私たちのさんかく関係   作:フランバード

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穂乃果ちゃんは絶対。

 

 

 

 私には、穂乃果ちゃんという幼馴染がいます。

 

 私の大好きな大好きな、だーいすきな女の子♪ 

 

 

 いつも内気で意気地なしのことりを引っ張っていってくれる大切な存在です。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんはいつでも明るく元気いっぱい☆

 

 暗い雰囲気や寂しい気持ちなんか、穂乃果ちゃんがいたらお空の彼方へ吹き飛ばしてくれちゃいます♪ 

 

 

 

 そんな、私たちの太陽みたいな存在。

 

 

 

 

 ──――それが穂乃果ちゃん。

 

 

 

 

 

 私は穂乃果ちゃんに出会うまで友達が一人もいませんでした。

 

 いつも仲良くしている子たちを、遠くから見守るだけの存在。

 

 

 

 意気地なしの私は、自分から声をかけるなんてことはとても無理で。

 

 影からおずおずと、視線を投げかけるだけの私。

 

 

 

 

 そんな私の視線に気が付き、声をかけ、手を差し伸べてくれたのが穂乃果ちゃんでした。

 

 

 

 

「いっしょにあそぼう♪」

 

「……うん♪」

 

 

 

 

 子供の頃に出会っていなかったら私はどうなっていたんだろう? 

 

 ちょっと想像しただけでも、怖いなって思います。

 

 

 

 

 私の傍には穂乃果ちゃんがいるのが当たり前。

 

 

 出会った時から。

 

 いつでも、どんなときでも。

 

 

 穂乃果ちゃんがいました。

 

 

 

 ──――ううん。

 

 

 

 私が穂乃果ちゃんの傍を選んでいました。

 

 

 

 

 お日様の当たる場所じゃないと、凍えてしまうから。

 

 

 月明かりの夜に、一人で外にはいられないから。

 

 

 

 

 だから、私が穂乃果ちゃんに"恋"をしてしまうのは当然でした。

 

 

 

 

 

 だって。

 

 

 

 

 いつも隣りにいるんだもん。

 

 

 

 

 好きになっちゃうよね。

 

 

 

 

 

 ……そんなの、当たり前だよ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 私たち二人はいつでも一緒。

 

 常に二人でいることが当たり前。

 

 それぐらい私たちは仲良しだったと思います。

 

 

 

 毎日、朝から帰る時間まで、一緒にお話をして、遊んで……。

 

 

 

 おままごとのようなものとはいえ。

 

 

 それは、恋人のような。

 

 

 新婚さんのような。

 

 

 

 そんな関係だったような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────でもある日、私たちの関係に変化が訪れました。

 

 

 

 

 

 

「みーつけた!」

 

「ひぅ!?」

 

 

 

 

「つぎ、あなたがおにだよ!」

 

「ふぇぇ……?」

 

 

 

 

「いっしょにあそぼう♪」

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 

 私たちの間に、海未ちゃんがやってきました。

 

 

 

 

 海未ちゃんは始めて出会った頃。

 

 今とは全然違い、とっても恥ずかしがり屋さん。

 

 

 

 勿論、今でも肝心なところではうじうじしちゃう可愛いところもあるけれど。

 

 子供の頃は本当に超がつく恥ずかしがり屋さんでした。

 

 

 私たちが始めて会話したのも、出会って半年ぐらい経ってたんじゃないかなぁ……? 

 

 

 

 

 いつも怖がりで。

 

 恥ずかしがり屋で。

 

 けれど、寂しん坊の海未ちゃんは。

 

 

 

 

 私と穂乃果ちゃんが遊んでいる公園までは来るけれど。

 

 声をかけることはできず、木陰からじっと見つめるだけ。

 

 

 

 そんな海未ちゃんを見兼ねて、いつも穂乃果ちゃんが──……。

 

 

 

 

 

「もー、こっちにおいでよー!」

 

「……ううっ」

 

「それじゃまたあなたがおにだよー?」

 

「うう……!」

 

 

「ほーら! あーそーぼっ!」

 

 

