お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第3話

 瑞乃がやちよ、みふゆと出会ってから二年の月日が流れた。その間に瑞乃がしでかしたことと言えば、神浜市立附属学校きっての問題児として名を馳せたことだろう。

 

 けっして校則に反したり非行に走ったりしたわけではない。むしろ普段は成績優秀で明朗快活なムードメーカーとして、生徒にも教師にも支持されている。だからこそ、ここぞというところではっちゃけるギャップが学校側を悩ませていた。

 

 たとえば家庭科の調理実習では、

 

『中華鍋はもちこみ禁止です!』

『えー』

『えーじゃない!』

 

 実家から中華鍋を持ち込んでひと悶着あった。

 

 体育祭の組分けで妹と敵対することになると、

 

『この由比瑞乃が鶴乃の敵になるわけないじゃんね!』

『先生、奴が裏切りました!』

『七海を呼べ、急げ!』

 

 自分の赤組をあっさり裏切り、やちよに首根っこ引っ掴まれて自陣に連行された。

 

 中二の折、文化祭で出し物をすることになったときなどは、

 

『最後尾こちらになっておりまーす!』

『由比さん! お客を独占するのは辞めましょう!』

『予算の範囲内できっちりやってます! 先生も一つどうですか?』

『おいしい!』

 

 大人気なく本気を出してプロ級の肉まん屋台を経営し、学校史上トップの収益を上げた。材料不足ですぐに閉店したものの、一つのクラスがお客を独占したとかで学校には保護者から苦情が殺到した。これを受けた有志の教員たちは由比瑞乃対策委員会を設置、瑞乃がやらかす兆候を察知して阻止する体制が構築されつつある。

 

 なお、瑞乃の二つ年下の妹、由比鶴乃が中等部一年に入学したのだが、

 

『由比さん……あなたはそのままのあなたでいてね……』

『えっ?』

 

 あまりに問題を起こさないので、出席するだけで泣いて感謝された。大切な妹の株が相対的に上がったので、瑞乃はもっとやらかそうと決めた。

 

 そんなやらかし女王が中3の春、登校初日を終えた放課後に何をしているかというと、

 

「むふふ」

 

 友人の自宅で携帯を見ながらニヤニヤしていた。

 

 時刻は午後五時。カウンター付きのシステムキッチンと高い天井、洒落た調度品が目につくリビング。その中央に設置されたソファの上で、瑞乃はみふゆから借りた携帯電話の液晶を見つめている。

 

 向かいのソファに腰掛けるみふゆは、心底不思議そうに首をかしげた。

 

「そんなに面白いですか? その小説」

「面白くないわけないよね。転生ジャンルは人類の叡智じゃんね」

 

 瑞乃が携帯のネットから見ているのは、前世でも大好きだった転生ジャンルの小説だった。時代が変われどジャンルの傾向は変わらず、行間の広い文章の上で転生主人公が順風満帆な転生ライフを送っている。由比家にはネットへ接続する環境がないため、こうして携帯持ちの友人に端末を借りているのだ。

 

「ワタシも読みましたけど、都合が良すぎじゃないですか? 何の力もない主人公が別の世界に行っただけでそんな……たとえ神様に大きな力をもらっても、中身がダメな子じゃどうしようもないと思うんですが」

「いいの! 転生ジャンルって大体そんなもんなの! 悲しいとか苦しいとか、辛い現実はリアルで十分。空想くらいご都合主義でいいじゃない!」

「割り切ったジャンルなんですね……」

「ただいま」

 

 知らない世界にみふゆが感心していると、家主のやちよが帰ってくる。リビングに姿を現したやちよを二人はお帰りで迎えた。

 

 ここはみかづき荘。やちよの実家兼、祖母が経営する下宿屋だ。瑞乃、みふゆ、やちよの三人が魔女退治へ出かける前に落ち合う集合場所としてよく使われている。今日も学校を終えた瑞乃とみふゆ、早退してモデルの仕事をこなしてきたやちよが集合し、三人で魔女退治に出かけるところだ。

 

 そろってみかづき荘を出て間もなく、やちよが瑞乃に向き合う。

 

「瑞乃。鶴乃の方は大丈夫?」

「大丈夫。完っ璧な演技で誤魔化しといた」

 

 二年が経っても瑞乃は妹に魔法少女のことを教えていなかった。鶴乃も聡明なのでしつこく追及することはないものの、ふとした拍子にやちよたちとの関係性を問いただしてくる。

 

『えっ、やちよたちと何をしてるかいいかげん教えてって? ぼ、ボランティアよ、ボランティア』

 

