予定通りに進めば全7、8話程で終わるんじゃないかと思われます。
後頭部に、鈍い衝撃が走った。
ぼんやりとしていた意識が、一瞬にして覚醒する。視界には、見慣れた自室が広がっていた。否、見慣れたという表現には若干の語弊がある。天井と床、その他諸々の家具が逆さまだったのだ。
天と地が引っくり返った。というような大仰な事ではない。単純に引っくり返ったていたのは、自分自身だったのだから。
もっと言うと、そんな彼を屈みながら眺めている女性がいた。体勢故に、その顔も宙に吊るされたかのように逆さまだった。
科学者が身に付けるような白衣を着た女性は、腰辺りまで伸ばした茶色い髪を揺らしながら、ポツリと言葉を漏らす。
「悪夢にうなされて、ベッドから転げ落ちて目が覚めるとは。面白いくらいテンプレのような展開だな」
抑揚の無い口調だったが、何処と無く関心を示しているような色が含まれていた。
悪夢と言われて、青年は、あまり思い出したく無い過去を夢として見ていたのだと理解する。“あの事件”から、全てが変わってしまった――あれから年月は経ったが、苦い気持ちは薄れない。
忘れるように頭を横に振りつつ、彼女の眠たげな半開きの瞳をただ見据えながら、漸く青年は口を開く。
「……おはようございます」
「うん、おはよう」
返事するや否や、女性は立ち上がりスタスタと奥の部屋へと引っ込んでいった。
……いや、起こしてくれないんかい。
何しに来たんだと言わんばかりに彼女の背中を見送りつつ、ワンテンポ遅れて、青年はゆっくりと身体を起こす。被っていた布団は、転げ落ちていた為か乱れていた。
近くのテーブルには、乱雑に新聞が放置されている。きっと先程の女性の仕業であろうと、青年――本城和也は苦笑しつつ、その新聞一面の見出しを見やった。
――衝撃! 帝王のベルト、ファイズに敗れる
「どの新聞の一面も、そればかりだ」
新聞記事に目を通している彼を見てか、部屋からタブレット端末を持ち出してきた女性が、何処と無く愉快そうに呟く。
「最強と謳っていた帝王のベルトが、結局両方とも消滅したのだからな。ふふっ、私の傑作であるファイズギアを舐めた結果がコレだ」
「なんか色が変わった途端に強くなりましたよね、ファイズって」
タブレット端末に表示された、新聞記事とほぼ同じ内容のソレを見せ付けてくる女性を軽く避けながら、和也は欠伸をしつつも律儀に関心した旨を口に出してみた。
タブレット端末や新聞の記事を交互に見ていると、昨日スマートブレインによってライブ放送されていた“人間解放軍公開処刑”での、衝撃的な戦闘が鮮明に浮かぶ。鮮烈なライダースーツを身に纏った、赤と黒の二人の激しい戦闘は幾度も息を呑む程であった。
死闘の末、赤い戦士ことファイズ――人間解放軍側に軍配が上がったのだが、この結果に、黒い戦士ことオーガを熱狂的に応援していた多くの観衆は、ただただ沈黙する他無かった。帝王の敗北は、誰も予想してはいなかったのだろう。
「ファイズには他のギアには無い、モードチェンジ機能を搭載しているからな。ブラスターモードはフォトンブラッドをフォトンストリームではなく全身に循環させる事で、最低出力の赤でも最高出力である金を圧倒出来る訳で……まあこれは私も計算していなかったのだが、だからこそあの結果を見せ付けたファイズギアを造り出した私は自他共に認める天才であって――」
訳の解らない単語を並べた上に、いつの間にか自画自賛に移るのがこの人の悪い癖だと、和也は苦笑しつつ彼女の弁舌を右から左へ聞き流す。
しかしこのファイズ、人間解放軍側では「闇を切り裂き、この世に光をもたらす」と、いわゆる“救世主”のような扱いだったらしい。さぞ製作者である――和也はあまり信じていないが――彼女も鼻が高いだろう。だからこそ、いつにも増して機嫌が良いのか。
――救世主、ね……。
内心でひっそりと呟きながら、未だ弁舌を続ける彼女を尻目に、机に置かれたタブレット端末に表示されている記事に――その記事に載せられた、大きな黄色い目が特徴的な赤い戦士・ファイズの画像を見やる。
自分たち“反対派”としての救世主とも成りうるのだろうか。和也は昨日のライブ放送を観て、淡い希望を抱いていた。
