第十七話・縛られた支配者
Side~キャロ=ル=ルシエ
事態についていけなかった。
傷ついて倒れているエリオ君、それをやった王様のサイエスさん。
そして、何でかご主人様と呼ぶように言われた。
さっぱり意味が分からない中、サイエスさんは軽く剣を振る。
「はい復唱。」
「え?あ、は、はい。えっと…ご主人…様?」
風切り音を合図に催促を受けて、訳が分からないままとりあえず呼んでみる。
すると、サイエスさんは何かに驚いたように目を大きく開いて口元に手を当てる。
「う、うわ…これは新しい反応だなぁ。拒んだり、怖がりながら言う事聞いたり、素直なフリしたりする子はいたけど、疑問系で素直に答えてくれるとは。」
よく分からないけど楽しかったらしい。
好き放題したいって事だから、きっとなにか楽しくてやってるんだろう。
「さて…と。それなりに自信はあるけど動かないでね。」
「はい。っ…」
答えて、サイエスさんが剣を振り上げるのを見た所で私は固く目を閉じた。
どのみち体は痺れでろくに動かせないし、動いたところでエリオ君が危ないだけだ。
ちょっと怖かったけど動かずに待ってると…
剣を振った風が、身体を撫でた気がした。
終わったのかと思って恐る恐る目を開く。
「あ…」
バリアジャケットが、前で縦一閃に綺麗に斬られていた。
身体には傷一つない。凄く上手じゃないとこんな事出来ない筈だ、凄いなぁ。
「本当によく分かってないみたいだね。」
剣を収めたサイエスさんは、笑顔で私に近づいてきて…
その姿を見失ったと思った直後、落雷のような衝撃が辺りに響き渡った。
衝撃と共に巻き起こった煙が晴れた先に見えたのは、左右で束ねた金色の髪に白いマント。
「あ…フェイトさん!」
見慣れた姿の一番頼れる人がそこにいた。
Side~フェイト=T=ハラオウン
まさかとは思った。
そんな事ある筈無いと思った。
あってたまるかと思った。
リライヴの過去を聞いていた筈なのに、実感が伴わないから無意識に否定していたのかもしれない。
でも…傷一つつけられずバリアジャケットだけを縦に裂かれたキャロの姿を見てそれが冗談じゃないんだと思い知らされ…
『キレ』た。
砂埃が晴れた世界で、いつの間にか私の手にはザンバーモードになったバルディッシュが握られていた。
欠片相手とはいえ普通に物理破壊設定だった。ちょっと頭に血が上りすぎたかもしれない。
改めて目の前の青年を見直す。
少し幼くも見える彼は、おそらくリライヴの『悪夢』から生まれた王様だ。
正直ちっとも分かりたくないけど、キャロに手を出そうとしてたのを見たせいで分かってしまった。
「…ふぅん、君も君でいい感じに美人だね。ま、僕としては」
「黙れ。」
品定めでもするかのように私を見ながら話す彼の言葉を、それ以上聞いていたくなくて断ち切る。
そんな私の反応を見て、彼は溜息交じり肩を竦めた。
「あ、あの…フェイトさん、エリオ君に爆弾が…」
「あぁ気にしなくても平気だよ。本来公務員さん相手にそうそう人質が通じる訳無いって分かってるし。」
出来れば答えたくなかったキャロの念押しに対して、彼の方が何でも無い事のように答えてしまう。
彼の言うとおり、人質…それも同じ公務員の人質で犯罪者相手にいいように言う事を聞くなんてそうそう出来ない。
要求を呑む時なんて金銭等の取り返しのつくものか、時間稼ぎの為位だ。
「そうそう、それ下手に外そうとしないほうがいいよ。彼にくっついているアームが切れたりコレとの通信が『途切れた』時に起動するから。電波干渉とかでの逃亡を避ける為の基本だね。」
言いつつ彼は、腕につけている機械を指した。
抜け目のない真似を…繋ぎっぱなしなら通信のパターンを解析してこっちから繋ぐって言う手もあるけど、戦闘中に解析してる余裕も無ければ解析要員もいない。
幸い彼は私が戦える間エリオを人質にどうこうする気はないようだし、油断は出来ないけど彼を倒す事だけに集中しよう。
「さて…と。それじゃあはじめようか…なっ!」
「っ!」
笑みを崩さず放たれた高速の突き。
私はかろうじて身をかわす事ができたけど、軽く肩を裂かれる。
速過ぎる…コレで生身?
