「皆、お疲れ。香織、メルドさん達の様子はどうかな?」
「あと少し遅かったら危なかったね。今は完治しているよ」
「流石は香織だ、ありがとう。メルドさんには色々とお世話になったし、人間族最強と言われる彼が抜ける穴は色々と大き過ぎるからね。雫達も護衛の方、ありがとうね」
「どういたしまして。流石に見殺しには出来ないものね」
「ま、あの程度の魔物は物の数にも入らないけどね」
「ユエ達も魔物達の殲滅、ありがとう」
「ん」
「お安い御用って奴ですよぉ、ハジメさん」
「礼には及ばぬ、ティスを使うての訓練にもなったしのぉ」
幸利が月光蝶によって魔人族の女を封印し、宝物庫に放り込んだのを確認したハジメは、後方でメルドやクラスメート達の治療にあたっていた香織達や、周囲で魔物の殲滅にあたっていたユエ達と合流、メルド達が無事であるという報告を受け、彼女達の働きに礼を言っていた。
「そしてトシ、魔人族の処断をありがとう。やっぱりトシがいてくれたのは大きかったよ」
「良いって事よ、俺にはあれ位しか出来ないから」
その際、此処にはハイリヒ王国騎士団長の身分であるメルドや、聖教に属する神の使徒という立場である天之河達がいる事を踏まえ、実際にはレイス及びローゲン同様に封印しただけで殺していないにも拘らず、魔人族の女を殺したと言いたげな表現で、それを行った幸利を称賛していたが。
「おい清水、何故彼女を…」
ところがその称賛に、幸利が魔人族の女を殺したとされる事に、噛み付かんとする者が何故か出て来た。
それは、神の使徒の立場にある者達の中でも、勇者という天職を有する事から彼らの中心と言って良い(元から中心人物ではあったが)存在、天之河だ。
ついさっきまで魔人族=諸悪の根源と捉えて寝返りの提案など一蹴していた筈の彼が何故魔人族の女を殺した幸利に噛みつこうとしているのか、その訳は魔人族の女とハジメ達との戦闘前の会話にあった。
イシュタルら教会側の人間から教えられていたのもあってか、それまでは魔人族の事を残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位的存在としか思っていなかった天之河、だがハジメ達が魔人族の女の彼氏の存在を、ミハイルという名の故郷に残して来た彼氏の存在を暴露した事で、魔人族もまた自分達と同じく、誰かを愛し誰かに愛され、譲れない『何か』の為に必死に戦っている、生きている『人』なのだと、自分達がやろうとしている事は紛れもない『人殺し』なのだと思い知ったのである。
その人として最も重大な罪の1つたる『人殺し』を躊躇なく行った幸利を見逃してはおけないと、今が人間族と魔人族の戦争状態である事も、人間族や教会関係者にとって魔人族は根絶やしにすべき『敵』である事も何時ものご都合主義で忘却の彼方へと押しやり、持ち前の正義感から『殺人犯』である幸利を追求しようとしていた。
「ねぇカオリン、色々聞きたい事はあるけど、まずメルドさんは大丈夫なの?見た感じ傷は塞がっているみたいだし呼吸も安定している、瀕死だった筈なんだけど…」
が、その追及は香織に色々聞こうとしていた谷口によって遮られた。
「メルドさんの容体は安定しているよ、さっきメルドさんを診察用の魔法で確認したけど、命に関わる状況は脱したよ」
「で、でもさっきも聞いたけど詠唱もしないで、中級魔法止まりの『回天』で其処まで出来るの!?」
「まあ其処は、色々あって鍛えてますから!」
最初に聞いたのは再会して直ぐに発動した回復魔法について、詠唱をする事無く中級回復魔法の『回天』を発動するという、しつこい様だがこの世界の人間族ではありえない事を成し遂げた事もそうではあるが、瀕死の重傷を負っていたメルドを中級程度の『回天』で無傷と言って良い程迄回復出来るのかという疑問も、状況が落ち着いた今になって浮かんで来た谷口、そんな彼女に香織は元祖おっさんライダーとして知られる仮面ライダーの口癖を交えて説明していた。
それを聞いて安堵した様に息を吐く谷口達、彼女達にとってもメルドは自分達にとってこの世界での恩師である為か、或いは自分達の為に騎士団総出で、命がけで戦った結果部下の大半が死んでしまった為か、メルドだけでも生きていた事は嬉しかったようだ。
それは天之河も同じだったが、それで魔人族の女を『殺した』件は忘れた訳じゃない、改めて幸利を追求しようと再び口を開こうとしたその時だった。
「其処ぉ!」
「がばぁ!?」
「こ、光輝!?南雲、てめぇ何で光輝を!」
「ああごめんごめん、ブンブンと煩い蚊が舞っていてね。それが偶々天之河の顎に止まっていたものだからつい、やっちゃったZE☆」
何とハジメが、天之河が幸利を追求しようとしていた事を察知して瞬時に接近し「言わせねぇよ!」と言わんばかりに、彼の顎に張り手をぶちかましたのだ。
幸利を追求しようとしていた時に動かそうとした場所へ強烈な一撃を貰った物だから舌を噛んでしまったらしく、口を抑えて悶絶する天之河、当然その暴挙が見逃される筈は無く、坂上がハジメに怒りをぶつけるも、当のハジメは明らかにふざけた言動で応じていた。
