後日談・記憶に残る幸せのつくりかた
Side~リインフォース・フレイア
もう幾度試しただろうか、正直覚えてさえいない。
これでも、宵の巻物に移されたとはいえ情報体。
『記憶違い』などというものがあるはずが無いのだけれど、それでも分からないほどの回数を試みて、出来ていなかった。
マスター達で言えば素振りのようなものだ。
とてもその回数全てを思い出す事など出来ないくらいの数、振っている事だろう。
仮に過去全てを見直せても、とても数えていられない位。
私にとっての『コレ』も、同じようなものだった。
幾度と無く繰り返した工程、幾度と無く作ったもの。
取り出して、手にとって一口…
「駄目…か…」
いつもと変わらず師に及ばないシュークリームを手に、私は一人深く息を吐いた。
「シュークリームは売らないんですか?」
きっかけは、ごく普通の疑問。
誰もがあえて触れないようにしてくれていた質問を、ユーリが口にしたことから始まった。
「そうだよ、久しぶりにいぃ!?」
「はわっ!?」
「はいはい、いいから行きますよレヴィ、ユーリ。」
シュテルの手によってずるずると引きずるように家の中へと引きずり込まれる二人。
カウンターからその様子を見送った私は、三人の姿が見えなくなると小さく息を吐いた。
「悪いなフレイア、止めとくの忘れてた。」
「主…」
どこかで様子を見ていたのか、主とリライヴが揃って顔を出す。
「…いえ、かえってよかったのかもしれません。リライヴにまでいつまでも気を使わせるのも悪いですから。」
何を言うのもやぶへびになると思ったのか、リライヴは沈黙を守ったまま、視線だけ外した。
「なんだよ、フレイアが作った偽物じゃ満足できないから翠屋まで行ってたのか?」
「ちがっ…」
主がわざと悪意を孕んだ言葉を紡いだのにすぐさま反論しようとするリライヴ。
だが、当の主に額を指ではじかれたリライヴは、驚いて反論を止めた。
「知ってるよ。だからそんな暗い顔しないで素直にこう言えばいいのさ。『じゃあ食べさせてみてくれる?』ってね。」
主はいつも通り楽しげで優しい笑顔でそう言って、私に向かって掌を差し出した。
リライヴは数度瞼を瞬かせると、今度は私をまっすぐに見る。
「…そうだね。何かこだわりがあるんだろうって思って遠慮してたけど、これでも楽しみにしてたんだ。良かったら作ってくれない?」
「はい、全霊をかけて。」
…そうして、とりあえず一回分作っては見たが、やはりいつも通りだった。
主達の前を避けるように練習をしているものの、どうにも上手くいかない。
とはいえ、今回は食べさせる約束で作ったもの。
逃げるわけには行かない。
「主、リライヴ、出来…っ!?」
二人に出すつもりで顔を出した店内には、既に家のメンバーが殆ど揃っていた。
さすがに調理をしていればばれるのも仕方が無い…か。
二人分にしては多い量を作ってしまったのは、こうなる事を自分でも察していたのだろう。
「おいしかったー!!」
「貴女は全く…気持ちも分かりますが。」
丸呑みしているのかと思うほどのハイペースで食べてしまったレヴィを嗜めつつ、ゆっくりと食べ進めるシュテル。
そんなレヴィの横では、ユーリが黙々とシュークリームを齧っていた。
「ふむ…相変わらず見事だな。」
「うん、美味しいよ。ありがとうフレイア。」
「…喜んで貰えたなら幸いです。」
賞賛してくれるレジアスさんと雫。
素直に受け取れない賛辞に一瞬躊躇うも、喜んでくれているならそれはそれでいいと思いなおして答えを返す。
ディアーチェは離れた場所で壁を背に妙に真剣な表情で食べていて、アリシアは口を動かしながら親指を立てる。
取り合えず好評は好評のようで何よりだ。
皆が一斉に食べる中で、見ているだけだった忍とリライヴ。
二人がゆっくりとシュークリームを手に取り、口にする。
「んー…」
一口を食べ終えた所で、忍は難しい表情をした。
「美味しいけど、何か違う…うーん…」
「…忍さんと同じで、何が違うかまで分からない。」
忍の言葉を待っていると、丁度同じ位でリライヴも首をひねってそう言った。
