「この声…
やはり君が此処へ来る様に呼び掛けたのか。ああ、その呼び掛けに応えたのは僕だ。何処にいる?」
「妾は此処じゃ。やはりお主であったか、『直に』響いたあの声音と相違ない故に直ぐ分かったのじゃ」
昨晩、頭に直接響いて来たそれと同じ声音で呼び掛けて来た声、それに当然と言えば当然だが唯一反応したハジメが声の主に居場所を尋ねると、そんなに離れていない木の陰から1人の女性が顔を出した。
黒い着物を身に纏った黒の長髪、と書くと日本人に見える。
シアや雫にも比肩しうる巨乳に金の瞳、と追記すると日本人では無いにしても人間の範疇に入るだろう。
だが髪の間から飛び出している長く尖った耳、森人族にも見られた所謂エルフ耳が、彼女が普通の人間では無い事を物語り、そして亜人である森人族では感じる事の無い膨大な魔力から、このトータスにおいてかなりの曰く付きな存在なのだろうとハジメは感じ取り、空気を読んでかそれに言及しなかった。
「妾の名はティオ・クラルス。とある事情でこの辺りへと参ったのじゃが、先の呼び掛け通り、この近辺で只ならぬ物の気配を感じたのじゃ。これは妾1人の手には負えぬと、助けを呼んだ次第での。呼び掛けに応じて頂き、まして本当に夜明けと共に駆け付けて頂き感謝する。して、お主らの名は?」
「僕はハジメ、南雲ハジメ。で、彼女達は、左から香織、雫、優花、愛子、ユエ、シア。此処には元々とある冒険者の捜索依頼で来る予定だったけど、君の言う只ならぬ物を放って置く訳に行かないからね」
「左様であったかハジメ殿、これは幸運と呼ぶべきか。兎も角、今回は宜しく頼むのじゃ」
その女性――ティオと互いの紹介をし合い、此処にはいない淳史達の存在も、ストリボーグにいる彼らが空から山脈地帯の捜索を行っている事も説明し、此方側は『只ならぬ物』を感知した方へティオの先導で向かいつつ、消息を絶ったウィル達を始めとした潜入者が近辺に居ないか捜索する方針を決定、IS等をフル活用し周囲へ細心の注意を払いながら彼女の背中を追った。
先程あがった
ところが六合目を越えた時、先行していたハジメのメルキューレが異変を捉えた。
「こ、これは!?」
「ど、どうしたんですかハジメ君?まさか何か…!」
まさかの事態に驚きを隠せないハジメ、その様子に何事か起こったのを捉えたのだろうと愛子達に緊張が走る。
「川の上流に盾や鞄、冒険者が身に着けていたと思しき装備がある!様子からしてまだ新しい、ひょっとしたら近くに所有者がいるかも知れない!生死迄は分からないけど…!」
「この川の上流とあらば只ならぬ物があると思しき場所と近いのじゃ、よもや被害者が…!」
「ストリボーグ、聞こえるか!今から上流の座標データを送る、其処を重点的に捜索して欲しい!」
『分かった!気を付けてくれ!』
「皆、急いで現場に向かおう!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
メルキューレを通して目の当たりにした光景、其処にはひしゃげた金属製ラウンドシールドや、紐が半ばで千切られた鞄が散乱しており、此処に何か争乱があった事を物語っていた。
どちらも錆びたり土や砂埃等を被っていたりしていない事から捨てられて日が浅いとハジメは判断、となれば所有者が周囲にいるかも知れないとし『只ならぬ物』による被害が拡大する前に事を済まさねばと、ストリボーグにいる淳史達に指示を飛ばしつつ、上流への道を急いだ。
『こりゃ酷ぇ…!