 

 

 そんなやりとりを穂乃果ちゃんと何回も何回も続けていくうちに。

 

 

 いつのまにか海未ちゃんは私たちの輪の中に溶け込んでいました。

 

 

 

 

 それでも、しばらくの間はびくびくと凍える寒さに耐えるように震えていたけれど。

 

 

 

 穂乃果ちゃんという太陽が傍にいたから。

 

 

 徐々に、落ち着きを取り戻していったんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 ……私には、それまで穂乃果ちゃんしかいなかったから。

 

 

 

 

 海未ちゃんが現れたことで、ちょっと戸惑っていました。

 

 

 

 

 

 見知らぬ誰か。

 

 

 

 心を許していいのかわからない、他人。

 

 

 

 

 

 私は子供心に。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――穂乃果ちゃんを取られたら嫌だなぁ、という暗鬱とした想いを抱いていました。

 

 

 

 

 

 だって。

 

 

 

 

 

 私には穂乃果ちゃんしかいなかったから。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんが良かったから。

 

 

 

 まだ"恋"へと変化する前のその想いは、単純な憂鬱。

 

 

 

 

 その憂鬱が嫉妬に変わってしまうのは。

 

 

 

 

 勿論必然で。

 

 

 

 

 

 

 歪な想いが形になるのに、時間はいりませんでした──

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 ──――この頃のことはあまり思い出したくありません。

 

 

 

 

 私が海未ちゃんへの嫉妬心を、形に変えてぶつけてしまった頃。

 

 

 この時の荒んだ想いは、私にとっての忘れたい過去。

 

 

 封印してしまいたい過ち。

 

 

 

 

 私の凍てついた心が、どこまでも尖って、歪になっていきました。

 

 

 

 

 ……でも。

 

 

 

 そんな私の氷のトゲも。

 

 

 

 穂乃果ちゃんという太陽にかかれば。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で、溶けて、丸くなる。

 

 

 

 

 

 

「さいきん、ことりちゃんとうみちゃん、なかがわるい!」

 

「そ、そんなことないよぉ……」

 

「……ううっ」

 

「んーん! ほのかにはわかるもん! ことりちゃん、うみちゃんのめをみてない!」

 

「っ……」

 

「……」

 

 

 

「けんかはよくないよ! どうしてなかよくできないの?」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんのせいだなんて、口が裂けても言えませんでした。

 

 

 

 

 

 ──――だって。

 

 

 

 

 

「ふたりともなかよくできないなら、ほのか、ふたりともキライになっちゃうよ!」

 

「そ、そんなぁ……!」

 

「うう……っ!」

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんはズルイよ……。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われたら、私たち二人共。

 

 

 生きていけない……。

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 私の凍ったトゲは。

 

 

 溶けて、丸くなった。

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんに、捨てられたくなかったから。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに、嫌われたくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 その一件から、私たちの関係にまた変化が訪れる。

 

 

 

 私と海未ちゃんが穂乃果ちゃんを求める関係性から。

 

 

 それぞれがそれぞれを求める関係になった。

 

 

 

 

 その後の私たち三人の始まりだと思います。

 

 

 

 

 最初は穂乃果ちゃんに嫌われたくない一心でした。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われたくないから、海未ちゃんと表面的にだけでも仲良くなって関係を繕うとしていました。

 

 

 

 

 

「……うみちゃん?」

 

「っ……」

 

 

「だいじょうぶだよ、もういじわるしたりしないよ」

 

「うう……」

 

 

「ことり、ほのかちゃんにきらわれたくないもん……」

 

「……」

 

 

「……だから、あそぼ?」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 お互いが、穂乃果ちゃんという存在で成り立っている関係だから。

 

 

 穂乃果ちゃんを盾にすれば、首を縦に降ることしかできませんでした。

 

 

 

 

 卑怯だよね、私……。

 

 

 

 

 だから、しばらくの間は仮初めのお友達ごっこでした。

 

 

 穂乃果ちゃんと遊びたいから、海未ちゃんと遊ぶ。

 

 

