お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第4話

 神浜市立大附属学校中等部には、二人の有名人がいる。一人は由比瑞乃。誰にでも分け隔てなく接し、太陽のように明るく快活な性格で男子女子問わず人気だが、いたずらと非行の境目程度の微妙なやんちゃをほぼ毎日やらかす問題児である。成績優秀かつ他の生徒たちをノリと勢いで味方につけるため、教師たちは手を焼いていた。

 

 その問題児に対する最終兵器が、七海やちよだった。

 

『みーずーのー……』

『あ、般若』

『誰がよ! 鶴乃、お姉さんはもらっていくわね』

『お姉ちゃあーん!?』

 

 などと、体育祭で自クラスを裏切った瑞乃を力ずくで分からせた光景は、生徒たちの記憶に新しい。

 

 特にトラブルがなくとも二人は自然と一緒にいることが多く、日々命がけの戦いを共にするためか、その距離感の近さは普通の仲良しとは一線を画していた。一部の物好きたちの間ではそういう仲なのではないかと噂が立つほどに、やちよと瑞乃の仲は良かった。

 

 そんな中等部の常識が崩れ去ろうとしている。

 

 昼休みの教室、いつもどおりに机をくっつけ、やちよと瑞乃がお弁当を広げていた。

 

「それでね、いつもより早起きして仕入れのイロハとか帳簿の付け方とか習うはずだったんだけど、朝起きたら鶴乃がパジャマのスソがっちり掴んでるの。どうにか抜け出そうとしたらお姉ちゃん、ってかわいい寝言もらしちゃって、もう二度寝一択じゃんね? 寝坊してめっちゃ怒られたけど、さすがにだよね」

「……あっそ」

「う、うん」

 

 話が広がらない。

 

 瑞乃の妹かわいいトークは平常運転だ。そこにやちよがツッコミや質問を入れて和気あいあいとなるはずだが、今日のやちよは非常にそっけない。怯まずに話を続ける瑞乃だが、やちよは心ここにあらずだった。

 

(私の願い事が、罪のない人を巻きこんだのかも……)

 

 やちよの抱える深刻な悩み。それは願い事に関するものだった。

 

 やちよはモデル同士で組むユニットのリーダーとして活動しており、魔法少女になった折にはこのユニットのリーダーとして生き残ることを願った。そのおかげかどうかは定かではないが、リーダーとしてうまく活動できている。

 

 しかし看過できないのは、競合する他のグループが不祥事で電撃解散したことだ。そのグループはやちよたちの対抗馬として業界では有名で、やちよたちはおそらく劣勢になると予想されていた。

 

 この競合グループが引退したことで、やちよたちユニットの地位はひとまず安泰となった。ただ、やちよの心は晴れない。自分の願い事が競合グループの不自然な解散を誘発したのではないか、と疑念を抱いている。

 

 願い事を叶えたキュゥべえに問いただす勇気は湧かず、鬱屈とした疑念はやがて不安と罪悪感へと変わっていく。友人のシスコン話など聞いている余裕はなかった。

 

「じゃ、じゃあこんな話は? じいさん主催で父と料理勝負やってさ、私が圧勝したせいで父、大陸へ修行の旅に出ちゃって――」

 

 胸に手を当てて、自分の願い事を何度も反芻するやちよ。するとふいに瑞乃の声が途切れた。

 

「ね、ねえやっち。私、何かしちゃったかな?」

「……」

 

 瑞乃の声は震えていた。こちらの機嫌をうかがうような、今にも泣き出しそうな弱々しい態度が気にさわる。

 

 がたん、と音を立てて立ち上がり、そそくさとお弁当を片付けて教室を出ていくやちよ。

 

「能天気でなんにも考えていないあなたと一緒にしないで。人が悩んでるときにうるさいのよ」

 

 吐き捨てられた言葉のトゲは瑞乃に突き刺さり、やちよが出ていって数分間、瑞乃はぴくりとも動かなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 やってしまった。

 

 やちよが後悔したのは翌日のことだった。瑞乃はただいつもどおりに振る舞っていただけなのに、悩み事があるからとナーバスになってひどい八つ当たりをしてしまった。願い事がどうこうという不安よりも、あの後の瑞乃が能面のように無表情になっていた事実が、やちよの心に重くのしかかっていた。

 

 今日は土曜日だが、瑞乃の働く中華飯店万々歳はやちよの実家から徒歩で行ける範囲にある。謝りに行くなら早い方がいいと祖母に助言を受けたこともあって、やちよは飲食店の混雑しない時間帯に万々歳へ出発した。足取りは重かった。

 

