帝都に堂々と足を踏み入れたハジメ達はそのままガハルドのいる帝城へ、ハイリヒ王国の国王及びその関係者という立場に物言わせて堂々と入城を果たした。
とはいえその道中、その姿を目の当たりにした帝国民から向けられる感情は畏怖や敵意、アルテナに対する蔑視等、決して良い物では無かった。
相手は隣国であり同盟を結んでいたハイリヒ王国の国王、つまり帝国にとって丁重な態度で臨むべき国賓である為か直接的な対応をしては来ないが、その即位した経緯を踏まえれば『聖教』を信仰する者にとっては『反逆者』、仇敵に等しいと言っても過言では無いのだ、恐らくは自分が即位する迄の経緯は広く知られているだろうなと、故に此方が国賓で無ければ今直ぐにでも仕掛けるだろうなと、そう思われても仕方ないなとハジメは思っていた。
尤もそれはハイリヒ国王に即位する以前、エヒトルジュエを討つと決めた時から覚悟していた事、一々気にしていてはエヒトルジュエとは戦えないと切り替えてガハルドとの会談に臨んだ。
「お初にお目に掛かります。此度、ハイリヒ王国の新国王となりました。ハジメ・N・ハイリヒと申します、以後お見知りおきを」
「お久しぶりですわ、ガハルド陛下。改めまして、ハイリヒ王国第一王妃、リリアーナ・N・ハイリヒと申します。夫共々、お見知りおきを」
「この度、ハイリヒ王国に駐在する事となりましたフェアベルゲン大使、アルテナ・ハイピストと申します。今回はハイリヒ王国側のご厚意により帯同する事となりました。宜しくお願いします」
「これはこれはご丁寧に。ヘルシャー帝国皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーと申す。今日は宜しく頼む」
会談の為に帝国を訪れると一応は手紙で伝えてこそしてあるが、それにしても何の滞りも無くガハルドが待つ、三十人位は座れる縦長のテーブルが置かれた会議室みたいな簡素な部屋へと案内された。
今言った様に帝国内では『反逆者』として扱われているであろう自分達、門前払いを食らったり寧ろ入って来たタイミングで捕縛に動いたりといった対応も覚悟していた中であっさり通された事に驚きながらも表には出さず、短く切られた銀髪に鋭い碧眼の狼を思わせる風貌、スマートながらも極限まで鍛え上げられた体躯、人間族最強の名に違わぬ強大なオーラを放つ三十代後半位の男――ガハルドに挨拶し、彼もまた(本人曰く国賓を相手にした堅苦しい態度で)応じたが、その後彼は予想外の行動に出た。
「おいお前ら、奥で控えている奴らを連れて退室しろ。彼とサシで話し合いたい」
「へ、陛下!?危険です、奴は教皇様達を皆殺しにした『簒奪王』ですぞ、何を仕出かすか」
「出て行けっつってんのが聞こえねぇのか?俺は彼と腹を割って話したいんだよ、早くしろ」
恐らくは緊急事態が起こった時を見越し、護衛とは別に腕の立つ兵士達を潜ませていたのだろう、だがガハルドは同席していた護衛に、その兵士達をも連れて退室する様に命じたのである。
まさかの命令に護衛達は驚きを隠せず、考え直す様に説得するもガハルドの意志は固く、自分の命令に従わない護衛達を威圧し、再度退室を命じた。
流石の護衛達も、自分達の主であり人間族最強と呼ばれたガハルドの命令に背く事は出来ず、渋々ながら潜んでいた兵士達を連れて、この場を後にしていった。
「リリィ、どうやら彼は本音で僕と話し合いたいみたいだ。アルテナと一緒に退室して欲しい」
「ええ、分かりましたわ。アルテナさん、一先ず此処を出ましょう」
「え、で、でも…」
事と次第によっては敵対する事となるかも知れない、そうなったら即座に殺されてしまうかも知れない、そんな相手にも恐れる事無く1人で相手しようとする豪胆さと『聖教』を信ずる身でありながら『反逆者』である自分への偏見を抱かず、本音で話し合いたいと申し出る真摯な姿勢、そんなガハルドの態度を目の当たりにし、もしかしたら自分達の『敵』には成り得ないかも知れない、破棄も致し方ないと思っていた同盟関係の維持も出来るかも知れないとの可能性を見出したハジメ、ならば此方もガハルドの言う通り1人で臨まねば失礼という物、そう思いリリアーナ達に退室を促した。
リリアーナはその考えを理解して応じようとするが然し、此処に来る迄に自分へと向けられた帝国民の視線、亜人族への蔑視を隠そうともしないその感情に少なからず警戒感を抱いたアルテナは、退室しようと手を引くリリアーナを引き留めんとする。
「リリィ。愚問かも知れないけど、何かある様なら遠慮はいらないよ」
「はい、貴方。アルテナさん、貴女は必ずや私がお守りしますわ」
「は、はい」
此処は亜人族を見下し、奴隷として攫って行く者達の巣窟、ハジメが側にいるなら兎も角、一たび彼と離れてしまったら自分もその標的にされてしまうのではないか、リリアーナ1人でそういった存在を相手に出来るのか、そんなアルテナの不安を見抜いたハジメがリリアーナに一声掛けた。
何かある様なら遠慮はいらない、つまり帝城内にいるヘルシャーの重臣や兵士等が暴走して2人に襲い掛かって来るのならば遠慮なく射殺してしまえという意味である、その意を受け取ったリリアーナは何があっても守って見せると頼もしい事を口にしながらアルテナと共に退室して行った。
「単刀直入に言おう。俺個人的には、ハイリヒ王国との関係を維持したいと思っている」
