「……だからさぁ、俺もガキじゃないって。そんな誕生日だからって、気ぃ使わなくても」
「ガキとか関係無いだろ。二十歳になったお前を祝ってやりたいだけさ、親ってもんは」
「そーよー。和也だって美味い物食べたーい、とかぼやいてたじゃない」
「ほっほぅ……なら今日は、存分に食っちゃっても宜しい、という事で良いのですかいお二方?」
「おう、好きなだけ食べろ! その代わり、ちゃんと大学卒業して就職先見付けて、結婚して子どもつくって」
「要するに親孝行しろって事な、解ってるよ」
ごくごく普通の、それでいて幸せな家庭。その中に、彼はいた。
この日は、彼の二十歳の誕生日だった。
この日は、珍しく家族揃って外食する日だった。
この日は、大企業スマートブレインが「ある計画」を実行する日だった。
この日は、人間がほぼ死滅する日となった。
―――――――――
『はぁい、皆さんこんにちは。本日は全国各地で晴天! うぅん、良い天気! 何だか良い事がありそう、今日はそんな日ですねー』
幾つものビルの建ち並ぶ都会。行き交う雑踏。人で溢れる歩行者天国。普段通りの町並みが見られるそこでは、ビルに設けられた巨大モニターから女性の声が響いていた。さながら天気予報のような内容のものだったが、モニターが映し出していたのは天気予報士ではなかった。
モニターに映し出されているのは、水色のエナメル服を着た女性。映像の傍らには何処かの会社のモノであろう、「SMART BRAIN」のロゴが見られる。唐突にモニターの画面が切り替わった事に気になったのか、一部の人々は顔を上げ映像を眺めていた。
「あ、スマートレディだ」
「何かしら、スマートブレインの宣伝?」
とある家族、本城一家も映像を見やるグループの一つだ。今日で二十歳を迎えたらしい青年も、目を細めながら周囲に倣い映像を見つめている。
気のせいか彼の耳には、あちこちからヘリコプターの飛ぶ音が聞こえていた。
『そんな本日は! なんと我々スマートブレインから皆さんに、プレゼントがありま~す! あ、このプレゼントは全国に配られますからご心配無く~』
「プレゼント……?」
青年の訝し気な声に答えたのは、スマートレディと呼ばれたスポークスウーマンではなく――元よりモニターの向こうに声が届く筈も無いのだが――先程から響いていたヘリの音だった。
周囲の人々もやはり気になっていたのか、視線をモニターから更に上へと向ける。一面の青空の下に写っていたのは、やはりヘリコプターだった。それも一つではなく、見渡せば遠くにも幾つか姿が見られる。調度その内の一つが、青年達のグループのほぼ真上で滞空していたのだった。
それに紛れて何羽かの鳥――見るからに鳩だろう――が、自由に空を飛び交っているのも見られた。
『では、お願いしま~す』
スマートレディの言葉が合図となり、
上空のヘリから、一斉に何かがばら蒔かれる。
「あれって……」
「まあ、きれい!」
青年の母親が声を上げると、やおら次々と至る所から感嘆の声が上がった。
ばら蒔かれたモノ……それは、薔薇。普段よく見るような赤いものではなく、青い薔薇だ。それらが上空から風に煽られ漂いつつ、ゆっくりと落ちている。そういえば確か普通の薔薇には青い色素が無い為に、品種改良で青い薔薇を生み出そうという話を聞いた事がある気がする、と青年はふと考える。
大企業が植物にまで手を付けたか、というかこれホントに全国にばら蒔いているのか、だったら掃除とかどうするんだろ。と、至極どうでも良い事にも思考が回ってしまうが、それを差し引けば、確かにこの光景は母の言う通り「きれい」……もっと言うと「美しい」と思う。
誕生日にこんなもの見れるなんてラッキーだと、青年から笑みが溢れた。同時に疑問に思った事も。なんでいきなり、スマートブレインはこんな事をするのだろうか。しかも全国で。何かスマートブレインに記念事でもあっただろうか。
そんな考えを他所に、人々は笑みを浮かべてその光景に見惚れている。……余計な事を考えるのは止めよう、自分の悪い癖だ。今はこの光景を、ゆっくりと楽しもう。
ふと、ゆっくりと舞いながら落ちてきた薔薇の一つに、母親は手を伸ばした。母親の性格から考えると、恐らく薔薇を手に取って、自分達に向けて子供っぽく嬉しそうに見せ付けるのだろう。青年は苦笑しながら、そんな様子を想像した。
ざらり。
砂か何かが、崩れたような音が聞こえた。
「……え?」
それはすぐ近くから、
その音は、母親から聞こえた。
「……何、これ……」
思わず青年は、母親の顔を凝視する。一転して、母親の表情は恐怖に染まっていた。
腕を伸ばし手に取った筈の青い薔薇は、母親の手を通過して未だ重力に従いふわふわと落ちている。やがて路面に接したと同時に、薔薇は灰となって散った。
……灰になって?
