橋の崩壊に巻き込まれる形で奈落へと転落し、自らの攻撃を躱された悔しさも相まって響き渡るベヒモスの叫び声。
そして、同じく橋の崩落と共に奈落へと消えて行ったハジメ達。
ヤクザをも脅迫する危険児で香織達を毒牙にかけたプレイボーイとしてクラスどころか学校一と言っても過言じゃない程の嫌われ者だったハジメはまだしも、三大女神として男女問わず人気者だった香織達が「死」へと誘う奈落へと吸い込まれるその光景を、信じられないと言いたげな表情で見ているしかなく、それが夢では無く現実だと知った時、誰もが絶望に打ちひしがれた。
天之河ですらも親しい(と思っている)幼馴染である香織と雫が巻き込まれたのもあって悲痛な面持ちで彼女達の名を叫ぶ中、彼らと最も親密な間柄だった為に同じパーティメンバーとなり、昨夜には互いが互いを守ると誓いを立てたばかりの幸利は、
「ハジメ?白崎?八重樫?園部?…嘘だ、こんなの、嘘だ…」
何処か虚ろな様子で、然しながらその誓いを果たさねばという想いから、ハジメ達を飲み込んだ奈落へと進んでいった。
だが今其処へ行ったらどうなるかは火を見るよりも明らか、そんな自殺行為が看過される筈もない。
「行くな、幸利!そっちに行ったら駄目だ!もう1人も死なせる訳には行かないんだ!」
「行かなきゃ、俺がハジメ達を助けに…俺達は、互いが互いを守ると約束したんだ…」
騎士団長として、エヒトが召喚した彼らの指導を任されたメルドが、幸利を止めようと動く。
そんなメルドの制止などまるで聞いていないと言わんばかりに奈落へと歩き続ける幸利、だがハジメ達と同じく順調にレベルアップしても魔力関係が大幅に伸びただけで筋力等の身体能力は最低値のままだった幸利を抑え込むのはさして難しい事ではなく、抱え上げられながら尚も奈落へと足を進める素振りを止めない彼に様々な感情が渦巻きながらもそれを堪え、担ぐ形で確保しながら、
「今は、生き残る事だけを考えるんだ!撤退するぞ!」
香織達の「死」という現実を受け入れられないクラスメート達を叱咤し、階段を上り始める。
それに少しずつではあるがクラスメート達が応ずる中、メルドに担ぎ上げられている形で強制的に帰還への道を進む幸利には、他のクラスメートや騎士団の面々がこの場を離れ、上階へと繋がっているであろう階段を一気に上る光景も、その終点に転移前の部屋と繋がっている魔法陣があり、戻って来た事に安堵するも気を抜いたらそれこそアウトだというメルドの叱責で再び急ぐ光景も、その甲斐あってハジメ達を除けば誰一人欠ける事無くホルアドに帰還して宿へ戻って行く光景も、何処か遠い国で起こっている事を画面越しに見ている様にしか感じなかった。
だがハジメ達が奈落へと転落する前、ハジメが立っていた場所から突如として火が吹き上がってそれに彼が熱がった時に檜山がふと見せた「ざまぁみろ&スカッと爽やかの笑いが出てしょうがねーぜ」と言いたげな歪み切った笑顔だけは、幸利の記憶にしっかりと刻まれた。
(そうか、檜山か。アイツが、アイツがハジメを…
アイツの所為で、ハジメは、白崎は、八重樫は、園部は…!)
その日を境に幸利も、檜山達とその取り巻きも忽然と姿を消した。
ハジメ達がオルクス大迷宮の奈落に消えたのに続いての失踪に、人間族を救う為(とのこと)エヒトが呼び出した面々によって結成された5つのパーティのうち2つがメンバー全員行方不明になるという形でなくなるという緊急事態に王国は騒然となったのは言うまでも無いが、それはまた別の話。
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「…ん、此処は、一体…」
そんな地上の騒動はさておき、奈落へと落ちたハジメ達はどうなったかと言うと、結論から言えば無事に生き長らえた。
ハジメが目覚めたのは迷宮の中で流れる川の岸辺、其処にほぼ無傷で寝転がっていたのだ。
「そうだ、確かベヒモスを足止めしていたら炎が舞い上がって、銃撃を止めてしまった事でベヒモスが突進、それによって橋が壊れ落ちて、それで…」
生きている事を実感しながら、気絶する前までに、此処に行きつく前に何が起こっていたのかを思い出していたハジメ。
実を言うとハジメ達が、奈落の底へと落ちながらも生存を果たせたのは正に奇跡だった、落下途中の崖に、地下水の流出によって空いた穴が無数あり、其処から滝の如く地下水が噴出、それによって何度も押し出される内に落下の勢いが削がれた事で怪我を負う事無く着陸に成功したのだから。
ただ押し出される際に打ちどころが悪かったのか途中で気絶した為に、ハジメにはその実感が湧かなかったが。
「そうだ、香織達は!」
だが自らの生存に安堵している暇は無い、自分と一緒に奈落へと落ちて行った香織達はどうなったのかと周囲を見回すハジメだったが、またも不幸中の幸い、自分が転がっていた場所の近くに3人はいた。
「良かった、3人共無事か。だけど何時魔物が襲い掛かって来るか分からない。あの場所から更に深い階層へと落ちた以上、魔物の強さもベヒモスをも上回ると仮定して良いと思う。今は安全を確保しよう。『錬成』」
