「…ん、あ、あれ、此処は、ストリボーグ…?」
メルジーネ海底遺跡での試練で見せつけられた邪神エヒトルジュエの所業、それによってトラウマが再燃、クーデターの折に殺害されたエリヒドらの幻覚を見てしまい、エヒトルジュエの眷属の幻覚に向けてヴィントレスを発砲しようとしたハジメ、だが幸利の月光蝶によって気絶、たった今目が覚めた時に映ったのは母艦であるストリボーグ、その休憩室と思しき部屋の天井だった。
「起きたか、ハジメ?」
「トシ?あれ、今まで僕達、メルジーネ海底遺跡の最深部にいて、其処で試練に挑んでいた筈」
「一先ずは落ち着けよ、ハジメ。その試練の後にお前が倒れたんで、雫が抱える事にしてさ、そのまま探索を続行したんだ。どうやらあれが最終試練だったみたいで、後は何の障害も無く魔法陣がある部屋へと辿り着いたぜ。何か神殿みたいな所だったな。で、再生魔法とかいう神代魔法を修得して、解放者の1人であるメイル・メルジーネからメッセージを受け取ったよ。神に縋るな、頼るな、与えられる事に慣れるな。つかみ取る為に足掻け、自分の意志で決め、自分の足で前に進め。どんな難題も答えは自分の中にある、自由な意志のもとにこそ幸福はある、とな」
今の今までメルジーネ海底遺跡の最深部で試練を受けていた筈なのに、何時の間にストリボーグに戻っているのは何でなのかと驚き、戸惑いを隠せないハジメに、彼が起きるまで看病していたが故に休憩室にいたのであろう幸利は其処までの経緯を説明した。
その際ハジメが何かに怯えるかの様な声を上げたり、その何かから逃げようとする素振りを見せたり、かと思えば突如怒りと憎悪に満ちた様子でヴィントレスを取り出して発砲しようとする等の言動が見られ、それを幸利が無理矢理意識を奪って収めた事に就いては伏せた。
偶然か或いは解決策を探ろうとしたのか革新者であるティオが読み取ってしまい、精神崩壊寸前に追い込まれた程の凄惨なハジメの『記憶』、それを弱り切った今の彼に思い出させるのは酷だろうと判断したからだ。
「そ、そうだ!その神代魔法!」
「ああ、それなんだがな、俺達は試練に合格したのか、再生魔法を修得出来た。だがお前は合格なのか不合格なのか分からねぇ。お前のステータスプレートを見ても、変な空欄が出来ているし…」
「変な空欄?あ、本当だ、何か不自然に四文字分の空欄が出来ているね…」
その説明の中で出て来た神代魔法――ハルツィナ樹海最深部に聳え立つ大樹の前にあった石板にてその存在が示唆された『再生の力』であろう再生魔法についてハジメが尋ねると、どうやら幸利らが修得出来た一方で、ハジメは修得出来たのかどうか分からない様だ。
試練に合格しているなら再生魔法を修得出来、ステータスプレートにも技能名として刻まれる一方、不合格なら修得出来ず、ステータスプレートにも変化は無い筈である。
だがハジメの場合、その前に修得した空間魔法と、オルクス大迷宮の奈落の底に落ちたばかりの時に修得した胃酸強化との間に不自然な空欄があるのだ。
合格したのか否か、どちらでも無い変化に首を傾げる2人だが、一先ずそれについての追及は後回しにし、ハジメは次の疑問を聞く事にした。
「それでトシ、今ストリボーグは何処へ向かっているの?」
「それなんだがなハジメ、一旦王都に帰るぞ。暫くお前の心を休ませるんだ。言って置くが拒否権は」
「分かったよ、トシ」
「お、おう、そうか。分かってくれるなら良いんだ」
(随分と素直に応じたな。普段のコイツなら「そんな暇は無い、今すぐにでも大迷宮攻略へ行かないと」とか言って、ストリボーグの操縦権を奪い取ってでもハルツィナ樹海に針路を取らせそうな物だがな。尤もそんな素振りを見せたら俺の月光蝶でまた気絶させるが)
メルジーネ海底遺跡を攻略し、次なる目的地へ向かっているのだろうストリボーグ、その目的地を何処と淳史らに指示したのかハジメが尋ねると、返って来た答えはハイリヒ王国の王都への帰還、及び其処での休養だった。
