魔法によって生み出された幻影兵士の大軍を殲滅した一行は、大型船が立ち並ぶ船団の中でもひと際大きい帆船、全長は300m以上で高さの面でも地上から見て十階建て以上はありそうな構造物を持つ巨大な客船へと飛び、最上階にあたるテラスへと降り立つ。
案の定と言うべきかそのタイミングで再び周囲の景色が歪む、次なる試練かと身構える一行だが然し、次に目にしたのは、満月が輝く夜空の下でキラキラと光り輝く客船、その甲板には様々な飾りつけと立食方式で配置された料理が所狭しと並び、その豪華な料理を片手に多くの人々が談笑するという、正に盛大なパーティーと言うべき意外な光景だった。
先程の大規模な戦争、その終わり際にハジメが近未来予知によって目の当たりにした、エヒトルジュエによって洗脳された兵士達の狂気的な言動といった凄惨な光景を予想していた一行は肩透かしを食った様な気分になるも、大迷宮の試練がこれで終わりな筈は無いよなと気持ちを切らさず警戒を続ける、そんなテラス上の彼らの背後の扉から数人の船員がやって来て、休憩なのか一服しながら談笑を始めた。
聞こえて来た彼等の話からして、どうやらこの船上でのパーティーは終戦祝いと言うべき物らしい、長年続いていた戦争が、一方の国の殲滅や占領という形では無く、和平条約を結ぶという理性的な形で終わらせる事が出来たのだとか、良く見ればパーティーに参加しているのは人間族だけでは無く、魔人族や亜人族の姿も多々見られ、その誰もが種族の区別なく交流していた。
「こんな時代があったんだね」
「終戦の為に奔走した人達の、正に偉業だな。終戦からどれ程経ったのかは分らないし、全ての蟠りが消えた訳でも無いだろうに、あれだけ笑い合えるなんてな…」
「きっとあそこに居るのは、その為に頑張った人達じゃないかしら?」
「でしょうね。皆が皆、長きに渡って殺し合った相手と直ぐに笑いあえる訳じゃないだろうし」
「だね。それにしても、僕達も終戦の為に動いてはいるけど、此処での和平条約みたいに理性的な対応が出来たのは亜人族の、フェアベルゲンの皆や人間族の国々だけ、魔人族相手には完全に喧嘩腰だからね、そんな相手にも理性的に動けるのを見ると凄いと思うな」
「…この時とは魔人族が置かれた事情が違う可能性もある、クルーの皆の話では『アルヴ』なる神を魔人族は信仰しているみたいだけど、私が嘗て国を統べていた時にそんな話は聞かなかったし」
「それを踏まえれば、ハジメさんも此処にいる人達に負けない位凄いですよ。ハジメさん達自身の力を、MSやISといったアーティファクトの力を誇示して屈服を迫る事も出来たのにそれをせず、それどころか「仲間の身を案じて」と快く譲り渡したんですから」
「じゃな、シアよ。この大陸の、少なくともライセン大峡谷より北の国々はハジメ殿の奔走によって人間族も亜人族も関係なく手を取り合える間柄となった。つい先日まで『聖教』を、エヒトルジュエを信仰していた者共ばかりな中でこれは並大抵の者に出来る事では無い」
楽し気で晴れやかな表情で談笑する人々の姿を見る一同の頬は自然と緩んだ、このトータスという世界において一時でもこうして和平を成し遂げられたのはそれだけの偉業で、素晴らしい事なのだ。
そうこうしている内に、甲板に設けられたステージ状の設備に初老の男が登り、周囲に手を振り始めた。
ただでさえ巨大客船にて盛大に行われている終戦記念パーティー、その参加者が気づくと敬意を露わにした目で彼に注目する事を踏まえると、その男は余程の地位に君臨する存在且つこの和平に向けて中心的な働きをした人物なのだろう、もしかしたらハジメみたいに国を統べる君主なのかも知れない。
だが一行が注目したのはステージ上に登った男では無い、その脇に控えていた数人の
この格調高いパーティーの場でフードを被って参加するなど失礼にあたる筈だが、此処にいる誰もがそのフードについて注意するどころか気にも留めていない様子を目の当たりにした一行は、この面々には何かあると確信した、この大迷宮の試練に関係する存在なのかも知れないと。
もしかしたら、フードを被った面々の正体は…!