 今回もみかづき荘へ落ち合う前に聞かれたので、瑞乃は完璧な演技(自称)で乗り切った。

 

 なお、やちよとみふゆの視線は冷ややかだ。瑞乃のウソの下手さといえば救いようがないことを知っている。おそらく鶴乃が気を利かせてくれたのだろう、と察した。

 

 鶴乃がしびれを切らしたその時が潮時と踏んでいるが、鶴乃はやちよとみふゆにとってもかわいい妹分だ。できれば直接説明して向き合いたい思いがある。

 

「でも、ずっと鶴乃さんだけ仲間はずれなのはかわいそうですね」

「みっふ、さすがに。感覚が麻痺してるけど、魔女退治って命がけよ。今日明日死んでもおかしくない世界に、鶴乃が来ちゃいけない」

「そうですけど……」

「それに──」

「それに?」

 

 即決で否定した瑞乃は何かを言いよどみ、かと思うと口をつぐんでかぶりを振った。「なんでもない」と言い捨てて早足であるき出す。変わらずウソや誤魔化しが下手な仲間の姿にやちよとみふゆは顔を見合わせ、後に続いた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 魔女の結界は狩場であり、迷宮でもある。どの程度入り組んでいるかは個体ごとに大きく差があるのだが、今回瑞乃たちが相手取った魔女のそれは、まさに大迷宮といって差し支えない規模だった。悪意と呪いが幾重にも重なって多数の階層を作り、上下左右に複雑な分岐と行き止まりが繰り返される。

 

「ようやく最深部だ……やっち、みっふ、大丈夫?」

「私は大丈夫よ」

「ワタシも平気です。みっちゃんこそ大丈夫ですか?」

「余裕、余裕」

 

 長い道中を突破し、最深部の魔女と相対する三人。瑞乃は立ちふさがる使い魔たちの多くを相手取った後だったが、転生によりブーストした魔力にはまだまだ余裕がある。みふゆは「相変わらずデタラメな魔力ですね」と呆れまじりに笑う。

 

 始まった戦いは一方的だった。道中の攻略が本体のようなものだったのか、魔女本体の脅威は控えめだったからだ。やちよが槍で突貫すれば大穴が開き、みふゆがチャクラムを投てきすれば深く抉れ、瑞乃が中華鍋を叩きつけると大きく凹んだ。

 

「しぶといわね……でもこれで!」

「終わりです!」

 

 とはいえ耐久力の方は結界の規模にふさわしく、小一時間かけてようやく瀕死の状態へ追い込んだ。

 

 最後の一撃を叩き込むため、やちよとみふゆは連携して攻勢をかけ──

 

「えっ、ちょ、えっなんで? なんでこんなとこに?」

 

 その後ろで瑞乃はパニックになっていた。

 

 視線は頭上、幾重にも折り重なった多層の迷宮に釘付けにされている。

 

 いつも飄々とした調子を崩さない瑞乃のたただならぬ様子にやちよとみふゆは驚愕し──瑞乃のつぶやきを受け、それ以上の驚愕を味わうこととなった。

 

「何してるの、鶴乃!?」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あうっ!? いっ、たい……」

 

 迷宮の魔女、結界上層部。

 

 使い魔の体当たりで吹き飛ばされた鶴乃は壁に叩きつけられ、苦悶の声を漏らした。

 

 涙でにじむ視界には、狂気と呪いを身にまとう不気味な使い魔たちがうごめいている。聡明な鶴乃は姉が自分を遠ざけた理由を察し、無力感でますます視界がにじんだ。

 

 由比鶴乃には姉がいる。ウソをつく以外のことは何でも出来て、誰にでも優しくいつでも強い自慢の姉だ。

 

 姉妹の間に隠し事はないと思っていた。たとえ学校生活で一緒にいられない時間が増えたとしても、姉は自分だけの姉であると信じていた。

 

 だから、姉がやちよとみふゆとだけ何か大きな秘密を共有していることを知った時は、どうしようもなく寂しかったのだ。

 

『ボボボボランティアだよ』

 

 問い詰めても本人は完璧と思っているバレバレのウソをつかれる。姉がどんどん遠くに行ってしまようで、鶴乃は悲しくなった。

 

 その悲しみを吹っ切るために、鶴乃は行動を起こしたのだ。

 

 自宅にカバンを置くや否ややちよ、みふゆとの待ち合わせに向かう姉を尾行した。みかづき荘を出た姉たちは商店街や駅前などの人の多い場所を散策し、やがて不気味な空間の裂け目に姿を消していった。

 

 明らかに危険な気配の漂う空間の裂け目──結界に尻込みしていた鶴乃は、意を決して叫んだ。

 