「美味しかったけど…それだけだと駄目なんだよね?ごめん、力になれなくて。」
「いや、いいんだ。元々私が自力で出来なければ意味が無いのだから。」
「やっぱりここは俺の出番って訳だな。」
と、全員が話すのを待っていたのか、主が自分の皿に残っていた手付かずのシュークリームを掲げて見せた。
「隠しときたかったの披露させたんだ、俺がしっかり謎を解いて…」
言いながら主が口を開いたその時、いつの間にか傍らまで歩み寄っていた誰かが主の手からシュークリームを掠め取った。
「恭也?」
「お父様?」
突然の来訪者にて、この場に唯一いなかったはずの恭也が主から掠め取ったシュークリームを口にするのを見て、忍と雫が揃って声を上げる。
その後は無音、洋菓子を手にしているにしてはあまりに硬い表情の恭也が、口の中を空にするまで、何の音も無かった。
「次元世界の材料から質の近いものを探して使ってるみたいだが、どうしたって同じものはない。地形も、天候所か天体の数も違うような異世界で無理に近い材料を集めているから、僅かにあわないパズルのような違和感がある。」
「あ…」
恭也の淡々とした、しかし迷いの無い指摘に私は思わず口を開いて声を漏らしていた。
「元の翠屋のシュークリームの味を思い出して食べ比べられる人にとっては尚更だな。」
「そっか…それが原因だったんだ…」
言われて初めて気づいたように、リライヴが改めて確かめるように食べなおす。
言うだけ言ってこの場を去ろうとする恭也。
「ってこらぁ!いろんな意味でおいしいとこだけもってくんじゃねぇっ!!」
「意図的にたくらんで最後を取ろうとしていたお前がよく言う。」
「あーっ!!」
残りを一口で放り込んだ恭也を見て、主が悲鳴に近い叫び声を上げ…
「…上等だ!表へ出ろ!」
「いいだろう、魔力を使ってもかまわないぞ?」
「誰が使うかっ!!」
言い合いながら外へ出る主と恭也。
そんな二人を見ながら、レヴィがつまらなそうに呟いた。
「おいしいのに…酷いなぁ。」
「そうですね…指摘は正確みたいですけど…あんなに言わなくても…」
レヴィに続くようにユーリも悲しげに呟きをもらす。
それを聞いた部屋のあちこちから笑い声が上がった。
「なんだよー!何でフレイアまで笑うのさ!」
「え?え?」
「心配しなくても私は感謝してる、気にしないでくれ。」
レヴィは気づいておらず、来たばかりのユーリも知る由も無いが…
恭也は甘いものが苦手なのだ。
直接聞いたわけではないが、決して進んで食べようとはしていない。
あれほど舌がいいというのには驚いたが、わざわざ嫌いなものを食べてくれたのは今の説明を伝えてくれる為に他ならない。
「…行って見たら?地球。」
「そうですね、上達もしているのですから、現地の機材と材料を改めて借りられれば上手くいくかもしれません。」
リライヴとシュテルに勧められ、胸の奥が少し踊るような感覚を覚えた。
桃子の…師の元へ。
「…そうだな。」
「フレイアが行くなら手続きを踏んで土産に翠屋のシュークリームを買ってこれますしね。」
「そ、そんな事考えてないってば。」
礼を言う間もなく、シュテルが次いだ言葉をリライヴが慌てて否定する。
そんなリライヴの様子を見ながら、アリシアが目を細めて悪戯な笑みを見せた。
「リライヴって戦闘は強いのに、追求とかにホントに弱いよねー。」
「ほ、本当に考えてないよ、フレイアが追いつけばいい話だから。」
「食べ放題だから?」
「そんなに食い意地も張ってないってば!!」
からかわれて必死に反論を繰り返すリライヴ。
そんな談笑の起こる中で私は一人静かに決意を固めていた。
Side~高町速人
結局負けた一試合を終えて、少し乱れた呼吸を二呼吸ほどで整える。
「アドバイスしてあげるのはいいけど、何も俺の分丸々取る必要ないだろ。」
生クリームが苦手な兄さんがわざわざあんなもの食べたくらいだから、手伝う気だけで食べたのは間違いない。
とはいえ、間違いなく並より上手いフレイアの菓子を、嫌いでもないのに丸々捕られた身としては文句の一つも言いたくなる。
