MSー05B通称旧ザクと呼ばれる機体。それが私達の小隊に配備された。この機体は訓練時にも使用されている信頼性の高い機材だったが、口の悪い者から時代遅れの機体として旧ザクと呼ばれそれが通称となってしまった。
モスグリーンに塗装されたザクが私の愛機になる。母船はアステロイドから本国へ移動するときに使用したパプアだ。改装されMSの搭載に対応している。艦名はノートリアスというらしい。
訓練時間は三か月にも満たないものだったが、小隊はパプアに着艦することも発艦することも出来た。練度としては何とか戦える程度のものは有ったのだ。
今回の作戦の内容に関してはコロニーを攻撃するものらしい。アステロイド上がりの小隊員にとってはそれは良く分からない任務だったが、少尉をはじめ良識のある大人が渋面を作っていたことから碌なものではないようだ。
私達のような、浅学なアステロイド出身者を集めて形成した部隊はケレス師団と呼ばれていた。アステロイドにある小惑星の名前を取ってつけられたものだ。
軍の中での扱いは決して良くはなかった。しかしスラムと比べたら天国のような場所であったのだ。餓えることはないというだけで天国である。
我々ケレス師団は捨て駒らしいという噂を聞いたがそれはおそらく真実であろう。私達にはジオン国籍すら無いのだ、ジオン国民は私達の存在を知らないだろうし知ったところで無視するだろう。
私達はそういう集団だったのだ。部隊内の治安も良いとは言えないし風紀は乱れまくっている。その中でシェイ少尉が率いるMS隊はきちんと躾けられMSを操縦できるという点で異様な存在だった。
そんな私達にも使い捨てられる時が来たらしい。戦争が始まるのだ。
ケレス師団は旧ザクを装備した私達のようなMS部隊を中核とし、パプア級数隻と民間からの徴用艦で構成されている。部隊が向かう先はコロニーとだけしか知らされていなかった。
「ザーン……か……」
ノートリアス艦内、MS隊がたむろする格納庫近くのスペースで少尉がぽつりと溢した。
「少尉?ザーンというのが目的地で?」
「ああ。人類が宇宙で初めに持ちえた安息地を我々は攻撃しなければならない」
ザーンという名がどこを指しているのか私は初めて合点がいった。サイド1だ。最も古いコロニー群であるそこを攻撃するらしい。
「へえ、じゃあ俺らは英雄で?」
少尉は曖昧な表情をしていたがそれは私には苦笑に見えた。結局アステロイド出身者なんてのは馬鹿なのだ。少尉に話しかけたこの男だって、根は良い奴だが少しばかり考える能力が足りていない。
私も含めてそんな馬鹿な奴らを少尉は苦労してMS乗りに仕上げたのだから、脱帽ものである。この艦隊にしても馬鹿をボロ船に乗せてなんとか形ばかり整えたものだ。費用対効果の面からして明らかに失敗だろう。
アステロイド出身者を使い捨てにして、ジオンの兵力を増強するという案は良かっただろう。しかしアステロイドの教育水準の低さを甘く見過ぎである。
私だって周りの駆逐艦に撃たれやしないかとひやひやしながら着艦訓練を行ったくらいだ。練度がものすごく低いのである。他のパプアに所属するMS隊は既に訓練で何機かのMSを壊している。そのレベルだ。
他の連中が馬鹿話をしている間、私はサキとぽつりぽつりと話していた。この戦いが終わったらどうしたいとか、そんな他愛もない話だ。ふと少尉と眼が合った。
「ミゼ・ミゼリー伍長。いつか言おうと思っていたが今日まで言えなかったことがある……」
その口調は真剣なものだった。
「君のことが気になって調べさせてもらった。そうしたら君の書類には明らかな不備があった。おっとそう身構えないでくれ。僕が許せないのは君のような少女を戦場に立たせていることだよ。君は12らしいじゃないか。幼いとは思っていたがそこまでとはな。だが君には事情があったのだろう。何が君を駆り立てたかは僕には分からない。これだけは伝えたい。生きて帰ってきてくれ」
少尉はサキにも向き合って同じようなことを言った。そしてそれを小隊の全員に行った。
喧しいサイレンが響いて艦内に放送が入る。いよいよ戦争が始まるらしい。小隊全員がMSデッキに向かう。私はザクに乗り込み整備員に親指を立てた。マシンガンを持ち、バズーカを背負う。
少尉の機が先行し、カタパルトから猛烈な勢いで射出される。バーニアを吹かしその青白い光跡が宇宙にたなびいた。左舷デッキからも小隊のザクが射出されていく。
私の番が来た。ガチャンという重さの割には軽い音を立てて、カタパルトがザクの足をロックする。ポーンという気の抜けるような音がしてカタパルトが動き出す。
宇宙といえども格納庫内には多少の酸素がある。そのため軽い圧力が私をコクピットシートに固定した。スロットルをゆっくりと吹かし、私は漆黒の宇宙を翔ける。私のすぐ後に射出されたサキの機が真横に来て、モノアイがこちらを向いた。
「シェイ機より小隊全機に通達。これより小隊は地球連邦軍サイド1駐留艦隊の残存兵力に対して攻撃を仕掛ける。各機座標をE14に固定。私の後に続け。ツーマンセルを崩すな」
「了解」
各々がばらばらに返事を返す。こういうところが、小隊の練度の低さを感じさせるところだろう。
「ミゼ機了解」
「同じくサキ機も了解しました」
シェイ少尉のザクは華麗な動きでこちらを先導した。元戦闘機乗りとして経験が少尉の見事な操縦に繋がっているのだろう。私がペアを組むのは勿論サキだ。彼女は元々才能が有ったらしく私よりも上手にザクを操っている。私だってそこまで下手ではないのだが。
