仮面ライダー555外伝――仮面ライダーΑ   作:ジャード

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一年と約半月ぶりの更新となります(震え声)


インネン

 反対派の彼等が連れられたのは、古びた倉庫のような建物だった。

 辛うじて電気が通っているようだが薄暗いそこは、何年も前に捨てられたモノらしく――スマートブレインからの幾度の強襲で拍車を掛けているようだ――内装も今にも崩れんばかりにボロボロだった。最低限の修繕はしているようだが、現状を顧みれば、そんな事に時間を割く事さえも惜しいのだろう。

 

 長原ら反対派のメンバーを迎えたのは、先立ってここにやって来ていた反対派のメンバー数人と、今やかつてと比べ大幅に数を減らした人間たちだった。人間解放軍の彼等は仲間の仇を見るかのように、およそ好意的ではないギラギラとした視線を反対派のメンバーへと向けている。

 和也達が到着するまでに一悶着あったようだ。先立っていた反対派のメンバーは疲れを滲ませた視線を長原へと向ける。長原は察したように、人間たちの方へと一歩踏み出す。長原が強面の大男という事もあってか、半ば威圧されたかのように、人間たちも一歩下がる。

 

「スマートブレイン反対派のリーダー、長原勇吾という。突然押し掛けてしまって申し訳ない」

 

 ゆっくりと、長原は頭を下げる。

 下手に出たその姿を見てか、部屋の片隅にいた男が溜めていたモノを吐き捨てるように口を開いた。

 

「はっ! 突然、だぁ!? てめえらオルフェノクはいつも“突然押し掛けて”来るよな!?」

 

 皮肉にまみれた男の言葉に、和也達は押し黙る他無かった。

 度重なるスマートブレインによる強襲で、人間解放軍は多くの犠牲が出ている。自分たちオルフェノクに対して好意的な人間はもういないのではないか――元々好意的な人間も皆無に等しかったが――と、浴びせられる苛烈な罵声に和也は顔を背けた。先の男に続いて、調子付いた男たちは次々と声を荒らげ囃し立てた。

 

「どうせ昨日のファイズの活躍に、てめえらも危機感を覚えたんだろ!? 都合良く擦り寄って来るんじゃねーよ!」

「何が反対派だ! 要するにこの大男は、どっちつかずの臆病モンて事だろ!」

「おいコラ」

 

 あまりに聞き捨てならない暴言に、思わず和也は低い声を出した。その顔には、オルフェノクの証である模様がうっすらと浮かんでおり、睨み付けている瞳は灰色に濁っている。

 

「誰が臆病モンか、もう一度言ってみろ」

 

 和也が長原より大きく一歩、足を踏み出すと、男たちは怯えたように一歩後ずさる。怒りで無意識の内に浮かべていたオルフェノクとしての姿に、彼らは怖気付いていたのだ。

 やおら和也の肩に、ポンと大きな手が置かれる。長原の手だった。

 

「やめろ和也」

「でも、長原さん――」

「我々が何の為にここへ来たのか、忘れたか」

 

 長原に諭され、和也は少しずつ冷静になる。何も知らないとはいえ、心無い罵声を飛ばした男たちを許した訳では無い――和也は男たちを改めて睨みながら、一歩下がった。

 ちらと、和也は近くのヒビの入ったガラス窓を見やると、そこからチラホラと倉庫内にいる自分達の様子を眺める人間達が見られた。数は少ないが、それこそ下は幼い子供から上は年老いた老人までである。オルフェノクを恐れているとはいえ、やはり中のやり取りは気になるのだろうか。

 一方、和也が一歩下がったのを見て男たちは再び声を上げようとする。長い間スマートブレインに蹂躙わされ、しかし昨日遂にファイズが英雄として帝王のベルトに打ち勝ったのだ。初めてオルフェノクからもぎ取った、人間側の勝利だ。溜まったモノを吐き出したいのは、誰もが同じだった。

 

「やめんか、見苦しい」

 

 しかし、意外にも声を張り上げんばかりの男たちを諌めたのも、人間の男だった。

 何やら周囲に比べて一段と汚れた、ボサボサ頭の眼鏡の男だ。人間は例外無く厳しい生活を送っているので、その身なりが汚れているのはもはや当たり前となっていたが、その男はそれにしても汚い格好である。まるで別の要因で汚れに汚れを重ねたような印象を受ける。

 反対派に向けて浮かべた男の表情は、他の人間解放軍のソレと比べて幾分か柔らかいものだった。

 

