時は、アレイストが和平の意志を翻す所まで遡る。
「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ…実に、
『其処まで、其処まで邪神に魅入られたかエリヒドォォォォ!』
(な、何これ…この光景は…!?)
邪神エヒトルジュエの眷属によって洗脳され、先頭に立って奔走した末に結んだ筈の和平をひっくり返したアレイストの、そんな彼の表明に戸惑う招待客らの姿をハジメが目の当たりにした瞬間、彼の眼には全く別の光景が重なる様に映った。
今は無きハイリヒ王国の王宮、その議場と思しき大広間、其処でリリアーナが、絶望感が込められた叫びを上げながらエリヒドに発砲するという光景が、『真教政変』の始まりとなった王族や重臣、王宮内にいた兵士に至るまでを彼女が皆殺しにした事件の、一部始終が丸々映し出されていたのだ。
「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わす事も、異教徒共と未来を語る事も…
愚かの極みだった。分かるかね、諸君。そう、君達のことだ」
「い、一体、何を言っているのだ!アレイストよ!一体、どうしたと言うッがはっ!?」
『おのれ、おのれリリアーナ!貴様、血迷ったかぁぁぁぁ!』
『貴方が悪いんだ!貴方が裏切るからぁぁぁぁ!』
『ぐぅっ!?』
(駄目だ、駄目だよリリィ…何で君が、其処までやらなきゃいけなかったんだ…!)
アレイストが来賓という名目で集められた魔人族や亜人族の国々、その重鎮達への皆殺しを始めると共に、重なった映像でのリリアーナも最初に重臣の面々を血祭りに上げ、次にクーデター鎮圧の為に乗り込んで来た兵士達を木っ端微塵にし、そして己の家族であるエリヒドとルルアリア、ランデルを射殺、その一連の流れの中で彼女の眼からは大粒の涙が止まる事無く流れ続けた。
本人の口から聞いた程度の情報でも後悔の念から崩れ落ちたハジメだ、実際に彼女が繰り広げたその凄惨な光景を、それをやらざるを得なかった彼女の絶望を目の当たりにして、思わず目を逸らそうとし、それが叶わないと分かったら彼女を制止せんと声を上げようとするに至った。
「我が神から見放された悪しき種族如きが国を作り、我ら人間と対等の積りでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる『エヒト様』に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!」
『へぇ。『使徒』ともあろう御方が、随分とどす黒い血ですね。こんな邪悪な体液が流れている存在が聖なる者であろう筈がありません。やはりハジメさんは間違っていなかった、私達は邪神エヒトルジュエに、貴様達邪神の眷属に騙されていた!貴様を殺し次第、一刻も早くこの事実を公表せねば!』
(こんな、こんな事って…これじゃあ、まるで――)
こうしてアレイストとその部下達による他国の来賓達の大虐殺も、リリアーナによる彼女の『大切』だった人達の大虐殺も終わり、リリアーナ側の映像にエリヒドらを洗脳したと思しきノイントが姿を現したその時、リリアーナのその表情は、憤怒と憎悪に染まり、激情のままにノイントを撃ち抜き、イユリに握り潰させた。
このクーデターが勃発する直前まで、多少の疑念こそ抱いていたがそれでも『聖教』への信心は抱いていたであろうリリアーナ、だが今の今まで映された光景の中でそんな物は微塵も感じられず、寧ろ『聖教』――『邪教』への感情は憎悪に反転しているといっても過言では無かった。
邪神エヒトルジュエの眷属であるノイントによって身近な人達全てが洗脳され、手を掛けざるを得なくなった事への恨みがあるとはいえあっさり過ぎる掌返し、それをまざまざと見せつけられたハジメの脳裏は1つの考えに至った、至ってしまった。
――邪神エヒトルジュエの所業その物じゃないか、と
(ち、違う!僕は、僕はただリリィを守りたくて…!)