 穂乃果ちゃんと一緒にいたいから、海未ちゃんと一緒にいる。

 

 

 

 

 そんな歪な三人の関係。

 

 

 

 

 多分。

 

 

 あの頃は、互いに無関心だったんだと思います。

 

 

 だから、たまに穂乃果ちゃんだけが三人の場からいなくなってしまうと。

 

 

 本当に困惑していたのを覚えています。

 

 

 

 もともと、海未ちゃんはあまり多く喋る性格じゃなかったし。

 

 

 会話は続くはずもなく。

 

 

 なにより、表面的な関係でしかなかったから。

 

 

 お互いが無関心だから。

 

 

 

 ただひたすら、気持ち悪い時間が過ぎていったのを覚えています。

 

 

 

 

 そんなある日。

 

 

 

 私は海未ちゃんに、こんな質問をしてみました。

 

 

 

 

 

「ねぇ?」

 

「っ!?」

 

 

 

 ──―私の言葉にいちいち大きく反応する海未ちゃん。

 

 

 

 今思い出してみれば、それはとても可愛いなって思うけれど。

 

 

 

 

 あの頃の私は、その挙動一つ一つにイライラしてたのを覚えています。

 

 

 

 

 

 ああ、やめよう。

 

 

 

 思い出したくない──

 

 

 

 

 

「うみちゃんは、なんでほのかちゃんがすきなの?」

 

「ほのか……ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんの名前を出した途端に、海未ちゃんは表情をほころばせていました。

 

 

 

 

 まるでそれは……。

 

 

 

 

 

 

 

 ────恋する乙女のように。

 

 

 

 

 

 

 

「ほのかちゃんは……」

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんのことを語る海未ちゃんは。

 

 

 

 

「わたしにこえをかけてくれた、はじめての……おともだち……」

 

 

 

 

 本当に幸せそうで。

 

 

 

 

「ともだちをつくるのがにがてなわたしのてを、とってくれた……」

 

 

 

 

 きっと。

 

 

 

 

「だから、ほのかちゃんのことが……すき……」

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんがいれば、他に何もいらないんだろうなって思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 ……私と同じ。

 

 

 

 

 

「……ことりもおんなじだよ」

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

「ことりも、おともだちつくるのにがてだから……」

 

 

 

「はじめてできたおともだちは、ほのかちゃん」

 

 

 

 

「ほのかちゃんが……こえをかけてくれたの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっしょにあそぼう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりには……」

 

 

「ことりも、ほのかちゃんしかいないんだもん……」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 その時に、始めて海未ちゃんのことを理解できたと思います。

 

 

 私たちは同じなんだと。

 

 

 

 穂乃果ちゃんという太陽がいなければ。

 

 

 

 生きていくこともままならない存在だと……。

 

 

 

 

 

 

 私のお友達は"穂乃果ちゃんと海未ちゃん"

 

 

 

 

 

 

 

 この日、始めて。

 

 

 私たちは、そう呼べる関係になれたと思います。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 暫くの間は、平和な時間が流れていたと思います。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんが絶対という、私たち二人だけの特別なルールこそあったけれど。

 

 

 仮初めではない、本当の友人同士の関係性が続いていました。

 

 

 

 しかし、人間というのは変わらずにはいられないのです。

 

 

 

 

 

 

 良くも悪くも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは変わっていってしまいます────

 

 

 

 

 

 

 

「二人とも! おっはようー!!」

 

 

「ほのかちゃん、おはよう♪」

 

「遅いですよ、ほのか」

 

「そ、そんなことないよ……!」

 

「待ち合わせ時間を過ぎています! これ以上遅れたら三人とも遅刻してしまうかもしれないんですよ!」

 

「だ、大丈夫だよー! ほら! あと三分あるし!」

 

「あはは、走らないとダメかなぁ……?」

 

「そ、そうだね! ほら、ことりちゃん、うみちゃん! 行こう!」

 

「はぁ……急ぎましょう」

 

「うん!」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 中学生になって、海未ちゃんが大きく成長しました。

 

 

 

 びくびく、おどおどしていた幼少期と変わって落ち着き払い。

 

