それから更に数日が経過、訓練開始から十日目となり、いよいよ大樹を覆う霧が幾らか晴れる周期がやってきた今日、最後の実戦訓練に臨むハウリア族一同の帰りを待つハジメの下に、上機嫌な様子のシアが駆け寄り、不機嫌なユエと複雑そうな雫がその後から付いて来た。
「お疲れ様、三人共。勝負の件はどうなったの?」
それに気づいて労いの言葉を掛けながら、少し前に聞いていた勝負事についてその結果を聞く。
それを聞いたのは、シアが自ら考案した武器を作って欲しいとハジメに頼み込んだ時の事だ。
当初は他のハウリア族同様、小太刀等のコンパクトで扱いやすい武器を作ろうと考えたハジメだったが、少なくともユエか雫のどちらかには勝ちたい、その為単にコンパクトなだけじゃない武器が欲しいというシアの要望と近接戦闘の担当コーチを務める雫の提案から重量級の武器を作る事になったのだ。
其処でハジメが作ったのが小さめなブロードソード型の二振りのメイス『ヴァル*1』、流石にコンパクトウェポンという拘りは捨てなかったが、素材にボーク・スミェルチ弾で使われるイリジウムをふんだんに使う等、見た目に反して無茶苦茶重い代物と化している上、打撃部に魔力を燃料とした小型ブースターが仕込まれており、それを活かして縦横無尽にぶん回す戦い方を得意とする。
その性能にシアは、最初は振り回すどころか自分が振り回される有様ではあったが、直ぐに使い方を身に着けたとか。
そんな餞別を送ったハジメだったが例えそれを十分使いこなした所で雫が相手では勝ち目など無く、ユエが相手でも接近すればワンチャンある程度の勝率しか無いと考えていた。
オルクス大迷宮の奥深くを共に戦い抜いた戦友にして恋人でもある2人の実力はそれ程の物がある、対するシアは今まで戦闘のせの字も経験していない女の子、幾ら魔力の直接操作を行え、それを活かした武器を手にした所で経験も実力も違うのである。
ところがどっこい、帰って来た3人の表情、そして上機嫌で戦いの顛末を話すシアの様子からしてどうやらそのワンチャンをモノにした様だとハジメは感心した。
「ハジメさん!ハジメさん!聞いて下さい、私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ!いやぁハジメさんにもお見せしたかったですよぉ私の華麗なる戦い振りを!負けを雫さんから宣告されたユエさんたらもへぶっ!?」
余りに調子に乗り過ぎた為に、ユエから制裁としてシャイニングウィザードをぶち込まれ、ぴくぴくと痙攣しながら倒れ伏していたが。
「で、どうだったの?」
「魔法の適性はハジメと同じ位ね」
「あらら、折角の魔力も十分には活かせない感じか。でもそれだけじゃないよね。僅か十日間でヴァルを使いこなし、ユエに勝利するとなると」
「ええ。身体強化に特化しているわ、私とは比べ物にならない位の効率よ、正直化物レベルね」
「へぇ、強化してどれ位のレベル?」
「…強化していない香織と互角」
「うそん。全ステータスが5桁って事だよそれ、勿論最大値だよね」
「そうよ。でも鍛錬次第でまだまだ上がるかも知れないわ」
「わお。それは確かに化物レベルだね」
十日間の特訓を通じてどんな才を有しているか尋ねるハジメ、ユエは話したくないという雰囲気を隠そうともしていなかったが、一方の雫が普通に答えていった為か渋々応じていた。
その力に驚いたのはハジメ、素の香織は4人の中で最も身体能力が劣ってはいるもののそれでもオール5桁、その領域に、大迷宮の魔物を食す事無く至るというのは確かに化物レベルである。
そんな話を聞いていると意識を取り戻したのか、シアが真剣な表情で立ち上がりながらハジメのもとへと歩み寄った。
何か大事な事を話す前の如く背筋を伸ばし、ウサミミをピンと立てるシア、その様子にハジメも何か重大な事を言う積りだと気付き真剣な表情でシアを見つめていたが、
「ハジメさん、私を貴方の旅に連れて行って下さい、お願いします!」
「ゑ?」
その内容は流石に予想外だったのかポカンとしていた。
「いやちょっと待って、カム達はどうするの?まさか皆一緒に?」
「ち、違いますよ!今のは私だけの話です!父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認められないけど、その…」
その内容を漸く理解したハジメが思わず尋ねた。
まさかあの大軍が皆付いて来るんじゃないかと危惧したハジメだったがどうやら杞憂だった様で、シアは何処かもじもじしながら自分だけの話だと伝えた。
「私自身が付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって…」
「…一応聞くけど、何で付いて行きたいの?
