Miserable Misery   作:むにゃ枕

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Hammerhead

 私は現在危機的状態にいた。毎度、毎度これだ。私には死神でもついているのかもしれない。周囲を武装した男達が囲んでいる。こいつらの雇い主の老人は感情のままに動いていて、人質なんて優しい扱いは期待できない。それに気絶したクリスがいるのだ。抵抗したら彼女が殺されてしまうだろう。

 

 敵の大半は素人に毛が生えた程度の銃器を持ったチンピラである。クリスが人質に取られたり殺されたりするリスクを無視すれば私とガトー大尉で制圧できる。老人の護衛も多少の手練れだろうが問題は無いはずだ。

 

 だが、敵にはルナタンクがいる。玉ねぎみたいな間抜けな図体をしているが特殊な装備を持たない現在の私たちでは倒すことは出来ないだろう。

 

 せっかくできた友人だがクリスを見殺しにするしか他に選択肢は無いように思えた。ガトー大尉もただでは死ぬつもりではないようで、後ろ手でハンドシグナルを送ってきた。

 

「車に乗せろ。ここは人目がある。速やかに撤退するぞ」

 

 護衛の一人が指示を出した。私たちを車で運び別の場所で痛めつけるつもりなんだろう。手錠を私たちに嵌めようと男が後ろに回った。

 

————ヤレ

 

 ガトー大尉がハンドシグナルでそう示した。

 

 私を拘束しようとしていた男の顎に肘うちを喰らわす。ガトー大尉も二人を気絶させ敵の小銃を奪っていた。小銃が私にも投げて寄越される。

 

「狂信者共がぁ……!!殺せ!拷問などいい……!殺せぇぇぇ!!」

 

 老人は血管が切れそうな様子である。それを護衛が宥めている。クリスは殺されなかったが、案の定人質となってしまっている。こちらは二人で相手は十人以上である。これはどうしようもないだろう。

 

 私たちが死兵と化していることが相手にも伝わっているのだろう。奇妙な時間が流れていた。誰かが少しでも行動を起こせばすぐに殺し合いが始まる空気感の中で私は生き延びる方法を懸命に探っていたが見つかりそうになかった。

 

 この時間は唐突に終わった。

 

 赤いレーザー光が頭上に走ったかと思えば、敵車両が爆発したからだ。車から漏れだしたオイルの匂いと無機物が焼ける異臭がした。誰もが茫然としている空間で真っ先に混乱から立ち直ったのが私たちだった。

 

 護衛も直ぐに意識をこちらに向けたが、その時には遅く大尉に頭を射抜かれていた。敵の練度は決して高くないことが幸いしたのだ。私は人質となっていたクリスを奪い返し、物陰へと走った。

 

 敵兵の足並みは乱れ、散発的な銃撃を空に放つだけになっていた。こちらのことなどお構いなしである。地上にいたルナタンクがノロノロと上体を起こし、上に向かい砲撃を行った。先ほどの爆発は上空を飛行するMSのビームによって引き起こされたものだったらしい。

 

「あれは?連邦のMS?」

「ジム・スナイパーカスタムだ。アレを墜としたことは有るが厄介な敵だった……」

 

 ジム・スナイパーカスタムという機体らしい。月面での戦闘を想定してだろう、機体表面を白と灰色で塗装されている。私が墜としたことのあるジムより洗練されたデザインをしているように見える。

 

 ジム・スナイパーカスタムは三機いた。小隊の先頭にいたMS、おそらくは隊長機であろう機体はスナイパーカスタムという名にも関わらず接近戦を挑むようで、急速に降下してくる。

 

 ルナタンクが上空に砲火を放つが、掠りもしない。極めて複雑な機動を隊長機は楽々と行っているようだ。ルナタンクは必死に近寄らせまいとするが、はじめから勝敗は決まっていたのだろう。

 

 ジムはルナタンクに肉薄し、腕部から伸びたビームサーベルを突き刺した。鮮やかな一突きだ。ルナタンクのコクピットを貫いたのだろう。もしくは動力部のどこかかもしれない。ルナタンクは完全に沈黙し、爆発する様子はなかった。

 

 市街地に最小限の被害しか与えずにルナタンクを沈黙させたパイロットは相当な腕前である。機体には葉巻を咥えたシュモクザメが描かれている。パーソナルマークであろう。連邦で有名なパイロットかもしれないが私は残念ながら知らない。

 

「逃げるぞ……」

「大尉?」

 

 ガトー大尉は険しい顔で言った。確かに逃げた方が良いのは事実である。こちらの身元を洗われてしまったら大変なことになってしまう。険しい顔の理由にあの機体のパイロットとの個人的な因縁が有るのかもしれないが、それは今聞くことではないだろう。

