ヘルシャー帝国。
ハイリヒ王国とフェアベルゲンの間に位置する、というより両国に挟まれる形で存在する人間族の国であり、およそ三百年前、トータスに彼ありと言われた傭兵が現在の帝都にて、自らが率いていた傭兵団を母体として建国を宣言したのが歴史の始まりと言われている。
その建国の経緯からか、冒険者や傭兵の聖地と言える程の良くも悪くも実力主義的な傾向があり、現皇帝であるガハルド・D・ヘルシャーもそんな国を率いるに相応しい、人間族最強と称されるメルドにも引けを取らない実力を有している。
尚、この『実力』というのは戦士として、傭兵として、冒険者としてのそれ――つまり戦闘能力にかなり偏っている、つまり武功を上げれば上げただけ出世出来る一方で「弱い奴は死ね、死にたくなかったら底辺を這いつくばっていろ」という弱者への差別にも繋がっていて、例え『聖教』信仰の影響が無かったとしても魔力を持たぬ亜人族への迫害は止まらないだろうとハジメ達は思っている、この世界における魔力の有無はそれだけ重大な物なのだ。
尤も一時のハイリヒ王国程では無いにしろ、ヘルシャー帝国民もまたトータスの人間族のご多分に漏れず『聖教』を熱心に信仰しているのだが。
と、嘗て同盟国だった(同盟破棄を通達した訳では無いが、フェアベルゲンと国交を結んだ以上、維持は無理だろうし、ハジメもその積りは無い)隣国ヘルシャー帝国に関する情報を整理している中、
「リリィ、そういえば僕達がオスカー・オルクスの住処に滞在していた時、ヘルシャー帝国の使者が訪れたんだってね。然もその中に皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが兵士に扮して紛れ込んでいたとか…」
「はい。オルクス大迷宮表層の第六十五階層に住まうベヒモスを討った事を知った帝国側が、その戦勝祝いと、急な召喚故に行えなかった顔合わせを兼ねて使者を派遣されたのですが、どうせなら自分の目で確認したいとの理由でガハルド陛下が変装して紛れ込んでいたのです」
「まあ、それを聞いてどんな人となりかは何となく察したよ。良くも悪くも腰が軽く、そしてヘルシャーの気風に違わぬ実力主義者という所かな。とはいえそういった面と戦闘能力だけでヘルシャー帝国の主であり続けられるとは思えない。最強と言えど結局は人間族基準、そして人間族の枠を外れない以上は老いも来る、最強の座は遅かれ早かれ譲る事になるからね。これは一筋縄では行かないかも」
国王に就いて直ぐハイリヒ王国の現状を精査すべく資料等を調べ上げていた所、その中にヘルシャー帝国側の使者が来訪したという記録があったのを思い出したハジメ、そう、今リリアーナが言った様にヘルシャー帝国側はハジメ達が召喚されてから1度だけハイリヒ王国に来訪し、トータスに召喚された面々と顔を合わせた事がある、尤もこの時ハジメ達は反逆者の住処で兵器開発に勤しんでいたし、幸利は行方不明、檜山達はリリアーナによって拘禁状態、愛子及びその護衛として同行していた淳史達は各地を転々としていたので、実際に顔を合わせたのは天之河達のパーティと永山達のパーティの計2パーティ9人だけなのだが。
そんな顔合わせの場に、使者の護衛兵士に扮して加わっていたガハルドは、勇者として期待されていた天之河の実力を測るべく使者を通して模擬戦を申し出、それが認められて天之河と剣を交えたとか。
因みに結果は天之河の敗北、ステータスに劣るガハルドが技量でその差を詰めるどころか逆転して見せる圧勝だったそうな。
(ハジメ様もリリィ様も、昨晩の獣みたく互いを求められたのとは打って変わって、ヘルシャー帝国との外交関係という課題に対して真剣に取り組んでいる。我らフェアベルゲンと関係を持った以上、ヘルシャー帝国は勿論、邪神エヒトルジュエを、それを崇める『聖教』を信仰する他国全てを敵に回す事になるのを分かっているが故に…
裏を返せば、もしハイリヒ王国とフェアベルゲンの関係が悪化したら我らは見捨てられ供与された兵器の類は没収、いやそれだけで済めば良い、最悪の場合ハイリヒ王国が誇るMS等の強大な兵器が我々に襲い掛かる、そして孤立し、戦う術を失った我らは各国からの侵略を防げず、滅びの道を辿る…
私の振舞い1つでそういった事態を招く事もあり得る、それが大使という役目、私は、そんなとんでもない大役を引き受けてしまったのかも知れません、この私に務まるのでしょうか、お爺様…)