その煩い蚊って明らかに天之河の事だろとか、いややっちゃったZE☆じゃねぇだろとかツッコミを入れたかった坂上達だが、そのふざけた言動に反してこの場を支配せんと放たれた威圧を前に誰も口を開く事はなかった。
そんな坂上達を他所に、ハジメは未だに舌の激痛から悶絶したままの天之河に近寄り、その胸ぐらを掴みながら、
「そうだ、天之河。どうもお前は重大な勘違いをしている様だから言って置くよ」
「な、何を言って」
「トシが行ったのは殺人じゃない、
処刑だ。それも本来なら人間族の勇者であるお前達の役目である筈のね」
そう、言い放った。
「しょ、処刑だと!?」
「ああ、処刑だよ。今は亡きお前のお爺さん、弁護士だったんだって?なら『永山基準』って聞いた事はあるよね?あ、其処にいる永山の事じゃ無いよ。とある連続殺人犯の名字からその名で知られる様になった、日本の刑事裁判において死刑か否かを判断するボーダーライン、一般的には複数人を殺害したら死刑と言われている基準さ。あの魔人族の女は魔物という凶器を用いてお前達を殺そうとした末に、お前達を守ろうとした騎士団の人達を次々と殺害した。ほら、3人以上の殺害でしょ?それを踏まえればあの魔人族の女は死刑判決を下されても、何ならあの場で処刑されても文句は言えないよねぇ?」
ハジメの言う通り此処で挙がった『永山基準』の『永山』とは此処にいる永山の事では無く、1960年代に盗んだ拳銃を用いて4人を殺害した当時19歳の連続殺人犯の事を指しており、その刑事裁判の最高裁判決で提示されたものだ。
厳密には3人以上殺害しても死刑にならないケースは無くは無いのだが、今回のケースは計画的に魔物を配備したり逃げ隠れた天之河達を追い続けたり、道中にいた騎士団の面々を殺し回ったりしたのだ、刑罰が軽くなる事は無いだろう。
「だ、だが」
「そもそも今、人間族と魔人族は戦争状態。ただでさえ敵兵である魔人族が、人間族の騎士達を殺し回って許されるとでも?人間族側の捕虜になったら確実に、軍法会議が即座に死刑判決を下すよ、絶対に」
とはいえ今は人間族と魔人族の戦時下、平時での自国内における殺人犯と同列に扱う事は出来ないが。
然しながらそれは逆に、魔人族の女の地位とかこの戦闘における責任とか関係無しに、殺した自国民の数だけで死刑か否かが判断されると言う事。
それを鑑みれば3人以上も殺害した魔人族の女の刑罰が軽くなる事は、やはり無い。
「そしてその処刑の役目は本来、あの場では人間族の勇者であるお前か、神の使徒として呼び出されたお前の仲間のうちの誰かが行うべきだったんだよ。それをあの魔人族と彼女が率いていた魔物に後れをとった物だからトシがそれを代行したんだよ。感謝こそされども非難される謂れは無いね」
日本の法律(ハイリヒ王国で通じるかは分からないが)やこのトータスの社会情勢を、魔人族の女が『大量殺人犯』であり『倒すべき敵』である事を突きつけられた為か、反論しようという気勢も削がれ、言い返す言葉も無くなった天之河、そんな彼にハジメは軽蔑した様な、見下した様な表情でそう言い終えつつポイ捨てするかの様な動作で天之河を突き放した。
胸ぐらを掴まれていた事で上手く息が出来なかった為かゲホゲホとせき込みながらも、今にもハジメに飛び掛からんとばかりに睨み付ける天之河、そんな彼を診つつ下手な行動を取らない様抑える坂上も、他のクラスメート達も、ハジメの言葉に何処か渋い表情を浮かべていた。
言うなれば、ハジメの言い分は頭では理解してはいるものの、心の中では納得していない、魔人族の女を躊躇なく殺害した幸利も、その件で正論を用いて幸利を正当化しようとするハジメも、それを当然の事と受け止めている香織達も、彼らにとっては血も涙もない悪魔に見えて仕方なかったといった所か、いやもしかしたら極悪非道で知られていたハジメに正論で諭された事が納得いかないなんて幼稚な理由かも知れない。
そんなクラスメートの事など知ったこっちゃないと、障害を無力化したんだからさっさと帰るぞと言わんばかりに踵を返したハジメ達は、流石に此処へ来た時みたいに六十五階層の奈落を飛ぶ訳にも行かないので正規のルートで地上への道を歩もうとしていた。
それに気づいた天之河達が慌ててハジメ達の後を追って行く、何処かMMORPG等で強者たるハジメ達にくっ付いて行く寄生型プレイヤーの様な感じがしたものの、何時の間にか意識を取り戻していたメルドとの話し合いの末に承諾されたらしく、深く追求される事は無かった。
こうして地上へと帰還していく事となった一行、その道中で行く手を阻まんとする魔物の尽くを軽い感じで瞬殺していくハジメ達に改めてそのチート級の強さを実感したり、「中におっさんを飼っている」と転移前から言われていた谷口の中のおっさんが騒ぎ出したのか物凄くナイスバディな体躯となった香織達を質問攻めにしたり、彼女達のプラグスーツで強調されたゴム鞠の如き胸や尻肉を狙おうとして雫から物理的に止められたりと色々ありつつ、地上へと辿り着いた。
「ほらミュウ、パパのお帰りだぞ」
「パパぁ!お帰りなの!」
「ミュウ、ただいま!」
其処に広がっていた光景は、