「リリアーナ殿、アルテナ殿。一体何が起こった?」
銃声らしき炸裂音を聞き、ハジメと共に部屋から出てみればリリアーナと、自分の息子にしてヘルシャー帝国皇帝の座を継ぐ皇太子の立場にある男――バイアス・D・ヘルシャーが相対し、リリアーナの銃撃を股間に食らったのかバイアスが其処を抑えて蹲り、自らの臣下達がそれを目の当たりにしたのかリリアーナに対して敵意を露わにするという光景が広がっていた事に、半ば想像通りだと考えながらも出来ればそうなって欲しくなかったという思いがあったのか何事かを尋ねた。
何故かこの場にいる己の臣下では無く、加害者と思しきリリアーナに尋ねていたが。
「陛下、これはですね」
「黙れ。自分達に都合の良い様に説明するであろうお前らの意見なんざ求めちゃいねぇ」
この場で何が起こったかを、ヘルシャー帝国関係者である自分達では無く『敵国』側であるリリアーナに尋ねた事に動揺しつつも主君に状況を説明しようとした臣下達だったが、ガハルドはそんな彼らを「リリアーナに聞いてんだからお前らは口挟んでんじゃねぇぞゴルァ」といった態度で一蹴した。
「では僭越ながら。私達が退室して幾ばくかの時が経った頃、バイアス殿が我々と顔を合わせるや否や、此方を一方的に怒鳴り付けた末に襲い掛かって来たのです。内容からして私とバイアス殿との婚約についての様でしたが…
アルテナさんの身を預かった以上、彼女が傷ついてはならないと、手荒な方法で対処させて頂きました。此方が一連のやり取りを録音したデータです、どうぞ」
そんなガハルドに促される様に、リリアーナは自分達の間で何が起こっていたのか、その詳細を話しつつ、一部始終を録音してある音声データの入ったSDカード型の媒体をハジメに渡した。
『リリアーナ、貴様どういう事だ!?』
『どういう事、とは一体?』
『とぼけるな!ハイリヒ王国とヘルシャー帝国の間で、俺と貴様が婚儀を結ぶ約束を交わしていた筈だ!それを此方に何の断りも無く反故にするなど!ヘルシャーを、我らを馬鹿にしているのか!』
『ああ、その事ですか。でもそれはまだ正式に取り決められた物では無かった筈ですよ?』
『事実上決まっていた事だ、そんな屁理屈が通ると思っているのか!』
『誰が通さないと言うのです?この婚約を我が父と取り決めた貴方の父君ですか?然し、見た所その様な素振りは一切ありませんが。ならば貴方自身ですか?思い上がりも大概にした方が宜しいかと』
『一々癇に障る事を言いやがって、誰に盾付いているのか分からせてやる!』
『それは』
『グ!?アァァァァァァァ!?』
『此方の台詞ですよ、バイアス・D・ヘルシャー』
「以上が、我々が鉢合わせてから、方々が此方へといらっしゃる迄の音声記録です」
それを受け取ったハジメが音声データを再生、ガハルドと共に耳を立てると、リリアーナが言った通りのやりとりが交わされた証となる両者の声と銃声が確かに流れた。
そのやり取りの中で上がった話題についてだが、実を言うと嘗てエリヒドが国王だった頃のハイリヒ王国とヘルシャー帝国との間で、リリアーナとバイアスとの婚約が持ち上がっており、リリアーナが親元を離れるに相応しい年頃となる等の然るべき時に結婚する事になっていた、つまりバイアスはリリアーナにとって事実上の婚約者だったのだ。
然しながらそれは正式な取り決めが成された訳では無く、故にハジメから結婚を申し込まれたあの時、リリアーナ当人のハジメへの想いもあってか即座に応じたのだが、バイアスからしてみれば決まったも同然の婚約を一方的に叩き潰された挙げ句自分達に知らせもせず、ハジメという彼女を寝取った男を連れて来る形でその事実を突きつけて来たのだ、昼ドラや寝取られ系同人でもそうはない展開である。
だが、
「バイアス、お前は馬鹿か?かねてから腕っぷしだけの猪武者だとは思っていたがなぁ」
「な…!?」
「へ、陛下!?」
事の子細を聞いたガハルドの、婚約者を寝取られた挙げ句その彼女によって股間を撃ち抜かれた哀れな息子への対応は、心身ともに傷ついた彼を慰めるでも無ければ治療を指示するでも無く、ただ養豚場の豚を見るかの様な目を向けながら発する失望の言葉という、バイアスにとってはあんまりな物だった。