『やってみなけりゃ分からない! 出たとこ勝負だっていいじゃない! 私にもお姉ちゃんをお手伝いできるかもしれないもん!』

 

 結果、すぐに使い魔たちに見つかって、逃げ惑っているうちに追い詰められた。

 

 痛みにうめいている間に使い魔たちはどんどん数を増やし、もう逃げることはできない。万事休す。

 

「やあ、由比鶴乃」

「えっ、たぬき?」

 

 諦めが頭をよぎったその時、どこからともなく白い獣が現れる。

 

「たぬきじゃなくて、僕はキュゥべえだよ。それより、君の姉が隠していたことを知って満足したかい?」

「お、お姉ちゃんを知ってるの? こいつらは何なの?」

「これは魔女の使い魔だよ。君の姉と七海やちよ、梓みふゆは魔法少女なんだ。今頃結界の最深部で魔女と戦っているだろうね」

「魔女、魔法少女……そっか」

 

 キュゥべえの簡潔な説明から鶴乃は理解した。きっと姉とやちよ、みふゆは悪い魔女を成敗する魔法少女なんだ。こんな風に危険な敵と戦うから、だから自分を遠ざけていたんだと。

 

「君も魔法少女にならないかい?」

「……私でもなれるの!?」

「ああ。姉と一緒に戦うこともできるよ。それに、戦う使命を負う代わりになんでも願いが一つ叶うんだ。どうかな?」

「なるなる、魔法少女になるよ! えっと、願い事、願い事はね……!」

「急いだ方がいいよ」

 

 大好きな姉の隣に立って支えることができる。その手段が提示されて飛びつかないはずもなく、懸命に願い事をひねり出す鶴乃。しかしその間にも使い魔たちはじりじりと距離を詰めて来ており、深く考える余裕はない。

 

 とりあえず目の前の怪物たちを願いでどうにかしてもらおう。取り急ぎそう決めた鶴乃が口を開くと──

 

「ちょっと待ったぁぁっ!」

 

 轟音。続いて、巨大な赤い塊が結界の床をぶち破り姿を現す。

 

 その塊は希望そのもの。死の絶望と共に新生の希望をもたらし、魂を運送する神の使い──大型貨物トラックだった。

 

 赤を基調に黄色い雷文模様で彩られたそれの荷台部分には、『中華飯店万々歳』のペイントと共に電話番号と簡易な地図まで添えられている。

 

 瑞乃自身は、荷台を引くキャビンの上に仁王立ちしていた。

 

「ゆけーい、セキトバくん!」

 

 微細なネジからエンジンに至るまですべて魔力で構成されたトラックは、圧倒的質量と速度をもって使い魔の群れに突進。包囲網をぶち破ったかと思うと急制動をかけ、ドリフトしながら巨大な荷台を振り回す。遠心力と魔力でハンマーと化した荷台が、使い魔を塵のように薙ぎ払った。

 

 あんまりにも魔法っぽくないアクションに鶴乃が唖然としているうちに、使い魔たちは全滅していた。トラックは空気中へ溶けるように消え、同時に迷宮全体の存在が揺らぐ。最深部の魔女本体にとどめが刺されたのだ。

 

 暗い路地裏に瑞乃、やちよ、みふゆ、ケガをした鶴乃の三人が投げ出された。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「お姉ちゃんはいっつもお店のために頑張ってるのにその上あんな怖い敵と戦ってるなんて頑張りすぎだから私が魔法少女になって神浜の平和を守るお手伝いをするんだぁー……息継ぎ忘れてた」

「ままま待って待って、マジで待って落ち着いて」

「私は落ち着いてるよ!」

 

 ふんふん、と鼻息を荒くする鶴乃に瑞乃は押されていた。

 

 魔女の討伐後、鶴乃の無事を確認してから解散した。鶴乃がキュゥべえから素質を認められたことを知ったやちよとみふゆは、別れ際に「姉妹でよく話し合って」と言っていた。

 

 万々歳に戻ってからそのとおりによく話し合っているのだが、鶴乃の主張は終始変わらない。自分も魔法少女になって瑞乃の手伝いをするんだと。

 

 むろん瑞乃としては認めるわけにいかない。妹が命がけの戦いに身を投じることもそうだが、魔法少女稼業には字面以上にダークな部分があるからだ。

 

 どうどうと鶴乃をなだめすかしながら、瑞乃はなけなしの語彙力で説得を試みる。

 

「ほら、お姉ちゃんって最強のお姉ちゃんだからさ。やっちとみっふもすっごく強いし、魔女退治なんて朝飯前なわけ。鶴乃まで危ないことしなくていいんだよ」

「そう言って私だけずっと仲間はずれにするつもりでしょ! 今度という今度は私も譲らないよ。ここで折れたら最強の妹の名折れだもん! キュゥべえ探して来るね!」

「待ってってば!」

 

