ハジメのまさかと言うしかない行動、ウィルが加わっていた冒険者パーティを壊滅させた漆黒の魔物を庇うという行動に、魔物の正体が幸利だという事に、ユエ達は信じられないと言わんばかりの表情だった。
『殺す、全て殺す、このトータスとか言う世界も、トータスの人間共も、魔人族も、エヒトも…!
これはハジメを、俺のただ1人の親友を奪い去った貴様らへの誅罰だ…!』
だがハジメは黒い靄の魔物から確かに聞き取ったのだ、幸利の心の声を、憎悪や憤怒といった悪感情に支配されてしまった彼の内なる声を。
そして思い当たったのだ、彼を此処までに至らせた決定的な要因が自分達の『死』である事を、自分達がオルクス大迷宮の奈落に転落して『死』んでしまった事によって、彼の心は粉々に砕け散ってしまい、其処から憎悪や憤怒といった悪感情が爆発的に噴き上がり、正気を失ってしまったのだと。
中学時代に凄惨な苛めを受け続けた事で引き籠りに(その時にゲームや漫画等に没頭する)なり、その事を両親こそ気に掛けたが兄弟から煩わしく思われた為に家族内でも居場所を失った幸利、そんな彼を救ったのは当時ハマっていたオンラインゲームのオフ会で知り合ったハジメ、同じ中学で尚且つ同級生だった2人が、色々と正反対でありながら同じゲームにどっぷりハマったオタクである2人が意気投合するのに時間が掛かる筈もなく、生まれて初めて出来た親友の存在によって幸利は見事立ち直ったのだ。
そんな無二の親友と言って良い、最早依存していると言っても良いんじゃないかって程の間柄であるハジメを失って尚気丈に振舞える程、幸利の心は強くなんて無かったのだ。
そんな幸利を止められるのは、鎮められるのは、救けられるのは自分しかいない、そう決意したハジメは漆黒の魔物に変貌した幸利を見据え、身体から緑色のオーラを幸利へと放つ。
だが復讐心に囚われ、目前のハジメにも気付く事が出来ない幸利がそれをただ黙って見ている筈もなく、ウィルが同行したパーティのメンバー1人を消し飛ばしたという黒い靄を前方に放った。
それをXラウンダーによる近未来予知で察知していたハジメはそれを避けようと身構え、
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「は、ハジメさん!?一体何を!?」
「だ、駄目、ハジメ!」
「い、いかん、ハジメ殿!」
避けた結果、滝壺内にいる香織やウィルに殺到し、ウィルが言っていた様に2人が跡形もなく消え去ってしまう未来を視たハジメは構えを解き、敢えてその黒い靄の奔流を真正面から受け止めた。
その正体は幸利が得意とする闇魔法の因子、生物等が保有する魔力に干渉する事を持ち味とした力の放射、それが香織とウィルを庇う形で目の前にいたハジメの身に殺到し、魔力を暴走させんと干渉する。
彼の生存本能が魔力操作の技能をフル活用してそれを食い止めんとするが及ばず、程なくハジメの身体に宿る魔力が暴走を開始、常人の千倍以上を誇る魔力がハジメ自身を食い破らんと暴れ回る。
筋肉が弾け、皮膚が裂け、関節が破裂し、漏れた血液がプラグスーツから染み出る。
「トシ、トシ!僕は、僕達は此処だ!頼む、正気に戻ってくれ!」
それでも、ハジメは幸利が戻って来る事を信じて歩みを、説得を止めない。
ISの便利機能も、銃火器も、魔法も、格闘術すらも使う事無く、ただ変わり果てた友へと歩き続け、
「髪は白くなっちゃったし、付け過ぎない様に気をつけていた筋肉も思いっきり付いちゃったけどさ、僕は生きている、生きて、お前の目の前に帰って来た!だからお前も帰って来てくれ!帰って来て、また一緒に遊ぼう!」
『ハ…ハジ、メ…?』
その思いは、届いた。
自らの身体から噴出し、ハジメを蝕んでいた漆黒の靄が、紫を基調とした極彩色に変色すると共に霧散するかの如く消え、ズタボロになったハジメと、正気で無かったとはいえそれを行った幸利が姿を現した。
靄が晴れた事で露わになった幸利の姿は、奈落で離れ離れになる前とはだいぶ違っていた。
ハジメ達みたいに髪は白くなり、最低クラスな身体能力を体現したかの如きガリガリな体躯は細マッチョと言えなくもない程度にはがっしりしていた。
それでも少なからず妖艶さを醸し出してはいるが、某名前を書かれた死ぬノートをテーマにした漫画で主人公の宿敵として立ちはだかる名探偵の様な風貌は変わる事は無かった。
そんな少なからず変貌した幸利は目前にいる存在が、先程まで黒い靄で攻撃していた存在がハジメだと、先程まで唯一の親友であるハジメを殺そうとしていたのだと気付き、恐怖の余り震え出した。
「お帰り、トシ」
「あ、あぁ…!
