大体7、8話程度で終わるくらいだから、この程度なら短期連載みたいなモノかなーとか自分では思ってましたが、更新が遅くなって連載期間がかなり延びてしまったら、それはもう短期連載とは言えないのでは、と。ややこしい。
これも全部、乾巧って奴の仕業なんだ。
「漸く我々スマートブレインも、次のステップに進む事が出来まーす」
薄暗い個室に響いたのは、その場に似つかわしくない能天気な女性の声だった。
スマートブレインのスポークスウーマンであった――今となっては、その上層部の飼い犬と陰で囁かれている女――スマートレディは、目の前に立つ中年の男に、子ども向け番組のお姉さんのような口調で続ける。
「帝王のベルトが敗れるというのも想定の一つではあったので、気にする事もありません。社長さんを処刑しちゃったので、暫く表向きの統率者が必要となりますけど……」
「それでも、次のステップには早急に進まなければならないんですね?」
男の静かな問いに、スマートレディは首肯する。仮面のように被せられた彼女の営業スマイルは、いつ如何なる時でも揺らぐ事は無い。何か絶対的な自信があるのか、はたまたその表情しか浮かべられないのか、定かではない。
「我々の次のステップは、オルフェノクの王を宿した存在を探す事。その王の復活の為に、材料も必要ですね~」
「……王の所在の目星はさておき、材料なんてすぐに用意出来るのですか?」
「あら?」
男の訝し気な問いに引っ掛かる所でもあったのか、スマートレディはすっとんきょうな――しかしそのキャラを崩す事も無く、可愛らしく首を傾げた。
「やっぱり、もうご存知でした~?」
「スマートブレインの一部では専らの噂ですよ。王の復活に、まさか――」
――大量のオルフェノクが、生け贄として必要だなんてね……。
スマートレディの貼り付いたような笑顔が揺らぐ事は無い。悪戯が見付かった子どもが浮かべる、バツの悪そうな苦笑の色が混ざった程度だ。
その色さえも、瞬(まばた)きした時には既に消え失せていたのだが。「大丈夫で~す」と声を上げたのも、丁度このタイミングだ。
「こういう時こそ、我々にとって目障りな、反対派の皆さんを利用しちゃえば良いんです!」
「……成る程、名案ですね」
くつくつと、低い声で静かに笑う男。彼もそれは想定内であったようで、終始静かな様子を乱れさせる事は無かった。薄暗い一室で、静かな笑い声が交差する。
次いで、二人が挟むようにある白いテーブルに、唐突にスマートレディは、どこからか取り出したアタッシュケースをそこに丁寧に置いた。“SMART BRAIN”のロゴが刻まれたソレは、妖しげな雰囲気を醸し出している。
男の目が、一瞬にして見開かれた。
「それは、まさか……」
「イオタギア。井溝千秋が残した設計図を基に開発した、ギアシステムで~す」
言って、スマートレディは男に差し出すようにケースを押す。男は目を剥きながらも、そっと丁寧にソレを受け取った。自身がこれを受け取るのが、まるで信じられないかの様相だ。
くす、とスマートレディの笑い声が溢れる。
「上の方々も、貴方の働きぶりには期待しています。今回の貴方の役割である“生け贄の調達”にてこれを貸し与え……満足のいく結果であれば、それは貴方のモノだと仰ってました~」
「……ありがたい。必ずご期待に応えてみせますと、お伝え下さい」
口調こそは丁寧ではあったが、男の目は相反するようにギラギラと輝いていた。自身に舞い込んできた力。これで自分は、もっと高みに着く事が出来る。人間を捨てて手に入れた異形の力より、更に高みに。
男が慎重な手付きでケースに手を伸ばした所で、それを遮るようにノック音が響いた。こんな良いタイミングに何なんだと、男は内心で舌打ちする。
「どうぞ~」
「失礼します」
スマートレディが入るように促し、それを確認したのか扉が開かれる。薄暗い室内に、光が射し込んだ。