「……すまんな。先日リーダーも死んで、余計に皆荒んでいるんだ」

「いや、こちらこそ申し訳ない。……我々オルフェノクが、そちらを脅かしているのは重々承知している」

 

 長原が再び頭を下げると、確認するように辺りを見回す。そういえばと和也も妙な違和感に気が付いた。本来ならここにいる筈であろう“英雄”の姿が見当たらないのだ。先立ってここへ来ていたメンバーの顔を窺うも、彼らも分からないといった様子で、首を横に振るだけだ。

 

「……乾巧と園田真理は? オルフェノクに対して多少なりとも友好的な方がいると、こちらも助かるんだが」

「ああ、それなんだがな」

 

 長原の問いに、男は申し訳なさそうに続けた。

 

「彼らは昨日の闘いを終えてから、ここを出た。恐らく暫くは戻らんだろう」

 

 えっ、と誰かが声を漏らす。和也も声には出さなかったものの、思わずポカンと口を開けてしまった。ファイズが不在というのは、和也にとっては予想外であった。オルフェノクの襲撃から、人間を守る為にここにいるものだと疑わなかったのだが。

 慌てて和也を含めた反対派のメンバーは長原を見やる。長原も驚いてはいたようだったが、想定外といった様子では無かった。

 

「……やはり、各地に生き残っている人間を救う為に?」

「前々からあのお嬢ちゃんが言い出していたんだが」

 

 置いてけぼりの反対派のメンバーを尻目に、男は続ける。

 

「各地に生き残っているであろう、ごく僅かの人間を救いたいという希望を、彼女は捨ててなくてな。ファイズの奴と、二人に賛同する少数の連中を連れて行ったよ。凄いよなあ、お嬢ちゃんはまだ、これっぽっちも諦めちゃいないんだ」

 

 ボサボサの髪を掻き上げながら、男は周囲の人間を見渡す。

 

「ファイズが各地に渡っているという情報を流して、スマートブレインの目を此処から逸らそうなんてマネもしでかしてな……ワシは此処の研究材料を置いて行きたくないから、残る事にした。他に残っているのは、動くこともままならない老いぼれや子供……あとは、お前さん達が察しているような連中だ」

 

 男は近くに乱雑に置かれていた椅子にドカッと座り、深く息を吐く。先程まで声を荒らげていた男たちも勢いが削がれたのか、男に任せて一歩下がっている。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな」

 

 眼鏡の位置を直しながら、やおら男は不敵に笑った。

 

「ワシは野村という。これでも科学者の端くれでな、対オルフェノク用の兵器を製作している……あんまり効果は無かったがな」

 

 野村の視線を追うように、和也は近くのテーブルの上に乱雑に散らばっているガラクタの数々を見やる。彼の目から見て、何がどういった用途のモノなのかは大半が解らないが、唯一、銃弾と思しき物体と、変身一発という妙なラベルが貼られたドリンク剤の容器だけは判別できた。充分な設備の無い中で試行錯誤を繰り返してきたのだろうという事は、そのガラクタの数々を見て察しはついた。

 

「“変身一発”……?」

 

 ガラクタの一つに目が止まったようで、千秋は怪しげなドリンク剤の容器を手に取った。

 というかそう怪しげな物体に軽々と触って大丈夫なのかと和也は愚考するが、千秋の奇行は今に始まった話ではないので黙っておく事にした。

 

「……お? お嬢ちゃん、お目が高いな」

 

 意外にも野村の顔に、深い笑みが刻まれた。

 

「そいつは悪魔の薔薇に含まれる因子を解析して開発した傑作だ。ソレを飲めば、なんと人間でもライダーズギアを扱う事が出来る!」

「なんだと!?」

 

 野村の芝居掛かった説明に、千秋は一層興味を引いたようだ。

 人間でもライダーズギアを扱えるというとんでもない発言をした野村だが、千秋に嬉々として説明を続ける様子を見てあまり実感が沸かない反対派一行。

 

「ふっふ。なんと先日、ウチの啓太郎のヤツがソレを使ってカイザへの変身に成功したのだ!」

「なんだと!?」

「……まあ何故か、変身を解除したらカイザギアの方が砂になっちまったんだが」

「なんだと!?」

「まあとにかく、これも天才のワシが成せる技じゃな!」

「なんだと!?」

 

 色々とツッコミ所があったが、二人の妙なテンションに着いていけない。

 千秋は先程までの仏頂面が嘘のように興奮で顔を紅潮させ、野村は得意顔で二人しか理解出来ない話題を絶えず生み出す。まるで孫に昔話を語っているような光景だった。

 