こうしてガハルドとハジメの2人のみとなった部屋の中、改めて両者が席について始まった会談、その開口一番で、ガハルドは早速己の思いを、帝国を率いる支配者としての考えを口にした。
先の大聖堂での虐殺等によって『聖教』とは本当の意味で袂を分かった事は勿論、駐在大使に就いたアルテナの存在から亜人族の国フェアベルゲンと対等な国交を結んだ事もガハルドは理解しているであろう、そんな『聖教』陣営に喧嘩を売りまくるハイリヒ王国との同盟関係を、喧嘩を売られた側の『聖教』陣営にある筈のヘルシャー帝国は、その支配者たる自身は維持したいと早速己の考えを口にしたのだ。
もしかしたら『敵』にはならないのではないかと思っていたとはいえあくまで可能性の1つ、いきなりそうだと明確に言われても、流石のハジメも疑問を抱かずにはいられなかった。
「理由は簡単だ、このままではヘルシャー帝国は遅かれ早かれ滅ぶ。邪神エヒトルジュエやその眷属、魔人族連中、ひょっとしたらお前達か、そういった強大な勢力に攻め込まれるか、或いはお前達がそんな勢力を討ち滅ぼすのを指くわえて見ているしか無く影響力が低下し、衰退の一途を辿るか…
どちらにせよ、何か抜本的な手を打たねぇとヘルシャー帝国の歴史は終わる、俺はそう確信している。その抜本的な手って言うのがハイリヒ王国とヘルシャー帝国の同盟を維持し、其方と同じく、フェアベルゲンだったか、亜人族が建てたっていう国と国交を結ぶ事って訳だ」
「本音は?」
「お前が作ったアーティファクトが欲しい。音にも追いすがる速さで空を飛ぶ船にMSとかいうゴーレムにISとかいう鎧、魔人族が使役する魔物をいとも容易く屠ったらしい武器の数々。亜人族の連中にくれてやったんだろうから俺達にもくれよ、不公平じゃねぇか」
「デスヨネー」
そんなハジメの疑問を察知したガハルドは、今の世界情勢と、その中でヘルシャー帝国が置かれた状況を踏まえて訳を話した。
ガハルドの言う通り、トータスの人間族が相手にしなければならないのは、エヒトルジュエが『勇者』という名目で呼び出した天之河達ですら圧倒して見せた魔物達を有する魔人族陣営と、そのエヒトルジュエ自身とその眷属達、どちらもその強大さは凄まじく、髄一の兵力を有するヘルシャー帝国であっても抗えるものでは無い、このまま何も手を打たなければ帝国が滅ぶのは明らかなのだ。
そう、ガハルドの言う『抜本的な手』であるハイリヒ王国とヘルシャー帝国の関係維持と、それに伴うフェアベルゲンとの関係構築、その意義を、恐らくはこちらが素なのだろう、先程とはうって変わって皇帝というよりどこぞのちょい悪おじさんと言った方がしっくり来る話振りで説明したが、それだけが理由では無いだろうとハジメは見抜き、その真意を尋ねるとあっさり白状した、実力主義を掲げるヘルシャー帝国を引っ張る身分なだけに、良くも悪くも強き物に貪欲なのだ。
だがそうだとしても尚、ハジメの疑問は拭えなかった。
しつこい様だがヘルシャー帝国は人間族の国のご多分に漏れず『聖教』陣営に属しており、一時のハイリヒ王国民程では無いにしても信仰に熱い、それは代表たるガハルドも例外ではないだろう筈なのに、何故『聖教』における『反逆者』の如き考えを持つに至ったのか腑に落ちなかった。
「元々あの勇者は気に食わなかったんだよ、理想とか正義とかを何の疑いも無く信じているただのガキだ。そんな子供がなまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い、自分の理想で周りを殺すタイプだ。まあそんな取り返しのつかねぇ事態になる前にそっちで処してくれた様だから一先ずは安心だが」
ガハルドもそれは分かっていた様で訳を話し始める、その中で天之河達が国家反逆の罪に問われた末に去勢されて奴隷となった事を仄めかしていた様子からして、どうやら帝国内、少なくとも皇帝であるガハルドの耳にその事は入っている様だ。
「そんな腑抜けた奴がこの世界を救う勇者だとは信じられねぇと俺は思い、ソイツを呼び出したエヒトルジュエに少なからず疑問を抱いたんだ。「エヒト様は本当に俺達を救おうとする気があるのか?」とな、尤もそれを公言したら『反逆者』の烙印を押されかねんから口にはしなかったが。で、諜報に長けた奴を何人かハイリヒ王国及び大聖堂に忍び込ませて探りを入れている所に先の政変だ。これで確信したよ、「エヒト様、いや、エヒトルジュエはハナから俺達人間族を救う気なんざねぇ。最初からアイツにとってこの世界は玩具扱いなんだ」と。その日から俺は『聖教』を捨てた」
それを聞き、嘘偽りが無い事をその雰囲気から察知したハジメは納得した、ガハルドも経緯こそ違えど『解放者』の意志を結果として受け継いだ『仲間』なのだと、それ故にエヒトルジュエを敵に回す事になろうともハイリヒ王国との同盟維持とフェアベルゲンとの関係構築を望んでいるのだと。
そうと分かれば話は早いと、国交を結ぶ上でハイリヒ王国がフェアベルゲンと交わした条約の要旨等、今後の両国における外交に関する課題を話し合おうとしたその時だった。
「「…案の定か」」
パァン!という炸裂音が響き渡った。
想定内とはいえ、出来る事なら起こって欲しくなかった事が起こってしまった事にハジメもガハルドも溜息を吐きながら退室するとその目前には、左手にグローサを、右手にヴィントレスを持つリリアーナと、その銃撃を食らったのであろう、股間を抑えて蹲る男、それを目の当たりにして敵意を露わにする者達という光景が広がっていた。