ある日、この世界の覇権はオルフェノクと呼ばれる種が握る事となった。
人間が死亡した時、その人間が再度覚醒すると、その人間は進化した存在・オルフェノクとなる。死亡した人間全てがオルフェノクとなる訳ではないので、何らかの特定の条件満たす必要があるとの噂がある。
オルフェノクの姿は死亡する前の人間の時と同じだが、自身の意思により闘う姿――動植物の特性を持った、灰色の異形へと変化する。
オルフェノクは自然発生のように生まれる存在であった為、当初は都市伝説のような存在として認知されているだけだった。が、“あの事件”により爆発的にオルフェノクが増え……人間は爆発的に減ってしまった。
人間からは悪魔の薔薇と呼ばれた、青い薔薇。スマートブレインと呼ばれる表向きは大企業――実際は、オルフェノクを束ねる黒幕であった――により、その薔薇が全国各地にばら蒔かれたのであった。
オルフェノクとなった者は、大抵はその強大な力に溺れてしまう。そしてその力を奮って人間を襲い、人間という種を減らし、同族であるオルフェノクを増やそうとする。オルフェノクだけの社会を作り出す為に。
オルフェノクは人間を殺す際、オルフェノクの因子を人間の体内へ注入する。使徒再生と呼ばれるこの力に耐えた者が、同じオルフェノクと進化し、耐えられなかった者は、身体が灰となって崩れ落ち死亡する。
スマートブレインによってばら蒔かれた悪魔の薔薇には、その使徒再生を応用した性質を持つ。その薔薇により、しらみ潰しに人間を減らし、確実にオルフェノクを増やす。それがスマートブレイン社長・村上峡児の思惑であった。
実際、人間の大半は死に絶え、その中から多くのオルフェノクが覚醒した。屋内にいた人間は無事であったが、覚醒したオルフェノクによって次々と殺されていった。そして殺された中から、オルフェノクが覚醒していく。確実に、オルフェノクという種が増えていく。
いつの間にかオルフェノクが、当たり前のように街を歩き、雑談し、一日を過ごす。人間の頃と差ほど変わらないような生活が、そこにあった。オルフェノクの社会が定着したと解った時には、既に人間は数千人程度しか生き残っていなかった。
オルフェノクであるのが当たり前。人間はただオルフェノクに怯え、オルフェノクに見付からないように、地獄のような日々を過ごす。人間の社会は、既に面影さえ見られなかった。
しかし、人間を本能の赴くままに襲うオルフェノクばかりでは無かった。本能に抗い、人間達と共存出来ないのかと考えるオルフェノクも、少なからず存在したのだ。
だがスマートブレイン側からすれば、その思想は邪魔でしかない。スマートブレインは、共存を考えるオルフェノクは即座に処罰する、という制度を実施する事で先手を打ち、全てのオルフェノクを上手く管理しようと試みた。
実際、人間と共存するという声は減ったが、言葉に出さずに密かに抵抗する者も現れ……やがて人間と共存を持ち掛けるオルフェノクは“反対派”と呼称されるようになった。
スマートブレインはそれを見て、ある手段に出る。帝王のベルトと呼ばれる戦闘スーツを造り出し、その圧倒的な力で残された人間――彼等はオルフェノクに抵抗すべく“人間解放軍”というレジスタンスを結成していた――を処刑し、人間の僅かな希望を打ち崩す事で、同時に人間との共存を望む“反対派”を打ちのめそうと目論んだ。絶対的な管理体制を敷く、という意味合いでも大きな一手だろう。
その目論見は昨日、スマートブレインとの戦闘で長らく姿を消していたファイズによって潰える事になったが。
これを期に反対派は、人間側と接触を図ろうと行動を起こす事にした。いつスマートブレインが次の手を打つか解らない以上、即座の行動が吉であろうと判断した為だ。
本城和也もそんな反対派の一人であるが、彼はソレとは別の行動を取る事になっていた。
その理由が、目の前で菓子パンを貪っている彼女だった。
「……あの、井溝さん? 何してるんスか?」
「何って。見ての通り長原からの定時連絡を確認してるのだが」
「いやそのタブレット端末じゃなくて、その横に五つも積み重なってる菓子パンの事です」
