お姉ちゃんは何でもできる【完結】   作:難民180301

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第9話

 瑞乃は鶴乃に普通の少女でいてほしかった。

 

 魔法少女になればソウルジェムの穢れを浄化するため、魔女との命がけの戦いが義務付けられる。よしんば穢れがたまらなかったとしても、ふとしたイベントで絶望し魔女化することもある。

 

 瑞乃自身は死ぬことも魔女になることも怖いとは思わない。前世では死が唯一の逃げ道だったし、いっそ魔女化して周囲一帯を壊してしまった方がマシと思える経験を何度もしてきた。魔法少女の真実を知っても「それ契約する前に言ってよ」と口を尖らせるだけだった。自分だけの問題なら何も怖くなかった。

 

 ただ、鶴乃が魔法少女の宿命を負うことだけは耐えられない恐怖だった。もしも鶴乃が魔女との戦いで傷ついてしまったら、もしも宿命に耐えきれず絶望してしまったら。考えるだけでも恐ろしく、自分の落ち度で宿命を背負わせてしまったと思うたび、罪悪感が心をきしませる。

 

 妹を魔法少女にしてしまった。瑞乃は転生してから初めての絶望を味わっていた──

 

「いいかルーキー、今からお前を一人前の魔法少女になるまで徹底的にしごいてやる! 泣いたり笑ったりできなくしてやるからな! 返事ィ!」

「さーいえっさー!」

「誰がサーだ私は男か!? 返事ははいかイエスマムだろォ!」

「イエスマム!」

 

 ──わけでもなく、妹の前で教官ごっこをしている。

 

 新西区、建設放棄地。魔法少女の訓練にはうってつけの広い空き地で、由比姉妹は元気よく声を張り上げる。

 

 初めての魔法少女実戦講習に緊張しているのか、鶴乃は若干顔をこわばらせて意味もなく敬礼している。初々しいその様子に瑞乃は内心で興奮していた。

 

「いいか、魔女退治では当然激しい運動が必要とされる。運動の前にやることは何だ、ルーキー!?」

「はっ、準備体操でありますっ!」

「その通り! そして我々由比家における準備体操といえば!?」

「鶴乃体操第一ィィィ!」

「大正解! 優秀すぎる鶴乃ちゃんに花丸あげちゃう! さっそく両の拳を交互に天高く突き上げまして」

「突いて、突いて、百回突いてぇー!」

「はああぁーっ!」

 

 空き地の外まで響き渡る無駄に大きな声を発しつつ、姉妹で謎の正拳突き体操を始める。前日の夜にロードショーで見たミリタリー映画の影響だろう。絶望のぜの字も見えない馬鹿騒ぎ。瑞乃が過労で倒れてから二ヶ月後のことだった。

 

 瑞乃は魔法少女の真実を知っているからこそ妹を魔法少女にさせなかった。そのことを知っていたやちよとみふゆは、鶴乃が瑞乃のためを思って魔法少女になったと聞くと、瑞乃の心労を思いすぐになぐさめに向かった。しかし強がりの苦手なはずの瑞乃は「平気平気」といつもの調子で、実際何の不安もなかった。

 

 なぜならご都合主義があるからだ。

 

 もしも鶴乃が絶望するようなことがあれば、因果を操作し原因ごとなかったことにする。なんなら魔法少女になった経緯さえ修正してみせる。それまでは瑞乃を思って戦いの道を選んだ鶴乃の意志を尊重し、先輩魔法少女としてサポートする。

 

 鶴乃が魔女になることは自身の死や魔女化よりもはるかに怖い。しかし取り返しのつかない失敗をなかったことにできる反則級の魔法があればこそ、瑞乃は平静でいられた。

 

 そうしてもっとも大きな不安の種が除かれた瑞乃の心に去来したものは、妹の前でかっこつけたい気持ちだった。頼りがいのある鬼教官として鶴乃をしごき、実戦訓練で実力を披露し「お姉ちゃんすごーい!」とほめてもらいたい。幸い万々歳の経営はチャイナ帰りの父親と改心した母、祖母が担当しているため、姉妹で活動する時間は大幅に増えた。瑞乃が過労で倒れたのを心配し同行しようとしたやちよとみふゆには『ありがとうでも姉妹水入らず!』と言いおいて、瑞乃は存分にお姉ちゃん教官ごっこを楽しんでいた。

 

 ただし、目論見は瓦解寸前である。

 

『こ、これが魔女! 久しぶりに見ると怖いね……!』

『怖い? ふっふっふ、仕方ないなぁ。今回だけお姉ちゃんがお手本を見せちゃおう。とーう!』

『すごーい! さすがお姉ちゃん!』

 