「諸君。平和を願い、その為に身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、平和の使者達よ。今日この場所で、一同に会す事が出来た事を誠に嬉しく思う。この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来た事、そしてこの夢の様な光景を目に出来た事…
私の心は震えるばかりだ」
そんな一行を他所にステージ上の男が演説を始め、参加者の誰もが身動ぎ一つせず聞き入った。
和平条約が締結された事によって齎されたこの和気藹々とした雰囲気を噛み締めるかの様な言葉で始まった演説は、その和平への足掛かりとなった事件、それに関わる人達のすれ違いや疑心暗鬼、それを覆す為に仕出かした無茶の数々、そして道半ばで散って行った友…
演説の中で振り返られる和平に至るまでの道、それを聞くにつれ皆が遠い目をしたり、懐かしんだり、目頭を抑えて涙するのを堪えたりしていた。
やはり人間族のとある国の王であり、かなり早い時期から和平に動いていたが故に人々からも慕われる男の演説も遂に終盤、場の雰囲気は盛り上がり、彼も何処か熱に浮かされた様にその語り口に力が入り、
「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ…実に、
その口からまさかの言葉が出た。
それに一瞬、参加者の誰もが頭上に「?」を浮かべ、聞き間違いでは無いかと隣にいる者同士で顔を見合わせたが、その間にも国王の演説は続いた。
「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わす事も、異教徒共と未来を語る事も…
愚かの極みだった。分かるかね、諸君。そう、君達のことだ」
「い、一体、何を言っているのだ!アレイストよ!一体、どうしたと言うッがはっ!?」
演説をしていた国王アレイストの豹変に、とある魔人族と思しき男が明らかに動揺した様子で前に出て、真意を問い詰めようとしたが、それは叶わなかった、その胸から剣が突き出たからだ。
背後から貫かれた魔人族の男が、それを仕出かした刺客が誰かと肩越しに振り向くと、信じられないと言った様子を見せた、己を貫いた人間族の男とは浅からぬ間柄だったからだ。
何が起こったのか分からぬうちに殺害された魔人族の男、そんな唐突に訪れた事態に場が騒然となる。
「さて、諸君。最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれて本当に嬉しい。我が神から見放された悪しき種族如きが国を作り、我ら人間と対等の積りでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる『エヒト様』に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!さぁ、神の忠実な下僕達よ!獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ!ああ、エヒト様!見ておられますかぁ!」
膝を付き、天を仰いで、笑いながらエヒトルジュエに忠を誓うかの様に声高に叫ぶアレイスト。
彼の合図と共に、パーティー会場である甲板を包囲する形で、船員に扮していた兵士達が出現した。
艦橋や客室等が入った十階建ての建造物と、巨大マストに挟まれる形で船の中央に備え付けられた甲板、パーティーの参加者達を取り囲む兵士達にとっては眼下に標的を見据える形、客船の周囲にも数人の兵士を乗せた無数の小舟が控えており、逃げ場は完全に潰されていると言っても過言では無い。
そんな非情な現実を突きつけられ、絶望に染まる参加者達へ雨あられと撃ち込まれる多種多様な魔法、彼らも必死に応戦はするもはっきり言って戦いにならず、一方的な暴力の前に次々と殺害されて行く。
船内に逃げ込んだ者もいるにはいたが殆どの参加者が数分足らずの戦闘の末に息絶え、その逃走者もアレイストらが狩るべく部下やフードを被った者達を引き連れて船内へと入って行った、その命が散るのも時間の問題だろう。
「結構、キツいなぁ…人殺しは結構やって来たけど、それでもあの凄惨さは…」
「きっとあのフード被っていたのエヒトルジュエの眷属ね…そうでないと説明がつかないわ」
「そうね…あんな掌返し、眷属による洗脳でなければ有り得ないわ」
「じゃな…父上も母上も、彼奴等の所為で…!」
「…きっとディン叔父様が私を封印しようとした時には、他の皆もこうして…!」
「予想はついていたが、此処までやらせるとはなぁ…正に邪神の名に相応しい所業だな」
「己の不都合になる所業はどんな手でも潰す、何処まで腐ってんですかねぇエヒトルジュエは…!」
その余りの凄惨な光景の後、周囲の景色はまたも歪み、元々いた岩場の、朽ちた巨大客船の上へと戻って来た一行、だがそれの確認も程々に、先程見た一連の出来事がフードを被った者達の仕業だと、その正体はエヒトルジュエの眷属だと推測し、改めてエヒトルジュエの悪辣さに対して怒りを露わにする。
その時、背後からガタッという、何か床に当たったの様な音が響き渡った。
その音に反応して一同が振り向くと其処には、
「リリィ、僕は、僕は…!」
崩れ落ちたかの様に両膝を折り、顔を覆う両手から溢れ出す程の涙を流しながら、懺悔するかのように俯いて何事かを呟く、ハジメの姿があった…
一応言って置きます、次話閲覧注意です。