だが、兄さんは溜息を吐いて額を小突いて来た。
「だ、だからなんだっての。」
「完成品を食べさせる相手も必要だろう、何の為に彼女が今まで店にも出さずに伏せてきたと思ってる。」
「む…」
言われて見れば、ちゃんとアドバイスできる人がいるなら食べるのは一人で十分だ。
未完のもの…少なくとも、満足の出来てないものを出したくないから、今までシュークリームを出さなかったんだから。
「鈍い。これだからアリシアやリライヴが大変なんだ。」
「ぐっ…ひ、否定は出来ないけど、兄さんにだけは絶っ対言われたくねぇっ!」
学生時代ハーレムになりかけてた上に今も義姉さんとノエルさん二人抱えてる身で女性関係に口出すか。
と、内心でのみ思ったのだが、ニュアンスで何考えているか伝わってしまったせいか、頬をつままれる。
「そういう事を言うのはけじめの一つもつけてからにしておけ。お前も大して変わらん癖に。」
「変わらないって自分で言ってりゃ世話ない…あだだだだ!」
折角フレイアが自分で始めたことだし、いつか上手く行くといいな。
頬を抓られたままで、俺はそんなことを思っていた。
Side~リインフォース・フレイア
地球…翠屋に来た。
材料、厨房は同じ。
試食というと妙だが、本物も食べさせて貰った。
だから…
「何かが…足りない…」
もう何が足りないのか、理解は出来なかった。
自分だけの味を作る。
素人ならばその一言で片付けてもいいのだけれど、職とする場合は話が変わってくる。
同じ製品を買ってもらった相手に、『同じもの』を提供しなければ職人としては勤まらない。
「やっぱり、翠屋を継ぐのはやめておいたほうがいいみたいね。」
「っ…」
静かに告げられた一言が、無情な宣告のような気がして、泣きそうになる。
と、そんな私の両肩をわしづかみにするように掴む感触に目を開くと、桃子が私の両肩を掴んでまっすぐ私の顔を見て、笑みを浮かべていた。
「初心に帰る。」
「え?」
「迷ったら、それがいいわよ。貴女は見てるでしょ?毎日変わってく…成長しているのに、変わらないもので動いている人達を。」
真っ先に思い出すのは主、速人。
次いで、恭也とリライヴ。
家にはいないものの、彼女も…なのはもそうだろう。
修行を重ね、新技を体得し、それでも変わらない『核』たる想いを持つ人達。
戦闘ではないが、桃子もずっとこの道一筋だ。そういう意味では同じなのかもしれない。
私の初心は…やはり、あの時の事になるだろう。
『美味い?』
『あ、ええ。とても。』
『なら良かった。生きてて良かったろ?』
主速人が一つのシュークリームと共に示してくれた、単純にして大切なもの。
複雑な理由や特別な何かが無くても、素直な想いとそれがもたらすささやかな日常にある暖かい幸せ。
力の全てをはやてに贈り、ろくな力のない宵の巻物の管理人となった私が、家族に幸せを上げる為の…
家族…に…
「ぁ…」
…気づいた。
気づいてしまった。
思い出すのは、はやてが守護騎士達に振舞っていた温かな料理。
そして、食卓を囲んでいる笑顔。
なんて事だ…追いつくも追いつかないもない、私ははじめから別の物を見て…
「はやてちゃん、料理上手だったものね。」
「っ!気づいてたのですか!?」
「ちょっとはね。桃子さんこれでも翠屋の職人さんですから。」
主達は、剣で会話する。…というと、言いすぎかもしれないが、剣を交える事で実力や辿ってきた道を感じる事ができる。
桃子が菓子から察するものがあっても、不思議ではない。
「フレイアさん頑張ってるもの、無理して真似する事ばっかり考えなければそのうち色々と上手くいくと思うわ。」
「…はい、ありがとうございました。」
笑顔で私の肩を叩く桃子の優しさに瞳を滲ませながら、私は覚悟を決めた。
Side~高町速人
地球から戻ってきたフレイアが、珍しくとてもすっきりとした笑顔だったから上手く行ったのか聞いたんだが、『さっぱりでした』と笑って言われた。
にも関わらず、次の日俺は食べて欲しいものがあると呼び出された。