いや、強化外骨格のようなものでも装備しているのかもしれない。
小回りが利く片手剣相手に通常形態のバルディッシュじゃやり辛いにも程がある。
私はバルディッシュを二本の剣に変えた。
フルドライブじゃないから威力は大分落ちる事になるけど、あたらないよりは余程いい。
続けて接近してきた彼の剣を左の剣で受けて右の突きを放つ。
「おっと。」
あっさり身をかわされたけど、攻撃されっぱなしでは済む。
「はあぁぁっ!!」
「っ、へぇ!やるねっ!」
ブリッツアクションで背後を取って首元に一閃。
魔法になれていないのか一瞬で背後に移った事に驚くも、彼は首に向かっていた剣を肘で叩いて跳ね上げる。
反応が速い、基本的に鍛えてないと出来ない芸当だ。
細身の見かけや王という役職に惑わされたらまずい、冷静に…
「おやおや、険しい顔してるね。君潔癖症なのかい?」
「誰だって怒るに決まってる。この性犯罪者が!」
「ふふ、ストレスは体に良くないよ。ねぇキャロ?」
背後から攻撃したせいで入れ違いになった彼は、私から視線を外してキャロに話しかける。
「貴様あぁっ!!!」
バルディッシュの形態をザンバーに変えて、大剣で斬りかかる。
大剣での一撃、避けさせなきゃ防げないはず。
彼は胴を切り裂くように振るった私の斬撃を腕で防ごうと…
その腕についた機械を目にした瞬間、頭を占めていた怒りは凍りついた。
『コレとの通信が途切れた時に起動するから。』
そう言って指していた腕の機械。
破壊すれば通信が途切れる所じゃない。
既に振り始めている大剣。はじめから寸止めするつもりならともかく全力で振りぬいたそれを止めるのは簡単な事じゃなくて…
止まれ。
止まれ。
止まれっ…
止まれっ!!
「っ!!!」
全身全霊を振り絞って攻撃を止める。
どうにか腕の機械に当たる寸前でバルディッシュは止まって…
視界の端に何かが走ったと思った直後、身体に斜めの線が走って血が噴出した。
Side~キャロ=ル=ルシエ
「フェイトさん!!」
私は思わず叫んだ。
斜めの剣閃による深い傷と出血は、昔フレア空尉が負っていた怪我を思いだす程酷いものだったから。
膝を折ってそのまま地面に伏せるフェイトさんを横目に、サイエスさんは私に向き直る。
「脅迫の為には使えなくても、こういう使い方は出来るのさ。人質ごと相手を倒す訳には行かないからね。」
「ひ…っ…」
卑怯。
と、思わず出てしまいそうになった言葉を堪える。
相手が卑怯なのが、私達が負けていい理由にはならないから。
「…さて…と。」
「あの…ご主人様、どうしてこんな事を?」
時間稼ぎ…だけじゃないけど、どうしても納得できなかったから聞いてみたかった。
だって、覚悟もなくて修練も積んでない人が首目掛けて迫ってきた剣とかにも冷静に対処するなんて出来る筈無いから。
何だけど、サイエスさんは少し驚いたみたいに目を見開いて…
「あはははははっ!!」
「え?え?」
空を見ながら大笑いし始めた。
…何がおかしかったのか良く分からないけど、機嫌が良くなったなら詳しく話してくれるかも。
「いやぁ…君は本当に素直だね。」
「はぁ…」
「サイエスでいいよ。で、その質問はさっきもしたよね。好き放題にしたいってだけじゃ信用できない?」
質問を確認してくるサイエスさんに、私は小さく頷いて返した。
私が頷くをの見たサイエスさんは、小さな笑みを漏らす。
ただ…その笑みに力が感じられなかった。
「王族って言うのは家系で決まってね。僕も当然それになぞらえて王様としての役割を果たす為に『作り上げられた』。」
「つく…られた?」
笑顔のまま告げられた言葉に、嫌なものが浮かぶ。
ヴィヴィオのような、王族としての特別なクローン。
確かにそれは悲しい事かもしれないけれど、ヴィヴィオがなのはさんの子供になったように未来は変えられる。
「作られたって言うと言いすぎか。単なる教育さ教育。」
「教育?」
笑顔のサイエスさんから続けられた話は、私が驚いたような重さの話じゃなくて少し安心して…
「生まれる前に遺伝子調整、生後は睡眠学習装置と覚醒時プログラムをこなす。食事は正しく栄養バランスの取れた食事による作法学習で、後は非常時自衛及び身体能力調整の為の戦闘訓練。コレ気がついた時には既にやってたんだよ?びっくりだよね。」