 当初はうまくいっていた。尻込みする鶴乃の前で、意味もなく抜刀術じみた構えをとり、中華包丁の一閃で魔女を細切れに。鶴乃は予想よりもはるかに達人めいた姉の技に見惚れ、手放しで称賛した。瑞乃は鼻高々だった。

 

『これがお姉ちゃんの本気なんだね!』

『甘い! 私はまだ変身を二つ残しているのだ!』

『二つも!? まるで終盤で真の力を解放したクウシンサイ先生みたいだよー!』

 

 リアルにインフレバトルじみた動きをするせいか、魔法少女には隠された真の変身能力があると本気で誤解した。後ででまかせを指摘され謝ることになるとは露知らず、瑞乃はお調子に乗り続けた。

 

『な、なんかこの魔女戦いにくいよ!?』

『搦め手タイプの魔女だね。この手合を倒すには……全力で正面から突撃ィ!』

『すごーい! でも』

 

 しかし幾度めかの実戦講習で瑞乃が魔女を瞬殺すると、鶴乃の笑顔が曇る。

 

『お姉ちゃんが倒したら私は何と戦えばいいのかな……?』

『ごめん、次こそは!』

 

 その次の戦いでは、比較的強力な魔女を相手取った。それまでとは一回り強い穢れを感じさせる魔女に対し鶴乃は息を呑み、全霊で戦う覚悟を決める。しかし、

 

『この魔女は鶴乃にはまだ早い! おだぶつ!』

『ええーっ!?』

『どう? お姉ちゃんすごいでしょ?』

 

 瑞乃が瞬殺したせいで肩透かしに終わった。

 

 実際どんな相手だろうと正面から力でねじ伏せる瑞乃の実力は高く、鶴乃はすごいすごいと称賛せざるを得なかった。瑞乃はますますお調子に乗り、鶴乃が隠れてふくれっ面をしているのに気づけなかった。

 

 そうして姉妹のスレ違いは、ある事件をきっかけに表面化していく──。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 新西区郊外。空き家だらけの寂れた住宅街の一角に、ある魔女の結界が発生していた。瑞乃と鶴乃は結界の前に陣取り、逢魔ヶ時の西日に照らされる二人からは長く黒い影が伸びている。

 

「うーん」

 

 腕を組んで結界をにらむ瑞乃。どこか浮かない表情だった鶴乃は、珍しく姉が悩む姿に首をかしげた。

 

「お姉ちゃん、入らないの?」

「先客がいるみたい。集中してみて」

「ほっ? ……ほんとだ」

 

 言われた通り集中すると、結界の内部に魔女や使い魔のものとは別の魔力が数体感じられた。どこかで感じたことのあるような魔力パターンで、思い出す前に瑞乃が答えを出した。

 

「やっちとみっふ、それからかなっちか」

 

 新西区の顔にして由比姉妹の友人、七海やちよと梓みふゆ。瑞乃の過労に前後してやちよのみかづき荘に入居した、雪野かなえの魔力だった。みかづき荘がチームで魔女退治をしているらしい。

 

「みかづきチームだね! じゃあ早く入ってお手伝いしようよ!」

「この地域だと基本、横槍は禁止なの。いくら友だちでも弁えるべきかなぁ」

「えー? 基本、ってことは例外もあるんでしょ? それってどんなとき?」

「先客が苦戦してて大ピンチって時は、さすがにかな。戦況を知りたかったらもっと集中して魔力を──」

 

 瑞乃はハッとして言葉を止め、目を見開いた。

 

 鶴乃は言われた通りに結界内へ魔力を集中し、戦況を探る。無数の小さな穢れと、中央に陣取る巨大な穢れ。小さな穢れに包囲されたやちよとみふゆの魔力は不自然に動きを止め、かなえの魔力だけが自由に動いている。

 

「大ピンチじゃんねぇ!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 血相を変え結界に飛び込む瑞乃。

 

 慌てて鶴乃も後に続く。瞬時に世界が穢れと呪いに塗りつぶされ、視界いっぱいにおぞましい魔女の空間が広がった。林立する卒塔婆、人の下半身と十字架を無理に合成したような外見の化物、鳥居に吊るされた白い顔。

 

 そんな結界の中央で、やちよとみふゆは包囲されている。下半身と十字架の化物から触手のように荒縄が伸び、二人を縛り付けていた。

 

 鳥居に吊るされた白い顔が魔女の本体なのか、ひときわ強力な穢れをまとっている。そのエネルギーが口腔に集中し、大砲のような光弾として発射された。

 

