オルクス大迷宮は百階層に及ぶとされているが、現時点での最高到達階層は六十五階層止まり、然もその記録は百年以上も前の冒険者が成し遂げて以来更新できておらず、今では四十階層越えでも超一流扱い、よって百階層ある大迷宮のうち六割以上がほんの一握りの戦士にしか辿り着けない領域、四割近くに至っては存在するのか疑問符すら浮かんでしまう未知の世界なのである。
その要因の一翼、四割近くの階層を未知の世界たらしめる要因を担っているのが、通路側の魔法陣から出現した巨大な魔物、ベヒモスだ。
某日本屈指の人気RPGにおいても強敵として知られる名を冠したその魔物は、直径10m位の魔法陣に見合った巨体、頭部に兜を取り付け、赤黒い光を瞳から放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らし、兜から生えた角から炎を放つ、例えていうなら太古に生息した恐竜トリケラトプスが様々な強化改造を施して蘇った存在といった方が良いか、最高到達階層である六十五階層に住まう魔物として、嘗て『最強』として知られた冒険者ですら歯が立たなかった存在として有名なその姿に呆然と呟くしかないメルドだったが、
「グルァァァァァ!」
「くっあの頑丈そうな兜は伊達じゃないって事か!ヴィーフリの弾丸を食らって皮ぐらいしか傷つけられないなんて!香織、作戦変更だ!奴の身体を攻撃してダメージを蓄積させよう!」
「うん、ハジメ君!」
響き渡る炸裂音、その発生源である銃撃を食らいながらも健在なベヒモスの苦痛を訴えるかの様な咆哮、その様子を見ての、ハジメの香織への指示で正気に戻った。
ハジメが現在使用しているヴィーフリと、香織が現在使用しているグローサ、そのどちらもロシアで開発された特殊作戦用ライフル向け小銃弾、12.7×55mm弾を模した弾丸を使用している。
この12.7×55mm弾は、サプレッサーによる消音効果を高める為に秒速300m程という音速に届かない弾速となっていながら、防弾チョッキや車両等の遮蔽物すらも貫き、それに守られた標的を狙撃出来る貫通能力を有しており、ハジメが開発した弾丸も同等の性能を有する。
そんな弾丸を以てしても頭部の兜を貫く事はおろか、その内側へ食い込む事すら叶わず、精々表面の皮及び眼等を動かす筋肉を切り裂く事しか出来ない強固さに渋い表情を浮かべるハジメだったが、全く効かない訳じゃないと切り替え、身体を傷つけてダメージを蓄積させ、動きを鈍らせる方針に変更した。
「アラン、雫達と一緒に生徒達を先導してトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル、全力で障壁を張れ!ハジメ、香織、お前達はカイル達の後方から弾を叩き込んでくれ!其処からじゃあ危険だ!」
「分かりました!」
「はい!」
「光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいな奴が一番ヤバいでしょう!香織達も戦っているんだ、俺達も」
「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達で倒せる相手じゃない!奴は六十五階層の魔物、嘗て最強と言われた冒険者をして歯が立たなかった化物だ!ハジメ達の銃撃ですら致命傷を負わせられないのが分からないのか!さっさと行け!俺はお前達を死なせる訳には行かないんだ!」
メルドもハジメ達と共にベヒモスを足止めすべく指示を飛ばす、部下達に障壁を張らせ塹壕代わりにし、銃撃を行うハジメ達の安全を確保しつつ退路を開く指示を。
それを聞いた騎士達が各々の準備を進め、ハジメと香織もベヒモスへの銃撃を続けながら後ずさりし、やがてメルド達と合流した。
だが撤退させようとした光輝達、というか光輝は自分達も戦うといって聞かず、メルドの鬼気迫る説得にも「見捨ててなど行けない!」といって踏みとどまってしまう。
ハジメも光輝とメルドのやり取りはしっかり聞こえていて、指示に従わない彼に苛立ちを覚えながらも今はベヒモスへの銃撃で手一杯、其方に対応する余裕はなかった。
そんなハジメを支援せんと、ハイリヒ王国最高戦力である騎士達による全力の多重障壁が展開された。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、此処は聖域なりて、神敵を通さず『聖絶』!」」」
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一方、階段側を任された雫達だったが、此方は順調に撤退への道を切り開いていた。
通路側に出現した魔法陣から現れたのは、三十八階層に住まう魔物であり、六割以上の階層をほんの一握りの冒険者以外通させない障害の一部となっている存在、骸骨戦士という言葉がピッタリなトラウムソルジャーだった。
だが此方は単体ではベヒモスに遠く及ばない、実際雫達の銃撃に対し一撃で倒されているどころか貫通し、後方にいたトラウムソルジャーも巻き込んでいる。