「くっ、詳しく話を聞かせてくれ!」

「はっはっは! こりゃあ話し甲斐のある嬢ちゃんがやって来たなあ!」

 

 反対派と人間解放軍の面々は、取り残されたように二人の奇行を見守っていた。

 意外な所で、人間とオルフェノクの交流が一歩踏み出せたのだった。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 スマートブレイン本社は、かつて人間社会が存在していた時に設立していた、都内有数の一等地の中心に立っている。高層ビルが立ち並ぶ中でも一際高い本社は、さながらオルフェノク社会を統べるに相応しい様相を呈していた。

 多くの自動車が行き交う中、黒塗りの車が本社入り口の前に止まる。後部座席から降り立ったオールバックの男――タイガーオルフェノクこと天海は、仰々しい本社の入り口に早足で向かう。その途中で、入り口の前に立つ青いエナメル服の女を一瞥した。

 青いエナメル服の女――スマートレディは、天海を見て妖しく笑う。

 

「おっ帰りなさ〜い。ご飯にします? お風呂にします? それとも……」

「一体どういうつもりだ?」

 

 スマートレディの冗談を意に介さず、天海は苛立ちを隠そうともせず詰め寄った。

 しかし対するスマートレディも、顔面に貼り付けた無機質な笑顔を剥がそうともしない。

 

「井溝千秋は、今後の計画において欠かせない人材だ。多少の時間を掛ければ拘束する事も出来た。何故上は撤退を指示した?」

「……少し、反対派を侮っていたのは事実です」

 

 笑顔のまま、しかし若干声のトーンを落としたスマートレディを意外と思ったようで、天海は眉を顰める。

 

「反対派の潜入で、保管していたライダーズギアを数機奪われ、更にはジェットスライガーまで盗まれちゃって、も〜お姉さん驚いちゃった」

「尚更だろう。その連中もあの場にいたんだ。……上層部は何を考えている?」

 

 天海にとっては、拘束対象である井溝千秋だけでなく、スマートブレインに潜入していた反対派が奪取した物を持ったまま、あの場に現れた事自体が僥倖だった。言ってしまえば鴨が葱を背負って現れたようなモノだ。時間は掛かっただろうが、千秋の拘束とギアの回収は両方可能であったと天海は考えていた。

 それなのに、むざむざ両方手放す事になってしまった。

 無意識の内に、天海の語調が強くなっていく。

 

「上の方々は〜……多分、失望してるのかもしれません」

「なに?」

「想定内とはいえ、切り札だった帝王のベルトも敗れ、スマートブレインの権威を改めて示すまでには至りませんでした。反対派とはまた違った方向で、スマートブレインに不信感を抱いてる人もいるんですって」

 

 帝王のベルトの敗北で、立場としてもスマートブレインは悪い方向へと進みつつある。崩れるとまではいかないものの、権威が少し揺らいでいるのは天海も肌で感じていた。

 それを危惧していた上層部もまた、天海達を失望したのか。

 

「そんな訳で〜、ちょっと計画を前倒しするようで……早急に生贄を調達する事に至ったそうですよ」

「我々を信用出来ない……そんな理由で、優先事項を変えたというのか? ……そもそも、上層部は王の器の所在を知っているというのか?」

「さあ? やんごとなきお方の考える事は分かりませんね〜」

「貴様……」

 

 冗談めかしていうスマートレディに、遂に天海のこめかみに青筋が浮かぶ。先程は伝令に来た同僚の青年にもストレートに嫌味をぶつけられて、苛立ちも募っていたが、理不尽な報告とスマートレディの半ばふざけた態度で、更にソレに拍車を掛けていた。

 犬歯を剥き出しにしてまで怒りを露わにした天海を見ても、やはり当然のようにスマートレディの笑顔は剥がれなかった。

 

「ところで天海さん、ちょ〜っとしたご提案があるんですけど」

 

 スマートレディの言葉に、天海は微かに残っていた理性で怒りを抑えつつ、顔で先を促す。

 

「先のお話を前提として考えると、今のスマートブレインはグラグラ揺れてて危ない状態です。そんな時は、その揺れを止める権威者が必要なんですね」

「おい。まさか俺に、村上の代わりをしろというのか」

「新社長に相応しい人材も探せとの上の方々は仰ってたんですが、しかし私には一人しか思い浮かびませんでした……」

 

 怒りを抑えた頭で、スマートレディのその言葉を理解するのには少し時間を要した。

 狙ってない訳では無かった社長の座。しかし、自分では決して敵わなかった村上峡児という男が、いつまでもその座に居座り続けているのを見て、歯噛みしていた頃の自身を思い出していた。

