枝の階段を上り切った先にあったのは案の定と言うべきか大樹に出来た穴、其処に入ればこれまた案の定、魔法陣が発動してとある場所へと一行を転移させた。
その転移先は、一言で言えば庭園だった。
学校の体育館程度の広さのその場所には、水がちょろちょろと流れる幾つもの可愛らしい水路、芝生が植えられているらしい地面、所々飛び出す様に伸びる小さめな樹々、小さい白亜の建物があり、奥の方には円形の水路で囲まれた小島、その中央にこの庭園内で最も大きい樹、その枝が絡みつく石板があったのだ。
「皆の者、どうやら此処は大樹の天辺付近みたいじゃぞ」
そんな庭園の端へと向かい、外の景色を確認したティオの言葉を聞いてそれは本当なのかと同じく外を見やる一同、その下の方には確かに、広大な雲海と見紛う様な濃霧が、ハルツィナ樹海を覆う濃霧の海が広がっていたのだ。
が、それはおかしいと香織が疑問を口にした。
「あれ、ちょっと待って。これちょっと可笑しいよ。ストリボーグやISで樹海の上空を何度も飛行しているけど、これ程の大樹、誰も見ていない筈だよ?この濃霧がある所までで考えても、この庭園の高さは200m位、それ位の大樹なら見逃す訳が無い筈なのに…」
其処まで疑問を口にしたところで、香織は自分自身の発言の可笑しさに気付いた。
地上で見た大樹の大きさからして、樹海を覆う濃霧を越えて上部が突き出ているのは確定的明らかと言って良いのは香織も口にした通り、にも拘わらず今の今まで、ストリボーグから、ISを纏った己自身の眼から大樹を確認できなかった事を何とも思っていなかったのだから。
「成る程、大樹自身か、或いは覆っている濃霧か、隠蔽する魔法でも施されている訳か。闇系統にそういう魔法はあるし、何なら月光蝶を応用すればちょちょいのパーだしな。魂魄魔法ならもっと確実だが、或いは空間魔法で座標をずらしたか?」
「まあ大迷宮の最深部を剥き出しにしたままな訳無いよね、そりゃあ。増してあんな厳しい潜入条件まで付けたのにさ。尤も、態々そうしなくても地下深くに拘れば良いじゃんって話だけど」
それに気づいた幸利が己の推論を、ハジメがその訳を、此処が迷宮最深部である事と合わせて口にした。
尤もハジメの疑問が解消される事は無かったが。
オルクス大迷宮、ライセン大峡谷、神山、グリューエン大火山、メルジーネ海底遺跡…
嘗て攻略した大迷宮は例外なく、その最深部は読んで字の如く大迷宮の奥深く、外界から最も遠い場所に設けられていた一方、このハルツィナ樹海の迷宮だけ大樹の天辺、何の処置も施さねば外界に丸出しな場所に設けられているその訳がハジメには全く見当がつかなかった。
他の大迷宮と同じく外界から最も遠い場所、例えば大樹の根っこ部分に最深部を設ければ態々こんな仕掛けを施す必要は無いのではとリューティリス・ハルツィナの考えに疑問を抱くが、何時までもそれを考えている訳にも行かない、庭園の奥の方へと進み、恐らくは神代魔法を会得出来る魔法陣があると思しき小島へ足を踏み入れた。
すると石板が輝き、水路に若草色の魔力が流れ込む、どうやら水路その物が魔法陣なのだろうという一行の推測を他所に、何時も通りの手順で新たなる神代魔法を会得した。
その際に流れ込んだ知識を一行が確認しようとしたその時、石板に絡みついていた樹がうねり出した。
何事かと一行が身構える中、樹はグネグネと形を変え、やがて女性と思しき風貌の人型を形成、それはまるで意志を持っているかの様に話始めた、話の内容からしてオスカー・オルクスの住処の様な記憶媒体なのだろう。
『まずは、おめでとうと言わせて貰うわ。良く数々の大迷宮と私の、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。貴方達に最大限の敬意を表し、酷く辛い試練を仕掛けた事を深くお詫び致します。然しこれもまた必要な事。他の大迷宮を乗り越えて来た貴方達ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今起きている何か…
全て把握している筈ね?それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心という物を知って欲しかったのよ。きっと、此処まで辿り着いた貴方達なら、心の強さという物も、逆に、弱さという物も理解したと思う。それがこの先の未来で、あなた達の力になることを切に願っているわ。貴方達がどんな目的の為に、私の魔法『昇華魔法』を得ようとしたのかは分からない。どう使おうとも、あなた達の自由だわ。でも。どうか力に溺れる事だけはなく、そうなりそうな時は絆の標に縋りなさい。私の与えた神代の魔法『昇華』は全ての『力』を最低でも一段進化させる。与えた知識の通りに。けれどこの魔法の真価は、もっと別の所にあるわ』
「もっと別の所にある真価?いやそれを知識に入れておけよ、知らなかったんだがそんなの」
「私の話を聞け!って事なんじゃないの?僕達は兎も角、此処までの試練でパーティの仲を弄ばれて来た挑戦者達はお前の話なんざ聞けるか!さっさとブツを寄越せ!ってなりそうだし、それで直ぐに引き上げられるのを防ぐ為にさ」
人型――リューティリス・ハルツィナの話を記憶した媒体は、過酷な試練を課した事を詫びつつ、その理由を、会得した神代魔法――昇華魔法の能力を話すが、次に出て来た言葉に一同は驚きを隠せず、何でそれを知識として先に伝えねぇんだと幸利が抗議の声を上げる。
尤もそれは、推察も兼ねたハジメの説得で沈静化した、確かにハジメ達は回避したor影響は少なかった一方、他の挑戦者ならその被害は甚大であろう、そんな者達が己の話をちゃんと聞くとは思えないが故の策なのだろう。
『昇華魔法は文字通り全ての『力』を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法…
これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさる事で神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法『概念魔法』に』
「概念魔法…!」
そんな真価、神代魔法をも『昇華』させる魔法、そしてあらゆる神代魔法の果てに得られるという『概念魔法』の存在、その話を聞いた一同はその強大さを想像し、緊迫感からか誰かが生唾を飲み込んだ。
ひょっとしたらミレディ・ライセンが言っていた「望みを叶えたいなら全ての神代魔法を手に入れろ」という言葉、それはこの概念魔法を手に入れる為のヒントだったのかも知れない。
『概念魔法、そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただしこの魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得する事は出来ないわ。なぜなら概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出される物だから』
「あぁ。だから概念魔法の取得と共に知識を得られなかったのか、そんな知識は存在しないのだから」
理論では無く『極限の意志』、何ともふわっとした説明だが一方で、そう言うしかないのが概念魔法なのだろう、それを知識として流し込むなど出来る訳は無いかと、事前に伝えられなかった真の理由を知り一同は納得した。
『私達解放者のメンバーでも7人掛りで何十年掛けても、たった3つの概念魔法しか生み出す事が出来なかったわ。尤もわたくし達にはそれで十分ではあったのだけれど…
その内の一つをあなた達に。名を『導越の羅針盤』、込められた概念は『望んだ場所を指し示す』よ』
そんな一同を他所にリューティリス・ハルツィナの説明は続く、その最中に石板がスライドし、中の空間から懐中時計らしき物――導越の羅針盤が出て来た。
それを受け取ったハジメが確認する、表には半透明の蓋の中に直径と同じ位の長さの針が一本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた、つまり攻略の証も兼ねていたのである。
羅針盤という名前に恥じない中央の針、込められた概念、それらが意味する所は…!
『何処でも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれるわ。それが隠された物であっても、或いは別の世界であっても』
「後はそれに対応した移動方法さえあればエヒトルジュエが、その眷属が本拠としているであろう世界にも即座に突入出来る…!」
恐らくはこの導越の羅針盤でエヒトルジュエがいる場所を割り出し、他の2つのうちの1つで其処へと突入、最後の1つで倒すというのが解放者達の考えだろう、何せ解放者の目的は邪神による支配からの解放、その為にエヒトルジュエを倒さねばならなかったのだから。
『全ての神代魔法を手に入れ、其処に確かな意志があるのなら、貴方達は何処にでも行ける。自由な意志の下、貴方達の進む未来に幸多からん事を祈っているわ』
その力を聞き、何が出来るかを思い浮かべる一行を見てかどうかは知らないが、人型はその言葉を最後に元の樹へと化した。
(ハジメ、元の世界に帰りたいんじゃ無かったの?)
こうして七大迷宮の1つ『ハルツィナ樹海』の攻略を終えたハジメ達、エヒトルジュエ達が潜伏しているであろう場所へ突入する手掛かりも掴んだ一行は改めてエヒトルジュエ討伐を決意する。
その中でユエは、ユエだけはそんなハジメ達の様子に、違和感を覚えた。
エヒトルジュエ達が潜伏する世界に突入出来る事をハジメが口にした訳は分かる、オスカー・オルクスの住処でも本人が口にした通りエヒトルジュエは異世界に干渉する力を持っている、それを討伐せずに帰っても口封じを名目に再転移させんと干渉して来るに違いない、いやひょっとしたら攻撃を仕掛けるだろう、帰還の為にエヒトルジュエを殺す事が避けて通れないのは確かなのだ。
またエヒトルジュエを討伐しても、少なくともハジメ達は直ぐに元の世界へ帰る事はしない、いや出来ないのだ、エヒトルジュエ討伐の為に各地の大迷宮を攻略する道中で引き起こされてしまったリリアーナのクーデター、それによってボロボロになったハイリヒ王国を『真っ当な形で』復興するまで、具体的にはリリアーナとの間に出来た子が国王を継ぐまで、最低でも16年はトータスに留まるとハジメ達は決めていた、尤も1年に数日位の帰省はする積りでいるが。
だがあの時のハジメの眼が、エヒトルジュエを討伐した後にどうするかを見据えていたハジメの眼が、元の世界には一切向いていないとユエには見えてならなかった、初めて会った時あんなに故郷への帰還を望んでいたハジメ達にも拘わらず、導越の羅針盤があれば元の世界に帰る事も出来るにも拘わらず、である。
(ハジメ。貴方は、貴方達はこの数ヶ月で変わった。初めて会った時あんなに元の世界への想いを、故郷への想いを口にしていた貴方はもういない。もしくはこのトータスこそが貴方にとっての故郷になったのかも知れない。ハジメの言葉に何の疑問も持たなかった事を踏まえれば香織達もそう。それ自体に異論を挟む積りは無い、その程度でハジメへの想いが揺らぐ事は無いし、私の故郷はハジメ達という輪の中だから。でも貴方達はそんな、変わった貴方達自身の想いに気付いているの?その事実にいち早く気付かないと、不味い事態になりそうな気がする…)
そんな変化を受け止める自分自身、だが一方で変化が起こった彼ら自身はどうなのか、1つの不安が心中に芽生えたユエ。
そしてその不安は直ぐ現実の物と化す事となる…