数こそ何百といって良い多さに加えて魔法陣からどんどん援軍が送られて来る状況に当初はパニック状態に陥りかけた他の生徒も、いち早く対処した雫達のおかげか直ぐに落ち着きを取り戻し、合流したアランの指示に従って階段への道を進んでいた。
その先頭でトラウムソルジャーを殲滅する雫は、弾切れになったヴィーフリのマガジンを交換する際、ふと後方で対処しているであろうハジメ達の様子が気になり振り向くと其処には、純白に輝く障壁を盾に自らが対峙する魔物よりも強大な存在を相手取るハジメと香織、その後方でメルドと口論している光輝の姿があった。
まさかこの期に及んで自分も戦う等と寝言を言っているのではないかと頭を抱えたくなった雫は、同じくトラウムソルジャーを殲滅する優花と幸利、そしてクラスメート達を先導するアランを見やり、決断した、してしまった。
「清水君、アランさん。此処は任せて貰っても良いかしら?」
「や、八重樫?」
「あ、はい!此処は任せて下さい!」
「なら、優花。ハジメ達の援護に向かうわよ!」
「分かったわ、雫!」
「お、おい2人共!?何をする気だ!?」
ベヒモスの相手をするハジメを援護すべく、幸利が制止するのも聞かずに優花と共に向かう雫。
この決断が、思わぬ結果を招くとは気づかずに…
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そのハジメ達は、騎士達が展開した障壁を塹壕に見立てての銃撃をベヒモスに浴びせ続けてはいるが、やはりその生命を脅かせる程のダメージには至らず、痛みで動きを鈍らせるに留まっていた。
現状は障壁が健在なのと、銃撃による苦痛でベヒモスが本来の力を発揮出来ない為に持ちこたえられているが、その障壁も何時までも展開出来る代物ではない以上は油断ならない、折を見て撤退する必要がある。
だと言うのに、
「ええい、くそ!そろそろ不味いぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」
「嫌です!香織達が戦っている中で置いていく訳には行きません!絶対、皆で生き残るんです!」
「くっこんな時に我儘を…」
メルドの再三の説得にも関わらず天之河は撤退を拒み、彼のパーティも天之河と共に戦うと言わんばかりに撤退しようとしない。
其処へ、
「状況に酔ってんじゃないわよこの馬鹿!」
「あがぁ!?」
ハジメを援護すべく向かっていた雫が、苛立ちのままに天之河の後頭部を、ヴィーフリの銃床部でぶん殴った。
まさかの事態に驚く面々だったが、雫の「さっさと退け馬鹿共!」という檄に応じて、殴られた衝撃で動けない天之河を連れて撤退した。
「雫に優花!?階段の敵はどうしたの!?」
「そっちはもう大丈夫よ、粗方殲滅したわ」
「後は散らばった魔物を各個撃破しながら階段に向かうだけよ」
「そっか、ありがとうね。丁度良かったよ」
階段側のトラウムソルジャーに対処していた筈の雫と優花が此処に来たと言う事態に驚きを隠せなかったのはハジメも同じ、まさかそっちをほっぽり出して来てしまったのではないかと一瞬思ったが、2人の説明を受けてそれは杞憂だと分かり、安堵した表情を浮かべる。
「皆良くやった!それならもう此処に留まる事は無い!撤退するぞ!」
「メルドさん達は先に行って下さい!まだベヒモスが健在な以上、僕達が銃撃を浴びせて足止めします!行けるね、皆!」
「うん、ハジメ君!」
「勿論、行けるわ!」
「そもそもその為に来たのよ、任せなさい!」
「何!?いや、然し…
分かった。だが油断するなよ!危険だと判断したら急いで撤退するんだぞ!」
合流した雫と優花からトラウムソルジャーの殲滅に成功した事を聞いたメルドは、後は撤退するだけと指示を飛ばすが、ハジメ達はベヒモスの足止めをしながら遅れて撤退するとメルドに言いながら銃口をベヒモスに向けた。
その提案に一瞬躊躇したメルドだったが然し、現時点でベヒモスを足止め出来るのはハジメ達が持つグローサとヴィーフリだけ、それによる銃撃を浴びせながら後退した方が安全なのは確かである、そう判断したメルド達は油断しない様忠告しながら一足先に階段へと向かって行った。
その間にもベヒモスに攻撃しながら後退するハジメ達、そして階段側の出口も近くなって来た時だった。
「あちっ!?」
「ハジメ君!?」
「「ハジメ!?」」
突如としてハジメが立っていた場所に火が舞い上がり、火傷こそしなかったが余りの熱さにハジメは驚き、銃撃を止めてしまい、まさかの事態に同じく驚いた香織達もまた銃撃を止めてしまった。
それがいけなかった。
「グルァァァァァ!」
「ま、不味い!」
銃撃が止んだ事で、それまでまともな反撃も出来なかったベヒモスが、今までのお返しだと言わんばかりに咆哮を上げながら飛び掛かって来たのだ。
無論それに対処できないハジメ達では無い、ハジメは香織を抱えながら、雫と優花は持ち前の敏捷を活かして咄嗟に飛び退いた事で衝突を避ける事こそ成功したが、
「な!?」
「は、橋が!?」
「え、嘘!?」
避けた事でベヒモスが橋に激突、その衝撃によって橋の全体が崩落、
「うわぁぁぁぁ!?」
「「「きゃぁぁぁぁ!?」」」
ベヒモス諸共、ハジメ達は奈落の底へと落ちて行ってしまった…!