 そうだ、今なら。

 

「天海さん。社長という座に、興味ありませんか?」

 

 スマートレディの妖艶な笑みに、天海も三日月のように裂けた笑みで応えた。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 人間解放軍の拠点は、アジトと呼ぶにはとてもみすぼらしい、隠れ里とでも言うべき様相だ。元々はそこそこ名のある遊園地の敷地の一角であったそこは、悪魔の薔薇によって覚醒したオルフェノクの暴動により、見る影も無く破壊しつくされてしまった。

 瓦礫が辺りに散乱した路地で、人々はスラムのような地区を形成し掘っ建て小屋でオルフェノクに怯えながら細々と暮らしている。備蓄していた食糧も底を尽きつつあるのだろう、痩せ細った人々の目には正気が宿っていなかった。

 

 ――すっごい、居心地悪い。

 

 そんな人々が生きながら死んでいるような空気の道を、和也は一人で恐る恐ると進んでいた。

 他のメンバーは何をしているのかというと、なんてことはない、長原は先の野村と名乗った男と、反対派の今後の目的を人間解放軍と共有し、残された人間の保護に回ろうと考えているのだ。スマートブレインから目を付けられている今ではリスクは大きいが、人間からの信用を確実に得る為のモノだった。

 本来ならそこで更に、英雄となったファイズ・乾巧の強力を煽いで戦力を得る事も視野に入れていたが、当の本人が不在なら仕方ないと割り切るしかない。

 そして千秋の監視として着いてきた和也だが、千秋本人は野村の発明品に目を輝かせて動かないので、暫く長原に任せてもらって、リフレッシュも兼ねて人間解放軍のアジトを散策することにしたのだ。

 先立ってここに来ていた他のメンバーも誘ってみたが、何故だか渋い表情で断られてしまった。

 一応念の為に千秋から渡された新型ギアの入ったケースを持って来たが、それはさておき。

 ここまで来て、和也は彼らが断った理由が嫌でも分かった。

 

 ――こういう事かよ。

 

 道の端に座る人々は、和也の姿を見るなり小屋に引っ込んだり、怨嗟の視線を向けるばかりである。和也がオルフェノクであることを知っているのか、恨み嫉みをぶつけようとして、しかしその気力も失せつつあり、沈黙を保ったまま動かない。

 人間解放軍の兵士と一般人とではこうも違うのかと、和也は気圧される。これなら先の兵士のように怒鳴ってくれた方がまだ楽だったろう。

 リフレッシュって何だっけと思いながら、和也は早足にこの区画から離れた。

 

 暫く歩いて、和也は瓦礫の少ない見晴らしの良い草原へと辿り着く。すぐ傍には木々が所狭しと並んで薄暗い森を形成しており、ここの開けた草原は対照的に一際明るい場所であった。

 そこでは小学校低学年程の年齢と思しき二人の少年が、ボロボロに薄汚れたサッカーボールを蹴り合っていた。二人はボールを蹴り合うことに夢中で遠目から見ている和也に気付くことなく、転がるボールを笑顔で追っていく。

 

 この空間だけは、辛い現実を忘れられる静かな場所であった。

 

 少年の勢い良く蹴ったサッカーボールが片方の少年の頭上を越え、軽くバウンドしながら和也の近くに転がってくる。草原という不安定な足場という事もありボールはすぐに止まったが、少なくとも少年達よりはソレは近くにあるので、和也はボールを取ってやろうと一歩踏み出す。

 しかしあと一歩で取れるといった距離で、一人の少年が急ぎ足で和也よりも先にボールを慌てて取った。

 目を丸くする和也を尻目に、少年は和也をちらちら見ながら怯えた様子でもう一人の少年の傍へと近寄り、何事かと耳打ちする。もう一人の少年の表情も、恐怖で凍り付いた。

 

 あ、と和也は思わず声を漏らす。

 耳打ちした方の少年は、先程の人間解放軍とのやり取り見ていた少年だったのだ。

 

 二人の少年は逃げるようにそそくさとその場を後にする。取り残された和也は、二人の背中が小さくなっていくのを見つめるだけだった。

 はあ、と小さく溜息をもらす。

 

「結構堪えるな……」

 

 オルフェノクと人間の溝は、限り無く深い。

 人間とオルフェノクの共存を謳ったところで、それに賛同する人間はどれほどいるのだろう。オルフェノクによって家族や友人を失った人間は、はたしてオルフェノクに手を差し伸べようとするだろうか。