 

 上空の二機のMSもこちらに降りてくる様子が有ったので、見つからないうちに私達は逃げ出した。クリスは目覚めそうな様子を見せていたので、放置しても大丈夫だっただろう。大丈夫だったに違いない。

 

 今回のグラナダでの密会は罠だったが、どこから情報が漏れたかは私が関知するところではない。私はパイロットであって諜報員ではないのだ。ガトー大尉はパイロットだが諜報関係にも詳しい。私の上位互換ではないだろうか。

 

 私は信用が無いので教えてもらえないが、ガトー大尉が元ジオニック社のメンバーが多くいるアナハイム支社にわざわざ赴いたのには、人命救助の他に目的が有ったようだ。

 

 このまま当てもなく連邦軍の注意を引かないようにグラナダを逃げ惑うのかと思ったが、そうではなかったようで、私が大尉に連れられてこられた場所は酒場だった。アナハイム支社からほんの少しだけ離れた場所にあるこのくたびれた場所に一体何の用が有るのだろうか。

 

 私のような未成年が酒場にいたらかえって目立ってしまうだろう。目的の酒場は地下に有るらしい。大尉はエレベーターに乗り込むと、まともな神経を持った大人ならやらない行動に出始めた。階層のボタンを複数回連打したり、開閉ボタンを何回も押し始めたのだ。

 

 こんないたずらを覚えた子供がやるようなことをするなんて、大尉は大丈夫なのだろうか。大尉がボタンを連打することをやめると、エレベーターに奇妙な振動が伝わった。これはエレベーターが壊れたとかそういう次元ではないぞ。どうなっているのだろうか?

 

 前世で昔流行したエレベーターで異世界に行けるという怪談だろうか。この科学が発展した世界でそんなはずはないのだが。

 

 エレベーターの扉が開くとその先は広大な空間になっていた。地下格納庫というものだろうか。コンクリートに覆われた壁と床にぽつぽつと空間を照らす証明が不気味だった。

 

「動くなッ!!」

「やれやれ、厄介な歓迎だな……これだ。受け取れ」

 

 現れたのはジオン軍服に身を包んだ兵士だった。銃をこちらに向けている。一日にこう何度も銃を向けられる日が有るだろうか。それに対しガトー大尉が冷静に情報端末を渡す。それを照会し終えたのだろう。兵士の様子が明らかに変わった。

 

「し、失礼をしました。武勇の誉れ高いソロモンの悪夢、ガトー大尉に銃を向けてしまうなど……」

「構わん。役目ご苦労だった」

「せめてものお詫びに、小官がここを案内します」

 

 案内役が無線で何やら話している。そのとたんに明かりがつく。明かりに照らされた空間は中々に巨大だった。ア・バオア・クー要塞の小格納庫と規模は同等である。このグラナダの地下にこれだけの空間が有るのは明らかに異常だ。

 

 後ろ暗い取引があって、この場所は保たれているのだろう。先ほどの老人がここを襲わなかったのも情報が漏れていない証左になる。

 

「先ほど地上で戦闘が有りまして、我々は原因を探っています。先ほどの大尉への無礼はそのせいも有ったのです」

「成る程。先ほどの戦闘は我々のせいだ。追手は存在しない。問題はない」

「えっ、っぇええええ!?」

 

 この兵士はかわいそうだ。有名人である大尉に銃を向けてしまったし、これから胃を痛めながらこの報告をするのだろう。そして哀れな兵士が私たちを案内したのはとあるエレベーターだった。ここから地上部に上がるのだろう。

 

 エレベーターが上った先は立派な建物だった。この建物が地上のどこに相当するかは不明だし、地上からは辿り着くことが出来ない場所なのかもしれない。兵士は建物の入り口までしか入る許可を与えられていないようで、エレベーターを降りてからは私達は女性士官によって案内された。

 

 応接間に招かれたのだろう。女性士官が扉を開く。扉の向こうにいたのは改造された軍服に身を包んだ一人の女性士官だった。ソファに座りながらこちらを値踏みするように眺めている。そして、私の存在に気が付くとねっとりと舐めまわすようにこちらを見た。

 

「デラーズ機動艦隊所属、アナベル・ガトー大尉だ。貴官の招待に感謝する」

 

 女性士官にとって大尉は眼中にはないようだった。大尉の挨拶を無視し私を頭から爪先までじっくりと見ている。過去に似たような視線を受けたことが有ったので分かった。この女は私を視姦しているのだ。おそらく彼女は同性愛者なのではないだろうか。私の貞操が心配だ。

 

「聞こえてなかったかな?私はアナベル・ガトー。デラーズ機動艦隊からの使者だ」

 

