第二十六話・幸せを紡げる様願いを込めて
Side~ユーリ=エーベルヴァイン
目が覚めると、ディアーチェの姿が傍にあった。
「王…」
「貴様まだそれか…」
私が声をかけると、どうしてかディアーチェは肩を落としてしまう。
「貴様は我等紫天の盟主だぞ?普通に名で呼べばよい。」
「…ディアーチェ。」
「うむ。」
言われてすぐに繰り返してみると、なんだか嬉しくなった。
名前で呼べるのは暖かいように感じる。
「とりあえずは問題無いようだな、起きてすぐさま不安定という可能性も考えてはいたのだが、その様子もなさそうだ。」
「すみません、迷惑を…」
「貴様を欲したのは我等の勝手だ、対処も勝手にやっているだけのこと。貴様が気にする必要は無い。」
そっけなく…何でも無い事のようにそう言ってくれるディアーチェ。
でもそれは、何も無く私を傍に置きたいと思ってくれたという意味で…
「…ディアーチェは優しいですね。」
「誰がだ!百歩譲ってもそんな部分は奴に感化された少量だけだ!我は闇の王ぞ!!」
なんとなく怒られそうな気はしたものの、言わずにいられなくて言ってしまった。
予想通り、照れを隠すみたいに怒り出すディアーチェ。
「ち…まぁよい。所でユーリよ。」
「はい。」
「何かやりたい事はあるか?希望を取るだけでそれに沿うか否かはシュテル達と決める。荒唐無稽でも何でもかまわん、あるなら言ってみろ。」
自分で行動を決められる。
今まで無理やり振り回されるしか選択肢の無かった私には最高のプレゼント。
でも、今まで選択肢の一つも無かった私には、この機会の使い道がまったく思いつかなくて…
ふと、エグザミアを欲しがっていた桜色の機械の少女の姿が頭をよぎった。
「あの…ギアーズの人達の世界…エルトリア…私のエグザミアがその復興に役立つんですよね?どうにかして協力できないでしょうか…」
私は、恐る恐るといった形で要望を告げてみた。
もし、壊すだけだった私の力が世界の救いになるのなら、これほどうれしい事は無い。
勿論彼女達が帰る前にエグザミアのデータを取り出すとか、コピーを作るなんて真似出来る筈が無いけれど、荒唐無稽でもいいって事だったから、とりあえず。
けど、ディアーチェは目を閉じただけで、返事をしてくれなかった。
「ディアーチェ…あの…」
「聞いておる、それが貴様の要望なのだな?」
「あ、はい。」
目を開いたディアーチェは、笑みを見せた。
なぜか、胸が痛む。けど、理由がまるで分からなかった私は何も言う事が出来なくて…
「シュテル達と相談してくる、決まったら再度くるから休んでおけ。」
「はい…」
結局、去ってしまったディアーチェに、私は何も言えなかった。
Side~ディアーチェ
「端的に言うぞ、我等はこの世界を離れ、あの機械娘共の世界へ渡る。」
我が『断言』した宣告に、シュテルとレヴィが息を呑んだ。
「そんな!何でいきなり!?」
レヴィがいきり立つ。
…まぁこうなるのは簡単に予想がついた、だからこそユーリの下にレヴィやシュテルを連れて行けなんだ訳だが。
「いきなりもなにもない、我等は元々一つで、支えがなければ奴が危ういのだ。自分の意志で大元と融合したのだから責任をとれ。」
「そんな!…シュテル?」
喚くレヴィの肩を力強くつかんで止めるシュテル。
俯いていて表情は見えないが、歯を食いしばる音が聞こえてきそうな程力が入っているのが分かって…
唐突に脱力したかと思うと、顔を上げたシュテルは微笑んでみせた。
「貴女も大概日陰役が好きですね、『マスターの望み』と言ってしまえば簡単でしょうに。」
「え…」
明かしてしまったシュテルの言葉に、レヴィが強く反応する。
マスター…我等の宿主、高町速人。
その望みである、『全てを救う』と言う、言ったと同時に偽りとなる大言。
「エグザミアがあれば救える可能性があるエルトリア。それを知りながらエグザミアを渡さないなど、奴が望む訳がない。…渡す対象に意志がなければな。」
「ぁ…」
そこまで聞いたレヴィが力無く肩を落とした。
世界のために生贄を差し出すか、世界を諦めるか。
あ奴の道は、こんな不可能事で満ちている。
だが今回はどうにかできる。
我等が自ら奴の元を離れるならば…
ユーリだけが行くと言うのも無理な話だ。