4人揃って無事な状況に安心した様子のハジメだったが此処が安全とは限らないと切り替えて壁際へと移動、自らの十八番である魔法の力を行使すべく
すると多量の金属が含まれていたであろう岩石で形成された壁が変形、やがてそれは縦2メートル、横3メートル、奥行き4メートル位の洞穴みたいな部屋と化した。
その出来を確認したハジメは其処に香織達を1人ずつお姫様抱っこの形で運び、終えると即座に入口となっていた穴を錬成で変形、換気の為の穴を残して塞ぎ終えた。
「さて、状況を整理しよう。此処がオルクス大迷宮のどの階層に位置しているかは分からないが、転移後のあの部屋にベヒモスがいた事からあそこは少なくとも六十五階層辺り、となれば此処はそれ以上に深い階層となる。上へ戻るにしても下へ進むにしても、マッピングされてもいないし、魔物だってあのベヒモス以上の強敵がうようよしている筈。罠にも気を付けなければならない以上、迷宮からの脱出はかなりの長期戦になると思う。日帰りでの訓練の予定だったから食料も無い。脱出するよりも、飢え死にする方が明らかに先だよね、これ…」
当面の拠点を確保したハジメは、香織達が目覚める迄に今後の方針を決めようと状況を整理し始めたが、八方塞がりだとの結論に至るのは早かったのは言うまでもない。
今しがたハジメが言った通りこの階層はあのベヒモスが住まう六十五階層よりもかなり深い、よって生息する魔物も相応に強力な存在ばかり、加えてマッピングされていない為に未知のトラップに遭遇する可能性がある以上は慎重な探索をするしかないが、持参した食料など無いのでタイムリミットも限られる。
だったら狩った魔物の肉を食べれば飢えを凌げるんじゃないかと思った人もいるだろうが、ハジメがその発想に至らない理由、それは魔物の肉が人体にとって猛毒である事だ。
魔力を取り込んた事で野生動物が変質した存在である魔物はそれぞれが強力な力を有してはいるが、それを成し遂げているのは体内に有する魔石もそうだが、それを行使するのに特化した特殊な肉体だ。
この特殊な肉体は固有の魔法を行使する為に変質した魔力が循環されていて、それを放出する事によって魔法を行使出来るのだが、その肉を人間が食すとその魔力が暴走して体内の各組織に干渉、内臓やら骨格やらがズタボロにされ死に至ってしまうのである。
限られたタイムリミットでオルクス大迷宮の地下深くから脱出しなければならないという無理難題を強いられる絶望的な状況に愕然としたハジメだったが、運命はまだ、ハジメ達を見捨ててはいなかった。
「ん?」
水気など無い筈の部屋、その天井から一滴の水滴が落下し、それがハジメの口へと入ったのだ。
すると、部屋を作り出す為に(派生技能のお陰でほんの僅かで済んだとはいえ)魔力を消費した身体に、魔力が満たされた様に感じたのだ。
もしや飢えを凌げる術があるのかと思い、部屋の壁から錬成によって足場を作り出し、その水滴の出処を探るべく錬成で天井に穴を開けていく。
やがて謎の水がポタポタ、からチョロチョロと水流の様に流れ出し、更に掘り進めるとその水源が見つかった。
「これってまさか、神結晶?ということはこの水は、神水!?」
其処にはバランスボール位のサイズで青白く発光する鉱石――神結晶があった。
神結晶、それは大地に流れる魔力が千年という長い年月を掛けて偶然出来た溜まり場、其処に集まった魔力その物が結晶化した物である。
一般的な物はバスケットボール位のサイズで、結晶化した後更に数百年もの時間を掛けて魔力を溜め込み、内包する魔力が飽和状態になるとそれが液体――神水となって溢れ出すのだ。
この神水を飲んだ者はどんなケガや病をも治るとされ、流石に欠損部位を再生したりする力は無いものの、飲み続ける限りは寿命が尽きない正に不死の霊薬とまで言われ、神代の物語にはこれを手に人々を癒して回るエヒトの姿が語られているそうだ。
ハジメも図書館で読み漁った文献の中に神結晶及び神水に関する記述があった物を読んでいたのでその存在や特徴は知っていたが、まさかそれを、しかも記述にあったそれの数倍ものサイズの物を見つけ出すとは思いも寄らず、驚くと共にその輝きに見惚れていた。
「もしや、この神水を使えば、魔物の肉も…!?
いや、試してみる価値も無くは無いけど、流石に香織達を危険な目に遭わせたくは無いし、僕も皆を置き去りにして1人死ぬわけにもいかない、これはあくまで最後の手段だね、うん」
その効能を思い出し、もしかしたら食料問題も解決するのでは、と一瞬思ったハジメだったが、流石に毒と分かっていて食らうのは気が引けた。
「然し神結晶もそうだけど、此処って激レアな筈の鉱石がわんさかあるなぁ。グローサとヴィーフリのアップグレードに良いかも。敵も強力な奴ばかりなんだし、此処でやって置いた方が良いね」
そして、この拠点を含めて迷宮内にはハジメ曰く激レアな、有用な鉱石が沢山存在していた。
ハジメはこれらを基に、自らの技能の限りを尽くして様々な金属素材を生産、それを用いて現在使用している銃器を設計変更したり、新たに開発したりした上で人数分作る事を考え、実行する事にした。
「待っていて、トシ、リリィ、愛子。必ず香織達を連れて戻るよ」