 

 ここで首を縦に振る人間は、本当にいるのだろうか。

 

 以前まで考えていない訳では無かったが、いざ直面するとどうしたものかと考え込む。

 しかしそれほど考えない内に、妙な気配が近付きつつあるのを和也は感じた。

 

 開けた草原を阻むように広がる鬱蒼とした森。木々が所狭しと並ぶそこの合間から、数人の人影が覗いていた。

 オルフェノクとしての姿にならずとも、ある程度の超人的な視力を有している和也は、その木々の合間に潜む人影を睨んだ。

 

 オルフェノクをよく思わない人間解放軍が、影から自分を襲おうというのか。

 彼らの気持ちが分からないでもないが、黙ってやられる訳にもいかないので少し身構えて、

 

「……あん?」

 

 潜む人影の姿が、人間解放軍ではないことに気付いた。

 よくよく考えれば、ここの人々は活気を失い先のスラムで殆ど動くことも無い。更に数少ない兵士達は、先の居住区画の方に固まっている筈であった。こんな所にいる筈が無い。

 更に言えば、人影は皆一様に黒いスーツを身に付けているのだった。和也の記憶が正しければ、人間解放軍でスーツを身に付けていた者はまずいない。

 

「おいおいおい……」

 

 和也が気付いた事を認識したらしい彼らは、迅速に木々の間から接近してくる。和也も不審な彼らの正体に勘付いたようで、その姿を一瞬にしてホークオルフェノクのものへと変身する。また、すぐに特殊形態・飛翔態へと姿を変え、背から生えた翼を翻し木々の密集している森へと突っ込んだ。

 いきなり和也が突っ込んできた事に動揺したのか、一瞬彼らは一斉に踏みとどまる。そんな彼らの頭上を、木々の間を潜りながら和也は通り過ぎていった。

 その超人的な視力で、全員のスーツに“SMART BRAIN”のロゴが刺繍されている事を確認する。

 

「チクショウが! なんだってここにスマートブレインの連中がいやがるんだ!?」

 

 本日二度目のスマートブレインの思わぬ強襲に、和也は悪態を吐く。

 スマートブレインにとって邪魔な反対派を排除すべく、また千秋を奪還すべく動いた先の強襲はまず分かる。だが、今ここに何故スマートブレインがいるのか、和也には不可解だった。

 和也らがここに到着するまでに反対派に追跡されていた形跡は無かった上、先駆けて人間解放軍の下に向かっていた反対派のメンバーからも不審な点は無いと聞いた。そもそも先日ファイズに敗北したばかりの現状のスマートブレインにとって、人間を襲うメリットはあまり無いのではと皆考えていた。むしろ、別行動しているファイズの方へ意識が向いているものだと思っていただけに、和也は少なからず衝撃を受けた。

 少なからず脅威が押し寄せているという事だけは分かり、和也は予め取り出していた携帯端末――ケースに入っている赤いスマートフォンとは別のものである――を操作し、解放軍基地にいる永原へと通信を送る。非常用の信号をあちらの通信機へと伝えるという単純な物であるが、少なくとも警戒はしてくれる筈だ。

 背後からオルフェノクへと変身したスマートブレインの社員が飛び道具で和也を狙い撃ち、力自慢の者は木々を薙ぎ倒しながら向かってくる。せめて解放軍の居住区には近付けさせまいと考え、和也は全速力で木々の間を縫うように突っ込んでいく。

 鬱蒼とした森の中で危なげに翼を翻す和也。その視線の先には、木々の隙間から光が漏れ出していた。開けた場所へと出るのだろうと逡巡し、そのまま光のある方へと向かう。

 

 新たに開けた場所であったそこは、遊園地であった場所の敷地内であるらしい。和也の近くにはボロボロになって沈黙したメリーゴーランドが鎮座していた。そのメリーゴーランドの傍には鉄屑や何かの残骸が山のように積み重なっており、かつての遊園地としての華々しさは微塵も感じられない。

 そのメリーゴーランドの脇を通り、そのまま更に追手から離れようとして――突然、前方から黄色い光弾が飛び出し、和也の翼を貫いた。

 

「いぃっ!?」

 

 オルフェノクになって初めて生えてくるとはいえ、その翼にも神経があるようだ。激痛が走り、体勢を崩しながら落下した和也は地面に叩きつけられる。辛うじて新型ギアの入ったケースを手落とす事は無かったが、今はそれどころではない。