 拘束されたやちよとみふゆに逃げるすべはない。二人をかばうように前へ出ていたのは、かなえだった。

 

「くっ……!?」

 

 鉄パイプとキセルを模した得物に魔力を集中させ、どうにか防ごうとしている。しかしどう考えても迫りくる光弾の穢れの方が強力だ。このままでは三人とも吹き飛ばされるか、良くてかなえ一人が確実に死んでしまう。大ピンチだった。

 

「鶴乃! やっちとみっふを!」

「……ちゃーらー!」

「瑞乃!?」

「鶴乃さんも!?」

 

 別人のような鋭い声音で指示が飛ぶ。鶴乃はその通りに動く。やちよとみふゆを拘束している使い魔に、炎をまとった一対の鉄扇で躍りかかる。

 

 使い魔は怯んだものの、拘束はまだ解けない。

 

 一方、瑞乃はかなえの眼前に躍り出ていた。

 

「かなっち! 鶴乃の方手伝って!」

「だが……!」

「いいから! あれ受けたら死ぬよ!?」

 

 あれ、と呼ばれた穢れの圧縮光弾。並の魔法少女が受ければ消し飛び、実力者のかなえであってもただでは済まないそれは、すでに目と鼻の先だった。使い魔との戦いで必死の鶴乃を除き、誰もが瑞乃の死を悟った。

 

「えいや!」

 

 しかし瑞乃の気合と共に、光弾は粒子となって砕け散る。

 

 中華包丁を握った瑞乃の腕が掲げられている光景から、弾を切り裂いたのだと予想がついた。

 

 中華鍋で受け流すには強力すぎて、かといって防げばノックバックで吹っ飛ばされる。ゆえに、正面突破の切り上げ一閃だった。

 

「かなっち!」

「わかった……!」

 

 呆けている余裕はない。かなえは冷や汗を流しつつも、鶴乃の方の支援へ回る。

 

 最大火力の一撃を防いだ瑞乃に対し、魔女は攻撃を威力から数へと切り替える。口腔からタンかつばのように、必殺の光弾が雨あられと迫る。

 

 瑞乃は魔女に対し半身をとり、左腕一本で中華包丁を振るう。迫りくる弾の嵐はことごとく切り裂かれ、刃に触れた端から光の飛沫(しぶき)となって散っていく。

 

 埒が明かないと見たのか、魔女は統率された使い魔を数体瑞乃へ差し向ける。瑞乃は弾を片腕で切り払いながら、ついでとばかり接近する使い魔すら切り捨てた。

 

「す、すご……!?」

 

 その間に鶴乃たちの方は窮状を脱していた。

 

 かなえの助力もあり、使い魔を撃退した鶴乃たち。

 

 姉の活躍に声を漏らした鶴乃は、瑞乃が包丁を振るいながらもう一方の手に魔力を集中しているのを見て取った。

 

(ビームだ、絶対ビームだ!)

 

 まるでデカゴンボールのクウシンサイ先生のように、特大のビームで魔女を仕留めるつもりなんだと、鶴乃はワクワクしながら姉のアクションを見守る。

 

 切り払われた光弾が瑞乃の周囲にきらきらと降り積もる中、魔力の集中した片手をついに強く突き出す瑞乃。

 

 果たしてそこから発射されたものとは。

 

「セキトバくんっ!」

「ええーっ!?」

 

 大型貨物トラックである。

 

 赤を貴重に雷紋模様で彩られ、万々歳の宣伝がデカデカとペイントされたそれは、当たり前のように宙空を駆けて魔女本体へ迫る。

 

 もちろん正面からただ突っ込んでくる敵を静観するはずはない。魔女は穢れのエネルギーを溜め、威力重視の光弾を発射する。

 

 セキトバくんはエネルギーの塊にあわや撃墜されるかに思われたが、

 

「甘い!」

 

 華麗なバレルロールで光弾を躱す。もしも貨物の運送中であれば物損からの賠償請求不可避の回避マニューバである。

 

 しかしお届け先が魔女であればどんな請求を受ける謂れもない。セキトバくんはバレルロールの回転を加速させ、銃弾のごとく魔女へ突っ込んだ。

 

 下顎の部分に正面衝突。もしこの現場を見られれば万々歳の株が逆に下がりそうなほどの強烈な一撃だった。

 

 そのリスクに見合うだけの威力を発揮され、跳ね飛ばされた魔女は宙空でキリモミ回転して無防備をさらしている。

 

「やっち、みっふ!」

 

 叫びと同時、鶴乃の両横を風が駆け抜ける。やちよとみふゆだった。

 

「これで終わりです!」

 