そんな2人がこの後訪れるヘルシャー帝国への対応を真剣に話し合い、淳史達クルーも事の重大さを理解しているのか言葉少なに己が職務に取り組んでいる等、異様な雰囲気が漂うストリボーグ艦内で1人、国賓故に命ぜられる仕事も無く暇を持て余していたアルテナは、この雰囲気を感じ取って改めて自分がフェアベルゲンの命運を握る、フェアベルゲンとハイリヒ王国の架け橋を担う重大な役目を担ったのだと実感し、自分にその役目が果たせるのか今更ながら不安が募って来た。
此処で何故、フェアベルゲン側の国賓である筈のアルテナがハジメ達によるハイリヒ王国側の外遊に同行しているのか、疑問に思った人もいるだろうが、其処にはフェアベルゲンの情勢が関わっている。
前述の通り、フェアベルゲンと国交を結んでいる国、フェアベルゲンを一国家として認めている国は、昨日それを行ったハイリヒ王国以外存在せず、その住人達を「フェアベルゲン国民」ではなく「亜人族」としてしか見ていない国だらけ、そんな自分達を見下す国々と交流を持とうなんて考えを持てる筈も無く、よって昨日までフェアベルゲンは事実上の鎖国状態だったのである。
更に言えばフェアベルゲン、というより亜人族のテリトリーと言って良いハルツィナ樹海の外に出た者は死んだものとして扱うという掟もあり、事実樹海を出た、或いは出された亜人族がフェアベルゲンに帰国したという記録は、ハジメ達に同行して帰還したシア達ハウリア族の面々以外ない、その者達は人間族や魔人族に捕まって殺されるか奴隷とされるか、もしくは帰国しようとしてフェアベルゲンの警備隊に見つかって侵入者扱いされて殺されるか、という状態だ。
そんな体制で外国の状況が国内に伝わる筈も無く、ハジメ達との交流によってやっと、最近少しずつ世界情勢を知る事が出来たという有様、それでは外交官としての役目など果たせる訳がない。
それを心配したハジメが「今は大使として勉強しないといけない時、折角だから諸外国へその足を運び、その眼で世界を見て学んでいくと良いよ」と同行する様に勧め、本人も折角だからと快諾したのだ。
こうしてストリボーグに同乗する事となったアルテアなのだが、其処でフェアベルゲンの外が開戦間近と言わんばかりに殺伐としている事を、ハイリヒ王国とフェアベルゲンが親密な間柄となったのを切っ掛けにそれが加速するであろう事を、自分達の対応1つでその親密な仲が崩壊し、長きに渡ってハルツィナ樹海内で平穏を保って来たフェアベルゲンが滅亡を迎える事を実感し、若輩の身ながら大使に任命された自分がその崩壊の切っ掛けを作ってしまうのではないかと弱気になって来たが、
(いや、此処で弱気になったらそれこそ真っ当な外交は出来ません!若輩の身で外交経験が無いのはお爺様も、ハジメ様も承知の上、だからこそハジメ様はこうして私の同行を自ら提案してくれたのです!この機会を逃さしてはなりません!この耳目で外の情報を集め、それを基に毅然とした心持ちで諸国の方々と渡り合う、それが大使のなすべき事なのです!)
そんな自分に喝を入れ、大使としての使命を全うすると決意を新たにした。
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それから数時間もの時を経て、一行を乗せたストリボーグはヘルシャー帝国の首都、その外れへと着陸した、帝国領内にその身を置く場所など無いだろうし、そんな事をしたら市中は混乱に陥り、ハイリヒ王国による侵略行動とヘルシャー帝国側に捉えかねない、それを考慮しての外れへの着陸なのだ。
「此れより我らはヘルシャー帝国皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーとの会談に向かう。皆、此処は頼むよ」
「ああ、ハジメ!」
「此処は任せろ、ハジメ!」
「そっちは頼むぜ、ハジメ!」
「ハジメっち、リリィ、吉報期待しているよ!」
「アルテナ、ハジメ君達がいれば安心だからね!」
「パパ、リリィママ、アルテナお姉ちゃん、行ってらっしゃいなの!」
着陸を確認して開かれたハッチから、ガハルドとの会談に臨むハジメとリリアーナ、そして大使として同行するアルテナが外へと出る、そのままガハルドがいるであろう城へと向かう前、ストリボーグに残る淳史達の方へ振り向き、改めて声を掛けた。
「よし、リリィ、アルテナ、行くよ!」
「ええ、貴方」
「宜しくお願いします、ハジメ様、リリィ様」
彼らの激励の言葉を背に、3人はヘルシャー帝国領に足を踏み入れた…!