入ってきたのは、黒いスーツを着こなした青年だった。いかにも仕事が出来るエリートのような――恐らく、実際その通りなのだろう――自信に満ちた空気を纏っている。無表情なのでそんな空気は感じ難いが、男だってベテランだ、青年の異様な雰囲気を見て察した。
抑揚の無い声で、青年は告げる。
「スマートブレイン本社内に、反対派と思しき鼠が侵入しました。如何致しましょうか」
「……飛んで火に入る夏の虫とはこの事。即刻、侵入者を捕捉して参ります」
「いえ。今回は彼に任せちゃって下さ~い」
意気込んだつもりだったが、任せると言っていた本人に何故だか止められてしまった。
思わず一瞬固まる男だったが、そんな彼を他所に青年は静かに淡々と続ける。
「……例のモノで、ですか?」
「ええ。なんなら全員お掃除しちゃって下さ~い」
恭しく頭を下げた青年は、既に用は無くなったのか、部屋からそそくさと退室する。結局、声を出す間も無く固まっていた男は、その様子を黙って眺めているだけだった。
何故、何故私は見ているだけなんだ。私は上の方々に期待されているのでは無いのか。何故あんな若造が。ふつふつと、黒い感情が沸き上がってくる。
「……そんな不貞腐れないで下さいよ~」
男の心情を知ってか知らずか、スマートレディは、やはり普段の調子で口を開く。
「貴方の仕事は既に用意してあります。そちらに専念して下さいね~」
お願いしますよ、と念を押され、高ぶっていた感情も収まっていく。そうだ、これだけで冷静さを欠いてどうする。私は私で、上の方々の評価を得るだけだ。オルフェノクの未来の為に。
自然と、ケースを握る手が強くなっていた。
「――本城さん」
男はスマートレディに、深々と頭を下げた。
―――――
「うんうん。とても良い買い物だったな。そうは思わないか、本城」
「クソ無駄な買い物だったと思います」
大通りの一角に建つスーパーマーケット。その大通りに面した自動ドアから、二人の男女が現れた。井溝千秋は何やらとても満足そうな表情で、片や本城和也は……何やらやつれている。彼の両手には、パンパンに詰まった買い物袋が握られていた。
「何を言うか。これほどの菓子パンのストックを買い占めたんだ。暫くは困らないぞ」
「別にこんな大量に買い込まなくても、困る事なんて何一つ無いと思うんですがね……」
メロンパン談義を聞き流しながら朝食を終えた後に、千秋は恐ろしいモノでも見たような悲鳴を上げていた。その理由が「菓子パンのストックが尽きかけている」という、和也にとって死ぬ程どうでも良い話ではあったが、彼女にとっては命に関わる問題だったらしい。買いに行くから手伝えと言われた時は、正直一人で行けと吐き捨てたかった。
しかし、そういう訳にもいかない。曲がりなりにも、彼女はスマートブレインの元職員。脱走した彼女を狙い、どこでスマートブレインが目を光らせているかも解らない。和也が監視及び護衛という任務 をやり遂げる為には、心底面倒だが和也も一緒に行かねばならない。
というより、長原勇吾になるだけ外出は避けろと念を押されているのだが、まるで訊いていないのか千秋はやけにフリーダムに行動していた。彼も諦めたらしく、何も言ってこなかった。
何も言ってこないという事は、実質和也に押し付けられたようなものだが、文句を言う訳にもいかない。勇吾は現在進行形で、危険な任務に臨んでいる。任せられたからには、しっかり遂行せねば。
最初こそは意気込んでいたが、菓子パンを次々に放り込んでいく千秋の姿を見て、何だか馬鹿らしくなってきたのが正直な感想だったりする。あれだけ大量の菓子パンを買い込んだのだと今更ながら実感すると、胸焼けがじわじわと襲ってくる。
多少の生活用品を買えた事だけが唯一の収穫かもしれないが、その生活用品諸々も菓子パンによって圧迫されている。もはや見る影も無かった。
会計を済ませる時の店員の顔が引きつっていたのは、絶体に気のせいじゃないと思う。
「ていうか、そもそも何が井溝さんをそんなに駆り立てるんですか……」
「私は昔から、菓子パンの未知なる力によって生かされていたような感じだからな」
「訳が解んねえです」