 一人で勝手に悩んで、くよくよして八つ当たり。いくら瑞乃でも許してくれないかもしれない。やちよは走馬灯のように、瑞乃との思い出を回想し始めた。

 

 最初の印象は先輩風を吹かせるシスコンだった。

 

『槍で突進するならもっと思い切りよくするといいよ。半端な気持ちで相手の間合いに突っ込んでも損だから。こんな感じ』

『へえ、槍も使えるのね』

『ふふん、だてにベテランじゃないんだよ』

 

 中華鍋と中華包丁を振り回しているくせに、やちよの槍の扱いへのアドバイスはやたら的確で、すぐに上達できた。過去に幾人もの魔法少女と出会ってきて、その中に槍を扱う子がたくさんいたからという。しかし同い年の子に露骨な先輩ヅラをされるのは気に食わず、瑞乃がアドバイスばかりで積極的に戦おうとはしないこともあって、反骨心がめきめき育った。

 

 それが災いしたのは新人研修の5日目のことだった。

 

 使い魔へ完璧に対処し、手早く魔女本体も始末できた。なぜか魔女の結界が解除されなかったが、一人でも十分にやれることを証明できた気がして、誇らしかった。

 

『どう、由比さん? 今回は文句のつけようがないでしょう?』

『えっとねー……』

 

 やちよが平坦な胸を張っていると、瑞乃の姿がブレた。

 

『え?』

 

 気づけば瑞乃はやちよの背後に、中華鍋を構えて立っていた。魔力で出来た分厚い鍋は、原型の崩れたアンコウのような魔女の一撃を食い止めていた。瑞乃が割って入らなければ、やちよの上半身が食いちぎられていただろう。

 

 やちよが我に返るよりも早く、瑞乃は鍋で魔女を押し返す。続いて鍋を中華包丁に変形し、一閃。肉と一緒に骨も断つ重厚な刃がアンコウを細切れにすると、ようやく結界が解除された。

 

 死の恐怖でへたりこむやちよに視線を合わせながら、瑞乃は苦笑した。

 

『あれが本体だったみたいだね。倒したと思っても、結界が消えるまでは油断しちゃダメ。死ぬよ』

 

 実感のある言葉だった。

 

 このときやちよの中で、瑞乃は口だけのシスコンから実力ある先生に格上げされた。けれど素直に認めるのはシャクだったから、ぷいと顔を背けて、

 

『本当に強かったのね、あなた』

『当然! 私は最強のお姉ちゃん由比瑞乃! 年季が違うのよ年季が!』

『ふふ、年寄りみたい』

『誰が魔法おばさんだって!?』

『そこまで言ってないわよ!』

 

 強さと経験でマウントを取りにくる瑞乃と、冷静にカウンターを返すやちよ。遠慮なく小突き合う関係はこのとき始まったのだろう。

 

 お互いに気を使わずありのままの気持ちを交わせる関係。失うことが怖くなって、やちよの重い足取りは急ぎ足へと変わった。

 

「あ、やちよ」

「こんにちは鶴乃。瑞乃はいる?」

 

 すぐに参京区の万々歳へたどり着く。時間帯のためお客はすっかり捌けており、厨房で皿洗いをしていた鶴乃が出迎えた。

 

 鶴乃は「いるけど……」と表情を曇らせる。

 

「なんだかすごく落ち込んでるみたいなんだ。私が大好きって言ってもぎゅって抱きしめても反応がなくって、『転生したい』とか言ってるの……」

「ごめんなさい。それは私のせいなのよ……」

 

 やちよが悩みを抱えていて、つい八つ当たりをしてしまったことを明かすと、鶴乃は一瞬だけむっとした顔に。続いて顔を逸らし、拗ねたように言った。

 

「私が何言っても立ち直ってくれないんだもん。早く仲直りしてきてほしいな」

 

 鶴乃に促され二階の居住スペースへ。

 

 瑞乃の部屋の前で一つ大きく深呼吸してから、扉を開ける。

 

 真っ暗な部屋の隅で膝を抱えていた瑞乃は胡乱げに顔を上げ、やちよと目が合うなり弾かれるように立ち上がって、

 

「やっちー! ごめん、ごめんね! 気づいてあげられなかったね!」

 

 やちよへ飛びかかった。

 

 意味不明だったが、謝りたいのはやちよの方だ。抱きつく瑞乃を一度引き離し、しっかり目を合わせる。

 

「私こそ悪かったわ。悩み事があって、八つ当たりしちゃった……ひどいことを言ってごめんなさい」

「そんな! あんなに露骨に悩んでたのに気づかなかった私が悪いんだよ……ごめんね」

 