 みふゆが身体を一回転させながら全力でチャクラムを投擲。実体を伴う高度な幻覚のチャクラムが後に続き、死に体の魔女を刻む。

 

「捉えた!」

 

 チャクラムの嵐に紛れ、槍を構えたやちよが突撃していく。投げられたチャクラムを足場として、空中で更に加速。一筋の光条と化したやちよが魔女を貫き、ほどなく結界が崩壊したのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ひび割れたアスファルトの上に、グリーフシードが落ちる。それを中心に瑞乃、みふゆ、鶴乃、かなえの四人が結界から投げ出され、最後に宙を舞っていたやちよがふわりと着地した。

 

 誰が何を言うでもなく、ぱちんと小気味よい音を響かせる。

 

「おつかれー。久しぶりだけど結構やれるもんだね」

「お疲れ様。ま、古い付き合いだもの」

「お疲れです。なんだか昔を思い出しちゃいました」

 

 瑞乃、やちよ、みふゆの三人がハイタッチ。三人での久しい連携にそれぞれ思うところがあるらしい。

 

 かなえは臆せずその輪に割って入り、瑞乃に声をかけた。

 

「あなたがいなければ、死んでいたと思う。ありがとう」

「なーに最強のお姉ちゃんにかかれば楽勝楽勝。それよりあなたがかなっちだよね? 話は聞いてるよ」

「か、かなっち……?」

 

 雪野かなえ。みかづき荘を経営するやちよの祖母に懐き、みかづきチームとして下宿を始めた魔法少女だ。やちよ、みふゆと同年代で、クールな目元と物言いが特徴。音楽が好き、と瑞乃は聞いている。

 

 困惑するかなえにみふゆが苦笑い。

 

「みっちゃん、初対面でその呼び方はびっくりしますよ? ワタシだってもう自重してるのに」

「そうかな。じゃ、雪野さん」

「極端だな。好きに呼んでくれ。私も、瑞乃と呼ばせてもらう」

「ん、よろしくかなっち」

 

 かなえは決して人付き合いの得意なタイプではないが、事前にやちよたちから瑞乃の話を聞いていたことと、助けられたこともあって心象は良かった。瑞乃は勝ち気な笑顔で、かなえは微笑を浮かべて互いによろしくする。

 

 メンバーの消耗度合いを確認してグリーフシードの使用の是非を決める前に、瑞乃は鶴乃へ水を向けた。

 

「鶴乃も初めてだよね。この子は私の妹で──」

 

 鶴乃は疲れているのか、いつもより数段小さな声でかなえと言葉を交わす。やちよとみふゆは、「助けてくれてありがとう、鶴乃」「鶴乃さんが来てくれなかったら危ないところでした」と鶴乃の労をねぎらう。

 

 そこが鶴乃の限界だった。

 

「うう……うわぁーん!」

「鶴乃!? どこさ行くだぁー!」

 

 鶴乃は涙を散らしながら、踵を返して駆けていく。

 

 嵐のように過ぎ去った姉妹にかなえは目を丸くしてから、追いかけるべきかどうか判断に迷う。しかしやちよが肩に手を置いて、「よくある姉妹のじゃれ合いよ。帰りましょう」と言ったので、その場ではひとまず解散する。

 

 とはいえ、鶴乃の様子が気がかりなのは確かだった。魔女相手にあれほど活躍する瑞乃の姿を見れば手放しで「私のお姉ちゃんはすごいんだ!」と自慢するのがやちよ、みふゆたちのよく知る鶴乃だ。泣いて走り去るのは腑に落ちない。

 

 やちよとみふゆの意見はテレパシーもなしに「後で確認しよう」と一致。

 

 しかし確認するまでもなく、直接姉妹のじゃれ合いに巻き込まれることになるとは、この時は知るよしもなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「決闘少女?」

 

 昼下がりのみかづき荘、リビング。家主のやちよは、客人の魔法少女たちの言葉に首をかしげた。

 

「私たちも別の魔法少女から聞いた話なんですけどね?」

 

 前置きして話し出したのは、十咎(とがめ)ももこ。比較的経験の浅い魔法少女で、先輩としてやちよを頼りにする中で親しくなった中学生の女の子だ。続いてももこの友人である水波(みなみ)レナ、秋野かえで。魔法少女同士仲良くしたいとのやちよの提案で、ドーナツとお茶を囲って親睦会の最中である。

 

 彼女たちが切り出したのは決闘少女の噂だった。

 

「うん、いるらしいんです……手当たり次第に決闘を申し込んでくる魔法少女が」

「決闘する理由は不明だけど、かなり強いって聞いてます」

 