分離はまた安定しなくなるし、漸く縋るものを見つけたユーリを引き剥がす事自体やはり救いには程遠い。
「…こんな事になると、感情が強くなったことが苦しく思いますね。」
冷めた目で、諦めた様に呟くシュテル。
「は、なんだ貴様?速人に告白でもする気だったのか?」
「えぇ、そのつもりでした。」
「な、なにぃ!?」
普段人をからかう奴だからこの機にお返しでもしてやろうかと思ったら、衝撃の事実を返された。
「へー、シュテルってマスター好きだったんだ。」
「今気づいても虚しい話ですが。」
自嘲気味にシュテルが呟くと、重い沈黙が降りる。
誰も何も言えなかった。
レヴィは初めから奴と仲が良かったし、シュテルも今しがた暴露した通りだ。
だが…だからこそ、でもある。
我は王、何者にも何事にも縛られずにいたいと願った。
だが、規則に縛られた世界で自由に生きている速人達を見ていて気づかされた。
人は重力という縛りが無ければ、立っているのかすら分からなくなる。
人という器やくくりすらなく、全ての人間の意志が一つであれば、その『一つ』は永遠に一人でいるしかなくなる。
何処まで行っても、縛るものはついてくるのだ。
ならば…
たとえそれが縛りなのだとしても、嫌ってもいない『絆』を断ち切る必要は無い。
「行きましょう。」
断言したのは、シュテルだった。
我が覚悟を決めているのは悟っているのか、シュテルはあくまでレヴィに言い聞かせるように視線を向けて語りだした。
「紫天の盟主のユーリの願い、宵の騎士の主であるマスター、高町速人の願い。私欲に溺れて両者を裏切って、私達に何が残りますか?」
「マスターの願い…ユーリの…願い…」
刻み込むように繰り返すレヴィ。
葛藤は…あるだろう。それこそ、半身といっていいほどいろいろと仲が良かったのはレヴィなのだ。
でも、だからこそ分かるはずだ。
奴の叶わぬ望みの、少しの支えになる選択が。
目を閉じて、こぼれかけていた涙を拭ったレヴィは、強い笑みで頷いた。
Side~アミティエ=フローリアン
数日後。
キリエの修復も終わり、とどまる理由も無くなったその日。
時間移動に関する記憶や、私達の修理情報を消去して去る。そのつもりだった。
だったんだけど…
速人さんとリライヴさんの姿が無かった。
かわりにポツンと置手紙が。
『俺達は皆がどこに行ったか『ちゃんと』覚えておく。気が向いたらいつでも戻って来い。アミタ達も来れるなら遊びに来るといい。』
「あの馬鹿二人はまたか!またやらかしたんかあっ!!」
私が読み上げた手紙を奪ったはやてさんが、それをぐしゃぐしゃに握りつぶして叫んだ。
なんだか速人さんとリライヴさんは公務員さんの頭痛の種のようですね…一人で動こうとしていた怪しい私を突き出さずに協力してくれた辺りも関係しているのでしょうか?
「ははは!貴様等が頼まれた記憶封鎖は『出来る限り』だったな。本気で逃亡に入った奴らを数日程度で見つけるなど、管理局総出でも不可能だぞ?それでもやるならのんびり見物させて貰うがな!」
「…マスターもリライヴも技術情報は殆ど知りませんから、リスクは低いはずです。諦めて帰るのが妥当かと。」
王様に笑われ、シュテルに諭され、私達は結局諦めざるを得なくなった。
気合と根性で頑張る…という訳にも行かなかった理由もある。
と言うのも、飛行すら満足に出来ないほど消耗した私は、最低限のエネルギーをキリエの持分から分けて貰っているのだ。
この上無茶してまたエネルギー切れにでもしようものなら…今度は馬鹿じゃすまないでしょうね、きっと。
「じゃあ…それでは皆さん」
「ちょっと待ってくれ…」
記憶消去処理を施そうとしたタイミングで、見知らぬ男の人が姿を見せた。
黒ずくめの服を着た男の人。
「あ…」
「あ、じゃ無いだろうはやて、完全に僕の事を忘れていたな?」
「いや、ゴメンなクロノくん。こっち来たらいろいろごたごたしとってつい…」
はやてさんが…部隊長のはやてさんが平謝りする相手。おそらく仲がいいと言う意味でも、地位の意味でも相当な人なんだろう。
軽く話を聞いた所、本当にお偉いさんみたいで、今回はやてさんが一人で出られるよう指示した人だった。