笑いながら告げられた話の重さに、私は吐いた息を飲み込んで固まるしかなかった。
「科学の発達した世界だったから遺伝子調整とか睡眠学習装置は一般的なものだったけど、毎日年中隙間無くそれやってる奴なんて僕くらいだろうね。なまじ王様なんて大事なものを作り上げる為だから皆頑張ってくれてスケジュール綺麗に隙間無し。ホント笑えるよ。」
寂しそうに笑ってる理由が分かってしまった私は、口を閉ざして黙りこむ。
そんなんじゃ時間がないとか忙しい所か、友達さえ出来ない。
「そしてとっておきが、遠目に遊んでいる子達を見て羨ましがる僕に教育係や父さんが告げる死刑宣告、『お前が投げたら彼等が死ぬと思え』。いっそ誰彼死んでも気にしないくらいまで情捨てられたらもうちょっと楽だったんだろうけど。」
自分の意思で逃げる事を『選べない』地獄。
追い出された私や見捨てられたエリオ君だって、きっと叶わないまでも嫌だと言う事そのものは出来た。
でもサイエスさんの場合、その気持ちすら自分で殺さないともっと嫌な結果を示される。
「山の頂上って麓と素材が違うわけでもないのに特別にされちゃってるんだよね。オマケに頼る上も、並ぶものも無い。目指してる人ならともかく、望んでも無いのに押し上げられると虚しい場所だよ、ここは。」
虚しい。
その一言だけが妙に響いた。
今になって自分が大して特別でもない事を知ったけど、特別危険扱いされて一人でいた頃は力なんて要らないって思った事もあった。
そんな状態がずっと続いているなら、嫌になってもしょうがないのかもしれない。
そして…上る努力ならともかく、降りる努力なんて誰もさせないし薦めない。
好き放題したい。ただそれだけの事が本当の願いになる理由を思い知らされた私はそれ以上かける言葉が見つからなかった。
「そういう訳で、今いろいろ出来て楽しいんだ。僕に何かあっても誰も困らないしね。だから…」
元々痺れていたのに加えて力まで抜けてしまった私の前で改めて笑みを見せたサイエスさんは…
「もう少し楽しませてよ、フェイト。」
倒れているフェイトさんに首だけ向けて声をかけた。
深い傷だったから立てるはずが無いと思っていたフェイトさんは、デバイスを杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった。
Side~フェイト=T=ハラオウン
深い怪我だったからそのまま高速戦闘を続ける気になれず、機会をうかがうため倒れてみたけど、サイエスと名乗った彼は私に意識があることに気づいていたみたい。
「…貴方の境遇には同情する、だけど」
「あぁそういうのいらないよ。話をしたのは彼女が聞きたがったからさ。他人の不幸自慢ほどどうでもいいものないだろう?誰だって大なり小なりいろいろあるんだから。使いたかったら教材でも酒の肴でもご自由に。」
さっぱりと言ってのけるサイエス。
淡白…とも取れるけど、視点を大きくすればするほど、それだけ目にする悲劇も多くなる。
私達だって事件に当たる度に血や死を目にする方が当たり前なくらいだ、他人事のように見る目でもなければ彼の言う『王様』は勤まらないのかもしれない。
でも…
「そんな心じゃ、どの道貴方には何も守れない。」
なのはは私を『友達に』と手を伸ばしてくれた。はやては守護騎士の皆を『家族に』と頑張った。
あのフレア空尉ですら無辜の民を『守りたい』って意思がある。
盤上の駒を眺めるように心を殺して役割を果たした所で、本当の意味で誰かを守る事なんて出来はしないんだ。
サイエスは小さく笑うと、腕の機械を指差す。
「心を足かせに取られて死に掛けの君がよく言うよ。気持ちでどうにかできるならその体で僕を倒してみたら。」
「言われなくても…やってみせる。」
もう迷いは無い。
まだ立てるとはいえ全力戦闘なんてそう長い時間出来る体じゃない。
その僅かの時間で彼を倒しきるには…これしかない。
「リミットリリース、フルドライブ。」
開放される魔力。
全身を包む防具のほぼ全てが無くなり、全てを『速さ』の一点のみに特化させた形態。
魔法が使えないなりに私の変化に気づいたのだろう彼が視線を鋭いものに変える。