 

 外見も清楚で、美しく……。

 

 

 まさに、大和撫子という言葉がぴったり。

 

 

 

 みんなのよく知る、あの海未ちゃん。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんと毎日口ゲンカをしている、いつもの海未ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 ────本当にいつの間にかだった。

 

 

 

 

 

 いつの間にか海未ちゃんは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんと対等の位置に居座ってた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんは"絶対"なのに。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに対して意見を言う。

 

 

 

 それどころか、穂乃果ちゃんに対して口ごたえすらしている

 

 

 

 

 傍から見ればそれは、ケンカだ。

 

 

 

 海未ちゃんにどんな心境の変化があって変わったのかは知らない。

 

 

 

 

 でもそれは。

 

 

 私たち二人にとって。

 

 

 

 破ってはいけない禁忌だったはず。

 

 

 

 

 

 ケンカはダメ……。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われるから。

 

 

 

 仲が悪いのもダメ……。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われるから。

 

 

 

 

 

 

 それなのに海未ちゃんは。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんと言い合いをしている。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われちゃうよ。

 

 

 

 穂乃果ちゃんとケンカをしている。

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われちゃうよ。

 

 

 

 

 

 

 あれ……? 

 

 

 

 

 

 でも、穂乃果ちゃんは海未ちゃんを嫌いになってないよ……? 

 

 

 

 海未ちゃんも、穂乃果ちゃんが嫌いじゃないみたい。

 

 

 

 

 あれ……。

 

 

 

 あれあれ。

 

 

 

 

 

 おかしいな。

 

 

 

 

 なんでだろ……。

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんはケンカが嫌いなんじゃないのかな。

 

 穂乃果ちゃんは中が悪いのも嫌なんじゃないのかな。

 

 海未ちゃんとケンカしてるんだよ? 

 

 なんでなんでなんでなんで? 

 

 

 海未ちゃんなんて嫌いになればいいのに。

 海未ちゃんなんて嫌いになればいいのに。

 海未ちゃんなんてキライになればいいのに。

 ウミちゃんなんてきらイになればいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うみちゃんなんてうみちゃんなんてうみちゃんなんてうみちゃんなんてうみちゃんなんてうみちゃんなんてうみちゃんなんてうみちゃんなんて。

 キライキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライ。

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 

 

 ……私は。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんとケンカなんて絶対できない。

 

 

 

 

 

 だって。

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんしかいないから。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんは"絶対"だから。

 

 

 

 

 

 

 

 ……だから。

 

 

 

 

 

 

 私はまた海未ちゃんが許せなくなった。

 

 

 

 

 同じ穂乃果ちゃんを好きな友達だと思ったのに。

 

 

 

 

 違った。

 

 

 

 

 海未ちゃんは成長して変わってしまった。

 

 

 

 

 ううん。

 

 

 

 

 元々、コチラ側の人間じゃなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 だから穂乃果ちゃんとケンカできるんだ……。

 

 

 

 

 そうじゃないと、説明できない。

 

 

 

 

 

 

 

 私が、説明できない……! 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ことり」

 

「……」

 

 

「次の期末試験の範囲ですが、こことここで良かったんですよね……?」

 

 

 

 

 そういえばいつからだろう。

 

 

 

 海未ちゃんが私を呼び捨てにするようになったのは。

 

 

 

 

 イライラ。

 

 

 

 

 あ……。

 

 

 

 

 

 そういえば、穂乃果ちゃんもだ……。

 

 

 

 

 イライラ。

 

 

 

 

「……先生の話、聞いてなかったの?」

 

「あ、すみません……。ちょうどその時、ほのかを気にしていたら……」

 

「言い訳は良くないよ」

 

「そ、そうですね……」

 

 

 

 

 

 昔のように。

 

 

 

 

 冷たいささくれだった氷のような心が。

 

 

 

 

 

 少しずつ鋭利になっていくのがわかりました。

 

 

 

 

 

「うーみちゃん! ことりちゃん!」

 

「っ……!」

 

