「皆、もう大丈夫だからね。『回天』っと」
魔人族側に捕まっていたメルドと天之河を確保し、此方側へ来た事を確認した香織は早速己の役目を果たすべく、適性のある回復魔法を発動させた。
流石に魔法陣は必要な為か王国から支給されたままになっていた、回復魔法用の陣が刻まれた杖を取り出したものの、魔力操作技能のお陰で詠唱する事なく即座に発動出来た香織、次の瞬間には、先程再会したばかりの頃の遠藤が軽傷に見える程、ズタボロになっていたクラスメート達とメルドの身体が、全くの無傷と言って良い状態にまで回復したのだ。
「へ?い、今、何を…?」
「え?回復魔法を使っただけだけど?」
「詠唱も無しに回復魔法を!?しかも今使っていたの中級魔法の『回天』だよ、カオリン!?」
魔人族の女と遭遇してからの壮絶な戦いが実は夢だったんじゃ無いかと言う程回復したり、それを成し遂げた中級回復魔法『回天』を詠唱せずに発動したりと、色々と現実離れし過ぎて思わず聞いた谷口に対し、香織はさもこれが普通だと言わんばかりに答えた。
勿論この光景は谷口が狼狽える通り此処トータスではあり得る筈の無い物、香織がオルクス大迷宮での壮絶な戦いを経て人間を半分辞めちゃったが故に起こせる物なのだ。
そんな騒々しい声を耳で聞いていたハジメと幸利は、向こうは香織達に任せれば大丈夫だと判断し、未だに状況を飲み込めない魔人族の女へと向き直り、メタ発言を交えた降伏勧告とも言える提案をした。
「さて、と。其処のちょむすけボイスの魔人族。今直ぐに降伏するなら殺しはしないよ」
「…何だって?」
それは魔人族の女及び彼女が率いる魔物達が、この救出依頼における最大の障害ではあってもハジメ達にとって『敵』ではないが故の最低限の慈悲だった。
然しながら魔物が未だ多数潜む中で普通の人間が言うような言葉では無い、それ故に理解が及ばなかった魔人族の女が思わず聞き返したが、聞いているのはこっちだと言わんばかりにハジメが発砲、魔人族の女の肩に止まっていた白い鴉型の魔物を撃ち抜いた。
「なっ!?」
「聞こえなかったのかな?死にたくなかったら降伏しろって言っているんだよ。分かるでしょ、僕達にはそれを可能にする力があるのが。お前、故郷にミハイルって名の彼氏を残して此処へ来たんだって?」
「な、何で、ミハイルの名前を…!」
「レイスとローゲン、だったっけか?十数万の魔物を連れて、ウルの町への襲撃を仕掛けていたのを捕えた2人組の魔人族から話は聞かせて貰ったぜ。お前が何故此処にいるのか、その訳も全てな」
「ば、バカな、あの2人が…!」
「そう。その2人と、連れていた魔物達は僕達に呆気なく屈したって事さ。お前も2人に続くと良い、悪い様にはしないよ?故郷の彼氏と死に別れるなんて悲し過ぎるでしょ?僕なら耐えられないね」
自分達の回復役である鴉型の魔物がいとも簡単に射殺されて驚愕する魔人族の女、其処へハジメ達は容赦なく畳みかける。
此処で名前の挙がったレイス及びローゲンは、言うまでも無くウルの町を襲撃した十数万の魔物を指揮していた魔人族の男2人の名であり、魔人族の女にとっては同じ部隊に所属する者同士、下された命令の内容こそ違うものの同じ時期に先遣メンバーとして人間族のテリトリーに侵入した者同士、それに選出される程の実力を認め合っていた仲だ。
その2人が、十数万の魔物を率いていたらしい2人が目前の人間達にあっさりと屈し、挙げ句の果てには自分達の情報をバラせるだけバラしていた、その事実に動揺を隠せない魔人族の女。
尚どうやってレイスとローゲンから情報を聞き出したか、それは言うまでも無く幸利の十八番である闇魔法によって2人を洗脳し、知っている限りの情報を洗いざらい吐かせたからであって、2人が自分の意志で降伏した訳では無く、まして話せるだけペラペラと話した訳でも無い事を一応明記しておく。
が、態々幸利の能力をバラす必要のないハジメがそうと受け止められる様な口ぶりで説明していた事もあってか2人が裏切った、寧ろあの2人は最初から人間族側と通じていて、先遣メンバーへ選ばれた事を頃合いと見て人間族側の下についたのだと、でなければ敬愛する、
「アタシは魔人族の恥なそいつらとは違う!殺れ!」
「ほぉ?つまりお前は『敵』って事で良いんだな?」
人間族と内通していたと勘違いした2人への怒りの儘に勧告を突っぱね、それと同時に生き残っていた魔物達にハジメ達を殺す様に命令を下した、下してしまった。
これによってハジメ達は魔人族の女を『敵』と捉え、
「随分と半端な固有魔法だねぇ、大道芸かな?」
「いや、お前の手に掛かったらどんなに厄介な固有魔法持ちでも大道芸扱いだろ」
命じられるままにハジメ達へと襲い掛かったキメラらしき姿の魔物をハジメが片手で掴み、即座に錬成を発動させて体液等に含まれる金属を悪用し、体内をズタボロにしてその生命を奪い取った。