 ガトー大尉は若干強めの言葉を使って彼女を牽制した。もっともその効果はなかったようだが。

 

「貴官は聴覚に障害を有しておられるのかな?」

 

 彼女はようやく私の身体から目を離した。そうして気怠そうに大尉に向き直る。

 

「レノックス機動艦隊を率いるテレサ・レノックス。少佐ね。貴方より階級は上」

「そうか。早速要件に入りたいのだが……」

「せっかちなのね。ソロモンの悪夢なんて大仰な二つ名まで付けられて調子に乗っているのかしら?」

 

 険悪な空気が漂っている。ガトー大尉はギレン派閥で、レノックス少佐はキシリア派閥である。仲良くできるはずがない。大尉のこめかみがビキビキと動いている。こちらに八つ当たりをするということはなさそうだが、誰だって機嫌が悪い人物に近寄りたいくはないだろう。

 

「まあいいわ。私に利益を提示して。話はそこから」

「デラーズ機動艦隊は、近いうちにデラーズ・フリートという組織を作り上げる。返答次第で貴官の待遇は変わるだろう。ジオンのために賢明な選択をすることだな」

「あのねえ、私は利益を提示しろと言ったのだけれど。ジオンのためという大義名分でごまかせると思っていない?」

 

 デラーズ機動艦隊はそもそもギレン派閥であって、月面には全く伝手を持っていない。そのためコネクションを築こうとしたのが今回の任務の目的なのだが、罠に嵌められて逃げてきたのが現在の状態なのだ。この時点で私たちが提示できるものなど存在していない。

 

「利益よ。利益。私になんのメリットも提示出来ないのかしら。ソロモンの悪夢さん?」

「…………」

「じゃあ、私から提案。貴女の部下のその子をくれないかしら?私、その子に一目惚れしちゃったの。くれるんだったら、口利きくらいはしてあげてもいいけど」

 

 おっと、これは雲行きが怪しくなってきた。私の身柄を引き渡すことが条件になってきている。私の貞操が奪われるのではないだろうか。

 

「それは出来ない。彼女は私の恋人だからな……」

「そういう設定でしょ。まったく、バカな男ね。交渉は決裂。貴方たちは何の成果も得られずに艦隊に帰るの。バイバイ」

 

 ガトー大尉が私を庇うとは思ってもいなかったが、庇われたらしい。大尉にはそういう実直なところが有る。私の身柄を渡せば、コネクションが手に入ったというのにそれをしなかったのはそういう性格からだろう。

 

「レノックス少佐。アナハイムのオサリバンという男をご存知かな?」

「知らないわね」

「ほう。それなら仕方が無い。我々としては貴官の顔を立てたかったのだがな……」

 

 レノックス少佐は平静を装っていたが、明らかに動揺していた。その証拠に目をあちこちに動かして、爪先で床を小刻みに叩いている。

 

「…………大尉。そういうことは最初から言ってくれないかしら」

「失礼。うっかり忘れていたものでな」

 

 先ほどまでの傲岸不遜な少佐の態度はすっかり消えていた。覇気も失ってしまったようで、少佐の表情は疲れたOLのようだった。

 

「はぁっ……私本国に帰ろうかしら……もうグラナダは面倒くさくてやってられないわ。実家は多少落ちぶれて、今より生活のグレードは落ちるけれどそれでいいじゃない……部下なんて放って帰ってもいいわよね?」

 

 こちらに同意を求められても困る。

 

 少佐と大尉の話し合いは円滑に行われた。少佐は終戦時にジオン共和国に戻っても碌な目に遭わないだろうと考え、親交のあったジオニック社の社員を頼り、アナハイム社の傭兵になったそうだ。そうして現在はアナハイム社が月面と周辺のジオン残党を管理するための駒に甘んじているらしい。

 

 組織も信条も違うジオン残党をアナハイム社の都合で動かすというヤバい仕事だ。彼女を雇ったのはオサリバンという男だが、どうもそいつの上にも誰かが居るらしい。背後関係を把握できていないそうだ。

 

 大尉はグラナダの元ギレン派閥を利用してオサリバンにコンタクトを取っていたそうだ。複雑な関係が有って私には把握できていない。しかし、結果的に私の貞操は守られ、少佐の伝手によってグラナダに住居を確保することは出来た。任務は成功と言っても良いだろう。 




テレサ・レノックス少佐

オリキャラ。名家であるレノックス家の出身。レノックス家は蝙蝠ムーヴの得意な家。ジオンが負けた場合の策もとられているから安心して家に帰れるけど、帰ったら政治の道具で政略結婚させられるので、グラナダにいる。気がついたらアナハイムの下請けの戦争屋になっていた……
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