「…脱いだらホント凄いね。」
「貴方という人は…っ!!」
さっきも我を忘れた結果痛い目を見たから取り乱しこそしないようにとは思うものの、戦闘用の仕事着を見た感想がこれだとさすがに苛立つ。
どの道長持ちしない身体だと判断した私は、これ以上会話に乗せられない為に彼に飛び掛った。
ライオットザンバー・スティンガー。
ただの通常二刀と違い、フルドライブ専用二刀。
リミッターを外した事もあって質も威力も桁が違う。
「速い!」
リミッター解除所か真・ソニックフォームまで使っている今、さっきまでとは桁外れの速度で背後を取れたはずなのに、それでも斬撃を回避された。
止まった後の斬撃の間だけで回避が間に合ってしまうのか、速人ほどじゃないにしても彼も相当な腕の持ち主だ。
断続的に斬撃を交わす音があたりに響き渡る。
身のこなしは私とほぼ互角だから、魔法で前後左右に上まで含めて移動を繰り返して斬りかかる私に対して、立ち位置を変えずに体捌きだけで対応するサイエス。
フルドライブでも折れない剣にかろうじてとはいえ私の速力にも対応する能力。
欠片として濃いという以外にも、彼自身も装備も強いものだからこそここまでの力を発揮するんだろう。
「っ!」
交錯を繰り返す最中、再び腕の機械を盾にするサイエス。
考慮していたとしても、振り出した攻撃を自力で止めるのにはやっぱり隙が出来てしまい、狙い済ましたように彼の剣が突き出される。
音も無く、刃が体を貫いた。
「…そういう事か。」
私はサイエスの体を貫いた剣を抜いた後、その場に崩れ落ちた。
私が取った戦法は、全速力より二回り程度遅い速度で攻防を繰り返し、それに慣れて攻撃を挟んで来た所で最大速度で背後を取ると言う単純だけど、初見の相手には効きやすい手。
深い傷で血を流し続けているから、一撃で確実に仕留める為にはこんな手でも使うしかなかった。
「まいったなぁ…漸くついていけてた速度よりまだ上があったんだ。コレは普通に勝てなかったかな、戦闘では僕もその他大勢って事か。」
穴が開いた身体が少しずつぶれていくのを眺めながらも、彼は満足そうだった。
彼は私の方を振り返った後…腕の機械に手を伸ばす。
「っ!!」
止めようとした。でも、壊すだけならまだしも彼を止めるには間に合わない。
彼は機械の小さなボタンを押して…
エリオの身体についた黒い球体から、光の塊が空に打ち上げられた。
「花…火?」
「言ったでしょ?誰彼かまわず死んでいいって思ってしまえるほど無情にもなれなかったって。」
相変わらずの笑み。
はめられた…キャロからは爆弾って聞いたけど、彼自身はそんな事一言も言ってない。
「そろそろかな…よかったら僕の欠片を生んだ誰かに『お幸せに』って言っておいて。それじゃ。」
終始笑顔だった彼は、そう言うと目を閉じて消えていった。
…何が…お幸せに…だ。
貴方の作った決まりと貴方自身がリライヴを傷つけたって言うのに。
憤る相手がさっさと消えてしまった世界で吐きそうになった言葉を飲み込んで、私は拳に軽く力を込めた。
あんまり暇がある訳でもない、エリオも負傷してるし早く帰らないと…
キャロが私の方を見ながら何かを叫んでいる。
見えるのに声が聞こえないのに気がついて…
私は血溜りに沈みこんだ。
SIDE OUT
トーマ「トーマ=アヴェニールと」
リリィ「リリィ=シュトロゼックの」
ト&リ「前作解説コーナー!」
『王様について』
リリィ「えーと…」
トーマ「今回は俺やるからリリィは休んでて。」
リリィ「え?え?」
サイエス「やだなぁ、僕はいたって普通の王様だけど。」
トーマ「ふざけるな。」
サイエス「まぁまぁ、管理局の人と顔合わせしたこともある今は無い科学世界の王様だよ。ほら、普通に自己紹介くらい出来るって。」
トーマ「…それなら、いいけど。リライヴさんの出身世界の王様で、濃い欠片になるくらいしっかり情報を読まれてるんだね。」
サイエス「そうみたいだね。もし夜天の書に技術情報まで残ってるなら危ないなぁ…重力制御位までは軽く出来てた世界だからね。」
トーマ「普通に自己紹介しても危ないんだな。」
サイエス「ちなみに女の子が好きかな。」
トーマ「やっぱりお前黙れ!!」