南雲、座標の地点を確認したんだが、生存者らしき存在は見当たらなかった、寧ろ飛び散った血とかへし折れた剣とか、兎に角戦いの末に殺された存在がいるであろう痕跡が見つかった!それ以上にヤバいのが周囲の草だ!』
「草が?草がどうかしたの?」
『周りに生えている木は多少傷がついたり血が付着したりしただけだが、草だけ1つ残らず枯れ果てているんだ!まるで草だけを狙って養分を根こそぎ吸い取ったみたいな状況なんだよ!』
「草だけ?何でまた、トータスで広範囲の草にだけ効く除草剤が使われているなんて話も聞かないし…
兎も角分かった、こっちでも警戒して置くよ」
その途上、空から捜索していた淳史からの報告を聞き、メルキューレ越しでは色まで判別出来ない為に気付かなかった草の枯死という多少不可解な点はあるが上流地点に生存者はいないと判断、然し遺品回収もまた捜索任務の一環なのでそれに当たるメンバーと捜索を続行するメンバーの二手に分ける事に。
ティオは『只ならぬ物』の気配を感知している事から当然捜索側、ハジメも一行の総指揮官としていざと言う時の対応にあたる必要がある事からその『いざと言う時』になりやすい捜索側、香織も生存者がいたとしてもし負傷していた場合に治癒の必要がある事から捜索側、シアも不測の事態を未来予知で潰せる事から捜索側、ユエも遠距離砲撃要因として捜索側、一方で愛子はハジメにとって護衛対象同然な事から『いざと言う時』になりにくいだろう遺品回収側、という事で、
「雫、優花、愛子。3人はこのまま上流に向かって遺品回収をして欲しい。僕達5人は引き続き捜索を続ける。頼んだよ」
「分かったわ、ハジメ」
「こっちは任せなさい、そっちは頼んだわよ」
「気を付けてください、ハジメ君、皆さん。玉井君達の報告にもありましたが、その『只ならぬ物』は相当危険らしいですから…」
雫と優花、そして愛子が上流での遺品回収に出向く事となり、3人が其処へ向かうのを見送ってからティオの先導は再開した。
辿り着いたのは先程のそれと比べて明らかに大きく、上流には小さい滝も見える川、やはりと言うべきかその周囲もまた淳史が言っていた通り木々は大した影響がない一方で、草だけが枯れ果てていた。
「『只ならぬ物』の気配が濃くなった、此処からかなり近いのう。ハジメ殿、心して掛かろうぞ」
「ですね、ティオさん。私のウサミミにビンビンと来ます…」
「…ん」
「それでハジメ君、どっち方向に向かおうか?」
「今までの傾向からして被害者達は追いやられる様に上の方へと逃げていたけど、流石に此処までの戦闘を続けた後にまた上へ行くとは思えない。体力的にも精神的にも疲弊した状態で、町から遠ざかる選択肢は選ばないと思う。もしくは川に流された可能性もある。よし、下流の方へ行こう」
ティオの言葉、それを裏付けるかの様にぴりぴりとした気配を感じる様になった事で周囲への警戒を強めた一行は、此処からどちらの方向へ進むべきか話し合った末、ハジメの推測に従って下流へ向かう事にし、川辺を下って行く。
すると今度は、上流のそれとは比べ物にならない程に立派な滝に辿り着き、
「この気配は…!
皆、生存者だ!あの滝壺の奥に生存者がいる!」
「だね、ハジメ君!私行ってくる!ハジメ君達は外を警戒していて!」
その滝壺の奥に広がる洞窟内に生存者がいる事をハジメと香織が察知、此処は治癒師である自分が出向きハジメ達は『只ならぬ物』への警戒に当たるべきだと判断した香織がハジメ達の返事も聞かずに滝へと飛び込んだ。
こう書くと命が惜しくないのかと言われかねない暴挙だが、ISが有する機能の1つであるシールド・バリアに守られた香織にとってはどうという事は無く、何事も無く洞窟内へと潜入、生存者の存在を確認した。
多少のケガと空腹等もあったが命に別状は無かった生存者を確認するとどうやら依頼において最も重要な捜索対象であるウィル・クデタ本人である事が判明、色々な意味で僥倖だったと安堵しつつ、この山脈地帯で何があったのか、香織を通して聞いた。
要約するとこうだ。
ウィル達は数日前、ハジメ達と同じ山道に入ったのだが五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタール*1と遭遇したらしく、流石にそんな軍勢と遭遇戦は勘弁だと撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いている内に数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川で囲まれてしまい、その包囲網から脱出する為に、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。
それから、追い立てられながら大きな川に出た所で、前方に絶望が現れた。
見た所人型の魔物みたいだったが漆黒の靄に覆われていた為に詳しくは分からなかった様だ。
その靄を纏った魔物は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、まるでドラゴンのブレスみたく靄を広範囲にばら撒き、その攻撃を避ける為にウィルは仲間に突き飛ばされて川に転落、流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。
そしてウィルは流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。
話している内に後悔の念に苛まれ、滂沱の涙を流すウィル、そんな彼を励ます香織の言葉を回線越しに聞いてほっこりし、身の程知らずなバカだけど権力を笠に着る様なクズじゃない、寧ろ見ず知らずの人達の死を自分の事の様に悲しめる優しい存在だとウィルへの印象を良い方向に改めたハジメ達だったが、突如として前方から異様な気配を感じ取り、警戒を強めた。
その方向から現れたのは…
「これが、ティオさんが言っていた『只ならぬ物』…!」
「…聞いていた通りの真っ黒」
「よりによってこんな時に相対せねばならぬとはのぅ…!」
ティオが言っていた『只ならぬ物』、ウィルが言っていた漆黒の靄に覆われた魔物だった。
その異様な姿にユエ達が警戒を強め、洞窟内の香織達に暫く留まる様連絡しつつ各々戦闘態勢をとるが、
「待って皆!」
「ハジメ!?」
「ハジメさん!?」
「ハジメ殿!?」
突如、ハジメが魔物とユエ達に割って入って来た。
普段なら油断なく戦闘態勢を取っている筈なハジメの行動に驚くユエ達だったが、其処で彼は衝撃的な言葉を口にする…!
「トシを、トシを殺さないで!」
「…え、今なんて?」
「と、トシって、嘘、ですよね…?」