ハジメ、俺、俺…!」
それをあやす様に幸利の目前に近づき、ハグをしながら声を掛けるハジメ、そんな本当の意味で変わっていないハジメの姿に、一歩間違えたら殺してしまったかも知れない事をしてしまった後悔か、或いは死んだと思っていた親友が帰って来た安堵か、幸利の眼から大粒の涙が流れ出した。
そんな対応をするハジメがいたって平然とした様子なので、幸利も帰って来て一件落着みたいな雰囲気になって来ているが、そんな状況を素直に受け止められない者達がいた、ユエ達だ。
「こら、皆揃って何て顔しているのさ。皆に連絡してストリボーグに戻ろう、玉井達が待っているし」
「だって、だってハジメが…!」
「何でそんなズタボロになっているのに笑っていられるんですか!?一歩間違えたら死ぬかもしれなかったんですよ!?」
「幾ら友を救う為とは言えど、無茶が過ぎるぞハジメ殿!それで自らが死んでしまっては何にもならぬではないか!」
「ああ、これ?こんな怪我、神水を飲めば直ぐだよ」
それに気づいたハジメがそう言いながらヴァーダを取り出し、それから出した神水を一飲みすればたちまち彼の身体に出来た傷は癒えた。
だが実の所、ハジメのあっけらかんとした様子とは裏腹に、シア達の言う通り彼の命は危うかった。
今でこそ幸利からの干渉も無いので落ち着いてはいるものの、先程まで彼の魔力は暴走状態に陥っていてハジメの身を蝕んでいた、もしあと数秒、幸利が正気に戻るのが遅かったら、漆黒の靄が止まるのが遅かったら…
其処に感づいていたから、自分にとって何よりも大切な存在がいなくなってしまうかもしれないと思ったから、ユエ達が今にも泣きそうな表情をしていたのだ。
ハジメもそれに気づかない程鈍感じゃない、ユエ達を前に「どうしたものか」と対応に悩んではいたがその顔にやってしまったといった後悔する様子はない、親友の幸利を救い出せた事はそれ程大きいのだ。
何はともあれウィルも幸利も保護し、後は帰るだけと考えていたハジメだが、事態はこれで終わらなかった。
『南雲、至急戻って来てくれ!とある場所に魔物の大軍が集結、ウルの町に向かって進軍しているのを発見した!その数、ざっと十数万!種類も100は下らない!』
「何だって!?分かった、至急帰還する!捜索対象であるウィルも、トシも見つかったんだし、もう此処に留まる理由は無いからね!」
ストリボーグにいる淳史から緊急の連絡が入った、何と十数万という規模の、多種多様な種族で構成された魔物の大軍がウルの町へと進軍しているという、驚きの報告だった。
1種族ならまだしも、百以上もの種族が手を組んで軍隊を形成し、共通の目標地点に向けて進軍しているなど本来ならあり得ない話である、だがそんな不可能を可能に出来る存在がこの世界にはいる、魔物達を使役しているらしい魔人族や、魔力への干渉によって魔物を洗脳出来る闇術師の天職持ちだ。
然し復讐心に囚われていた先程までならまだしも、現在は正気に戻った幸利がそんな事をし続けるとは思えない、となれば魔人族がいよいよ人間族のテリトリーへの侵略を本格化させたのだろう。
それに気づいたハジメは、依頼における最重要捜索対象であるウィルも、愛子達が探していた幸利も発見し、保護したのもあって既に用が無くなった山脈地帯から早急に帰還する事を決定、別行動を取っていた雫達にもその事を伝えてストリボーグへと帰還した。
尚、ウィルにとって仲間を殺された敵と言っても過言じゃない幸利が此処にいる理由については「漆黒の魔物に襲われていた所を助けた」と、思いっきり事実を捻じ曲げた形で伝えた。
あっさりその話を信じたウィルの姿を目の当たりにし、良心の呵責に少なからず苛まれたハジメだったが、もし事実を知った彼が復讐を成そうものなら今度は自分が彼を殺しかねないので心を鬼にした。