「そもそも何でお前とリリアーナ殿との婚約が行われようとしていたのか、その意味が分かってんのか?それは俺らヘルシャー帝国の兵力を頼みにしたハイリヒ王国が、俺らとの関係をより強固にすべく持ち掛けた物だと、少なくとも前王であるエリヒド殿はその積りだったと、俺は考えている。魔人族が魔物を従えて侵略して来るこのご時世だ、国を、住まう民達の事を思えば御尤もだろ。その頼みとしている兵力のアテが俺ら以外に出来たとしたら、そのアテが俺らを凌ぐほど強大だったら?ま、リリアーナ殿自身の感情もあるにはあるだろうが、そっちに靡くに決まってる。それを前にしたら、リリアーナ殿の言う通り正式に決まった訳じゃねぇお前との婚約など反故にされるのは当然だろ。皇太子の座を勝ち取ってから大分経ち、政の場にも顔を出して来て置きながらそんな事も分からねぇ、分かろうともしねぇバカタレだったとはな。誰かコイツを直ちに牢へ連れて行け、罪人に治療などする必要は無い」
婚約の話が持ち上がった理由を、決まったも同然とはいえ正式な物じゃ無かったそれが反故にされた訳を、事細かく説明したガハルドは、それを分かろうともせずに国賓であるリリアーナを一方的に責め立てた末に襲い掛かるという重大犯罪を仕出かしたとして、バイアスを牢へ入れる様命じた。
因みにその際に皇太子の座を『勝ち取った』と、まるで元は皇太子の立場じゃ無かった様な事を口走っていたが、それもその筈、バイアスは元々側室の子であり後継者としての序列はかなり低かったのだ。
然しながら其処は良くも悪くも実力主義、特に戦士としての実力が重んじられるヘルシャー帝国、皇族の血を引く者の中でも髄一の実力を有していたバイアスは己が立場を賭けた決闘で後継者序列上位の者達を次々と追い落とした末、皇太子の座を勝ち取ったのである。
こうして戦士としての腕一本で皇太子となったバイアスだが、一方で粗暴かつ女癖が悪く、弱者を平気で甚振る下劣な性格など、人格面では最悪と言うしか無く、それ故か国民はおろか臣下からの人望も無いと言って良い、正直ガハルドも皇太子としてのバイアスに対しては何の期待もしていなかった。
婚約者とされたリリアーナにとっても、過去何度か会った際、十にも届かない年齢の自分を舐め回すかの様な嫌らしい視線を向けられたのもあってか好感度などゼロを通り越してマイナスであった、それもまたハジメからのプロポーズに即座に応じた理由である程に悪かった。
と戦の前線で腕を振るう戦士としてなら兎も角、一国を統治する支配者としては問題だらけなバイアスだったが皇室内の取り決めに基づいて皇太子となった以上、相応の理由が無ければ皇帝のガハルドであってもその座を剥奪する事など出来ず、結果として数年に渡って放置せざるを得なかったのだが、此処で国賓を襲撃するという大問題を起こした事で、彼は即座にバイアスを罪人とし、皇太子の座から追い落した、これ幸いと思ったか、或いは直ぐ対処せねばと思ったか…
「リリアーナ殿、アルテナ殿。此度は我が皇太子で『あった』バイアスがとんでもない事を仕出かしてしまい、本当申し訳ない。ハジメ殿、今回の件の責については彼奴にとらせ、廃嫡とした上で、此方で然るべき罰を下す。これで手打ちとさせては貰えないか?」
「分かりました。此方としてもガハルド殿、ひいてはヘルシャー帝国とはこれまで通り、いやそれ以上の関係を築きたいと考えている所。貴殿を信じる所からそれは始まると思っております故、この件の処置はお任せします」
ガハルドがどちらを思ったかは本人のみぞ知るという物だが、一刻も早くこの場の火消しをせねばと行動に移る、まずは今回の騒ぎにおける『被害者』であるリリアーナともしかしたら巻き込まれていたかも知れないアルテナへの謝罪と『加害者』であるバイアスへの処罰を自分達で行う事の申し出だ。
ハジメとしても此処でガハルドの思惑に乗り、ヘルシャー帝国への好感情をアピールする事で同盟関係を揺るぎない物に出来ると踏んで、それを了承した。
「それは有難い。さて、我らの間柄について大枠は決まったも同然だが、細かい所はまだまだって所、部屋に戻って引き続き話し合うとしよう。今度はリリアーナ殿、アルテナ殿も加えた4人で、な」
ハジメの了承も得られた事でバイアスが仕出かした一件の対処は解決、ガハルドとハジメに、リリアーナとアルテナも加わった4人で会議室に入り、引き続きハイリヒ王国とヘルシャー帝国、そして新たに関係を構築するフェアベルゲンとの外交に関する詳細を話し合った。
その背後でガハルドの、ヘルシャー帝国の臣下達が彼等を負の感情剥き出しで見ていた事などお構いなしに。