「極論だが、ライダーズギアも菓子パンが無ければ生まれなかったようなモノだぞ?」
「乾巧とかがその話聞いてたら卒倒すんじゃないですか」
菓子パンの話題だけで胸焼けが酷くなりそうだった。
「もうとっとと帰りましょう。帰って長原さんの報告でも待ちましょう」
「うむ、そうだが……まず無事に帰れるか、だな」
千秋の言葉に違和感を覚える。次いで、その違和感の正体を察した。
明らかに、自分たちに向けられた視線。それが、背後からいくつも。
何度か嫌でも経験してしまったが故に、和也にもこの視線の意味は解ってしまう。自身に向けられた疑念。そこから繋がる敵意。反対派として活動してきた経験から、この視線はスマートブレインの遣いのモノであると察してしまう。経験してきたとはいえ、やはり馴れないモノではある。
今回の場合、スマートブレインに身元が把握されている千秋が一緒だったのだ。実質スマートブレインが権力を持っているこのご時世、すぐ見付かる可能性には覚悟していたが。
……この大量の菓子パンのせいなのか。そうなのか。
「察されないように離れます?」
「無駄だろうな。私をマークしたとなると、増援でも呼んで包囲するだろう」
となると、残る手は一つしかない。
「……ちゃんと着いて来て下さいよ、井溝さん」
「おい、置いていくなよ。私の護衛が君の任務だろう?」
言って、二人は合図も無しに同時に駆け出す。それは唐突に、そして素早く。
数秒を置いて、背後から自分達を追う足音が、矢継ぎ早に響いた。
「どうやって逃げる!?」
「撹乱するように、しかないでしょう! こっち!」
右へ左へ、細い路地に入っては大通りに出て、階段を駆け上がっては高台か飛び下りて、とにかく容易に追えないような場所へ、行っては離れを繰り返す。ご丁寧にも、菓子パンが大量に詰まった買い物袋を手放す事は無かった。なんか手放したら負けのような気がした。
しかし、追手も中々距離を縮める事なく着いて来る。時折振り返ると、気のせいか追手の数が増えているような。
「……ヤバくないですか、コレ」
「君の自宅まで着いて来られると厄介だし、完全に撒けられれば良いのだが……」
大分二人の息も切れ切れになってきた。和也としては、オルフェノクとなった今では人間の頃より基礎体力がやけに上がっているようにも感じたが、流石に体力的に限界に近付きつつあった。
千秋も和也程ではないが、疲労の色が浮かんでいる。見た所、和也より体力はあるのかもしれない。運動に縁の無さそうな彼女ではあるが。
このまま突っ切ろうとした所で、眼前の道路に黒塗りの車が、突如として道を塞ぐように停車する。唐突に現れたソレに驚く彼等を尻目に、車からは続々と黒スーツの男達が現れた。
「こっちだ!」
たまたま見付かった、違う方向の道へと駆け込む。真っ直ぐ続くその道では、ただ直進する他無かった。どこかへ誘い込まれている気がして、嫌な予感しかしない。
ともかく、このまま逃げ続けるのは難しい。どこかに隠れてこの場をやり過ごさないと、永遠に自宅に辿り着けやしない。駆けながら、和也は思考を巡らせる。何か良い方法は無いか。
その最中、気付かない内に彼等は公園へと辿り着いていた。中心には噴水が設けられていたり、割と大きなアスレチックがあったりと、中々の規模の公園だ。いつもは散歩する人々や遊具で遊ぶ子供たち等で、人の多い筈ではあるのだが、不思議と今はその姿が少ない。
嫌な予感が的中する。
「くっそ、やられた!」
「先回り……いや、待ち伏せか? 私達を最初から追い込むつもりだったのか」
彼等の眼前には、公園を埋め尽くさんばかりの黒スーツが立ち塞がっていた。挟み撃ちにするつもりだったのか、やはりその数は多い。たかが一人の女性に――その技術は確かなモノなのだろうが――これだけの人員を割くとは、千秋のライダーズギア開発班最高責任者という肩書きは、伊達ではないのだろう。
それだけ今のスマートブレインは、彼女の力・技術を欲しているという事か。
「前門には虎、後門には狼……だったか? さて本城、どうしよう」