手を、通過して?
背筋に寒気が走る。やけにその光景が、不気味で仕方がなかった。非現実的で、頭の処理も追い付かない。
再び母親を見ると、やはり未だ怯えきった表情のまま硬直している。否、先程より恐怖が確実に増しているように見える。よもや母親の恐怖の対象は、散った青い薔薇以上に何かあるのか。
青年は母親の視線を辿る。その先には、薔薇へ手を伸ばした筈の掌。
――掌だったモノは、灰になって崩れ落ちていた。
「ねぇ、なにこれ!? なんなのこれ!?」
未知なる現象に対する恐怖に耐えきれず、遂には泣きじゃくる母親。どういう事か灰と化した右手からは、勢いを留まる事を知らずにザラザラと灰が流れ落ちていた。それは自分の母親だけではないらしく、青い薔薇に触れた人々は、触れた箇所から灰となって崩れているようなのだ。
目の前の光景が信じられず、目を剥いて唖然とする青年。何が起きたのか、何故掌が灰になっているのか、理解しようにも出来る筈が無い。
あちこちから叫び声が響き渡り、今更のように薔薇から逃げる人々が出始める。だが、未だにばら蒔き続けられている薔薇の数も尋常ではなく、それらを避けられる筈も無い。むしろ下手に動いて、薔薇に触れている人々が多かった。
「あなた! 和也! 助けて、助けてよ!」
「お、おい! 大丈夫かお前! おい!」
「か、母さん!?」
気のせいか、母親の頬までもが灰色に染まっているような――否、気のせいではない。母親の身体全体が、灰と化してきている。泣いて真っ赤な筈の母親の顔が灰色に変色して、本物の灰となってサラサラと崩れて落ちている。
有り得ない光景に、青年は思わず下を向く。
母親の足下には、大量の灰が積もっていた。
「――――ッ!」
なんなんだ、これは。
何がどうなっているんだ。
「あな、た……かずや……」
母親の声が、先程より弱々しくなっている。流れ落ちる灰の音が強くなっている。青年は助けたいと思いつつも未知なる恐怖故か、無意識に浮かぶ涙を拭いながら、慌てて顔を上げた。
視界には、もう母親はいなかった。
そこには、母親が着ていた筈の衣服に、一塊の灰が残されていただけ。
それは“母親であった筈のモノ”だった。
「――――」
茫然とする他に、何も出来ない。あまりの展開に頭が追い付かず、なんとかして現状を否定しようと試みている。この灰は、本当に母親だったモノなのかと。
ふと、脳裏に過る母親の顔。いつも生活していた時の、主婦としての顔。先程、灰と化す前の泣いていた顔。確実に迫っていた死に対する、恐怖に染まった顔。
「……あ……」
嫌でも脳裏に焼き付いてしまった、母親の怯えた顔。跡形も無く人間としての姿を消し、灰になって散らばった様子は正に、
“母親が死んだ”としか思えなかった。
「あ、あ、あ……」
言葉になっていない掠れ声が漏れ出す。胸の中で渦巻いていく、恐怖と悲しみと後悔がごちゃ混ぜになったような、とても不快な気持ち。母親の最期を認識してしまったと同時に、それは更に増していった。
頭が可笑しくなったように揺らぐ。視界が段々と霞んでいく。助けられなかったショック故か、自分の無力に対する嫌悪故か……いや違う。確かに身体中の感覚が、段々薄れていっている気がする。
「……ッ! 和也、建物に避難するぞ! 和也ァ!」
目尻に涙を浮かべながら絶叫気味に声を発する父親。やはり父親も青年と同じ気持ちなのだろう、しかしそれを押し止めて息子を助けようと声を張り上げている。
それでも、それに答える事が出来ない。答えようにも、思うように口が動かない。同時に何だか身体が、妙に軽くなってきているような。特に、手の先から。