「リリィ、僕は、僕は…!」
頭に浮かんでしまったその考えに取り乱してしまうハジメ。
それも無理も無いと言うしかない、今まで邪神エヒトルジュエとその眷属を討伐する為の自分の行動が、よりにもよってそのエヒトルジュエと同様な物ではないかという矛盾を自ら突きつけたのだから。
だがどれだけ否定の言葉を並べようとリリアーナがクーデターを起こし、洗脳されていたとはいえ自分の『大切』だった存在を皆殺しにした事は、その為の『力』をハジメが授けた事実は変えようがない、それを思い知ったハジメはただ、後悔するかの様な言葉を口にしながら泣き崩れる事しか出来なかった。
「兄上」
その時、上の方から年端も行かない少年と思しき声が聞こえて来た。
その声に思わず振り向くと其処には、
「!?」
首元に空いた穴から夥しい量の血を流し、憎悪を露わにした眼でハジメを睨むランデルの姿。
その姿に驚き、目を逸らしたハジメだったがその先には、
「ひっ!?」
胸部の心臓があると思しき部分に空いた穴から鮮血が噴出し、これまた憎悪むき出しの眼でハジメを睨むルルアリアの姿。
怯えた様な声を思わず上げながら目を逸らすも、其処には、
「あ、あぁ…!」
大きく抉れた右眼から血涙を流し、無事な左眼に憎悪を込めてハジメを睨むエリヒド、そして、
『我らを残らず排した上、王座までも奪い去るとは…!』
人
『一体我らが、貴様らに対して何をしたと言うのだ…!』
人
『リリアーナを操って好き勝手しおって、簒奪者め…!』
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
クーデターによって殺された人々が、死に至った時のままというゾンビじゃないかとツッコミたくなる姿で己を非難し、憎悪の意を向けて来るその光景、それには流石のハジメも恐怖を覚えたか、或いは結果論とはいえ彼らの言う通りリリアーナを操ってクーデターを起こさせ、1人残らず惨殺させてしまった事への罪悪感で押し潰されたか、彼等から背を向けて逃走を図った。
だがそんな彼の逃げ道を塞ぐと言わんばかりに、新たなる幻影が姿を現した。
『お待ちしておりましたぞ、我が主よ、新たなるエヒト様よ!』
「イシュタル、貴様…!」
それは、ハジメ達の手によって殺された筈の、大聖堂にいた邪教関係者達。
教皇だったイシュタルを始めとした面々が、やはり殺された時のままの姿で、然し此方は満面の笑みで、ハジメを新たなるエヒトと称えていた。
『お待ちしておりました、我が新たなる主君よ。さあ、共に参りましょう』
「黙れ、邪神の眷属共め!消えろ!消えてしまえ!」
それだけじゃない、数多のエヒトルジュエの眷属達も姿を現し、これまたハジメを新たなる主と見定め、共に行こうと誘いを掛ける。
まるでハジメの頭に過った考えは正しいと突きつける様に。
それを察したハジメは激昂、目前の『敵』を殲滅すべく宝物庫からヴィントレスを取り出し――
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「何とか、治まったか…」
「ハジメ…」
「ハジメ君…」
「ハジメさん…」
ヴィントレスを右手に持った状態で仰向けに寝そべるハジメ、その姿を見る他のメンバーは誰もが、彼がどの様な事態に陥っていたかを思い知り、沈痛な面持ちとなっていた。
ハジメが幻覚魔法を切っ掛けに押し潰され、錯乱状態に陥ったその時に彼らがどう行動したか、要約するとこうだ。
あのトラウマ級の惨殺劇を見せつけられた後に崩れ落ちたハジメの姿を見た一行は、あの映像が彼の何らかのトラウマを呼び覚ましてしまったのだと察知、それを鎮めるべく各自が行動に移った。
まずハジメが今どの様な幻覚を見ているのかを、ハジメと同じく
早い話が幸利の月光蝶でハジメの魔力を支配下に置き、その意識を強制的に奪ったのだ。
「ハジメ、お前は何時もそうだよな、そうやって本っ当に辛い事に限って1人で抱え込みやがって…!
高校に入るまでのイジメの事、離反していた俺の事、そしてリリィの事…!
リリィには1人で抱え込むなとか言っている癖して自分で抱え込んでちゃ世話ねぇよ…!
なあハジメ、俺はお前の親友じゃ無かったのか、コイツらや愛ちゃん先生、リリィはお前の妻じゃ無かったのか、ミュウやレミアさん、淳史達だっていただろう、その誰にも打ち明けられなかったのか…!」
強硬手段によって気絶したハジメの姿を見下ろし、思わずそう呟いた幸利、口ではそう言いつつもその握り拳は、親友である彼が其処まで追い込まれていた事に気付けなかった、或いはそうなる迄に頼らせる事が出来なかった己の不甲斐なさへの怒りで震えていた。
ともあれハジメの推測が正しければ試練は既に終わったかも知れない、後は魔法陣の場所を探すだけと考え、気絶したハジメは雫が抱え、持ち直したティオと合流して探索を再開、何やら日本のホラー映画に出て来そうな霊体が襲い掛かる等の障害こそありはしたが難なく突破し、神殿の如き建造物へと辿り着いた。
その中央部にある魔法陣に乗り、何時も通りの手順の末に神代魔法の1つ『再生魔法』を会得した一行は、解放者の1人メイル・メルジーネと思しき海人族の女性からのメッセージを受け取り、大迷宮を後にした。