「どうしようもねー、て言いたいっスけど……仕方ない、飛びますよ!」
「うん、それしかないだろうね」
返事するや否や、和也は片腕を千秋の腰に回し、抱えるように持ち上げる。買い物袋がミチミチと悲鳴を上げているような気がするが、気にしない。気にする暇が無い。
「おい、もう少し丁寧に出来ないのか?」
「注文が多いんだよチクショーめ」
ついつい口調の荒くなった和也の顔には、いくつもの黒い筋――見方によっては模様に見える――が浮かんでいた。
やおら和也の身体が灰色に淡く光り、衣類までもがその光に飲み込まれる。光が収まったそこにいたのは、本城和也という存在ではなかった。
背丈こそは然程変わってはいないが、全身が特撮怪人のような灰色の異形へと変化している。細い両脚から伸びる鉤爪や、鷹にも似た猛禽のような顔が特徴的だ。鋭い双眸は、眼前に広がるスマートブレインからの追手全体を見回しているのだろうか。ギョロリと、灰色の眼球が動く。
猛禽類の特性を宿したこの姿こそが、和也のオルフェノクとしての姿だった。
ホークオルフェノク……もとい和也は、その背中から灰色の翼を広げる。と同時に、両脚から伸びた鉤爪が広がり、四肢も先程に比べ若干細身になった。飛翔態と呼ばれる形態へと変化した和也は、直ぐ様その場から羽ばたき、段々と地面から離れていく。千秋や菓子パン諸々の分の重さもある為か、その飛行は若干おぼつかないモノであったが。
下にいる追手が、その様子を見て呻くのが聞こえた。
「よし、これならイケるな!」
「……あの、井溝さん。やっぱせめて菓子パンは捨てませんか。重い」
「何を言う、菓子パンは私の命だ! 菓子パンを捨てるのは、私を捨てるのと同義だ!」
もう何を言っても無駄なんだなと和也は悟った。
その最中、新たに到着した黒塗りの車から数人の男が現れる。中でも一際貫禄を見せているサングラスの男は、飛行して逃走している和也達を見上げるなり、傍にいた小柄な男に呟いた。
「……落とせ」
「あいよ旦那」
小柄な男は不敵に笑い、その姿をオルフェノクのモノへと変える。やたら力強そうな脚や頭から生えた二本の触覚は、どことなくバッタを彷彿とさせる。小柄な男改めグラスホッパーオルフェノクは、ゆっくりとその場に屈む。ギリギリ、と両脚に力が加わっているのか、タイル張りの地面にヒビが入った。
オルフェノクとしての勘が働いたのか、和也は嫌な気配を感じた。
感じたのは良いが、やはり重くて思うように機動をコントロール出来ない。
「ちょ、井溝さん、多分何か来ます」
「む」
訝しげに、千秋は担がれた体勢のまま下を見やる。流石というべきか、彼女の視界には直ぐにオルフェノクの姿が入った。距離も開いて姿こそ小さく見えにくい訳だが、千秋の目は敵をしっかり捉えているようだ。その特徴を、じっくり把握していく。
次いで和也の耳には、やはり抑揚の無い声が返ってきた。
「……本城、もう少しスピードは出ないのか?」
「無茶言わないで下さい」
「ふむ、なら避けられんかもな」
「え?」
「こちらを狙っているオルフェノク。姿を見るに、グラスホッパー……バッタの特性を持ったオルフェノクだ。つまり」
千秋が言い終わるか終わらないかのタイミングで、ドンと何かを叩いたようなでかい音が真下から響く。
思わず和也は、音の発信源へと顔を向ける。ホークオルフェノクとしてのその眼には、襲撃者であるグラスホッパーオルフェノクが、こちらへと急接近してくるのが鮮明に見えた。
「んなッ……!」
「跳躍してくる、な」
飛んでいるホークオルフェノクに対し、グラスホッパーオルフェノクは跳んで襲いかかる。超人的な跳躍力を持ったそいつは、追い付かんばかりにその距離を縮めてくる。その跳躍の勢いも利用する気なのだろう、グラスホッパーは蹴りの体勢にも入っていた。
「ドちくしょおおぉおぉぉいッ!」
和也は焦りながら、必死に翼を羽ばたかせ高度を少しでも上げようとする。明らかにあちらの方がスピードが速いので、気休め程度のモノでしかなかったが、焦っていた和也にはそこまで頭が回らなかった。