涙で溜まった瞳で、青年は自身の両手を見る。
既に両手は原型を留めておらず、灰となって崩れていた。
「ぅあああ……」
この薔薇の雨の中だ、自身も放心している間にでも触れてしまったのだろう。というより、現在進行形で触れている。
段々と意識が遠退いていく。今、正に「死」が近付いてきていると、はっきり伝わる。
掠れていく視界の端には父親の姿があった。父親は自身に手を伸ばそうとして、唐突にその場で膝を付く。いや、膝を付いているというより、薔薇が足に触れてしまったのか、膝から下が灰になって消えていたのだった。
母親は、死んだ。
父親も、死ぬ。
自分も、死ぬ。
「……ぁ……」
なにもかもを奪っていく青い薔薇。既にその面影は無く、散って路上を灰色に染め上げていくだけ。
理不尽だ。どうしてこうなったんだ。何故、ここで死ななきゃならないんだ。何を考えているんだ。
頭がこんがらがったように、様々な思考が溢れては消える。気持ち悪い程の量のソレを止めようとするが、それでも泡のように沸き出す。
この現実を認めたくない。認めないように様々な可能性をでっち上げるが、目の前の光景は無慈悲にも青年に現実を突き付ける。
ゆっくりと意識が薄れていく。あぁ、これが「死」なのかと、朧気な意識の中で青年は考えた。
身体――既に下半身は灰となっているが――をアスファルトに預け、辛うじて原型を保っている上体を上に向ける。
視界いっぱいに映っているのは、青空を埋め尽くすように舞い落ちている青い薔薇。丁度一番青年の近くにあったソレが、青年の鼻先に触れた。
言うまでも無く、鼻先が灰と化して零れ落ちていく。視界が段々と端から暗転していく。いつの間にか現実を受け入れてしまったのか、無意識の内に思考を放棄していた。何も考えていなかった。考える気も起きなかった。
青年は空っぽの頭のまま、灰となっていく感覚を受けつつ、眼前の光景を呆然と眺め、
やがて、意識を手放した。
夢を見ていた。
夢、というよりは、幼い頃の記憶を見ているというべきか。
凄くたわいもない、子供が語るような雑談だった。
「僕さ、大きくなったら鳥さんになりたいなー!」
「何言ってんだ和也、人は大きくなっても、鳥にはなれんぞー」
「えー、そっかー。僕も鳥さんのように、空をとんでみたいのになー」
「あら。じゃあ和也は、飛行機のパイロットになりたいのかな?」
「うーん……」
ただの、子供らしいたわいない夢だった。自分の翼で、空高く翔んでみたい。そう考えた所で、翼を持ってさえいない自身が翔べる筈も無かった訳だが。やはり子供らしいというべきか、翔べると信じて疑わなかったのだろう。
当時は、空ばかり見上げていた。気付けば、空を翔んでいる鳥ばかりを目で追っていた。
届きそうで、届かない距離。鳥に向かって手を伸ばしても、鳥が手に収まる筈も無く空を掴むばかり。
いつかは、あの鳥のように翔びたい。そればかり考えていた。
思いきり、ただひたすら手を伸ばして――
やがて、目を覚ました。
睡眠から目が覚めた時特有の頭の重さが襲い掛かる。と同時に、先程まで頭に浮かんでいた映像は夢なのだと理解する。微妙に眠気が残り思わず二度寝したい衝動に駆られるが、そこはグッと堪えた。
視界いっぱいに映るのは灰色の空。いつの間に天候が悪くなったのだろうか、薄暗い雲が空一面を覆っている。耳を澄ますと、ゴロゴロという音が聞こえた。街を照らしていた筈の太陽も、雲に遮られ姿を潜めている。
こりゃ一雨降りそうかもなと考えた所で、青年は可笑しな事に気付き、そして驚愕した。
――俺は、死んでいないのか?