「ああ、美味しそうだろう? メロンパンは私の好物だ」
「全部メロンパンて何考えてんですか、つか何ナチュラルに二個目に手を伸ばしてんですか」
「む、流石に栄養バランスに支障が出るか。仕方ない、間にチョココロネとクリームパンを挟み込むと」
「何一つ解決してねーし、元よりバランスなんて見る影もねーよ糖分女」
ついつい口調が荒々しくなる和也だったが、そんな彼の忠告さえも尻目に、むしろ井溝と呼ばれた女性は拳を振り上げて熱弁する。
「糖分は私の源だ!」
「近い内にその糖分に身体を蝕まれますよアンタ」
菓子パンの屑を白衣にボロボロ溢す井溝の姿を見て、とても彼女が重要人物とは思えなくなってきた和也だった。
「つい先日、スマートブレインのライダーズギアシステム開発班最高責任者・井溝千秋を保護した」
反対派のリーダー格とも言える大男・長原勇吾からそう告げられたのは、もう一週間も前の話だ。
「……何でそんなお偉いさんが?」
「なんでも、あっちに嫌気を刺したとか何とか。残念ながら、帝王のベルトに関する有力な情報は大して持っていなかった」
顔を引き攣らせる和也を意に介した様子も無く、長原は淡々と続ける。しかし嫌気が刺したなどという理由で、わざわざ反対派の下へ来るとは和也には考えられなかった。何か裏があるのではと邪推してしまう。
また当時は、スマートブレインも帝王のベルトの存在を公にしていなかったので、オルフェノク側も帝王のベルトを噂程度にしか認知していなかった。そんな噂程度のモノを、無謀な人間解放軍数人が奪取という名目で、スマートブレインに乗り込んだという話を訊いた事がある。悉(ことごと)く、返り討ちにあった事も。
「有力な情報が無いって……そいつ、ギアシステムの開発に携わる最高責任者だろ?」
「帝王のベルトの開発に関わりたくないからこその、反対派側への逃亡らしい。奴が何を考えているかは解らんが、何にしろ帝王のベルトは存在する、という事が解っただけでも上々か」
一拍間を入れた所で、長原は重々しく口を開く。
「帝王のベルトが、二本も存在するという事もな」
「二本て……!?」
「天と地、それぞれに特化した力を持ったギアと訊いた」
背筋に寒気が走った。
“帝王”などという仰々しい謳い文句を付ける程だ、それらの力は計り知れないモノなのだろう。ソレ等を使って、残された人間達を……そして自分達反対派に矛先を向けてくる事だって、充分に有り得る。
本来ライダーズギアシステムは、来るべき“オルフェノクの王”を守護し、裏切ったオルフェノクを討伐するモノ。その力は、並のオルフェノクでも太刀打ち出来るかどうかだ。
反対派側には、スマートブレインから奪取した量産型ギア・ライオトルーパーのベルトが数機程度しかない。いざスマートブレインがこちらに牙を向けてきたと考えると、まず無事では済まない。
人間解放軍側は、更に絶望的だろう。あちら側にはファイズギアと、また別のギアシステムであるカイザギアなる物が手にあるらしいが、ファイズギアとその所持者は以前のスマートブレインからの強襲によって行方不明であるし、カイザだけで帝王のベルトに――それ以前に大勢のオルフェノクと闘うなど、不可能だ。
嫌な映像が、幾つも頭に浮かんでしまう。
気が滅入った彼の表情を見てだろう、長原は無表情ではあったものの、どこか安心させられるような優しい口調で言った。
「そう暗い顔をするな。それが解ったのであれば、我々は対スマートブレインのシュミレーションも捗る事になる」
「……絶望しか無さそうだけどな」
「そんな事は無い、希望だってある。……先日保護した、彼女がそうだ」
そう語る彼の瞳には、確かに絶望は宿っていなかった。まだ諦めるなんて有り得ない。そう言っているように、和也は感じた。
長原がいるからこそ、この反対派も今まで前向きにやっていけた。彼を慕って、少しずつだが反対派も増えてきた。彼の存在の大きさが、改めて身に染みた。
「とはいえ、まだまだ希望は足りない。特に、反対派も数が少ないからな」
「そればかりは、どーしようも無えんじゃ……」