しかし、幸いにもその必死の飛行が、グラスホッパーの跳躍の限界を越えた。グラスホッパーの跳び蹴りは和也の身体に当たる事は無かったのだ。
和也の身体に当たる事は無かったが、和也が持っていた買い物袋に蹴りが当たった。
舌打ちしながら、グラスホッパーはそのまま重力に従い落下していく。ホッとしたのも束の間、千秋にとって恐ろしい事態に直面してしまう。
グラスホッパーの蹴りが買い物袋を引き裂き、中身の菓子パンがボロボロと溢れていたのだった。
「うわあああ菓子パンがあああッ!」
案の定、千秋は絶叫した。
「ちょっと井溝さん少しくらい良いでしょうつーか暴れないで下さい危ない落とす落ちちゃう」
「グラスホッパー貴様ぁ、この私をここまで怒らせるとはなあ!」
グラグラと、空中で和也の身体が揺れる。ただでさえ先程のグラスホッパーの強襲で体力を使ってしまったのだ、千秋の乱心に身体が耐えられる筈も無い。段々と高度が下がっている上に、今にも千秋が落ちてしまいそうだ。
「待っていろ、今すぐそこに向かってやる!」
「俺ら何の為に逃げてきたんスか!? うわ落ちる絶対落ちる!」
「……あっちから来るってんだったら僥倖なんだがなあ」
無事に着地したグラスホッパーの呟きは、上空の騒ぎ声によって掻き消された。
油断無くゆっくりと、グラスホッパーは再び跳躍の体勢に入る。今度こそは逃がさない。井溝千秋を捕らえ、あわよくば反対派のメンバーを始末する。これこそが彼の役目であった。
しかしグラスホッパー自身から見ても、やはり井溝千秋がとても重要人物には見えなかった。聞かされていた功績と見た目とのギャップが、あまりにもありすぎた為か。正直、気が乗らないというのが本音だ。
程無くして、事態は動いた。
千秋が上空から落下してきたのだ。
「やっぱ落ちたあああッ!」
絶叫しつつも、和也は翼を駆使し降下する。菓子パンの事はもう構っていられなかった。というか捨てた。千秋から何か言われたら、とにかくスマートブレインに責任転嫁しようと思う。
さほど時間も掛からず、すぐに千秋に追い付く。このまま千秋を救出し、滞空状態に入れば問題無いだろう。ホッと嘆息しながら、和也は千秋に向かって手を伸ばした。
再び強襲を仕掛けてきたグラスホッパーが視界に飛び込んできたのは、驚愕する他無かった。
鷹の特性を持っているからこそ、その広い視野からグラスホッパーの姿を視認出来たのは幸いというべきか。
「あああクソッタレめ!」
和也は半ばヤケクソになっていた。
スピードを緩める事なく、空中で落下を続ける千秋を抱き抱えながら、そのまま和也は落下速度を上げていく。直ぐ様、さながら蹴りを繰り出すように右足をつき出すと、鉤爪がギラリと、鈍く輝いた。
片や跳躍による勢いでの接近。
片や落下による推進力も含めた飛行の接近。
奇襲では成功したグラスホッパーの超跳躍も、結局は常軌を逸したただのジャンプであって、空中で自由に身動きが出来る訳ではない。それに対して和也の飛行は、当然だが空中での機動も自在だ。
空中戦ではほぼ、和也に軍配が上がる。
「んな、ちょっ」
明らかに加速してきている和也を見て、グラスホッパーの体勢が崩れる。ただでさえ不利な状況で、更に大きな隙を見せてしまった。これではもはや、倒してくれと言っているようなモノだ。
そのチャンスを、和也はありがたく頂く事にした。
互いの身体がぶつかり合う寸前、和也は機動を僅かにずらし、右足でグラスホッパーの顔面に蹴りを繰り出す。正しくは蹴りつけるというよりその要領で、鉤爪でグラスホッパーの顔面を鷲掴みしたのだった。
グラスホッパーの跳躍の勢いもあり、和也の体勢が若干崩れたものの、直ぐにソレを立て直す同時に、更に降下な勢いを上げる。グラスホッパーはもはや、声を上げる事すらままならなかった。
あっという間に地面がすぐそこまで近付く。和也は勢いを緩める事なく、ただし鉤爪による拘束を解いて、
「や、止めッ」
