Miserable Misery   作:むにゃ枕

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Moonlight Serenade

 現在、私は窮地に立たされていた。銃器を私に向かって構えた男が数人私を囲んでいる。男たちは嫌らしく口元を歪めて私にもう勝った気でいるようだ。私は残念ながら丸腰だ。男たちの油断も仕方が無いだろう。

 

 しかし、私は曲がりなりにも軍人である。フラナガン機関での実験の副産物として元々高かった身体能力がブーストされているのだ。私一人でもこの場を切り抜けることは出来るだろう。何発かはくらうかもしれないが。

 

 視界の端で動くものが有った。有事の際にと叩きこまれたハンドシグナルだ。この場においてそんなことをする人物は一人しかいない。

 

 ハンドシグナルに合わせて目の前の男の首を絞めた。死体となった男を見て敵は狼狽しているらしい。

 

「クソッ!小娘がァ!」

 

 ようやく我に返った男が私に発砲しようとするが遅かった。敵の全員の眉間に穴が開いた。傷一つない様子で廃工場から出てきたのはガトー大尉だ。ソロモンの悪夢は生身での戦闘も一流だったらしい。

 

「准尉、怪我はないな?すぐに逃げるぞ」

「は、はい」

 

 ガトー大尉が正面に停めてあった敵の車に乗り込む。鍵は私が絞殺した男の懐から転がり出てきた。この男は運転手だったのだろう。私が車に乗り込むと大尉は直ぐに車を発進させた。

 

「大尉、倉庫内の敵はどうなりましたか?」

「排除した。だが、まだ追手は来るだろう」

 

 その言葉が呼び水となったのか、後方から何台かの車両が高速で走ってくるのが見えた。 

 

「もしかして見逃してくれたりしませんよね?」

「准尉はジョークセンスが無いと見える」

 

 車は高速でグラナダの上層に向けて走っていく。この郊外の廃工場からはかなり距離があるが、上層では敵は騒ぎを起こせないだろう。上層には連邦軍基地がある。

 

 後方の追手が乗っているのはこちらと同じ軍用の車両の払い下げだ。車種には詳しくないがハンヴィータイプというのが正しいだろう。四輪駆動で上には顔を出せるハッチが付いている。

 

「大尉、もっと飛ばせませんか?」

「無理だな。MSとは勝手が違うし、これ以上は危険だろう」

 

 そう言うならば仕方が無い。しかし、その間にも敵はどんどんこちらとの距離を詰めてくる。これ以上は危険という大尉の言葉は正しいのだろうか?

 

 どひゅーん、という爆音が後方からした。

 

「対戦車ロケットです大尉ィィィ」

「むぅぅぅぅ」

 

 ガトー大尉の見事なハンドル捌きによりロケットを何とかかわすことが出来た。しかしこの分では第二射が来るかもしれない。この道路は一本なので前方を塞がれない限りは安心できるはずだ。

 

「大尉。私が反撃します」

 

 そういうなり私はハッチから身を乗り出し、後方の敵車両に向かって小銃をフルオートでぶっ放した。敵から奪ったアサルトライフルなので弾も心もとないがやらないよりはマシだろう。

 

 先頭の敵車両のフロントガラスに弾痕を作ったが、防弾のようで効果はなかった。このままではまずい。大尉のドライビングテクニックだけで逃がしてくれるほど敵は甘くないはずだ。

 

 アサルトライフルの弾を補充していたら、無意識に動かしていた足先にカツンという固い感触が有った。見るとそれはグレネードだった。これならなんとかなるかもしれない。

 

 私はハッチを開き上半身を出して敵車両を銃撃する。先ほどの一発以来、敵は対戦車ロケットランチャーを撃っては来なかった。私の銃撃を警戒しているのだろうか。好都合である。このまま敵がロケランを撃ってこなければ無事に逃げ切れるかもしれない。

 

 そう思った時だった、敵の戦闘車両が急激にスピードを上げこちらに迫ってきた。車体をぶつけて、こちらをスリップさせようとしているのかもしれない。もしくはグレネードでも投げるのか、こちらの車両に乗り込んでくるのか。

 

 私は敵車両を近づけさせないように必死に銃撃をした。防弾ガラスや装甲版が酷く憎たらしかった。ツーマガジン分は当てているのに敵車両には効果が見えない。

 

 敵車両はどんどん近づいてくる。私の弾切れに気が付いたようだ。そのスピードには躊躇なんて微塵も存在していなかった。だが、残念ながら、私の手にはグレネードが残っている。

 

 上方に向け走っている関係でこちらが有利だ。私が投げたグレネードは放物線を描き、敵車両のフロントガラスに届いた。我ながら素晴らしい投擲だった。爆発の余波に巻き込まれないように、車内に入る。