「いや、仲間から訊いた話だが、最近人間解放軍側とコンタクトを取っている、男女三人組を見たらしい。様子を見るに、彼等も我々と同じ思想を持つ者だろう」
「て事は……!」
「近い内に、彼等にも話しをしようと思う。もしかしたら彼等のルートで、更に同志が増えるかもしれない」
残念ながら、彼等の淡い希望が叶う事は無かった。
後に反対派の希望であった三人組は、二人は裏切り者としてスマートブレインに殺され、残された一人は――どういう経緯かは不明だが――人間に絶望し、帝王のベルトを手にする事となったのだから。
「という訳だ。和也、お前に任務がある。まあ、任務と言う程仰々しいモノでもないが、大事な役割だ」
長原のその神妙な表情を見て快く承諾してしまったのは、もしかしたら間違いなのかもしれない。
見方を変えれば、面倒事を押し付けられたとも取れるのだから。
「――井溝千秋の監視・及び護衛を任せたい」
「メロンパンは日本発祥の菓子パンでな、あのカリカリモフモフとした食感がまたたまらなく」
「何勝手にメロンパン談義をおっ始めてんスか止めろ下さいマジで」
そんな監視及び護衛対象が、目の前でメロンパンを頬張っている女性・井溝千秋であった。
かなり重要な役職に就いているからもっと壮年な奴かと思いきや、想像していたより若かったので驚きだ。普段は何を考えているのか解らないような無表情なのに、何故だか菓子パンを求める時だけは一変して子どもそのものだ。何をどう間違えてこんなキャラになってしまったのか、正直理解に苦しむ。
ハムスターのようにメロンパンを頬に詰め込んでいる為か、フガフガと言葉にならないまま未だ談義を続けているらしいが、聞き取れる筈が無い上にそもそも聞く気も無いのでスルーする。朝食を済ませるべく、和也は食パンをトースターに放り込んだ。
漸く咀嚼を終えたのか、千秋はテーブルに積んであったメロンパン――正しくはソレの入った袋――の一つを摘まみ、和也に向けて差し出す。
「トーストなんぞより、メロンパンはどうだ」
「……結構です」
受け取ったら最後、千秋のメロンパン談義が長々と続きそうな気がしたので、丁重にお断りしておいた。
そういえばと和也は思い出したように、千秋の眺めるタブレット端末に目を落とす。
「ソレ、どうですか?」
「ん、美味いぞ。流石はメロンパン」
「いやそっちの菓子パンの山じゃなくて、端末の方です」
「ややこしいなあっちだこっちだと」
顔をしかめながらも、律儀に千秋はタブレット端末を和也に寄越した。ディスプレイには簡潔に、数行の文字だけが表示されている。
「潜入成功、職員に紛れてギアシステムを捜索中……流石は長原さん、手際が良いですね」
「うん。これなら直ぐにでも、私が開発した極秘裏のギアを奪取出来るだろうな」
反対派は人間解放軍へのコンタクトだけでなく、昨日付けで、長原を含めた少人数でスマートブレイン本社へと向かっていた。曰く、千秋による指示で“自身が開発した新型のギアを奪取せよ”とのこと。
保護された身で何言ってやがんだと、訊いた当時の和也は食って掛かったが、意外にも長原は快諾した。帝王のベルトという脅威が失せ、手薄であるスマートブレインに潜入するのは今しかないという理由だ。そう説明されれば納得は出来るが、どうもあまり信用出来ない千秋の指示に従うのは、和也には釈然としなかった。
「つか、ホントにあるんスか? 新型ギア」
「何をいきなり」
「正直アンタがギアシステムの最高責任者なんて、まだ信じられない。それ以前に、俺達を嵌める為に、スマートブレインから派遣された可能性だって」
「うん、無くは無いな」
「え」
否定してこない事に驚きだった。
「……私は、あの日……悪魔の薔薇の件より前に、オルフェノクに覚醒してな」
ぽつりと呟くように、彼女は唐突に口を開いた。
「混乱し、絶望していた私を、スマートブレインは拾ってくれた。元々孤児だった私は、その恩に報いるように、ライダーズギアの製作に関わるようになったんだ」
何よりも、会って間もない和也に、唐突に自身の過去を打ち明け始めた事が、彼にとって一番の衝撃だった。
……そんな自分が、この話を聞いても良いのか?