グラスホッパーの悲鳴が溢れた刹那だったろうか、
和也は降下の勢い込みで、文字通りグラスホッパーの顔面を“押し潰した”。
着地の直前、和也自身は翼を動かす事で一瞬だけ飛行し、衝撃を緩和したが、対するグラスホッパーは耐えられる事なく、その顔面を粉々にしていた。ただ、どういう訳か肉片や頭蓋が散らばる事は無く、青い炎を噴き出しながら、灰がそこら中に撒き散っている。次いで頭だけでなく身体からも、程無くして青い炎が噴き出し、原形が崩れていき――やがて、一塊の灰となった。
これが、オルフェノクに殺された者の末路であり、オルフェノク自身の末路でもあった。土に還る事すら赦されない、無慈悲な最期。
何度もこの様を見てきたが、相変わらずコレには慣れない。死というモノに慣れるのも如何なものかとは思うが、とはいえ心のどこかで重いナニカを引き摺っているような気分は、あまり体感したくない。
思い出したように、和也は抱き抱えていた千秋を下ろす。思いの外、先程まで怒り一色に染まっていた彼女の表情は、怒りはおろかその他の感情までもが引っ込んでいた。
恐る恐るといった様子で、千秋は口を開く。
「……もうちょっとゆっくり出来なかったのか」
「無茶言わんで下さい」
皮肉を皮肉で返すのが、和也にとっても精一杯だった。
再び数多くのスマートブレインの手先であるオルフェノクや、銅色の鎧を身に着けた銀色ののっぺりとした仮面が特徴的な兵士・ライオトルーパーが彼等を取り囲む中、その中から一人の男が二人に歩み寄って来る。先程グラスホッパーに指示を出していた、サングラスの男だった。サングラスのせいで余計に表情も窺い知れないので、何を考えているかも解らず、ただただ不気味だ。
男の顔に黒い模様が浮かび上がり、その姿をオルフェノクのモノへと変える。何処と無く虎の意匠が窺えるそいつ――タイガーオルフェノクは、ゆっくりと手をこちらに向ける。
「ッ!」
無表情で立ち尽くしている千秋を再び抱き抱え、和也は反射的にその場から後退する。刹那、グラスホッパーの亡骸とも呼べる一塊の灰に、タイガーの指が、さながら触手のように伸びた。指先はグラスホッパーだった灰に刺さり、そして直ぐにソレを引き戻す。
異様な光景に、思わず和也は呟いた。
「使徒再生……? なんだってあんなモン……」
「天海……タイガーオルフェノクは、スマートブレインの中でも特別なヤツだ」
タイガーの事を知っているのか、千秋はゆっくりと口を開く。
「再び死亡したオルフェノクを“甦らせる”……上層部お気に入りの力を持っているのさ」
「は……?」
千秋の説明は、直ぐに飲み込む事が出来なかった。
グラスホッパーの亡骸が、光を帯ながら動き出す。段々とその形は人のモノへと変わっていき、遂には先程和也に倒される前の、オルフェノクとしての姿へ戻ったのだった。
「……は?」
目の前の光景を見ても、和也はその現実を受け止める事は出来なかった。
一度人間が死を迎え、その中でも僅かな存在が覚醒して生まれたオルフェノク。そのオルフェノクがいずれ迎えるであろう二度目の死は、どう足掻いても逃れられはしない。和也は今まで、そして今もそう考えていた。
しかし目の前の現実が、ソレを真っ向から否定する。和也を、平等に与えられている筈の生と死の概念を、嘲笑うかのように。
どういう訳か沈黙したままのグラスホッパーをちらりと見やりながら、タイガーは沈黙を破る。
「大人しく観念しろ、井溝千秋。この多勢の部下と私がいて、無事に逃げられるとは思わん事だ。ソイツを囮にするのなら、また話は変わるが」
タイガーの言うソイツは自分の事を指していると解って、思わず和也は身構える。タネはどうあれ確かにタイガーオルフェノクは、一度死んだ筈の間のオルフェノクをそ蘇生させている。信じたくないが、能力的にも階級的にも上位に位置する存在なのだろう。ソイツだけでなく多くのスマートブレインの手先を相手に、無事に済むとは到底思えない。
先程のように逃走を図りたいが、同じ手が通用する筈も無い。万事休すとしか言いようが無かった。