「すみません主、お手数を。」
「いやいや、珍しくフレイアに呼ばれて俺としては嬉しい限りだ。」
試食程度ならあるものの、わざわざ俺だけ名指しで呼ぶようなことはそう無い。
俺は戦闘や訓練、フレイアは菓子作りと、普通に生活してたらまるで接点が無いからなぁ…
悔しいが兄さんほど出鱈目な舌は持ってないし。どんだけ多芸なんだ兄さんは…
「それでは、コレを。」
皿に載せられて出されたそれは、見た目はシューだった。
だが、感じられる冷気が、別物だと教えてくれる。
さっと手に取り一口。
予想通り伝わってくる冷たさと甘さ。
「美味い…」
「そうですか、よかった。」
思わず呟いてしまって、フレイアが笑みを返してくれた段階で漸く、自分がなんでもない返答をしている事に気づいて情けなくなった。
くそー…咄嗟にあんな事気づいてサラッとコメントできる兄さんが羨ましい…
「無理はなさらずとも大丈夫ですよ、食べて欲しかっただけですし…主が驚くだけのものだったというだけで十分すぎるほどです。」
「それは間違いない、保障するよ。」
「はい。」
笑顔で頷くフレイア。
兄さんに言われたとおり、そこまで鋭いというほど気が回るとも思ってない。
だけど…俺もコレくらいは気が回る。
「んじゃ、はい。」
緩衝剤の入った袋をフレイアに渡す。
「折角満足できたなら、贈ればいい。どうせそのつもりだろ?」
「…ありがとうございます。」
嬉しそうに袋を抱えるフレイア。
俺はその頭をそっと撫でた。
「ぁ…」
「ん?あ、嫌だった?」
「い、いえ…」
驚いたように俺を見たフレイアだったが、少しそうしていると目を閉じて微笑んだ。
「届くようになったのだなと思いまして。」
言われて思い出す。
リインフォース・フレイアとして迎えた日の帰り道、なのはや宵の騎士の皆には手が届いたけど、身長差のあったフレイアには手が届かなくて…
「あーっ!!!」
と、そんな所に姿を見せたシュテルとアリシア。
二人がフレイアに向かってじりじりと詰め寄って…
「や、待て…落ち着いてくれ、私は別に…」
「大丈夫です、私はアリシアと違って冷静ですよ。ええ冷静ですとも。」
「わ、私だってちょっとお話したいだけだから!」
詰問されるフレイア。
…うん、アレは無理だな。
『フレイア、ファイトー。』
『あ、主…』
念話を贈って二人からの詰問が飛び火しないうちにさっさと気配遮断を用いて静かにその場から消えた。
Side~八神はやて
ある休み、フレイアから届いた包みを開く。
中身は綺麗でおいしいシューアイス。
「こりゃギガウマだ!こんなもんも作ってたんだな、スバルにも教えてやるか。」
「確かアイスを好いていたからな、気に入るだろう。」
珍しく満面と言っていい笑みを浮かべて食べ進めるヴィータを見ながら、静かに自分の分を食べ進めるシグナム。
「…わざわざこんなものが届くとは、何かあったのでしょうか?」
皆が楽しげにそれを手に取る中、ザフィーラが静かに呟く。
けど、私はなんとなく気づいとった。
「ん…あったんやろ、ええ事が…な。」
口の中に広がる、冷たく甘い感触に浸りつつ、私はそう断言した。
だって…
「そうですよ、こんなにおいしいんですから。」
「あ、こら!きっちり半分って言っただろ!!」
アギトが釈放されて家に来とる事を伝え損ねていてアギトの分が無かったので、リインと半分に分けている。
速人君の傍で、力の無い身で満足できとるのか心配やったけど…
この分やと、上手くいってそうで何よりや。
翌日、適当に時間ができた所でお礼を言う為に通信を繋げて…
『え?フレイア?新しく売るつもりのお菓子をスバルに10ダース注文されたとかで今忙しそうだけど…』
「120っ…あー…ごめん、がんばってとだけ伝えといて。」
どうやら、ゆっくり話せるのはそれなりに時間と感じていた。
SIDE OUT
折角なのでと、機材も満足に無いままシュークリーム作ってみたり、情報拾うためにとらハやり直してたりしてたら時間が(汗)待ってくれてた方、お待たせしてすみません。