 

 思っていたよりは軽い音がした。目を守るために閉じていたから爆発の瞬間は見えなかったが、敵の車両が二台横転しているのが見えた。残りの二台は立ち往生している。

 

「大尉、追手を振り切りました」

「ああ、よくやってくれた」

 

 ガトー大尉は額に浮かんだ汗をぬぐいながら、息を吐いた。

 

「私たちを狙っているのは、連邦でしょうか?」

「分からん。だが、連邦である可能性はある」

 

 連邦が金でチンピラを雇って私たちを襲わせたのだろうか?その可能性は否定できないが、連邦軍がそのような手段を取るのならば、艦隊を指し向けてデラーズ機動艦隊を全滅させた方が良いだろう。

 

 もっともガトー大尉から教えられた情報からすると、連邦軍は地球に取り残された、もしくは自らの意思で残留したジオンの残党の対処に追われているらしい。また、連邦軍の高官は軍の予算削減を防止するためにジオン残党と茶番を行っていることもあるそうだ。

 

 我々デラーズ機動艦隊にしても、周囲の残存したコロニーや月面の強欲商人と様々な取引をしなければ生存できない。ジオン残党のコミュニティというのはそれなりの大きさであり、下手に手を出してしまうと藪蛇となってしまう恐れがあるのだ。

 

 とはいっても連邦の内部も一枚岩ではないだろう。どこかの派閥の佐官もしくは将官クラスが工作によって私たちに暗殺を仕掛けても不思議はないのだ。結局のところは黒幕は不明である。

 

「大尉、上層に上がりますね」

「ああ、街中での戦闘は敵としても御免だろう」

 

 上層へと向かうトンネルの先はやけに明るかった。目の錯覚だろう、戦闘のせいで眼がおかしくなったのだ。もとより私は右眼しか使えないので、こういうことには困ってしまう。

 

「大尉、あれは私の目のせいですよね?」

「准尉、現実逃避は無意味だ」

 

 少しくらいは現実から逃げてもいいじゃないか。トンネルの向こう側が燃えているのだから。乾いた笑いが口から出てしまう。

 

「連邦は街を焼いたりはするのですかね?」

「ジオンならともかくここは月面だ。そうなったら金の亡者のルナリアンが連邦を潰すだろうな」

 

 トンネルを出ると街の所々で火が上がっている。全面火災が発生していないことに胸を撫で下ろしたが、これは大変な事態である。ドームに覆われ密閉された都市での火災は考えるだけでも嫌になるものだ。

 

「炎が上がっているのはアナハイム・エレクトロニクスの支社ですか?クリスは大丈夫でしょうか?」

「元軍人だ、きっとピンピンしているだろう。しかしあそこは元ジオニック社だったのだぞ。今後の我々の資金源を潰すつもりならば素晴らしい案だな」

 

 人々は避難したのだろう。もぬけの殻となった街中をアナハイム支社に向け車は走っている。ガトー大尉が言うにはアナハイム支社はジオニック社の社員が大勢いて、彼らの中にはデラーズ機動艦隊とのつながりを持っている者もいる。

 

 今回の目的の一人もそういった人物だ。攻撃がその人物に対して行われた可能性もあるそうだ。

 

「大尉、ジオニック社に行ってどうするのですか?すぐにこの区画から脱出した方が良いのでは?」

「私はジオン軍人だ。ジオニック社が襲撃されたならば助けに行く義務がある」

「逃げましょうよ。ジオニック社は攻撃を受けたんですよ生存者がいるはずが有りませんよ」

「私は卑怯者にはなりたくないのでな」

 

 大尉には信念が有るようだ。私はこの区画から逃げることを最優先にすべきだと感じた。自分の命が大事である。人命救助なんかいいから逃げたい。しかし階級は絶対であるし、私はガトー大尉に監視されている立場である。今後の扱いが悪くなって処刑されたらたまったものでは無い。

 

 

「大尉、生存者は期待できませんよ……」

「伏せろ准尉!」

 

 車を降りた私の死角からだれかが襲いかかってきた。髪が数本切られはらりと落ちた。

 

「フンッ!」

 

 大尉が襲撃者の持っていたナイフを叩き落とす。襲撃者は大尉によって動けないように取り押さえられた。

 

「クリス?」

「ご、ごめんね。てっきり奴らかと」

 

 クリスは私たちをアナハイム支社を襲撃した奴らの仲間だと思ったらしい。使用していた車が同じだったとか。物陰から気配を頼りに襲い掛かったので、私だとは気が付かなかったそうだ。クリスは警備員連携し襲撃者を撃退した後に逃げ遅れたそうだ。

 