今なら一族の迷惑になるどころか一族の守護者になりえる、カム達の負担どころか役に立てるんだよ?それを投げうってまで何故僕達に?」
「で、ですからぁ、それは、そのぉ…」
その様子からまさかと思ったハジメ、何時の間にか合流した香織と優花の「またやらかしたな」と言いたげな視線を受けながら、その真意を問うた。
それにも未だもじもじしながら中々答えなかったシアだったが、やがて覚悟を決め、女は度胸と言わんばかりに声を張り上げた。
「ハジメさんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ!」
「…あー、やっぱりかぁ」
言っちゃった、そして噛んじゃった!とあわあわしているシアの一方、その告白を受ける事となったハジメはやっぱりそうなったかと言いたげな感じで天を仰いでいた。
それも当然と言えば当然ではある、大峡谷の魔物、帝国兵、樹海の魔物、フェアベルゲンの警備隊…
何度となく訪れた窮地を救われ、短い間とはいえ必ず守ると約束してくれ、自分にとって畏怖の対象と言ってもいいフェアベルゲンの長老達を相手に対話と圧力を駆使した交渉の末、死刑が決まっていた自分達の無罪放免を勝ち取る形でそれを有言実行してくれ、心配だからという理由から自分達に付きっ切りで訓練を指導してくれている、これで惚れない異性はそう多くないだろう、シアはその多くない方には入らなかったのだ。
とはいえシアは香織達やユエとは事情が違う、不機嫌なユエや複雑そうな雫の様子から既に外堀は埋められたのだろうと、その為に死ぬ気で努力したのだろうと彼女の頑張りを察しながらも、説得を試みた。
「知っているとは思うけど、僕には既に5人の恋人がいる。例えその想いを受け入れたとしても君だけを愛する訳には行かないし、それ故に構ってやれない時も多いよ」
「それは承知の上です。逆に考えました、もう5人いるなら自分が加わっちゃっても良いよね?と」
「これも知っているとは思うけど、僕達が旅する目的はこの世界を支配する邪神エヒトルジュエの討伐、命が幾つあっても足りない危険ばかりの旅だよ」
「化物で良かったです。御蔭で貴方達の足手纏いにはなりません」
「僕達の望みは、此処とは違う世界にある僕の故郷に帰る事。香織達は元々故郷が一緒だし、ユエにはもうそれが無かったのもあって一緒に来る事になっている。だけど君は違う、君の故郷はこの集落だ。僕達に付いて行くと言うのはそれを捨てる事、家族を捨てる事と同じなんだよ。それでも良いの?」
「話し合いました。「それでも」です。父様達も分かってくれました」
「僕達の故郷は、一言で言えば魔力を失った人間族しかいない世界。ウサミミぶら下げて歩いたり魔法を使ったりしたら即通報される窮屈な、君には住み難い世界だよ」
「何度でも言いましょう。「それでも」です」
思い留まらせるべく言葉を重ねるハジメ、それでもシアの気持ちが揺らぐ事は無い。
既に5人もいる想い人、危険な旅路、ずっと守ってくれた家族との別れ、ハジメ達の故郷の住み難さ…
それは分かっている、分かっていて尚、この想いは止まらない、止められない。
やがて説得の言葉が尽きたのか喋らなくなったハジメに、シアは勝利を宣言するかの様に、
「ふふ、終わりですか?なら、私の勝ちですね」
「ゑ?僕達は何の勝負をしていたの?」
「気持ちの勝負です。ハジメさん、
…私も連れて行って下さい」
改めて同行を願い出るシア。
その自分に対する想いを感じ取ったハジメは、恋人繋ぎをするかの様にシアの左手をとって指を絡め合い、ずいっという擬音が聞こえて来そうな程顔を近付け、
「…そっか、分かった。シア」
「は、はい!」
「君の僕への気持ち、確かに受け取ったよ。ありがとう。こんな僕、僕達だけど、
これからも宜しくね、シア」
満面の笑みで応じた。
只でさえハジメへの想いで胸がいっぱいなシアである、そんな彼女に対して恋人にするかの様な行動を其処までしたらどうなるか、
「はい、お任せください!ハジメさんの為なら例え火の中水の中大迷宮の中ぁぁぁぁ!」