 かえでとレナの言葉を、「だからやちよさんも気をつけてくださいね」とももこが締める。

 

 やちよは話を聞くと、まず忠告にお礼を言ってから、ため息をついた。

 

「誰だか知らないけど、ずいぶんな命知らずもいたものね」

「えっ?」

「つまり……やちよさんがシバくってこと?」

「ふゅぅ、レナちゃん! 言い方!」

「あっ……」

「違うわよ」

 

 噂通りなら危険な相手だ。魔法少女の真実を知らない者同士で戦えば、ルールの上での訓練でさえ誤ってソウルジェムを傷つける危険がある。他の魔法少女に敵意のある者が決闘少女であれば、やちよも黙って見ていられない。

 

 しかし、そういった危険があるのはここが神浜西でなければの話だ。

 

「三人は由比瑞乃って知らない?」

「あっ、知ってます」

「やちよさんとみふゆさんが表のボスなら、裏のボスって言われてる人ですよね」

「ええ。その子が根っからの平和主義者なの。もし決闘少女なんてのがいたら、とっくに成敗されてると思うわ」

「知り合いなんですか!?」

「親友よ」

 

 魔女退治を深夜帯に一人で行っていた瑞乃は、西でもほとんど知られていない。しかしある程度経験のある魔法少女なら、神浜西で争えば裏ボスが黙っていないとの噂としてよく知られている。

 

 つまり決闘少女の犯人は経験のない新人で、かつエスカレートすれば瑞乃が出張ってくる。よって心配の必要はない、とやちよは判断した。

 

 が、やちよの脳裏に白い病室がよぎる。ベッドの上には瑞乃が横になっていた。

 

 瑞乃は大体なんでもできる。本人もそれを知っていて、周囲も知っているからいろいろな役目を背負わせた。結果、過労で倒れたのが半年ほど前のことだ。

 

 万々歳は家族が手伝ってくれるようになったそうだが、鶴乃が魔法少女になった心労だってあるはず。甘えてばかりではいられない。

 

「……あの子に任せきりなのは悪いわね。もし決闘少女が出たら、私に連絡してくれる?」

「やちよさんに?」

「レナなら楽勝なんだけど……」

「レナちゃん、その自信はどこから来るの?」

「ダメ。危ないかもしれないでしょ。お願い」

「分かりました……」

 

 しぶしぶうなずくレナ。

 

 そこでやちよの懐から電子音が響く。やちよはスマホを取り出し、画面を一瞥すると、「ちょっとごめんね」と席を立った。

 

 その際の表情を目ざとく見て取ったももこ、かえで、レナは顔を見合わせる。

 

「なんかすげー嬉しそうな顔してたな」

「あれはきっと恋人よ! 見た、あのちょっと赤くなったほっぺた!」

「レナちゃん出歯亀っぽいよ〜」

「もしもし瑞乃? なーに?」

 

 弾んだ声を聞きつけ、三人が固まる。原因は別人のようなはしゃぎっぷりだけでなく、内容もである。

 

「瑞乃、ってさっき言ってた人だよな?」

「女の人……?」

「やちよさんってもしかして……あうあう」

 

 仲良く顔を赤くする三人は、いろいろな面で一歩も二歩も先を行っているやちよに、畏敬のまなざしを向ける。レナは素直な敬意をごまかすように、こっそりやちよのドーナツをかっぱらった。

 

 一方、スマホの向こうにいる裏ボスはというと、

 

『鶴乃が修行パートに入っちゃった! どうしよう!?』

「訳がわからないわ」

 

 パニックになっていた。

 

 やちよが聞くところによると、獄門の魔女戦でなき別れになった一ヶ月前のあの日以来、鶴乃は一人で魔女退治に出かけることが多くなった。理由を聞いても「修行パートだよ!」の一点張りで話にならず、心配になって後をつけようとすると、

 

『もしこっそりついてきたら……お姉ちゃんを嫌いになっちゃう、かもしれないんだからっ!』

 

 と脅迫され、瑞乃が動けないという。

 

「……心配ないんじゃない? 聡明な子だし、この前の戦いでも動きは良かったわ。たいていの相手には負けないでしょ」

『分かってても心配なの! 鶴乃があんなに反抗期なの初めてなんだから! やっち、鶴乃の相談に乗ってあげて!』

 

 やちよは白けていた。みかづき荘の固定電話ではなく、珍しくやちよ個人にかけてきたと思えば妹の話題である。不可思議にどろりとした感情が鎌首をもたげた。

 

 が、次の一言であっさりと感情が浄化される。

 

『お願い! やっちだけが頼りなの!』

「仕方ないわね。任せなさい」

 