ハジメの心がボロボロになってしまっているのは、あの現場にいた誰の目から見ても明らかだ、リリアーナが起こしたクーデターによるトラウマがそれ程までにハジメの心をズタズタにしてしまっていたのを踏まえれば、幸利達の判断は当然と言えよう。
尤もハジメ本人がその判断に納得するとは思えない、エヒトルジュエが何時また仕掛けて来るか分からない以上いち早く神代魔法の修得を進めなければならないという理由で、力づくでもハルツィナ樹海へ向かわせて大迷宮攻略を進めようとするだろう、それを実行しよう物なら月光蝶でまた黙らせる、と説明しながら身構える幸利だったが、ハジメの反応は意外や意外、あっさりした了解の意だった。
何時ものハジメでは考えられない様な反応に一瞬戸惑った幸利だったが、それが口先だけの物では無いと雰囲気から察せたのもあって、それ以上は詮索しなかった。
そう判断し、張りつめていた気を緩め部屋を後にした幸利、残されたハジメはある決意を固めていた。
(リリィに、会いたい。会って、色々と話がしたい。僕達の戦いに巻き込んでしまった事、大切な人を殺させてしまった事を謝りたい。優しいリリィだからそれを止めようとするだろうけど、それでも…!)
------------
「そういう訳で、一旦王都へ帰還する事にしました。ハジメはハイリヒの国王であり、俺達パーティの大黒柱です、そんなアイツが壊れてしまったら一巻の終わり、俺はそう思っています。急な連絡で申し訳ありませんが、ストリボーグの着陸準備をお願いします」
『わ、分かりました。まさか、ハジメ君がそんな事態に…
先生として恋人としてその場に居られない事、ハジメ君を介抱出来ない事、今日ほど自分が情けないと思った事はありません…!』
『そう自分を卑下しないで下さい、愛子さん。其方に居る事が出来ないのは私達も同じです…』
『パパ…』
『…』
ハジメがそんな決意を固めていた一方で、休憩室を出た幸利は王宮と通信を繋げさせ、ハイリヒ王国宰相としての立場でリリアーナ達と連絡を交わした。
大迷宮の試練でトラウマが再燃したというハジメの現状を知り、その場に居られなかった事、助けられなかった事を悔やむ愛子達、その中でリリアーナは一際思いつめた様な表情をしていた。
そして、
『香織、雫、優花、妙子、奈々、幸利さん、淳史さん、明人さん、昇さん、ユエさん、シアさん、ティオさん…
私は、余計な事をしてしまったのでしょうか…?』
この場にいる者全てに衝撃を与える事を尋ねた…!
「り、リリィ!?一体何を!?」
『ハジメさんはあの日、去り際にこう話していました。『聖教が信仰するエヒトルジュエを討伐すると決めた以上、異端者の烙印を押される事は避けられない、そうなっても大丈夫な様に今まで手を打って来た』と。故に私が気に病む事は無い、とも。ハジメさんの事だからその手は万全な物だと、今更ながら思うのです。然しながら、私がハジメさん達の異端者認定を握り潰す為に決起し、我が父エリヒド王を始めとした方々を殺害した事で、その手を無意味な物に変えたばかりか、ハジメさんの心に深い傷をつけ、望まぬ地位に縛り付けてしまいました。今になって思うのです、私は余計な事を、とんでもない事を仕出かしてしまったのではないのかと、そのせいでハジメさんは…!』
「そ、それは…!」
それは違うよ、と転移当初から仲の良かった香織達は声を大にして言おうとした、だが寸での所でそれを口にする事が出来なかった、違うのなら今のハジメはどうしてああなったんだ、何も違っていないではないか、それが彼女達自身も分かっていたからだ。
ハジメとリリアーナ、互いが互いを傷つけてしまった事を悔やむ余り思いつめ、周りの者達はそれに掛ける言葉が見つからない、そんな重苦しい空気が漂う中、ストリボーグは王都への道を一直線に進んでいた…