更に、私がリライヴさんに捕まって意識の無い間にアリシアさんが纏めた情報を受け取って、未来から来た可能性を示唆するのに使ってたみたいで、記憶封鎖の対象だった。
少量と言っても技術情報は危ない。ぎりぎりでも来てくれてよかった。
と、言うのが、私や局員の人達の反応だったんですけど…
「貴様本気で今更何をしにきたというのだ?」
「全部終わってるのに。」
まるで反論のできない冷めた声が、王様とレヴィから放たれた。
「…言い訳は出来ないが、今の身分だと誰にも知れずに動くのも一苦労でね。今回も休暇の形で顔を出したくらいなんだ、そこは考慮してくれないか?」
「いいんじゃないですか?偶の休日です、早々に記憶封鎖を済ませて奥様との逢瀬でも楽しまれれば。」
未来組の私達のせいで、相当大変だったのは想像に難くない。
それでも、シュテルの声は冷めていた。
文章上責めていないシュテルの言葉がある意味一番効いたのか、クロノさんはがっくりと肩を落としてしまった。
「しょうがないよ…クロノは忙しい身だし。それに、私もヴィータもユーリと戦った時別件でダウンしてたから、似たようなものだし…」
「フォローしてーのは分かるがあたしを引き合いに出すんじゃねー!」
「ふ…おかげで私は高町とコンビで事件に当たるという珍しい体験が出来た。感謝してるぞ。」
「てめっ…ぜってー馬鹿にしてんなこら!」
他愛のない談笑。
その中で一人、いえ、二人ほど異彩を放つ人がいた。
フレイアさんと、アリシアさん。
アリシアさんが、すこし分かりやすいくらいに変わっていて、ちょっと暗いような、真面目な顔で会話を見ていて、フレイアさんは分かりづらかったけど、談笑に混じると言った感じではなかった。
二人とも、家族が離れるのに寂しく…あれ?
「お姉ちゃん、ボーっとしてないでそろそろ始めるわよ。」
「あ、はい。」
何か、まずい事に気づいたような気づかないようなそんな時にキリエからかかった声にしたがって動き出した私は、結局このときその不味い事に気づく事はできなかった。
Side~アリシア=テスタロッサ
「…もう、いいよね。」
宵の巻物を握りしめた私は、堪えていたものを止めるのを止めた。
ボロボロと、頬を伝って流れ落ちる涙を拭うこともなく立ち続ける。
事前に決めていたこと。
あんまり感動的な別れ方をしないで、どうでもいい風を装って、さっぱり別れること。
それをやりきらないと…ユーリやアミタ達がやりづらくなるから。
「アリシア…」
心配そうに近づいて来るフェイトに縋りそうになって…思いとどまる。
だって…私はお姉ちゃんだから。
10年近い、忘れられない思い出を思い返しながら涙を拭う。
「きっと…繋がってるよね。」
何の調整もないまま、紫天の書に任せて異世界に飛んだ皆。
でも、ユーリ以外の皆との繋がりは、壊れたりしてない。
祈るような気持ちでそう念じて、私は踵を返した。
Side~リライヴ
少し遠巻きの建物の影から、アミタ達が消えていく光景を眺めていた私と速人は、揃って息を吐いた。
「行った…か。」
らしくないくらいしみじみと呟いている速人に、思わず苦笑する。
「寂しいでしょ。」
「だったら良かったんだけどな。凍った心は相も変わらず、外面に笑顔を張ってそれっきり。」
すっとぼけるように言った速人の頬を軽く叩いた後に抱きつく。
少し速人の方が背が高いから、首から背中に手を回して、ちょっとだけぶら下がり気味になる。
「何だよ、足が完治してないから重いぞ?」
「怪我は気にしない。今はこうしてたほうがいいよ。」
なのはに諭されるまで、自分の心が『傷ついている』事自体にすら気づいていなかったこの馬鹿ヒーロー。
誰かのぬくもりにしっかり触れている事は、きっと心の氷を溶かしてくれる。
私が…そうだったから。
凍った心。
一見無敵に思えるかもしれないけれど、そんな事はまったくなくて、氷越しに傷が出来ても血も涙も漏れないから傷が傷だと分からないだけなんだ。
本当なら、初めてそれを紐解く事ができたなのはの仕事なんだろうけど、私だって代わりくらいは勤まるはずだ。
解けてしまえばあっさりと、肩が強張ってきて、腕に力が入ってるのが分かる。
顔は並べてるから、泣いていてもいなくても、見る事はない。
