった。

 

 記憶ミュージアムの建物にダメージが入っていき、テリトリーを荒らされた記憶キュレーターのウワサが出現。プリンターの化け物じみたウワサはもっとも暴れ方がひどいやちよとみふゆに狙いをつけたが、

 

『引っ込んでなさい!』

『邪魔っ!』

 

 息ピッタリの同時攻撃により即撃破されていた。二人とも明らかに判断力を喪失していたが、その代わり平生をはるかに超える力を発揮していた。

 

 恐れをなした両陣営は二人から距離を取り、巻き込まれないよう防御の構えを取る。その行動が奏功した。

 

『アブソリュートレイン!』

『アサルトパラノイアっ!』

 

 はた迷惑な意地のぶつかりあいの幕が、極めて暴力的に下ろされる。

 

 お互いにすさまじい魔力を込めた一撃をぶつけ合い、衝撃がミュージアム内に駆け回る。するとどこからかビシビシと軋む音が聞こえ、次の瞬間にはガレキの雨が降り、やがて倒壊の轟音で世界が塗りつぶされた。

 

 天音姉妹は、みふゆの形相に逃げ腰になっていた白羽根たちに救助され、気づいた時にはガレキの山の上だったという。みかづきチームは大盾を巨大化させたさなが盾を傘代わりにしたことで、どうにか全員無事だった。

 

『まだ、まだ……っ!』

 

 ガレキの山のてっぺんで、やちよとみふゆが相対していた。槍はへし折れチャクラムはひしゃげ、お互い泥と血に塗れてフラフラ。それでも二人は正面から距離を詰めて、腕を振り上げた。

 

 二人は拳を使うことに慣れていないようだった。遠投でもするみたいに大きく振りかぶって──天音姉妹は反射的にぎゅっと目を閉じた。交通事故のような二つの破砕音が聞こえ、次に目を開いたとき、こめかみから血を流す二人が大の字で倒れていたという。

 

『ええ、そうですよ』

 

 ボロボロの姿で倒れるみふゆは、力なくそうつぶやいた。

 

『ワタシのやり方じゃ、結局みっちゃんを助けられない。分かっていても我慢できなかった。独善じゃなくて、ただのワガママです。でも──』

 

 頬に一筋のしずくが流れ、みふゆは片手で目元を覆った。

 

『でも……見殺しになんてできない。できないよ、やっちゃん……』

 

 その隣で仰向けのやちよは血で黒く染まった前髪をかきあげ、「そうね」と嘆息。

 

『誰も犠牲にならなくて、アイツも笑顔でいられる。そんな方法を探しましょう』

『そんな都合のいい方法──』

『きっとある。奇跡も魔法も、ご都合主義もある世界よ。私たちならきっと見つけられる』

 

 力強く断言されたみふゆは諦めたように笑う。やちよが先に立ち上がり、みふゆに手を差し伸べた。躊躇いがちにそれを握って起き上がるみふゆ。

 

 天音姉妹はそこで異常に気がついた。

 

 まだ日没には遠い時間にもかかわらず、空が異様に暗い。風が打ち付けるように吹きすさび、神浜全域に暗雲が立ち込めている。

 

 みふゆとやちよははっと空を見上げてから、驚愕に目を見開いた。

 

『この魔力、もしかして』

『ウソ、早すぎる……!』

 

 その反応から天音姉妹も顔を見合わせ、空に意識を集中。通常の魔女とは比較にならない濃密かつ巨大な穢れの塊が、雲の向こうに感じられた。

 

 みふゆたちはみかづき荘チームの切り崩しと陽動を兼ねており、マギウス率いる電波制圧部隊が並行してワルプルギスの夜招聘作戦を進める手はずだった。同部隊はつつがなく目的を遂げ、みふゆたちが戦っているあいだにすぐそこまで伝説がやってきていた。

 

『やちよさん、あれ……!』

 

 さらに事態は悪化の一途をたどる。

 

 いろはが指さした先の空には、白い塊があった。宝石に彩られた巨大な蛾のようなそれは、重力に引かれて自然落下していく。放物線をえがいて落ちる先は、北養区の山中だった。

 

 ずん、と着地すると山肌の一部が崩れ、木々が弾け飛び、雷鳴のような轟音が遅れてみふゆたちの耳にも届く。

 

『イブ!?』

 

 その源は、解放されたエンブリオ・イブだった。

 

 みふゆも天音姉妹も想定外のことだ。もともとはワルプルギスの夜に暴れさせ犠牲者たちの感情エネルギーを発生させてから、イブを解放する計画だった。まだワルプルギスの夜が到着していない段階で解放するのは早すぎる。

 

『ちょーっと早いけど、問題ないよね』

『イブが自ら拘束を破壊するなんて、計算外だったよ』

『ああ、アリナたちで作り上げた至上のアート……ゾクゾクしちゃうヨネ』

 

 そこへ悠然とやってきたのは、マギウスの三人。羽根たちの熱心な働きにより電波の制圧とワルプルギスの夜の召喚が早く済んだ上、イブは勝手に拘束を破ってフェントホープを飛び出していった。ワルプルギスの夜の存在を感知したという。

 