 言うや否や外へ駆け出していく鶴乃の腕をどうにか掴み取る。

 

 しかし鶴乃は何を言われても折れる気はなかった。姉があんなに恐ろしい怪物と知らないところで戦っているのを聞いて、黙っていられるわけはない。戦う力があるならなおのことだ。絶対に譲らない気持ちで鶴乃は振り返り──

 

「お願いだから……ひっぐ……言うこと聞いてよぉ……」

「お、お姉ちゃん!?」

 

 ぽろぽろと涙をこぼす姉の姿に、目を丸くしてしまう。

 

 鶴乃は瑞乃が泣いているところを見たことがなかった。転んでひざを擦りむいても遊具から落っこちても「あいった!」の一言で済ませ、すぐに笑う。

 

 初めてみる姉の涙に鶴乃の意志が揺れた。

 

「ほんとに危ないの……お姉ちゃんは大丈夫だから……鶴乃の願い事を、私のために使わないで……」

「え、ええ……もう、ガチ泣きなんて反則だよぅ……」

 

 困惑しながらハンカチをあてがってやる鶴乃。

 

 しばらくそうしていると涙がおさまり、静かな店内に瑞乃の小さな嗚咽が響く。

 

 大切な姉を泣かせてしまった鶴乃に残された選択肢は一つしかなかった。

 

「……分かった。魔法少女のことは保留にするよ。どうしてもなりたくなったら、お姉ちゃんに相談するから」

「うん、うん……ごめんね」

「なんで謝るの? お姉ちゃんらしくないよ? はい、ちーんってして」

 

 ハンカチは一瞬で涙と鼻水まみれになったが、姉を泣かせたショックでいっぱいいっぱいの鶴乃はそれどころではなく、困惑しきりだったという。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「訳が分からないよ。もっと効率的な説得の仕方があっただろう?」

「誰のせいだ悪徳営業エイリアン! ああもう、鶴乃にかっこ悪いとこ見られた……最悪……」

 

 同日夜、鶴乃が深く眠っている横で、姉とエイリアンが密談していた。

 

 エイリアンことキュゥべえは無機質な瞳で瑞乃を見返しながら、「彼女が望めば、僕は契約を交わすよ」と釘を刺した。別にキュゥべえの協力には期待していないため、はいはいと瑞乃が流す。

 

「君たちが魔法少女の真実と呼ぶ情報を話せば、すぐに諦めたんじゃないのかい?」

「お姉ちゃんだけにそんな辛い思いさせたくない、っつって逆効果になるかもしんないじゃん」

「そうなのかな? あまりに非論理的だよ」

 

 魔法少女の真実。それはキュゥべえの契約がブラックとされる最たる部分だった。

 

 ソウルジェムは魔法少女の魂そのものであること、魔法少女はいずれ魔女になってしまうことの二点からなる。契約に際してキュゥべえは聞かれない限りこのことを言わないが、瑞乃は知っていた。

 

 というのも、およそ十二年の経験年数が原因だ。三年生き残れば大ベテランとされる魔法少女業界でそれほど経験を積めば、隠された情報にも自然と触れる機会がある。たとえば他の魔法少女のソウルジェムが砕けたり、魔女化を目撃したりなど。

 

 これらの真実を知っているからこそ、鶴乃には魔法少女になってほしくなかった。普通の女の子として長生きし、万々歳で幸せになってほしかった。

 

 はたしてその思いは涙を通して伝わったようだが、

 

「それにしたって泣き落としはないわ……かっこ悪い……」

「姉というのは大変な役職なんだね」

 

 最強の姉としてはずべき醜態だった。きっと明日からダサい姉として距離を置かれるのだろう。

 

 軽く絶望して頭を抱えていると、

 

「お姉ちゃん……」

「わわ」

 

 寝ぼけているのだろうか。ぐにゃぐにゃした動きで鶴乃が瑞乃の背によりかかり、おぶさるような形で寝息を立て始めた。

 

 穏やかで安心しきった寝顔に嫌悪の念は欠片も見えず、瑞乃はまた泣きそうになった後、口を真一文字に結んで鶴乃を布団へ運んだ。

 

 最強の姉が弱気になってどうする。こちとらご都合主義に守られた転生者だ。妹の人生を悪徳エイリアンから守る程度のこと、楽勝に決まっている。

 

 瑞乃は大切な妹のぬくもりを全身で感じながら、明日からまた頑張ろう、と決意を新たにするのだった。


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