 親友の頼みを断るのも気が引けるからと付け足して、やちよは鶴乃の奇行調査を快諾。

 

 ももこたちのもとに戻ると、なぜかももこたちは顔を赤くしてチラチラ視線を交わし合っていた。

 

「どうかした?」

 

 と聞いても三人そろって歯切れが悪いので、隣に座っていたレナに詰め寄る。

 

「や、やちよさん、近いです……!」

「あ、砂糖がついてる。ふうん、レナちゃん、私のドーナツを一つ食べちゃったのね」

「えっ、あ、そうです! けっして変なことを考えてるわけじゃ……」

「いたずら好きな悪い子には、おしおきをしなきゃ」

 

 形のいいレナの顎をくいっと持ち上げ、至近距離で見つめるやちよ。レナはやちよの仕草からあふれる女性の魅力に身動きがとれず、ぼうっとした顔でなすがままになってしまう。

 

 妙なスイッチの入ったやちよによるお仕置きは、レナが耳まで真っ赤になって瀕死になり、ももこが新たなドーナツをやちよの口に突っ込むまで続いたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 親睦会から数日後。

 

 神浜を騒がす決闘少女は、間もなくやちよの前に現れた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ももこから下手人発見の報を受け、やちよが駆けつけたのは寂れた神社の裏手だった。管理者のいなくなったボロボロの社の裏は、野良猫と魔法少女のたまり場としてよく利用されている。隣接する草地には冷蔵庫やソファ、やたら大きな錆びだらけの中華鍋などが不法投棄されており、神浜の闇を思わせた。

 

 道中で前もって変身してやってきたやちよの視界に、見慣れたオレンジ色が映る。同じく変身したももこ、レナ、かえでの三人が、オレンジ色と問答していた。

 

「もう! いつまで待たすんだよー!」

「もうすぐ来るからちょっと待ってって、な?」

「なんならレナが相手になるけど」

「や、やめようよレナちゃん。なんかあの子すごそうだよ……」

 

 やちよは頭を抱えながら、社の陰から出ていく。見覚えのあるオレンジ色の背中に近づいていった。

 

「もう待てない! レナって言ったね! 私の大いなる野望のために、ここで倒させてもらうよ!」

「上等……ひっ!?」

 

 ゆらり、とオレンジ色の後ろに現れたやちよに対し、レナが後ずさった。

 

「ほっ? 私の気迫に押されたんだね! そんな調子じゃ勝負にならな──」

「つ・る・の」

「ひゃああっ!? や、やちよ!?」

 

 オレンジ色とは鶴乃である。名を呼べば弾かれたように振り返り、冷や汗を流してやちよと向かい合う。今はあまり会いたくない相手の登場を認めると、涙目で抗議しだした。

 

「や、やちよを呼ぶなんて卑怯だよ!?」

「やちよさん、知り合いなのか?」

「ええ、古い付き合いよ。連絡してくれてありがとうね。で、鶴乃」

 

 やちよの眠たげな瞳がすうっと細まり、鋭い眼光が光る。

 

「何のつもり?」

 

 神浜西の裏ボス、もとい瑞乃は徹底的な平和主義者だ。やちよでさえ最近まで知らなかったことだが、グリーフシード狙いの強盗に遭ってもたんこぶ一つで許し、相手に負い目を感じさせない形でグリーフシードのストックを提供していたらしい。その成果もあってか東西地域と中央区の情勢は非常に落ち着いており、史上稀に見るほどの和平が実現している。

 

 瑞乃が過労で倒れたあの日、鶴乃ともその情報を共有している。決闘騒ぎはせっかくの和平を壊しかねないもので、やちよは毅然として鶴乃を睨む。

 

「わ、私は……」

「瑞乃だって心配してる。何か悩みがあるなら相談に乗るし、私でダメならみふゆだって──」

「お姉ちゃんは関係ないよっ!」

 

 静かな境内に鶴乃の叫びが響く。鉄扇が炎をまとい、鶴乃を中心に渦巻いた。

 

「……関係あるって言ってるようなものじゃない」

「問答無用だよ! 私は最強の妹になるために、少しでも強くならなきゃならないの! そのためには戦うしかないんだよ、ふんふん!」

「少し見えたかな。分かった、私が相手になる」

「ほんと!?」

「その代わり私が勝ったら、あなたの悩みを洗いざらい吐いてもらうわ」

「ははー! どうせ私が勝つんだから、考えてもしょうがないよね!」

 

 先手必勝。しゃっしゃー、と独特の掛け声とともに鶴乃がやちよへ躍りかかる。一歩間違えればボヤ騒ぎになりかねない炎の台風に対し、やちよは冷静にその場を動かない。

 