その答えは顔が完熟トマトの如く真っ赤になり、目がしいたけみたいになり、ハートマークが大量に沸き上がり、あふれる想いの余り暴走状態に陥ったシアの姿、正にオーバーキルである。
「うわぁ…」
「南雲屋、お主も悪よのぉ」
「いえいえ、おユエ様程では」
「アンタら何時代劇でありがちなネタやってんのよ、そしてユエは何でそのネタ知ってんのよ?」
「というかおユエ様って、お由羅の方じゃないんだから…」
そして、その状態に陥らせたハジメはと言うと、流石に少しばかり引いている香織達を尻目にユエと時代劇の悪役が如何にもしそうなやりとりをしていた。
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「えへへ、うへへへ、くふふふ~」
「流石にやり過ぎたかな…」
「どうするのハジメ君、未だに帰って来てないんだけど」
「誰かいたら即もしもしポリスメン?な案件よ、あれ」
「あの状態のシアには流石に近寄りたくないわ…」
「…キモイ」
それから数分後、興奮が冷めないのか上機嫌な様子で、奇怪な笑い声を発し緩みっぱなしの頬に両手を当ててくねくねと身を捩らせるシアの姿に誰もがドン引きしながら、他のハウリア族一同の帰りを待っていた。
尚、流石にユエのストレートな罵倒は、ぼそっと呟いた小さい声であっても聞こえた様で、
「ちょっ!?キモイって何ですか、キモイって!嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ!何せ恋人繋ぎにどアップにニコポの三連コンボですよ、三連コンボ!胸がキュンとなりますよ本当に!想像して下さい、ハジメさんが自分自身にその三連コンボを仕掛ける光景を!」
「…あー、確かにそうだね」
「…それは流石にオチる」
「…進んでオチちゃいそうね、それは」
「…大好きな人にそんな事されたら、そりゃあまあ…」
未だ溢れんばかりの愛に酔っぱらってはいるものの反論、それを聞いた香織達もその光景を思い浮かべて顔を真っ赤にしていた。
とは言え何時までもトリップしている暇は無い、ハウリア族の面々が集落に戻ったのか、沢山の足音が聞こえて来たのだ。
「指令。ご指定の魔物討伐、滞りなく完遂しました」
その中にはカムもいたので、色々と報告をしようとするシアだったが、その纏う気配に違和感を覚えた為か声を掛ける事が出来なかった。
そんな愛娘に気付いていたか一瞥し微笑んだカム、だが直ぐハジメに向き直り、報告をするのだが…
「僕は1体で良いと言ったんだけど?」
「はい。その予定でしたが、殺す最中に増援が来た次第で、迎撃した末に此処までの討伐数となりました。指令の様な素早い討伐とならなかったのは今後の課題ですね」
「分かっているじゃないか。この辺りの魔物程度に後れを取る様な指導はしていないけど、戦場に絶対は無いよ。今後は必要最小限の討伐で済ませられる様、戦術に留意する事、良いね」
「はっ!」
ハジメの言う通り、指定したのは上位の魔物を1グループにつき1体討伐する事、だが剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、其々十体分はありそうだ。
ハジメの疑問に対してカムはそれを誇示するでもなく、寧ろ迅速且つ効率的に出来なかった反省の弁を述べながら、事の顛末を報告していた。
がその口調は、優しく争いを好まない気質のハウリア族とは色んな意味で程遠かった、敢えて言うなら軍人と言えばいいだろうか?
「と、父様?何だか随分と雰囲気が変わった様な…」
「シア、我々は指令から大切な物を学び、変わったのだ。花や虫、果ては魔物を気遣える優しさも大事だが、それと甘さは違う、と。優しさと甘さを混同していては、本当に守りたい物も守れない、と」
「嘘ぉぉぉぉん!?いや、幾ら何でも変わり過ぎですよぉぉぉぉ!?」
ハウリア族の本質である優しさこそ変わっていない様だが、表面的には余りにも変わり過ぎなその姿に、ただただ驚くしかないシアだった。