青年は直ぐ様、飛び起きるようにその場で上体を起こした。
両手を目の前に翳す。崩れて消えた筈のそれは、何事も無かったかのように「手」としての原形を保っている。指も、ちゃんと動く。傷らしい傷も残っていない。
視線を下半身へと向ける。灰となって崩れたのが嘘のように、下半身としての形がそこにある。膝を曲げてみても、やはり違和感も無くそれは動く。
一つの結論に至った。
――なんだ、夢だったのか。
青年は苦笑いしつつも、ホッと胸を撫で下ろした。灰となって消え去るという出来事は単なる悪夢だったんだ。きっとその悪夢を見た後に、何故だか解らないが幼い頃の記憶を夢として見たんだと、半ば無理矢理だがそう処理した。
しかし直ぐ後に言い知れない、しかし端から見れば明らかな違和感に気付く。
――なんで、路上のド真ん中で寝てたんだ?
やけに背筋が薄ら寒くなった気がした。路上のド真ん中で迷惑だとかそれ以前に、あまり考えたくない事にしか思考が回らない。
確か自分は両親と一緒に外食する為に此処にいて、急にスマートブレインから“プレゼント”なるものが散蒔かれて、
それに触れたら、身体が灰になって、
「……ッ!」
バカな、それは夢だった筈だろう。青年の出した結論を押し付けるように理性に言い聞かせる。が、理性は尚も疑問を沸き出すばかり。
――なら、一体どこからが夢だったんだ?
止めろ、もう考えたくないんだ。俺は生きている。それで良いだろう。
青年は頭を抱えながら、必死に思考を止めようと足掻いた。悪夢がやっぱり現実だっただなんて、認めたくない。
そうだ、楽しい事を考えよう。今は外食に行く途中なのだから、それを楽しめば良い。青年は半ば現実逃避した。
ふと顔を上げると、視線の先に丁度見覚えのある背中が見えた。幼い頃から見慣れていた父親の後ろ姿だ。悪夢だと父親まで灰になって消えていた、やっぱりあれは質の悪い夢だったんだと、青年は改めて安心した。
立ち上がり、父親に声を掛けようとして、父親の足下にふと目が行く。
そこには、母親が着ていた筈の衣服と一塊の灰が。
「……ぇ……?」
青年は、そこから一歩後退った。
何故。夢の筈じゃないのか。
何故、母親だったモノが?
「……ッ!」
吐き気が襲い掛かる。喉元まで押し寄せてきたそれを必死に押し留め、青年は口元を手で押さえた。
涙で視界が歪む中、漸く青年は周囲の様子に気が付いた。今まで自分の事で精一杯だった筈の狭い視野が、一気に広がった。
そこら中に散らばる沢山の灰。その至る所には、何人かの人が各々呆けている。まるで自分と同じように、状況を把握しきれていないような。
いや、よく見ると、呆けている人はかなり小数だった。大半は狂ったように不気味な笑みを浮かべ、ぼそぼそと何かを呟いていた。
「ふひひ……力が……力が湧いてくるッ……!」
自分の父親までもが、この有り様だった。
何なんだ。何が起こったんだ。自分達は、どうなってしまったんだ。
青年の問いに答えるように、唐突に先程の巨大モニターに再び映像が映し出された。やはり先程と同じく、スマートレディが不気味とも思えるような明るい調子で口を開く。
『プレゼントは受け取りましたか~? カメラを見ると……すっごーい、いっぱい残ってるじゃないですか!』
残って、いる?
不自然な言葉遣いに首を傾げた青年だが、程なくしてその意味を知る。即ち……自分達。よく解らない異常な状況下にある人々の事。
そして、あまり考えたくは無かったが理解した。この惨状は、スマートブレインが意図的に仕組んだ物である事が。
何故。何故こんな事をしたんだ。
ふつふつと胸の奥から沸き上がる怒り、憎しみ、悲しみ。歯を食い縛りながら青年はモニターに映るスマートレディを強く睨むが、やはりソレを意に介す事も無く――そもそも和也の心情さえ知る事も無いのだが――スマートレディはマイペースな調子で、かつ高らかに続ける。
『おめでとうございま~す、貴方達は選ばれました! 進化した新人類“オルフェノク”として!』
“選ばれた”?