 鶴乃も、観衆たるももこたちも、やちよの次の動きに目を凝らした。まさか神浜の有力な古参魔法少女がこの初撃に対応できないはずはない。問題はその後にどう反撃するかだ、と考えた。

 

 しかし彼女たちの予想はことごとく裏切られることとなる。

 

「えっ!?」

 

 やちよはまったく動かなかった。やけどするような距離まで攻撃が迫っても、身じろぎ一つしない。

 

 鶴乃は反射的に炎を抑えにかかるものの、全力で放出した炎は中々収まらない。やちよの身体に大やけどをさせてしまうと思われたそのとき、やちよの身体が崩れた。

 

「それ、ダミーだから」

「うわあ!?」

 

 魔力の扱いに慣れれば、武器を精製するのと同じようにいろいろなものを形成できるようになる。その理屈で作り出したダミーの身体が炎に溶けて消え、本体は鶴乃の背後に回り込んでいた。

 

 あらかじめ魔力で作っておいたロープを鶴乃に巻き付け、捕縛。ぐるぐる巻きにされた鶴乃は目を白黒させている。

 

「ほ、ほどけない……!」

「い、いつの間に!?」

「全然見えなかった……」

「ふゅう、すごーい」

 

 執拗に巻き付いたロープは魔法少女の力でもびくともしない。妙に胸元を強調するような縛り方に鶴乃は顔を赤らめ、涙目で叫んだ。

 

「と、とどめを刺して!」

「……これ以上ダダこねるつもりなら」

 

 やちよは懐からスマホを取り出し、画面を見せつける。そこにはダイヤルのマークと『みずの』の文字。発信ボタンに指がそえられていた。

 

「分かるわね?」

「わ、分かった! 全部話すからお姉ちゃんには秘密にしてぇ!」

「えげつないな……」

 

 地の底から響くような恐ろしい声音に、ももこたちは顔を引きつらせる。

 

 縄を解かれた鶴乃はその場に正座し、先ほどまでの威勢がウソのような弱々しい口調で、深刻な悩みを語った。

 

「お姉ちゃんがね、強すぎるの」

 

 鶴乃の姉、由比瑞乃は強かった。人としても魔法少女としても鶴乃が知る限り最強のお姉ちゃんで、同じ魔法少女になってからはますますその強さへのあこがれを深くした。魔女との実戦で姉が力を振るうたび、鶴乃は誇らしい気持ちになれた。

 

 しかし、ある時鶴乃は思い出してしまう。なんのために魔法少女になったのか。無理をする姉の隣で支えになるために魔法少女になったのではなかったか、と。

 

 このまま姉と一緒にいても甘やかされるだけで、一生力になれない。そう悩み出したとき、獄門の魔女と遭遇した。

 

 魔女は強かった。鶴乃がそれまで見てきた魔女や使い魔とは比べ物にならない圧力を感じたし、実際やちよとみふゆ、かなえの三人が大苦戦していたことからも実力がうかがえる。

 

 それほどの魔女をあっさり倒してみせた姉の力は、どれほど遠いのか。姉の支えになるためにどれほどの時間がかかるのか。

 

 鶴乃は焦った。まずは姉に甘えないために、一人で戦うようになった。使い魔や魔女もそこら中にウヨウヨいるわけではないから、よりたくさん戦いの経験を積むには魔法少女と戦えばいい、と思い立った。

 

「だから私は、急いで最強にならないといけないんだ。お姉ちゃんの隣に立って、無理しないように支えてあげられる、最強の妹に! そのためならなんだってやるよ!」

「それが大いなる野望ってわけね……」

 

 要は、お姉ちゃんの力になりたくて魔法少女になったのに、お姉ちゃんが強すぎる。じゃあさっさと強くなろう、というわけだ。

 

 やちよは頭痛を抑えるようにこめかみへ手をやった。

 

「お姉ちゃんの力になりたい、か。結構いいやつじゃんか。私でよければ相手になるよ」

「わ、私も、得意じゃないけど、少しくらいなら」

「レナも同感。ま、コテンパンにされて逆に自信を失うかもだけど」

「なにおー!」

 

 なぜか親睦を深めているかもれトリオと鶴乃にもっと頭痛が強まった。

 

 瑞乃は魔法少女としての素質が高い。その上、いつ契約を結んだのかも分からないほど長い経験がある。単純な強さを根拠に隣に並ぶのは、不可能に思えた。

 

 ただ、本気で強くなろうとしている鶴乃に無理だからやめようと言えるはずもない。

 