「ほのか……」

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われたくない。

 穂乃果ちゃんに嫌われたくない。

 

 穂乃果ちゃんに嫌われたくない! 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの? ほのかちゃん」

 

「今度の試験の範囲教えてよぉ~! ほのかぐっすり寝てたから全然わからなくて……!」

 

「……全く、だからあれほど夜更かしするんじゃありませんといったんです!」

 

「だってー! 夜のテレビ番組面白いんだもん……!」

 

「録画して次の日に見ればいいでしょう!」

 

「夜更かししながら見るからいいんじゃんか!」

 

「だから授業中に寝てしまうんでしょう!? 大体ほのかは……」

 

 

 

 

 

 イライラ。

 

 

 

 イライラ。

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんに嫌われたくない。

 

 穂乃果ちゃんに嫌われたくないからケンカはやめて。

 

 ケンカはやめて仲良くして。

 

 仲良くしたいから穂乃果ちゃん嫌わないで。

 

 それに呼び捨てにしないで。

 

 穂乃果ちゃんを呼び捨てにしないで。

 

 やめてやめてやめてやめてイライライライライラキライキライキライキライ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、ほのかちゃん、ことりが教えてあげるから……ね?」

 

「ホント!?(ことりの手を取って)」

 

「へぅ……!」

 

「ことり……」

 

「だから……二人共、ケンカはやめよ……?」

 

「うんうん! 分かったよぉ~! 「ありがとうことりちゃん~!!(抱きつく)」

 

「ちゅん!?」

 

 

 

 

 

 私のマグマのように煮えたぎった嫉妬も。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんに手にかかれば、一瞬で冷えて固まる。

 

 

 

 

 

 

 ――――ああ。

 

 

 

 

 

 やっぱり私には穂乃果ちゃんしかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんさえいれば、それでいい……。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ごめんねー。本当はほのかも一緒に遊びたかったんだけど、今日はすぐに帰って店番しろってお母さんが……」

 

「あはは、しょうがないよほのかちゃん」

 

「お店のことでしたら仕方がありません。気にしないで先に帰ってください」

 

「うんー! 二人共ありがとうー!」

 

 

 

「また明日ねー!」

 

「また明日♪」

 

「気をつけて帰ってください」

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

「あの、ことり……」

 

 

「いこっか」

 

 

 

 

「あ、はい……」

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんは"絶対"だから。

 

 

 

 ケンカはしない。

 

 

 

 あの時と同じ過ちは犯さない。

 

 

 

 

 

 

 でも、"好き"になる必要はないよ。

 

 

 

 

 

 

 好き……? 

 

 

 

 

 海未ちゃんなんて、"普通"でいい。

 

 

 

 

 

 私には穂乃果ちゃんがいればそれでいいんだから。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

「あ、あの、ことり……?」

 

 

 

 

 

 

 呼び捨てにしないで。

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

「そ、その……」

 

 

 

 

「もしかして今日は、機嫌が悪いのでしょうか……?」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 見て分からないの? 

 

 

 そう、つっけんどんに返そうと思ったけど。

 

 

 

 

 それじゃケンカになっちゃう。

 

 

 

 

 ダメだダメだ……。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんには嫌われたくない。

 

 

 

 

 

「……そんなことないよ?」

 

 

「そうです……か」

 

 

 

「海未ちゃんの気のせいじゃないかな」

 

 

 

 

 

 自分でもびっくりするぐらいに。

 

 

 

 暗く冷たい、鋭利な言葉だったと思う。

 

 

 

 

 まるで温度を感じさせない表情で。

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 にっこりと。

 

 

 

 笑顔で答えてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、よかったです」

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 

 

 

 

 

 満面の笑顔で。

 

 優しい声で。

 

 

 

 

 海未ちゃんは返してくれた。

 

 

 

 

「……」

 

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 ……なんで。

 

 

 

 なんでこんなに冷たくしてるのに。

 

 

 

 こんなに、突き放しているのに。

 

 

 

 

 

 

 私に笑いかけてくれるの……? 

