ん?栄養ドリンクの人?知らん、それは僕の管轄外だ。
34話_冒険者ギルドフューレン支部
ライセン大迷宮をたった一晩で攻略し、徹夜明けだったが故の疲れを癒す為に一日ブルックの街で過ごした(余談だが、宿泊先はマサカの宿である)翌日、ハジメ達は遥か西、グリューエン大砂漠の(ブルックから見て)手前にある、何処の国にも属していない街『中立商業都市フューレン』に来ていた。
既にこの日、ブルックの街で食料品等の補給を済ませていながら何故また市街地に立ち寄ったのかと言うと、1つは此処トータスにおいて最大規模とされる商業都市がどんな物か一度寄って見たかったという観光目的、そしてもう1つは愛子の存在だ。
ハジメ達がエヒトルジュエ討伐の為に神代魔法を求め、各地に点在する七大迷宮の攻略を行うのが旅の目的ではあるが、その途上で幸利や愛子と合流し、トータスの真実を伝えた上で協力者を募る事もそろそろ本格化させなければとハジメは考えていた。
オスカー・オルクスの住処から出発して二週間近くが経過した今、ハルツィナ樹海内に建国された亜人族の国フェアベルゲンに住まう兎人ハウリア族を仲間につけ、厳しい特訓の末に兵士として申し分ない程にまで強化出来たし、ガンダムパイロットもシアが新たに加入する等、着実に戦力を増して来てはいるが、まだまだエヒトルジュエ及びその眷属を相手にするには力不足だとハジメは感じていた。
更なる戦力強化の為にも、またハジメと想いを通じ合わせている愛子の身の安全を確保する為にも、彼女との合流は欠かせないのだが、彼女は作農師という天職の力を活かすべく、農地開拓の為に様々な人間族の領地へ派遣されている、所在地を転々としている中を探し出すのは容易ではない、実際ブルックの街でも彼女の所在を聞き込み調査したがめぼしい結果は得られなかった。
然し最大規模の商業都市であるフューレンならば、交易の為に人間族のあらゆる都市から商人が押し寄せて来る、それはつまり愛子の姿を見た商人も少なからずいるかも知れないという事であり、彼女との合流も早まる、その為に大迷宮攻略を一旦ストップしてこの街での聞き込みを行う事にしたのだ。
尚幸利に関しては自分達という数少ない親しい人物が皆揃ってオルクス大迷宮の奈落に転落した事で色々ありながらも、彼自身が提案していた愛子の護衛にでもなっているかも知れないと考え、愛子と合流すれば必然的に幸利も、と特に気にしていなかった。
尤も幸利は既にホルアドからも、愛子のもとからも離れ、行方を眩ませてしまっているのだが…
そんな自分の近しい人達の現状を知る由もないハジメ達は今、フューレンの4つに分かれたエリアの1つ、此処の行政区間と言って良い中央区、その一角にある冒険者ギルド・フューレン支部に併設されたカフェで軽食を食べながら、
「そういう訳なので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行く事をお勧めしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」
「成る程、それなら観光区の宿が良いね。お薦めは?」
「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」
「流石はトータス1の商業都市って所か。なら、ご飯が美味しくて、お風呂がある所で。立地は考えなくて良いよ。あ、それと出来れば、責任の所在が明確な場所が良いかな」
まずは当面の拠点となる宿の確保だ、そう考えたハジメはリシーに要望を伝えていく。
最初の方はよく聞く要望なのだろうか「うんうん」と頷いたリシーだったが、後の方の要望には「ん?」と首を傾げた、恐らく初めて聞く物なのだろう。
「あの、責任の所在ですか?」
「うん。例えば何かしらの争い事に巻き込まれて、此方が100%被害者だった時、宿内の損害について誰が責任を持つのか、という所がちゃんと明記されているといいな。もしその争い事で備品とかが壊れちゃった時に、後で賠償金を請求されてもね、殊に良い宿だとそういうの高いから」
「えーと、そうそう巻き込まれる事は無いと思いますが…」
「普通はね。でも僕達はほら、色んな意味で僕達目立っちゃっているからさ。観光区とかはハメを外したパリピも多そうだし、商人根性逞しい輩もいるだろうし。そういう存在相手だと警備が厳重でも油断ならないから僕達自身で対処するしかないのさ」
「成る程、それで責任の所在な訳ですか」
最初はそんな状況になるのかと困惑しきりだったリシーだったが、ハジメの説明を聞く内に納得した。
何度も言うがハジメ達の服装は、ISを即座に展開する為にプラグスーツ一丁であり、その影響かハジメのゴリマッチョ一歩手前な体躯も、香織達のボォンキュボンな体躯も際立つ様になり、ただでさえ容貌の整った面子だらけな一行を余計目立たせていた。
極めつけはシア、髪色の薄い兎人族という珍しい存在に目を付けない商人がいる訳もなく、一応ハジメの奴隷扱いにはなっているので手を出したら犯罪だが、何時の世の中にもそんなの関係ねぇ!と言いたげな輩はいるのである、その対処の為にも責任の所在は明らかになっている方が良かった。