「いずれ現れるオルフェノクの王の為に。そう聞かされ、私はライダーズギアの開発に携わり……元々器用だったのが幸いしてか、いつの間にか責任者になっていた」
だが、と一瞬言葉を濁したが、何事も無かったように千秋は続ける。
「ある時、私も聞かされていない計画が、最終段階にまで進んでいた。進化の薔薇……人間側で言う悪魔の薔薇を世界各地に蒔き、人間を殲滅するという計画だ」
千秋の話を聞いて、和也の脳裏にも蘇る。人々の行き交う都会が、あっという間に死者の巣窟と化したあの瞬間を。
あれから和也自身も、オルフェノクに覚醒してしまった。
「私にとっては、人間もオルフェノクも然程関係無かった。オルフェノクは元は人間なのだから、やがて共存出来る日が来るだろう。そんな理想を、スマートブレインは踏みにじったが」
皮肉めいた、しかし悲しそうな色が表情に浮かぶ。
「これで本当に良いのか。私は呑気に、人間が絶滅する様を眺めているだけで良いのか。本当に、人間と共存出来はしないのか。考え抜いたが、明確な手立てが無い。私には、せめて万が一の為に、極秘裏に新型のライダーズギアを幾つか開発する事しか出来なかった。手間は掛かったがな。
そんな中に耳にしたのが、帝王のベルトの計画だった。絶対的な管理体制を敷く為に必要だ、開発を頼む。と」
一息つくように、メロンパンを一口かじった。トースターからチンという音が響いたが、差ほど気にしていられなかった。
「私は断った。絶対的な管理体制……その中には、生き残った人間を徹底的に殲滅する事も含まれているのは明白だったからな。それだけは嫌だった。
それがどうも上層部には気に入らなかったらしい。開発しなければ、裏切り者として処分すると言ってきた。私はスマートブレインを抜け、身の安全を確保する為に、反対派に助けを求めた。で、今に至る」
深い溜め息をついた後、千秋は左手に収まっていたメロンパンに一気にかぶり付き、暫く咀嚼する。近くに淹れてあった紅茶――砂糖多めの甘いヤツだ――をそのまま流し込み、漸く胃に収めた。何やら、話を続ける様子は見られない。
テーブルに積まれていた菓子パンの山に、彼女がまたもや手を伸ばした所で、今まで黙って聞いていた和也が漸く口を開く。
「……え、終わり?」
「うん、終わり」
「……何でそんな事を、俺なんかに?」
「何でって……」
メロンパンが入った袋を開けながら、千秋はいつも通りの無表情で答えた。
「これだけ言えば、少しは納得はしてくれるのだろう?」
「いや、アンタはそれで良かったのかよ」
「大した話でもないからな、気にしない」
――何も知らずに、ただ研究に没頭していた愚か者には違いないからな
いつの間にか完璧にタメ口になっていた事を指摘するでも無く、一瞬にして重くなった空気に対し特にリアクションをするでもなく、小さく消え入るように呟き、思い出したかのようにメロンパンを貪り始める。
少なからず、俺の信用を得る為――その為に彼女は、話せる限りの自身の事を語った。気にしないと彼女は言っていたが、和也はどうもすっきりしない。何がどうすっきりしないのかさえ、まだ解ってもいないのだが。
これが井溝千秋の性格なのだと、半ば納得しておく他無かった。
ふと、長原を含めた任務に出ている面々の無事を憂う。
井溝千秋が極秘離に開発したという、新型のライダーズギア。初期段階で開発されたギアを参考に、最新鋭の技術を駆使して開発したというソレ等は、彼女が脱走する際に持ち歩く余裕は無かったらしく、スマートブレイン本社に隠さざるをえなかったらしい。
そんなとんでもない所に、という声も勿論上がったものの、このギアが反対派の手に渡れば充分戦力と成りうる、という長原の声に賛同する声も多く、人間解放軍との接触を図る事と平行して行われる事になった。
「ところで本城」
「……なんスか」
「トースト、良いのか?」
弾けたように和也は飛び上がり、トースターからパンを取り出す。パンはトーストを通り越して、若干炭と化していた。というか熱い。
「メロンパン、食べるか?」
「……頂きます」
遂に折れた和也に、千秋は悪戯めいた笑みを浮かべた後、メロンパン談義の続きを語り始めた。
その様子は先程とは打って変わって、やはり子どもそのものであった。