「……鶴乃。ウチのチームに入らない?」

「え?」

「一人で戦うのは危険だもの。決闘じゃなくて訓練なら、ももこたちだけじゃなくて私も付き合うわ。みふゆと、かなえにも声をかけとく。瑞乃には内緒ね。だから他の魔法少女に挑んだり、一人で魔女と戦ったりしないこと。いい?」

「やちよ……!」

 

 鶴乃は大きな瞳を潤ませて、タックルの勢いでやちよに突っ込む。

 

「うっ」

「やちよっ、ううん、やちよししょー! ありがとうございますっ!」

「し、ししょー?」

 

 こうして決闘少女は神浜から姿を消し、代わりにみかづきチームに一人、新戦力が加わった。最強の姉に並び立つ最強の妹を目指す道のりは、まだ始まったばかりである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 鶴乃は夜からお店の手伝いがあるから、と嵐のように去っていった。一気に静かになった神社の境内裏に、やちよのため息まじりの声が響く。

 

「で、感想は? 最強のお姉さん?」

「……ごめん。私の考えが足りなかった」

「えっ!?」

 

 突如聞こえた第三者の声に、ももこたちが目を見開く。周囲を見回すと、不法投棄された錆びた中華鍋がひとりでに動いた。

 

 鍋の中から現れたのは、一人の少女。鶴乃とは逆サイドのポニーと、万々歳のエプロン、動くのに窮屈そうな胸部が目を引く。顔立ちはどこか鶴乃に似ている。

 

 少女は気まずげにももこたちを見やると、頭を下げる。

 

「初めまして、由比瑞乃だよ。ももち、レナち、かえちーも、迷惑かけてごめん」

「ちょ、ちょっと待った! いろいろとツッコミどころが多すぎるぞ!?」

 

 瑞乃は鶴乃を付け回していた。いくら嫌われるリスクがあるとしても、万が一一人で魔女と戦ってケガをすれば後悔では済まない。魔力を極限まで薄め、中華鍋に身を潜めながらコソコソとストーキングしていた。今日も同じようにしていると、妹の決闘現場およびお悩みを知るところとなり、こうして姿を現したという。

 

「ストーキングって……」

「それ犯罪だよね?」

「姉妹だからセーフじゃんね」

 

 しれっと言い逃れる瑞乃に対し、ももこたちはおおよその人となりを察した。シスコンだ。

 

「私たちに謝る必要はないよ。驚いたけど、迷惑だったわけじゃないし」

「そっか。ありがと、ももち」

「……普通にももこ、でいいけど?」

「検討しとく。やっち」

「やっち!?」

 

 瑞乃はやちよにも向き直り、頭を下げる。親しき仲にも礼儀あり。この世でもっとも大事な妹の悩みを聞き出してくれたやちよには、感謝してもしきれない。

 

「はい、どーいたしまして。相変わらずこういうところは真面目よね」

「さすがに、ね。これからも末永く鶴乃をよろしく。私が一緒だと、無限に甘やかす自信があるからさ」

「もちろん、責任持ってしごいていくわ。追い越されないように頑張ってね、お姉ちゃん」

「ふふっ、そうだね」

 

 西のボスであるやちよと対等に接する瑞乃は、妹を心から気にかける年上のお姉さんだった。一方今のやちよは、ももこたちに向けていた年上の女性らしさというより、少女らしい気安さを漂わせている。ももこたちは珍しいものを見たように目をぱちくりさせ、二人のやりとりを見守っていた。

 

 話が一段落すると瑞乃を除いた全員が変身を解除する。すでに日は沈み、西から東の空にかけて藍色のグラデーションがかかっていた。そろそろ解散だろう。

 

「ところで」

 

 唐突に瑞乃が言い出した。

 

 やちよは顔をしかめ、ももこたちも急速にざわざわと変化していく空気を感じ取り、無意識に身構える。

 

 振り返った瑞乃の表情は、気持ち悪いニヤニヤ笑いだった。

 

「健気鶴乃ちゃんかわいすぎない? 必死で頑張ってくれてる姿見てたら私ゾックゾクしちゃって──」

「解散、解散。帰るわよ」

「え、いいの? あの人ほっといて」

「アレはただのシスコンバカよ。ほっといたら朝まで付き合うハメになる」

「ふゅぅ……神浜の魔法少女って、変わった人多いよね〜」

「人の話を聞けぇーい!」

 

 逃走するももこ、レナ、かえで、やちよの四人を妹成分でおかしくなった瑞乃が追いかける。なぜかドタバタと駆け足で解散していき、やちよと瑞乃は息を切らしながら「またね」と手を振り合ったのだった。

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