どこかで飛行機でも飛んでいるのか、甲高いジェット音が響いていた。
先程から沈黙している千秋をふと見やる。和也の予想に反して、こんな状況であるのに彼女はタブレット端末に目を通していた。何を呑気にと怒鳴り付けようと思ったが、その声は、段々と大きくなっていくジェット音に掻き消された。
……いや、あまりにも近付きすぎやしないか。
スマートブレイン側も不審に思っているようで、耳を押さえたりしてキョロキョロ空を見渡している。明らかにただ事ではないと感付いているのか、タイガーも警戒していた。
和也の視界に、唐突にソレらは飛び込んできた。
「アレは……!?」
「うん、良いタイミングだ」
千秋が不敵に笑ったのを確認した直後だったろうか、
ソレらは驚く程の速さでこちらに到達し、二人を庇うように着地した。
ソレらは、流星形を描いた大きなマシンだった。
バイクのようにタイヤが取り付けられているので 、辛うじて何かしらの乗り物なのだろうと認識できる。ナンバープレートも付いているところを見ると、どうやら公道で走行する事も想定されているらしい。バイクみたいだと推理してみたが、あながち間違いでもないのかもしれない。
「ジェットスライガーを三台も……貴様ら……」
タイガーの明らかに怒りのこもった呟きについつい反応してしまったが、やはり無視するのが一番だと思う。
デカいマシン改めジェットスライガーに跨がっていた四人――内二人は一緒に跨がっていた――が、着地を確認してから降りる。よくよく見ると、四人はスマートブレイン本社に潜入していたメンバーの一部だった。長原勇吾も一緒だ。
「長原さん!」
オルフェノクのモノから人間だった時のモノへと姿を変えてながら、和也は長原の下に向かう。その最中、頭に浮かんだ数々の疑問――その中で最も気になった事を、恐る恐る口にした。
「他の、仲間は……?」
スマートブレイン本社には、八人のメンバーが潜入する事に決まっていた。
しかし目の前には、予定メンバーの半数しかいない。それぞれ沈痛な面持ちで、項垂れている者までいる。
固い表情で、長原は口を開く。
「……作戦行動中、スマートブレイン側に我々の存在が勘ぐられた。作戦に支障が出ると判断し、我々は二手に別れて作戦を続行する事にした。お陰で我々は、ライダーズギアの奪取に成功した」
表情こそは変わらなかったが、口調には何処と無く悲痛な様子が見受けられた。
もう片方のグループは犠牲になった。暗にそう言っていた。スマートブレインに無傷で済む程、そう甘くはなかった――。
もう何度、この胸が締め付けられるような気持ちに襲われただろうか。自然と、目の前の光景が歪んでいく。
犠牲になった中には、お世話になった人もいた。友人もいた。危険な作戦だと事前に知らされていたが、それでも彼等は最初から覚悟していて、そして作戦に臨んだ。
信じられない、信じたくない。やりきれない気持ちに、吐き気さえ込み上げてくる。避けられない事なのは解っている筈なのに。
ぽん、と軽く長原から肩を叩かれた。
「気持ちは解る。だが、それは後に取っておけ」
「……うす」
少しだけ滲んだ涙を拭い、和也は改めて周囲を見渡す。ご丁寧にもスマートブレインはこちらを待っていたようだが――正しくは様子を見ていただけだろうが――しかしこうして見ると、圧倒的な戦力差は依然として変わってはいない。スマートブレイン本社に潜入していたメンバーが加わったのは確かにプラスではあるが、それでも差を埋められる程でもない、申し訳程度のモノだ。
逆に人数が増えて、戦線離脱が難しくなった気がする。
「全隊、警戒態勢に入れ。奴等がここに来たという事は、奴等の手に渡ったという事だ」
タイガーの指示に、敵部隊は油断無く構えを取り始める。中でもライオトルーパーのような手合いは、腰に下げた銃を取り出しこちらに向けてきたのだった。
端から見れば絶体絶命の危機。和也の中でも、万事休すかと考えている節がどこかにあった。
そんな中でも表情を崩さなかったのが、長原勇吾だった。