「ディアーチェ達だって、皆『全然平気』って訳でもないだろうけど、きっと大丈夫。自分のせいで出て行ったなんて思ったら、むしろ怒られるし、馬鹿にしてるよ。」
「ま、そうだ…なっ!」
「きゃっ!?」
唐突に、体勢を変えられたかと思ったら速人の腕にお姫様抱っこで収まっていた。
顔が見える。別に涙の痕とかはなくて、いつもの笑顔の速人がそこにいた。
「折角慕って気を利かせてくれたんだ、自慢こそすれ、悪いと思うほうが悪い。ちょっと寂しいけど、誇らせて貰うさ。」
「そ、それはいいけど…なんでこの体勢?」
うれしい反面恥ずかしいのも強いので、何のつもりかは聞いておきたい。
けど…私は聞いてしまった事を後悔した。
「いやぁ…なのは慰めてて事故っただけでフィリス先生けしかけられるとは思わなかったのに、当のお前がいきなり慰めに抱きついてくると思わなかったからさ。さて、これなのはとかアリシアにどう説明しよっか?」
楽しげに告げる速人。
ま…まさか…
「ちょ…速人!?まさかこのまま戻る気!?」
「別にシュークリーム買いに行ってからでも」
「待って待って本当に待って!それもはや公開処刑だよ!!別に何かあったって訳でもないのに!」
私の抗議を完全に流して歩き出す速人。
「大丈夫、忍さんも冗談で内縁の妻とか学生時代に名乗ってたし、冗談で通る!」
「通っても嫌だよ!第一同居中女性なんてディアーチェ達が離れたって私含めて6人はいるのに!」
「おいおい、忍さんとかノエルさんが入ってるのはともかく、雫を数に入れるのは絶対不味いだろ。」
「いやそういう話じゃなくて!あぁ今人いたってば!」
一回本気で家の風紀について考えたほうがいい気がしてくる話を聞かされながら、尚も速人は足を止めなくて…
「大体、この状態見つかって怒られるのって多分速人だけだよね!?」
「あ…」
切り札を切って、漸く速人の足が止まる。
それと同時に、見知った人が姿を見せた。
よりにもよって、なのはとアリシア。後フレイア。
どうやら、全部終わって離れた私達を探していたらしい。
完全に手遅れだった。
ゆっくりと私の体を下ろした速人は、そのまま180度回転して…
「レイジングハート、レストリクトロック。」
低い声でなのはが呟くと、速人の体が縛られる。
とりあえずは周囲に人いないけど、これ大丈夫なのかな?
「リライヴ、話は後で聞くから今はこれもっててね。」
「あ、うん。」
やっぱり私もちょっとは何か言われるらしい。
アリシアがすばらしいくらいの作り笑顔で私の手に巻物を乗せて、速人のもとに向かっていく。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け、あれはただのお返しで」
「「なんのお返しよっ!!!」」
「間違…仕返しだっ…たあぁぁぁぁっ!!!」
速人の悲鳴が二人の怒りに飲まれるのを耳にしながら、手にした巻物を見る。
宵の巻物。ディアーチェ達のいた場所。
「離れるとは…寂しいものだな。」
「…そうだね、私も少し。」
そんなに長い間じゃなかったけど、レヴィの元気な姿やシュテルの静かなツッコミとか毒舌、なんだかんだで優しいディアーチェの姿とかを、もう見る事はないのかと思うと少し寂しく思う。
「私は残るよ、きっとね。」
単に速人の理想に準じて何もかもかけてる訳じゃない私は、一緒にいたいって理由の方で、きっと離れない事を選ぶと思う。
それに…誰一人残らないとなると、皆も安心できないだろうし。
口にせず、多分届きもしない思いを胸に、私は空を眺めた。
SIDE OUT
トーマ「トーマ=アヴェニールと」
リリィ「リリィ=シュトロゼックの」
ト&リ「前作解説コーナー!」
『初めてそれを紐解く事ができたなのは』
トーマ「それなりに傷ついてたのに、速人さんまともに泣けなくなってたんだよな。」
リリィ「それが嫌で我慢するなって言い続けてたんだけど、当の速人さんが泣けたのはなのはさんに責めるなって言われたからなんだ。」
トーマ「えっと、詳細は…」
速人「勘弁しておこうなー、成人男子の先輩の恥ずかしい昔話を漁ろうなんてのは。」
トーマ「いっ!?す、すみませんっ!!」
リリィ(ま、魔力も気配もなんにも引っかからなかったんだけど…)
トーマ(し、心臓に悪すぎるだろ完全気配遮断!)