 迂闊だったと、和也は舌打ちする。後方からの追手だけでなく、意図してはいないだろうとはいえ追い込まれていたと知って焦りが見えてきた。

 

 何よりも前方からの襲撃者の姿が、ライダーズギアによって変身したものであった事が、恐らく最大の誤算であろうと考えていた。

 見ないライダーズギアだった。ライダーズギア共通の黒いスーツ――帝王のベルトの一つである天のベルトだけが唯一白いスーツだったが――を纏い、その上には黄色いエネルギー流動経路・フォトンストリームが流れている。先ほどの攻撃は、変身に用いるデバイスでもあり護身用の装備でもある携帯電話型装備・フォンブラスターによるものだったらしい。右手には銃の形に曲げられている携帯電話が握られていた。

 話に聞いていないライダーズギアの登場に、和也の全身が強張る。確か黄色いフォトンストリームが特徴のライダーズギアはカイザギアであると彼は事前に聞いていたが、そのカイザギアは先程解放軍の方で消滅したと聞いていた。少なくとも、前方にいるライダーズギアはカイザではない。

 

 未知のライダーズギアの存在に驚愕していた和也は、いつの間にか追い付いていたであろう追手に囲まれ絶体絶命であった。

 万事休すか。半ば諦めの混じった調子で和也は立ち上がり――

 

「……和也! 和也じゃないか!」

 

 目の前の戦士は突如として声を上げ、構えていた携帯電話を操作し始めた。

 和也は突然自身の名を呼ばれた事に、そしてその声に驚く。間も無くしてライダーズギアが黄色く輝き、光の中から中年の男が現れた。

 “SMART BRAIN”のロゴが刺繍されている黒いスーツを身に付けてる以外には、これといった普通のどこにでもいるような風体の男だったが、少なくとも和也には忘れる筈の無い男。

 

「親父……!?」

 

 和也の足下から伸びる影の上半身が、青白い人間としての姿の裸体へと変化する。その影から垣間見れる和也の表情は、とても信じられないものを見ているような驚愕に染まったものだった。

 対して男の――父の表情は、安心して緩み切ったものである。さながら、迷子になっていた子供を見つけた時のような。

 

「こんな所にいたのか! ずっと探してたんだぞ」

「親父、何やって……」

「ずっとスマートブレインの下で働いていたのさ。新しい仕事先だ」

 

 驚きっぱなしの和也を他所に、父は嬉しそうに続ける。

 

「俺もスマートブレインに入ってから随分と経ったが、父さんにも出世のチャンスがやって来てな! これが成功すれば、もっと高い地位につける。もっと楽して暮らせるようになるかもしれないんだ」

 

 それこそ文字通り出世間近に喜ぶ会社員といった様子の父だったが、それだけに和也は父が不気味で仕方が無かった。

 脳裏に焼き付いて離れない、悪魔の薔薇が各地にばら撒かれたあの日。オルフェノクに覚醒した父は、何かに取り憑かれたように別人となっていたのを覚えている。オルフェノクへと覚醒し、人々がオルフェノクに襲われる光景を目の当たりにしてショックを受けた和也は、気が付いた時にはその場から脇目も振らずに逃げ出していた。

 あれから数年が経ったが、以降は父を一度も見る事は無かった。こうして数年ぶりに対面した父はスマートブレインに所属しており、しかし人間の頃のような人の良い気安い笑みを浮かべながら語っている。異形の怪物の姿である自身を、一目で和也であると信じて疑わずに。

 果たして目の前の父は自分の知る父親なのか。和也は困惑せずにはいられなかった。

 

 そんな和也を他所に、父は和也へと手を差し出す。

 

「さあ。家に帰ろう」

「え……」

「数年ぶりの再会なんだ。まずは久々に一緒に飯でも食うか。何か出前でも頼むか? それともどっかに食べに行くか?」

 

 戸惑いながら、和也は差し出された手を見つめる。

 目の前にいる父は、和也の知るあの父のままだった。なんの疑いも無く、父の言うことに従って久々に自宅に帰り、父の出世の前祝いでもして一緒に酒を飲むのも良いかもしれないと、和也は一瞬でも考えてしまった。

 なんという事だろう。父の口から“スマートブレイン”の単語が出てこなければ、どれほど幸せだったろうか。

 

 和也は、差し出された手を取る事は出来ない。

 

「……お前まさか、下らない反対派のメンバーなんかじゃないだろうな」

 

 父の声のトーンが、一気に低くなる。

 その言葉は和也に対する確認ではなく、確信を持ったような言い方だった。

 