「井溝千秋。このライダーズギア、借りるぞ」
そう言って、ジェットスライガーに収納されていた大きなケースから取り出したのは、一つのベルトに携帯電話、そしてトランクボックスのようなモノだった。それらのツールは、確かにライブ映像で見たファイズや帝王のベルトに良く似ている。
千秋の返事も待たず、間髪入れずに長原はベルトを装着し、一昔前のようなゴテゴテした折り畳み式携帯電話を開く。この携帯電話が、ギアシステムを起動する鍵のようなモノだと和也は訊いた――長原は携帯電話にコードを素早く打ち込む。遠目から見ると、666と何やら不吉な数字がディスプレイに表示されていた。
『Standing by――』
電子音声が響き、警告音のような高い音が鳴り始める。
携帯電話を閉じ、ソレをそのままベルトのコネクタに接続、次いでソレを横に倒す。瞬間、ベルトから赤いラインが長原の身体を包むように伸びた。
『――Complete』
「変身」
長原が静かに宣言する中、その身体は赤い光に包まれていく。思ったよりそれも短く、程無くして光は収まり――光に身を包んでいた長原は、文字通り“変身”していた。
黒いスーツの上から身を守るように覆われた、ゴツく分厚い鎧。それらの上を、赤いラインが主張するように輝いている。ギリシャ文字の「Ρ(ロー)」を象ったらしき左右非対称の仮面からは、白い単眼が敵を広く見渡していた。赤いラインのせいかファイズに似通っているようにも見えたが、それも一瞬だった。長原の体躯に合ったように、その姿は大きくゴツい。更に、銀色の鎧を身に着けていたファイズとは違い、漆黒のスーツに溶け込むように鎧まで黒く、赤いラインがより目立って見えた。
一歩前に出て、長原は背を向けながら仮面の下で口を開く。
「……ここは俺に任せてくれ。俺が片付ける」
「い、いやいや何言ってるんですか長原サン!?」
「この数を一人でなんて、無茶だ!」
「……全員、下がれ」
無茶としか言えないような判断をする長原にどよめくメンバー。あまりにも無謀な物言いに和也も一緒に引き留めようとしたところで、今度は千秋が低い声で彼等を制する。
珍しく、千秋の顔は引きつっていた。
「あのギアシステム……ロードギアは設計上、出力が出鱈目でな。あまりに近付くと巻き添えを食うぞ」
「んな事言ったって、長原さん一人じゃ……!」
「だが、現状を打破できるモノと言ったらアレしかない。ソレを扱えるのも、長原だけだろう」
つまり、ただ見守る事しか出来ないのか。こんな時でも、長原一人に頼るしかないのか。苦い気持ちで和也を含めたメンバーは、己の無力を呪いながら長原の背中を見送るしか無かった。
長原はもう一つ用意されていたトランクボックスに、携帯電話・ロードフォンに付いていたICチップのようなパーツを、トランクボックスの溝に取り付ける。電子音声が響くや否や、そのトランクボックスを割るように展開した。
『Ready――』
トランクボックスに見せ掛けたツール・ロードカノンは、丁度ファイズが地の帝王・オーガを相手にパワーアップした際に使っていたエネルギー砲に良く似ていた。
機関砲へと変形したソレの砲身を、大勢のオルフェノクに向ける。ソレに応えるかのように、砲身が赤く、そして鈍く輝いた。
「……覚悟しろよ、貴様等」
長原の声は、怒りで震えていた。
・余談
今回登場した三人のオルフェノクのモチーフ、
ホーク→鷹
タイガー→虎
グラスホッパー→飛蝗
タ・ト・バ! が元ネタであった事にお気付きでしたでしょうか。いやだからといって、ソレ以上の深い意味は無いのですが。
・余談その2
今回登場したタイガーオルフェノクは、仮面ライダーディケイドのファイズの世界にて登場したヤツと同じ能力を有した個体としています。流石に能力は強すぎるので、多少の制限は設けているのですが。
オルフェノクを甦らせるという力には、当時かなりの衝撃を受けましたね。ディケイドの世界観ならではの能力だったのでしょうか。おのれディケイド。