 特にやることもなくなったヒマなマギウス三人は、陽動部隊の様子を見に来たようだ。

 

『灯花ちゃん、ねむちゃん!』

『あれ? わたくしたちのこと知ってるの?』

『僕は初対面のはずだけれど』

 

 いろはが灯花たちに呼びかけている間にも、イブは巨体を震わせて少しずつ町へ接近している。もちろんワルプルギスの夜も少しずつ高度を下げており、ほどなく雲間から姿を見せるだろう。

 

 みふゆは決然とイブをにらみ、やちよはその肩へ手を置く。

 

『ケジメを付けに行くなら、付き合うわ』

『……かないませんね。月夜さん、月咲さん!』

『は、はい!』

 

 諦念混じりの苦笑を浮かべたかと思うと、みふゆは天音姉妹を呼びつける。

 

『マギウスが来たということは、みっちゃんは拠点で一人になっています。念のため、お二人にはあの人の見張りをお願いしたいんです』

 

 賢明ね、とやちよも同意した。二人の経験上、瑞乃もといかすかを一人にするとろくなことが起きない。たとえ大人しく眠っているにしても、誰もついていないのは危険らしい。

 

 天音姉妹が頷くのを見て取ると、やちよとみふゆはイブの元へ一直線に駆けていく。

 

 そうして月夜と月咲は頼まれた通り、とりあえずかすかの眠るフェントホープへ向かうのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「よく分かった、ありがとー!」

 

 山中を駆け足で下りながらの説明だったので相当ハイスピードな説明になったものの、かすかは状況を把握した。つまりはみふゆに心配をかけすぎて暴走させてしまったということだ。みふゆからかすかの余命を知らされたマギウスたちは、ワルプルギスの夜に関する腹案を実行し、かすかの定めたラインを超えた。そうして神浜市は伝説の魔女と未曾有の穢れを溜め込んだイブにダブルパンチを受ける寸前に追い込まれている。

 

 であれば、かすかが始末をつけないわけにはいかない。

 

「ほんと、よく分かった……!」

 

 話によるとかすかが眠っていたのはおよそ一週間。初秋にあたる今日の日付に思い当たったところで、かすかの疑念が氷解した。なぜみふゆの幻覚魔法を無効化し今日目覚めることができたのか、夏休みの前から気になっていたド忘れとは何だったのか。すべてが理解できた。

 

「待つでございますっ!」

「んもう、何!?」

 

 さらにペースを早めようとしたかすかの眼前に、月夜が躍り出る。遅れて月咲も横に並び、通せんぼされたかすかが急ブレーキをかけた。

 

「かすかさん、何するつもり!?」

「決まってる。イブをはっ倒してフェントホープに連れ帰る。ついでにワルプルギスの夜もひっぱたいてお帰り願う」

「めちゃくちゃでございます、そんな体で!」

「そうだよ! 大体、そんなことしたらかすかさんが助けられなくなっちゃうんだよ!?」

 

 みふゆとマギウスはかすかの残り少ない余命をつなぐために計画を加速させた。これを阻止することはかすかの命を捨てることと同義だ。

 

「分かってる」

 

 しかしかすかには百も承知のことだった。

 

「私だって生きたいか死にたいかでいえば、生きたいよ。だけど自分だけ助かるために、関係ない人たちをたくさん死なせるのは……なんか、なんか違うと思う」

 

 詭弁である。かすかは自分の目的のため、魔女やウワサを街にばらまき、関係のない人々を巻き込んできた。今更正義を気取っても遅い。

 

 ただ、天音姉妹は何も言えなくなった。体や五感の一部を喪失しながら明確に死へ近づいていくかすか当人が、きっぱりと救いを拒絶した。救いのために動いてきた二人だからこそ、かすかの言動は深く刺さった。

 

 その間にかすかは上空へ意識を割く。暗雲のたちこめる空には、イブから分裂したツバメのような使い魔たちが無数に飛び交っている。市内に散開した魔法少女たちはこれに応戦しながら、雲の向こうから近づいてくる伝説を警戒していた。

 

 神浜市の魔法少女たちは数多く、質も高い。ひとまず使い魔たちは任せておくことにして、イブの方向へ魔力の波を飛ばしてみると──

 

「そんな……っ!」

 

 北養区から水名区を縦断したイブの巨体は参京区へ入ろうとしている。その進路上にあるものを認識したとたんかすかは顔色を変え、頭上まで高く足を振り上げた。

 

 鋭い震脚が地を踏みしめ、雷紋の円陣が展開。幾重にも重なるその中心からぬっと大型トラックが顔を出し、ほどなく赤い車体が砲弾のように宙へ発進する。

 

「セキトバくん!」

 

 出てきた勢いはそのままのセキトバくんのキャビンへかすかは飛び乗り、あっという間に空の彼方へ運ばれていった。着付けを気にする余裕もなかったのだろう、六番印のローブが木の葉のように中空を舞っている。

 

 後に残された天音姉妹はしばし呆然と立ち尽くした後、顔を見合わせる。遠景に見える山のようなイブの威容と蹂躙される町並み、それから空の向こうから接近する伝説をやっと現実として受け入れた。

 

 そうして二人もまた、全速力で山を下りるのだった。

 

 

 

ーーー

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