 父は和也を囲うスマートブレインの社員に目配せをする。ややあって社員全員が、元来た森へと戻って行った。

 和也はそれを追う事が出来ない。険しい表情で睨む父の視線に縫い付けられ、一歩も動く事が出来ない。

 

「スマートブレインは、新たな段階に進もうとしている」

 

 ゆっくりと、父の口が開かれる。

 

「そのために、我々は目障りな反対派を捕らえようとしている。まずは人間共を餌に、反対派を誘き寄せようとしたが……幸いにして反対派の連中は、もう此処にいるようだな」

 

 和也の目が見開かれる。

 父の話が事実であるのなら、互いに意図していないとはいえ、反対派は今まさにスマートブレインの仕掛けた罠に掛かりつつあると言える。反対派のメンバーは人間解放軍を守るべく、襲い掛かるであろうスマートブレインに立ち向かうだろうが、スマートブレインにとってはむしろ好都合なのだ。何を企んでいるのかは不明瞭だが、反対派のメンバーを捕らえる事がスマートブレインの目的であると分かれば、こんな所でグズグズしている場合ではない。

 和也は決死の思いで離脱すべく、瞬時に再び飛翔態へと変化し、翼を翻す。

 

 しかし飛びたとうとして、和也の頬を黄色い光弾が掠めた。

 

「逃がしはしないぞ!」

 

 フォンブラスターを油断無く構えている父の姿が視界に入り、分かっていた事とはいえ動揺してしまう。その最中に父は瞬時に携帯電話を元の形体に戻し素早くテンキーを操作する。特徴的なプッシュ音が三回響くと、警告音にも似た待機音がけたたましく鳴った。続いて腰に巻いていたベルトに備えられたコネクタに、携帯電話を接続し左に倒す。

 

「変身!」

『Complete』

 

 電子音声が響き、父の身体を黄色い閃光が走る。ややあって閃光に包まれた身体は一際強く輝き、戦闘スーツを身に付けた姿へと文字通り変身していた。

 黄色いフォトンストリームに沿うように身につけられた漆黒のプロテクター。ギリシャ文字の“Ι(イオタ)”を模した仮面から覗く青い複眼が、油断無く和也の方へと向けられている。

 

「……こいつはイオタギアといってな。上層部の方から借り受けた、試作のギアシステムだそうだ」

 

 言いながら、父――否、イオタはベルトの右側にぶら下がっている小型の棒状のデバイスを取り外す。懐中電灯のようなソレを手に取り、ベルトに接続された携帯電話のスロットに挿入されていたインターフェース・ミッションメモリーを摘み出したイオタは、ソレを懐中電灯型デバイスの表面に挿入した。

 

『Ready』

 

 電子音声のアナウンスと同時に、デバイスがガチャリと音を立てながら伸び、先から黄色いフォトンブラッドで構成された刃が現れる。何の変哲もない懐中電灯から、鋭い穂先を持った長い槍へと変形していたのだ。

 黄色い刃の槍の鋒を和也へと向けながら、イオタは一歩足を踏み出す。

 

「頼むよ和也。勝ち目が無いのは分かるだろう……帰ろう。あんな所にいるよりも、こっちにいる方がよっぽど幸せだろう? 上層部に掛け合えば、お前だけでも迎えられる余裕がある……悪くないだろ?」

 

 じりじりと近付くイオタを睨みながら、和也も一歩ずつ下がる。和也の足元から伸びた影から垣間見える彼の表情は、非常に苦々しいものだった。

 目の前の父親――いや、父親の成れの果てと呼ぶべきか。少しずつ冷静になっていく頭で考えると、酷くとんでもない事を言っているものだと和也は自嘲気味に笑った。

 

 こいつは、もう自分の知る父親ではない。

 

「……ヤなこった!!」

 

 和也は唐突にその場で翼を広げ、思いきり羽ばたく。その灰色の翼からは鋭利な羽が弾丸の如く次々と放たれ、イオタの身体に次々と命中した。

 牽制目的であった故に威力は低いものであったが、イオタに対し不意を付く事には成功したようだ。和也は一瞬にして飛び退き、安全圏まで距離を取る。

 イオタに当たった羽は命中すると同時に、次々と形を失い灰となって崩れ落ちる。わなわなと震えるイオタは、やがて槍の鋒を地面に突き立てながら絶叫した。

 

「……何故だ! 何故父を裏切る、和也!!」

 

 声を荒らげながら、イオタは何度も何度も槍の鋒を地面に突き立てては抜き、突き立てては抜く。

 ネジが外れたように叫び始めるイオタの様子は、和也の記憶にある父のものとは合致しない。あれほど取り乱した様子を見たのは、和也も初めてだった。

 