 どうやら、私たちを襲撃した奴らとアナハイム支社を襲撃した奴らは同じ勢力らしい。敵は同時に複数の箇所を攻撃する能力を持った組織なのだろう。

 

 この区画も幾つかの場所から火が上がっている。計画的な犯行だったのだろう。しかし、いささか火が上がっている箇所が多いように思われる。いくらなんでも攻撃対象の数が多すぎるのだ。こんなに複数の箇所を攻撃できるのはそれこそMSでも使わないと不可能だ。

 

「クリス、敵にはモビルスーツがッッッ」

 

 質問の途中で、衝撃が私を襲った。砂やら小石やらが私の肌に当たる。幸いにして大きな飛翔物は無かった。

 

「クリスっ?クリス?」

 

 私が無事だったのはクリスが私を庇ったかららしかった。クリスは頭から血を流している。死んではいないらしく、呼吸はしているが気絶している。早く病院に搬送するべきだろう。

 

 爆発は車を中心に起きたようで、先ほどまで私たちが乗っていた車両は原型を留めていなかった。

 

「ガトー大尉、クリスを!」

「…………」

「ガトー大尉!」

「もう遅かったか」

 

 私たちの周りを数台の車が囲んだ。ガトー大尉が銃を地面に捨て手を上げた。私も同じように武器を捨て手を上げる。こうなった以上どうしようもない。孤立無援で誰か味方が救援に来るという展開はないだろう。しかしこうなるならせめて抵抗するべきではなかったのだろうか。

 

 私が不服に思っていることに気が付いたのだろう、ガトー大尉が目線を上空に投げた。そこには奇妙な形の物体が浮かんでいた。玉ねぎのような形をしている。分類としてはモビルアーマーになるのだろうか?実に奇妙な機体だった。

 

 あの機体ならば広範囲に攻撃をすることが可能だろう。いや可能か?しかし実際に攻撃が行われてしまい、街のあちこちが燃えている。原因はあの玉ねぎに違いない。玉ねぎはこちらに向けゆっくりと降下してきた。降下速度は何かの間違いかと思う程ゆっくりだった。

 

「ガトー大尉、あれは大したことが無かったのでは?」

「…………そうかもしれん」

 

 ガトー大尉からしたら敵にMSが存在するから降伏を選択したのだ。蓋を開けてみれば敵はあの状況である。

 

 大尉はあの機体の性能を過大評価していたらしい。これならば抵抗した方が良かったのではないだろうか?思わずジトっとした視線を大尉に送ったが無視された。気を失ったクリスも背後にいるので抵抗しないという選択は正しかったのかもしれない。

 

 人間は常に正しい選択は出来ないのだ。後悔するより現状の打破が先だ。

 

 一台の厳重な警護を付けた車両がやってきた。私たちを捕らえたことが報告され、この組織を率いる者、もしくはその側近が現れたのだろう。

 

 車から降りたのは片眼鏡を掛けた老人だった。護衛は他のチンピラとは違い上等な装備を付けている。正式な訓練を少しは積んだ者だろう。側近ではなく黒幕が現れたということだ。

 

「ソロモンの悪夢、アナベル・ガトー。なかなかの大物が釣れたようじゃの。クククク」

 

 老人は自分に酔っている。そうでなければこんなところに、のこのこと現れはしないだろう。老人の長い話を纏めよう。彼はダイクン派に属する人間だったが、ザビ家との抗争の末に家族を失ったらしい。犠牲者の中には最愛の孫娘もいたそうだ。

 

 彼はザビ家、それも主にギレンへの復讐の為にこの数年間を耐え忍んだ。しかしザビ家の専制の中では十分な兵を集められなかった。

 そうしている間に戦争は終わりギレンが死んだ。復讐を生き甲斐にしていた老人は生きる目的を失ったがある日、彼の下に紳士がとある情報を教えてくれたそうだ。

 

——ギレンの信奉者がグラナダを訪れると。

 

 ははっ、思いっきり傀儡にされているじゃないか。この老人は黒幕でも何でもない道化だったようだ。裏でどこかの誰かがこの老人を操作しているのだ。

 

「ギレンを奉じる狂人共が、儂の!儂の家族にした貴様らの仕打ちは忘れられん!連邦に尻尾を振った塵共も地獄に落ちるがいい!!このルナタンク改でな!!」

 

 あの玉ねぎはルナタンクというのか、しかしあの鈍重そうな機体でどうするつもりなのだろうか。あれではグラナダすら落とせないだろう。老人は狂っているのだろう。

 

 少し前にも似たような状況が有ったが、今回はそれよりも悪い。敵の数は多いし、味方がいるどこかにいるということはない。これはひょっとして絶体絶命なのでは?




ルナタンク改
多少性能が上がったルナタンク。
玉ねぎにトッピングを付けた程度の機体。かわいい
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