 そこまで分かりやすかっただろうか? とやちよは首をかしげた。モデルのユニットの話は瑞乃にしていないし、願い事のことも教えていない。

 

 何度かごめんの応酬を交わした後、やちよはその点を聞いてみた。

 

「分かりやすいよ! 露骨に胸に手を当てて、難しい顔してさ。たしかにもう中3なのに、やっちは全然変わらないもんね」

「……何の話?」

 

 この時点でやちよはイヤな予感がしていた。とてつもなく大きな認識の相違があるような予感がしていた。聞かないほうがいいような予感が。

 

 はたしてその予感は的中することとなる。

 

 瑞乃はやちよの肩に手を置き、もう一方の手でサムズアップしつつ「大丈夫!」と言って、

 

「貧乳はステータス! むしろそっちの方がスラっとした感じで、モデルっぽいんじゃないかなっ!」

 

 やちよはグーパンを繰り出した。

 

 華麗なスウェーバックで回避する瑞乃。勢いを活かしてバク転し、やちよと相対する。

 

 しばし沈黙のままにらみ合う双方。瑞乃はにじみ出るやちよの殺気に冷や汗をダラダラ流し──脱兎のごとく駆け出した。窓から飛び出し屋根の上を跳ねて逃げる。それを追うやちよの表情は、般若だった。

 

 屋根を飛び跳ね、ビルの壁面を走り、人目のある通りでは単純なダッシュで駆け回る二人。ときにやちよが魔力の槍をぶん投げるが、瑞乃は後ろに目がついているかのように躱して見せる。この世のものとは思えない表情で追いかけるやちよと、ホラー映画の登場人物じみた顔つきになっている瑞乃の追いかけっこは注目を集めた。

 

 参京区から北養区、新西区をぐるりと回った二人が足を止めたのは、どこかの河原だった。

 

「はあ、はあ、つ、捕まえた……!」

「ご、後生だから、お命だけは……!」

 

 お互いに息も絶え絶えで、後ろからフラフラと距離を詰めたやちよが瑞乃を押し倒す。夕日に照らされる河原に二人の汗だくの少女が重なり合った。

 

 両者とも魔力には余裕があるが、体力は別物だ。何をする気力もなく、息を切らす音だけが響く。その間、瑞乃は心中で念仏を唱えていた。

 

 脳みその九割を妹が占めている瑞乃といえど、やちよの反応からして地雷を踏んだと察することはできる。きっとやちよの体力が戻れば処刑されるに違いない、愛する鶴乃よ先立つ不幸を許して、と腹をくくる。

 

 やちよの息が整ってきた。短くも楽しい人生だった──ぎゅっと目を閉じた瑞乃だったが、やちよからの追撃はない。

 

「ぷっ、あはは! 何が後生よ、もう! あはははっ!」

「あ、あれ?」

 

 それどころか、どこか吹っ切れたような笑いを漏らしている。

 

「あー、おかしい。私たち何やってるのかしら」

 

 やちよ自身、自分の気持ちが分からない。ただ、全力で区をまたいで数時間も鬼ごっこをしたあげく、貴重な魔力まで無駄遣いしたことを考えると無性に馬鹿らしくて、自然に笑えてしまった。願い事がどうこうなんて真剣に悩んでいたことが嘘みたいにおかしかった。何も解決していないのにとても気分が晴れ晴れしていた。

 

 瑞乃にはやちよの笑いの意味が分からない。けれど楽しげな気分につられたのか、「ふふっ」といたずらっぽく笑った。

 

「何やってるってそりゃ、青春じゃない?」

「何それ、漫画みたい」

 

 二人でひとしきり笑うと、やちよが体を起こす。しかし瑞乃の体からはどかずにマウントをとったままだ。

 

「ところで、よくも人のコンプレックスを指摘してくれたわね」

「ひっ、あは、あははっ! やめ、やめてー!」

「反省しなさい、この牛女!」

 

 瑞乃の脇下に手を入れてでたらめに指を動かすと、瑞乃は苦しそうに身をよじらせる。悩みは有耶無耶になっても女のプライドを刺激された屈辱は別だ。瑞乃はこの二年で無駄に胸部の発育だけは良いので、余計にやちよの恨みは深い。瑞乃が笑い疲れて動けなくなるまで徹底的にくすぐった。

 

「何、やってるのカナ、二人とも……?」

「青春よ」

「……」

 

 なお、帰りの遅い二人を心配して探しに来た鶴乃は、薄暗い河原で汗だくになりながらイチャイチャする姉と友人を見つけ、目から光が消えた。

 

 笑いすぎてお腹が痛い瑞乃はその場で言い訳もできず、ヤキモチを焼いた妹とひと悶着あったのはまた別の話だ。


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