 

 

 

 

 

 海未ちゃん……。

 

 

 

 

 

 昔とは。

 

 

 

 子供の頃とは違う、海未ちゃんの反応。

 

 

 

 

 あの頃の海未ちゃんなら。

 

 

 

 私が冷たくするだけで……。

 

 

 

 

 怯えて、縮こまって、必要以上に私と距離をおいていたと思う。

 

 

 

 

 

 それなのに今は。

 

 

 

 

 私のことを。

 

 

 

 

 

 私の氷の刃をものともせず。

 

 

 

 

 

 

 包み込んで、溶かそうとする──。

 

 

 

 

 

 それはまるで……。

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんのよう。

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃん? 

 

 

 

 

 そんなまさか。

 

 

 

 海未ちゃんは海未ちゃんだ。

 

 

 

 

 ……穂乃果ちゃんじゃない。

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃんは海未ちゃんじゃない。

 

 

 

 海未ちゃんは穂乃果ちゃんじゃない。

 

 

 

 

 

 ……そんなの当たり前だ。

 

 

 

 

 私には穂乃果ちゃんだけ。

 

 

 

 私には穂乃果ちゃんだけ。

 

 

 

 海未ちゃんはいらない……海未ちゃんは嫌い……海未ちゃんは消えて。

 

 

 穂乃果ちゃん海未ちゃん穂乃果ちゃん海未ちゃん穂乃果ちゃん海未ちゃん穂乃果ちゃん海未ちゃん穂乃果ちゃん海未ちゃん穂乃果ちゃん海未ちゃん

 

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 

『あれー、君一人ー? かわいいねー』

 

 

『こんなところでどうしたのー?』

 

『なぁなぁ、俺らといっしょに遊ばない?』

 

 

 

 

 

 あれ……? 

 

 

 

 海未ちゃんは……? 

 

 

 

 

 海未ちゃんが……いない。

 

 

 

 

 それに、この人達は……? 

 

 

 

 

 

『キミ、どこの子ー?』

 

『っていうか、めちゃくちゃかわいくね?』

 

『ねー? 遊ぼうよー』

 

 

 

 

 何人もの男の人達に囲まれ。

 

 

 

 私はロクに身動きも取れない状態で、びくびくと固まっていました。

 

 

 

 

 それは、私たちが成長したことによって起きた環境の変化の一つ。

 

 

 

 

 初めての体験。

 

 

 

 初めて受ける恐怖。

 

 

 

 

 

 何故、私はこの場に一人なんだろう。

 

 

 

 

 

 一人は心細い……。

 

 

 

 一人は怖いよ……。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃん……。

 

 

 

 

 穂乃果ちゃん……。

 

 

 

 

 

 

 穂乃果ちゃん、助けて……!! 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じて、心の中で必死に訴えかける私を助けてくれたのは────

 

 

 

 

 

 

 今でもはっきりと覚えています。

 

 

 

 

 

 細く、美しく、しなやかに、繊細で。

 

 

 

 けれども、力強く、大きく、両手を広げ。

 

 

 

 

 私の前に立つ、その人──―

 

 

 

 

 

「私の大切な友人に、指一本でも触れることは許しません……!」

 

 

「……っ」

 

 

 

 

 

『えー、なんだよコイツー』

 

『この子もかわいくね?』

 

『ほんとだー、二人ともレベルたけー』

 

『いいじゃん、どっこいこーよー』

 

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

『な、なんか怖ぇよコイツ……』

 

『ヤバイんじゃね……?』

 

『行こうぜ……?』

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

「……ふぅ。ようやく行きましたか。さすがに緊張しましたね」

 

 

 

「ことり……? 大丈夫ですか……?」

 

 

「急にいなくなるからびっくりしましたよ」

 

 

「探したら男性に囲まれていて更に焦りましたが……」

 

 

「何事もなくて良かったです」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「ことり……?」

 

 

 

 

 

 

 この日を堺に。

 

 

 

 

 

 私の想いは、めまぐるしく変化していきます。

 

 

 

 

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 

 

 

 

 

 まるで万華鏡のように。

 

 

 

 

 

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 

 

 

 

 

 


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