「何故分からない!? 何故お前はこちら側に来ない!? どうしてだ!?」

「分かる筈無いよな、親父」

 

 狼狽しているイオタを真っ直ぐ見据えながら、和也は自分自身にも確認するように、言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。

 

「力に溺れて、本能の赴くままに動いて……変わっちまった親父に、今の俺なんか解りゃしねーよ」

「……そうか、残念だ」

 

 一転して再び恐ろしく底冷えしそうな低い声で呟いたイオタは、先の狼狽えた様子なんて欠片も見受けられない落ち着いた様子で、引き抜いた槍の――元は懐中電灯であった所の、恐らく明かりを灯す為の用途であったスイッチを押し込む。

 

『Trident Mode』

 

 電子音声が響くと同時に、黄色い刃を挟むようにもう二本のフォトンブラッドの刃が精製される。三叉槍となったその武器は先程より出力が上がったようで、唸るような低い音を響かせていた。

 ブン、と三叉槍を軽く振ってから、イオタはその三つの鋒を和也へと向ける。

 

「なら俺は、お前を裏切り者として処分する他に無い。さよならだ、和也」

「……良いよ。俺も、アンタを父親だと思わない。俺の、敵だ」

 

 所々辛そうに言葉を詰まらせながらも、和也は真っ直ぐとイオタを見ながら、決別を宣言した。

 これから自分は、かつての父親をこの手で倒さねばならない。苦く辛い気持ちが胸中に広がるが、戸惑い振り払うように和也は元の人間としての姿へと戻り、今まで肌身離さなかったケースを開く。

 ケースから取り出したのは、鈍く輝く金属製のベルト。バックル部には空のコネクタが露出しており、およそベルトと呼ぶには不格好であるそれを、和也は腰に装着した。

 続いて取り出したのは、赤い小型のタブレット端末。手のひらに収まるサイズのそれは、いわゆるスマートフォンと呼ばれるものである。既に指紋認証で起動していたそれは、早速ディスプレイに赤いポップアップを表示していた。それを親指でなぞると、これから電話する訳でも無いのにダイヤルのキーパッドが新たに表示された。

 何の説明もされていなければ、これが一体何のことだか和也は全く理解出来なかっただろうと考える。頭の片隅に変人の千秋の顔を思い浮かべながら、その千秋に説明された暗証コードを打ち込んでいく。

 暗証コードは1、6、5。

 

「お前、まさかソレは……」

 

 和也が唐突にスマートフォンを操作し始めた所で、イオタも彼が何をするのか察したようである。しかし既に遅く、和也はディスプレイの上部のエンターキーをタッチする。甲高い待機音が、周囲に響いた。

 

『Standing by――』

「変身」

 

 待機音に呑まれるような小さな声で呟きながら、和也はスマートフォンをベルトのコネクタに接続し、左側に倒す。バックル部の両端から赤いラインが伸び、模様を描くように和也の身体中に張り巡らされていった。

 

『――Complete』

 

 一際強い真紅の輝きが、古び廃れた遊園地を照らしていく。しかしそれも一瞬の事で、すぐに薄暗いメリーゴーランドの一角が戻ってくる。

 イオタの視線の先には、文字通り変身した和也の姿があった。

 黒いスーツの上を走る赤いフォトンストリーム。ベルトと同じ鈍い銀色の光を持つプロテクター。ギリシャ文字のΑ(アルファ)をひっくり返したような二本のアンテナを持つ仮面。釣り上がった緑の複眼は、イオタの青い複眼へと向けられている。

 異様に目立つのは、その両腕だった。黒いスーツにフォトンストリームが走っているライダーズギア共通の姿とは掛け離れ、両腕だけはフォトンストリームが通らず真っ赤に染まっている。いわば、フォトンブラッドに完全に覆われているものとなっているのだ。両腕からは赤熱するように強い真紅の光が、和也の周囲を照らしている。

 

 千秋はこのライダーズギアを“アルファ”と呼んでいた。

 

「俺はスマートブレインをブッ潰す為に反対派……アンチスマートブレイン同盟にいるんだ。たとえ二度も死んでも、俺は絶対そっちには行かねえ!!」

「……ほざけ。後悔するなよ和也あああああ!!」

 

 お互い吼えながら、赤と黄のライダーズギアは駆け出す。

 黄色い三叉槍と真紅の拳は、互いの胸部のプロテクターを捉えていた。




次回更新はいつになるんでしょこれ
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