言われても理解出来る訳が無い。新人類、オルフェノクという単語。何を意味しているのか、自分達はどうなってしまったのか。
青年の本能か、これは聞いてはいけないと警鐘を鳴らす。しかし、ほんの一抹の好奇心が、それを拒んだ。聞き逃してはいけないと必死に本能に抗議する。
『貴方達オルフェノクは、新たに手にした力を使う権利がありま~す。それをどう使うかも、貴方達次第!』
そんな和也を他所に、営業スマイルとも取れるような笑みを浮かべながら、スマートレディは衝撃的な言葉を発した。
『本能の赴くままに、人間を手に掛けるのも良いんですよ~』
「――オオオオオオオオ!!」
ふざけているのか、という和也の叫びは、周囲の絶叫によって掻き消された。
先程から不気味な様子を見せていた彼等は、まるで待ち望んでいたかのように、獲物を求めた獣のような咆哮を上げる。それらはまるで日本各地から轟いているかのように、空気が震えている。
もはや和也には、彼等が人間には見えなかった。理性を失った、肉食動物のようにしか見えなかった。
……否、実際に彼等は、人間では無くなっていた。
後ろ姿の父親の身体が灰色に朧気に光る。刹那、その身体は服を含め灰色に飲み込まれ――
――やがて、父親は異形の怪物と化した。
「…………は?」
面影は、人間だった頃の二足歩行の身体付きしか残されていない。幼い頃によく見ていた、特撮に出てくる怪人のような姿。トカゲのような意匠を持った父親だったソイツは、ゆらりと、立ち並ぶ高層ビルへと視線を向ける。それに倣うように、絶叫していた人間達も、次々と灰色の異形へと姿を変えていった。
ふと、様々な所から屋内にいたであろう人々が、恐る恐るといった様子で外へと出て来る。成る程、屋内では流石に青い薔薇の被害は無かったのだろうと、和也はぼんやりと思考する。眼前での光景があまりにも衝撃的すぎて、気に留めたのもほんの僅かだったが。
人々と、灰色の異形の視線が重なる。
人々は、恐怖で染まった絶叫を上げた。
異形達は、狂気で染まった絶叫を上げた。
人間であった筈の異形が人々を襲うという信じられない現実に、目を背けたくなる。ほぼ反射的に、現実逃避するように自身の両手を見やった。
それが間違いだった。
「…………え?」
その両手は、見慣れた自身のモノでは無かった。
その両手は人間と同じ形であるものの、灰色かつ獣のような現実離れしたモノであって、
それは丁度、目の前の灰色の異形等に似通っていて、
「…………ッ!?」
両手だけでは無かった。
視界に映る自身の身体、腕、足までもが、灰色で醜い特撮怪人のようなモノとなっている。自身が意図した訳でもなく、それは唐突に。
有り得ない、信じたくない。半ば呆然としながらも、彼は確認するように、異形のモノと化してしまった両手を顔に宛がう。
それは少なくとも、顔で感じる筈の無い感触だった。
それは少なくとも、人間の顔では無かった。
「あ……うぁ……」
それが、現実。自分までもが、得体の知れない化け物へと化してしまった事が、現実であった。
ポツリ、と額に滴が落ちる。段々と至る所に滴が降り始め、やがてソレは雨なのだと解った。雨足はどんどん強くなっていき、これから天気は尚更悪くなっていくのだろうと、普段だったらそう思考する事が出来ただろう。
雨は地面を、散らばった灰を濡らしていく。湿っていく灰は、やがて出来上がった水溜まりへと浮き、どこかへと流れていく。
そんな最中でも、人々と異形の絶叫は止まなかった。雨に濡れた地面に、灰が次々と溢れていった。
「――――ッ!!」
形容し難い声で、和也であった異形は絶叫した。
受け入れられない現実に、ただただ恐怖していた。
無意識に空へ伸ばした手の先には、もう鳥はいなかった。