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山脈地帯の上空で待機していたストリボーグに帰還し、ウルの町へ全速力で戻るその道中にハジメ達は、幸利がこの三ヶ月近く何処で何をしていたのかを聞いた。
要約するとこうだ。
ハジメ達がオルクス大迷宮の奈落に転落した少し前、ハジメの足元で炎が吹き上がった時、ざまぁと言いたげな笑みを浮かべていた檜山を見て彼の犯行だと確信、ホルアドに帰還したその夜にその取り巻き共々無力化して拘束、近くの草原に居たダチョウモドキを洗脳し、それを足として王都へと帰還、独自のルートでリリアーナの部屋へと直行した。
突然入って来た幸利に驚くリリアーナに対し、ハジメ達が大迷宮の奈落に転落した事、その原因と言える檜山の犯行等、事のあらましを説明し、ほとぼりが冷めるまで檜山達を秘密裏に拘禁する様頼んだ。
因みにそのほとぼりが冷めるタイミングは幸利曰く「
こうして奈落へと落ちたハジメ達の無念を晴らしたかの様に思われたが、幸利の心が晴れる事は決して無く、寧ろ檜山達を断罪してもハジメ達は戻ってこないのだという現実を目の当たりにし、絶望に打ちひしがれてしまった。
そして、こんな思いを抱いた。
これも全てハジメを、俺達をこの世界に引っ張り込んだエヒトの、エヒトを信仰するこの世界の人間共の所為だ、アイツらさえいなければハジメが死ぬ事は無かったんだ、と。
エヒトへの、エヒトを信仰する聖教への、聖教を信ずる者ばかりな人間族への復讐心に囚われた幸利は、その復讐を果たす程の力を得る為に、様々な事に取り組んだ。
その一環として奈落に落ちた後のハジメ達みたいに魔物の肉を食してその力を得ようとし、その際に起こる変質した魔力の干渉を自らの得意分野である闇魔法で無理矢理コントロールした事もある。
そして幸利が『月光蝶』と名付け、魔力に干渉する闇魔法の真髄と称した、あの黒い靄を噴出する魔法を習得、その力で視界に捉えた人間達を皆殺しにしたのだと言う。
「皆をほったらかしにしていた事、無意識とはいえハジメを殺しかけた事、そしてこの世界の人間だからという、ただそれだけの理由で罪も無い人達を殺し回った事…
俺は、俺は取り返しのつかない事をしちまった。謝って許される事じゃ無いのは分かっている。一生を費やしても償い切れない事も分かっている。だけど、一先ずお前達に言わせて欲しい。
本当に済まなかった!」
全てを話し終え、土下座で謝罪する幸利、そんな彼を前にして、淳史達は何も言う事が出来なかった。
確かに幸利が仕出かした事は罪深い事だ、どんな理由であれ決して許される物では無い。
然しもし自分達が幸利の立場だったら、大の親友が理不尽な理由で殺されたりしたらどうだろうか。
憧れを抱いていたハジメが『死んだ』事で戦う事の恐ろしさに囚われ、愛子の護衛になるという逃げ道に走った自分達だ、そんな事態に直面したら幸利と同じ選択をするに違いない、そんな複雑な思いを抱いた彼らは、幸利を責める事も、慰める事も出来なかったのだ。
此処で声を掛けられるとしたら、幸利の大の親友であるハジメしかいない。
「ほら、立って。そんな泣きそうな顔しないの。さ、ブリーフィングを始めるよ。トシも来てよ」
「ゑ?」
そのハジメは、この件に関する蟠りなど一切ないと言いたげな態度で、幸利の謝罪を受け入れた。
「い、良いのか?俺を、お前を殺そうとした俺を、許すと言うのか?」
「許すも何も、謝るのはこっちの方だよ。もしホルアドでの忠告をちゃんと聞いて、少しでも檜山達に対する警戒を強めていればこうならなかったかも知れなかったんだからさ。本当にゴメンね、トシ」
「は、ハジメ、ハジメぇ…!」
その訳を聞いた幸利の涙腺は遂に決壊、滂沱の涙を流し、ハジメの肩に顔を埋めた。