此処から始まるのはハジメ達と魔物達による殺し合いなんて生易しい物ではない、
「滅殺!ですぅ!」
キメラらしき魔物に続けと言わんばかりに襲い掛かって来たブルタールらしき魔物は、シアがピサニエ・セドモイをぶん回して撲殺したり、ヴァルを振り回してミンチにしたりし、
「クルィロの露と消えるが良い!」
身が小さかったが故に銃撃を食らう者が少なかったらしい黒猫らしき魔物は、クルィロを縦横無尽に操るユエのオールレンジ攻撃によって攻撃手段であろう触手を根こそぎ消滅させられた末に蜂の巣になる運命をたどり、
「F○ck offじゃ!」
ハジメ達みたく未来予知の固有魔法で銃撃を回避したと思しき四つ目の狼は、ティオが伏せ字にしないと書けない様なスラングを口にしながら見事なガン=カタを披露、未来を予知しての回避すらも読んだ銃撃で続々とその命を撃ち抜いていく。
「随分と呆気ない。真っ黒いトシの方が何千倍も骨があったよ」
「そのネタはマジで勘弁してくれ、マジで…」
例え彼女達が撃ち漏らしたとしても、ハジメが魔人族の女へと歩みを進める中でヴィーフリを片手で、地上で淳史達が使いにくいと口々に非難していたヴィーフリを片手で軽々と扱って魔物達を逃さず射殺、幸利もハジメの発言に凹みつつもグローサによる正確無比な発砲で射抜いた。
ならばと後方に狙いを変更し、クラスメート達やメルドを再び人質にとろうと考えて魔物達に襲わせようと命じるも、
「せいっ!はっ!とぉっ!」
雫がリェーズヴィエを右手に、グローサを左手に持ち、八重樫流剣術による剣撃で魔物達を両断している合間にノールックショットで遠方から来る魔物を撃ち抜き、
「たまには、こうしてバッタバッタと切り裂くのも良いわね」
優花がキンジャールを手に、ハジメ直伝の
「狙い撃つぜ!ってね」
後方からも香織がスプィーシカでレーザーを連射、魔物達を正確に射抜く為にそれは叶わなかった。
前方のハジメ達や遊撃を行っているユエ達に魔物はバッタバッタと倒される、ならば後方を攻めて勇者達を人質に取ろうとしても香織達が同じく殲滅するものだから結果は同じ、という理不尽というしかない状況に、それを作り出している、目前のあり得る筈の無い化物達の存在に恐怖し、何故あんなのが存在するのか、どうすれば生き残れるのかとの思いがぐるぐると渦巻き、身体の震えが止まらない魔人族の女。
「ほ、本当にカオリンに、シズシズに、ユカリン、なの…?
それに、前の方で戦っているのは、一体…?」
そんな状況が信じられないのは谷口達も同じな様で、彼女達は自分達を守っているのが『三大女神』と称される香織達だと気付いた一方でその変わり果てた姿と、魔物達を事も無げに殲滅するその容赦なさと転落前とは別次元の強さに戸惑いを隠せず、挙げ句に前方で戦う髪色が薄い2人の男がハジメと幸利だとは気付かず、ユエ達を含めた正体不明の戦士達が香織達と一緒に魔物達を駆逐しているとしか理解出来なかった。
「はは、信じられないだろうけど、男の方は南雲と清水だよ」
「「「「「「「「は?」」」」」」」」
「まあそうなるよな、けど紛れもない、南雲ハジメと清水幸利だよ。2人も、と言っても清水はちょっと違うけどな、迷宮の底で生き延びて、白崎さん達と一緒に這い上がって来たらしいぜ。此処に来るまでも、迷宮の魔物は完全に雑魚扱い、道中も僅か十数分の急行、マジあり得ねぇ!って俺も思うけど…事実だよ」
それを唯一知る遠藤が2人の正体を明かすも、にわかには信じられないといった様子でハジメ達による無双振りを眺めていたのは言うまでも無い。
「本当に、何なのさ」
それはさておき、そうこうしている内に魔物の数も殆ど残らなくなり、誰の眼から見ても勝敗は明らかな状況に追い込まれて力無く呟いた魔人族の女。
何をしようと全て圧倒的な力によって捻じ伏せられる理不尽に、諦観の念が胸中を侵食し、そして実感した、レイスとローゲンは裏切ってなどいなかった、ただ今の自分みたく圧倒的実力差を見せつけられ、理不尽な状況に追い詰められ、心が粉々に砕かれた末に何かしらの強力な洗脳能力によって情報を無理矢理吐き出されたのだろう、と。
せめて一矢報いようと、これで足止めしている隙に逃げ出そうと、とっておきの魔法を発動しようとするも、理不尽はまだまだ続いていた。
「数多の身に宿りし
「ぐ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
最後の望みだと言わんばかりに魔法を発動しようとした魔人族の女の背後に何時の間にか回っていた幸利が、格好つけでしかない詠唱を声高に叫んで『月光蝶』を発動、その紫を基調とした極彩色の魔力が殺到した。
(ミ、ミハイル、助け、て…!)
体内の魔力という魔力が暴走し、死に瀕するとはこの事かと言わんばかりの苦痛に苛まれながら魔力と同じ色の繭に包まれて行く魔人族の女。
意識を失う寸前に心の中で叫んだのは、故郷に残した恋人へのSOSだった。