リシーもそれを理解し、尚且つハジメが最初に要望した際「出来れば」と付けた事で案内人魂に火が付いたのだろう、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承したが、そんな話し合いがフラグになったのだろうか、不意に強烈な視線を感じた、殊に香織達が。
今まで感じたそれの中では一番不躾で、ねっとりした粘着質な視線、余りにも気持ち悪いそれには、流石に注目されるのに慣れた香織達でさえも眉を顰め、その方向へちらりと目を向けると其処には…豚がいた。
体重100kgは軽く超えてそうな肥えに肥えた体躯、豚鼻とちょこんと乗るべっとりした金髪が特徴的な脂ぎった顔と明らかに豚というしかない存在、それを目の当たりにしたハジメが「あれ、豚人族って亜人族の中にいたっけ?」と素で考えたのは余談だ。
一方でその服装は遠目からも分かる良い物、それを見るにその豚は貴族と思しき良家の出なのだろう、それを見たハジメが「フューレンって「何か」を持っていたら亜人族でも貴族になれるのかな?ゼロの使い魔に出て来たゲルマニアみたいに」と疑問を抱いたのも余談だ。
その豚がこの手の輩にありがちな尊大な態度でハジメ達の方へずかずかと歩いて来るが…
「ぷぎっ!?ぶ、ぶぎぃ…!?」
「ぼ、坊ちゃん!?一体どうしたんですかい!?」
僅か数歩歩いた所で突然、苦悶の声を上げる。
顔は青ざめ、息苦しいのか首の辺りを抑え、脂汗は止まらず、足元が覚束なくなり、やがて崩れ落ちた。
雇い主なのであろう豚の唐突な急変に、護衛と思しき巨漢の男が慌てて抱え上げるもそれで体調が良くなる筈も無く、豚は口から泡を吹きながらビクビクと痙攣し出した。
その後、巨漢が近くにいたギルドの職員と思しき男に声を掛け、豚は救急搬送されていった。
その後豚――ミン男爵家の御曹司であるプーム・ミンは懸命な治療も相まって一命をとりとめたらしいが所謂植物状態に陥り、この先意識を取り戻す事は無く、跡取りを事実上失ったミン男爵家はその後衰退の一途を辿ったとか。
「大丈夫かな?急にぶっ倒れるなんてさ」
一連の光景を目の当たりにしたハジメが如何にも心配そうな様子で呟くが、
(豚風情が僕の彼女に手を出そうなんて千年早いのさ。そのまま生き地獄を味わうが良いよ)
その内心では相変わらずの「計画通り」と言いたげな、歪んだ笑みを浮かべていた。
そう、豚が突然倒れたのはハジメの仕業である。
豚の態度からして香織達を目的に絡まれるなと確信したハジメ、然しながら幾ら此方が被害者だ、正当防衛だと主張しても表立って動けば「下手に対応すればフルボッコされかねない危険な一行」と見られかねず、聞き込みに悪影響が出かねないと考えた。
其処でハジメは、豚の気配を察知したその時からメルキューレを密かに動かし、錬成の術式を仕込むと共に豚が足を踏み入れそうな場所の隙間内に埋め込み、豚が其処を踏んだ瞬間に錬成を発動、何時も通り豚の血液内に含まれる鉄に干渉、筋組織等をズタズタにしつつ酸素供給能力を失わせたのだ。
これによって豚はいきなり体調が急変した様にしか見えない、まさか結構距離のあるハジメがそれを仕出かしたとは誰も思うまい。
こうして自分達に警戒どころか疑いの目すらも向けられる事無く豚の撃退に成功したハジメ、その際のちょっとした騒ぎで一時中断こそしたもののリシーとの話し合いは順調に進む。
宿に関して香織達の要望も聞いた際、とある意図が見え見えだったのをリシーが察知し、頬をわずかに赤らめたり、それを聞いた近くのテーブルで屯する男連中が「視線で人を殺せたらいいのに!」と言わんばかりにハジメを睨み付けたりしていたが問題なく宿の絞り込みは終わり、他の区――ハジメ達が宿泊する予定の宿や、娯楽施設が集まる観光区、武器防具や家具類等を生産・直販している職人区、そしてフューレンの目玉と言って良い様々な業種の店が並ぶ商業区――についての詳しい説明を受けてさあ今日の宿へ行こう、というタイミングで何者かがハジメ達に近づいて来た。
「お忙しい中失礼します。南雲ハジメ様でいらっしゃいますか?」
その声に呼ばれたハジメが振り向くと其処には、ギルドの職員と思しき制服をぴしりと着こなす、眼鏡を掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男がいた。
「ん?ああ、南雲ハジメは僕だけど、貴方は?」
「私、此処フューレン支部の秘書長を務める、ドット・クロウと申します。支部長が貴方達と話がしたいとお呼びです。お連れの方々と共に来て頂きたいのですが、宜しいでしょうか?お時間は取らせません」
「此処の支部長が、僕達と?」
職員――ドットの呼び出しに何処か戸惑った様子のハジメ。
それもそうだろう、此処までハジメ達が支部長クラスの存在から呼び出しを食らう様な騒動を此処で引き起こして等いない、さっきの豚を撃退するのも其処に留意して行ったのだから。
まさかあの場での仕掛けが見抜かれたか?と思って警戒心を抱きかけたハジメだったが、逆に考えれば愛子の所在を聞き出す上でチャンスではないかと思いついた。
ギルド支部長ともなれば冒険者ギルドにおいて中々の高官、それも繁忙を極めるフューレン支部のそれとなれば取り扱う情報も相応に多い筈、愛子の所在に関する確かな情報も大分集まっているに違いない。
「そういう訳だから、ちょっと待ってて」
「あ、はい、分かりました…」
そう思い至ったハジメはその呼び出しに応じ、香織達と共に、ドットに付いて行った。