「シェイ機より小隊全機に通達。敵艦隊を発見した。マゼラン二隻、サラミス四隻、コロンブス一隻だ。現在近くにいるカポネ隊と共同で攻撃する。以上だ」
了承したとの返事を返す前に、敵艦隊は気が付いたらしく小隊めがけて猛烈な砲火を浴びせてくる。コロンブス級空母を中心に紡錘形の陣形を敵艦隊は作り上げた。
「うわああ。火が、うわああああ!!!」
小隊の誰かがパニックになりもろに砲火を浴びてしまったようだ。爆発音と断末魔が通信機から流れてきたことから生きてはいないようだ。
「ミゼっ、あれ!」
少尉の通信にあったカポネ隊はもう既に隊をなしていなかった。砲火に吹きさらされ何機もが墜ちたらしい。高揚はしているが私は妙に冷静だった。いや狂気の戦場で冷静であろうとしただけだったのかもしれない。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ」
また小隊の中で一機が墜とされたらしい。声からして顔面刺青女だろう。彼女はガラが悪くて股の緩い女だったがそれなりに私達には優しかった。
「突破口は開いた!全機続けぇぇぇ!!」
少尉が紡錘陣の先端にいたサラミスを叩いたらしい。敵艦隊の注意がそちらに向いているうちに、私達が接近し攻撃できる好機が来たのだ。
この機を逃さずに、生き残った小隊機は弾幕の密度が薄い場所から突入していった。自然と一隻のサラミスに攻撃が集中する形となり、サラミスは攻撃に耐えきれずに爆沈した。
サラミスが沈んだことで空いた穴から小隊は艦隊の内部に侵入していった。サラミスは必死に空母を守ろうとし、コロンブスも必死に自艦のビームで敵を私達を追い払おうとした。
しかし機動力の優れたMSに接近された以上、艦艇に出来ることは悪あがきしかなかった。そう。艦艇には。私もサキとザクを操ってサラミスに攻撃を加えていた。
戦場の空気と高揚感が私の判断力を奪っていた。そしてMSの全能感が私の驕りをさらに助長した。
その瞬間だった。一機のセイバーフィッシュがこちらに砲火を向けたのは。空母がいるなら戦闘機は当然存在する。そんな常識さえ私は忘れてしまっていたのだ。
攻撃を避けようと回避した方向にはミサイル群が存在していた。一機だと思っていたセイバーフィッシュはもう一機存在していたのだった。
頭の中が真っ白になった。どう回避しようとも直撃は避けられない。機体は爆散し私は死ぬだろう。
短い人生だった。
思考が停止して、身体が硬直した。一度死んだことが有っても死はやはり恐ろしいものだった。
衝撃が機体を襲った。それは思っていたより軽く。予想していなかった方向からのものだった。
「ミゼ、大好きだったからね」
サキが私を突き飛ばしたのだった。正確には割って入ったのかもしれない。次の瞬間には彼女の機体は残骸すら存在していなかった。
「サキ……」
「どうして!どうして!私なんかのために!」
奇妙な笑いが喉元から浮かんできた。殺してやる。サキを殺した奴を全員殺してやる。奇妙な力が身体から湧いてきた。
「死ねよぉぉぉぉ」
セイバーフィッシュ二機を血祭りに上げる。
「こっちを見ろぉぉぉぉぉぉ」
バズーカの全弾をマゼランにぶち込む。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
マシンガンをぶっ放し、コバエのように鬱陶しいセイバーフィッシュを吹き飛ばす。
「弾がなくなったかぁぁ」
腰にひっさげたヒートホークを使い、マゼランの艦橋を、エンジン部を爆破する。破裂した船内からは連邦軍人が魚から溢れる寄生虫のように湧いて出てきた。
そいつらを掌で磨り潰す。ぐしゃりという感触が手のひらから伝わってくる。酷く自分が高揚していることに気が付いた。
連邦軍人が一匹私から逃げようともがいている。そいつの恐怖に歪んだ顔が見たくなった。掌で締め上げるようにしてモノアイに近づけるとそいつは血でヘルメット内を真っ赤にしていた。
女だった。サキとは似ても似つかないのに何故かサキの顔が浮かんだ。その時初めて笑っていたはずの自分が酷くしゃくりあげながら泣いていたことに気が付いた。
掌の女を見ると、既に死んでいるようでピクリとも動かなかった。
「うぐぅぅぅぅぅ!!」
背中に衝撃を感じて振り返るとそこにはセイバーフィッシュがいた。どうやらさっきのはこいつの攻撃らしい。蹴り飛ばしてコクピットごと潰した。
今度は身体全体が熱かった。特に顔が熱い。スロットルを操作して現在の位置から機体を動かす。その瞬間元居た位置をビームが焼いていった。
そこから先の記憶は私には残っていない。
目が覚めるとそこは医務室らしかった。身体全体が焼けるように痛んだ。そうして何より左側の視界が無くなっていた。左眼は戦場に忘れてきてしまったらしい。
病床で身体の回復を待ちながら情報を集めた。ラジオから流れてくる情報によると、ジオンはコロニーを制圧し地球にコロニーを落下させたらしい。そして、ルウムで地球連邦軍の艦隊を撃破し、大勝利を収めたそうだ。そんな情報をいまいち自分のものとして理解することが出来なかった。
戦場に立ったというのに、ラジオから流れてくる情報は無味乾燥としていて、何かが起こっているという実感とは遠いものだった。きっと病院の清潔で死に近い空気がそうさせるのだろう。
なんとか立てるまでに回復したが、まだ院外に出ることは出来なかった。ふらふらと点滴を杖代わりにして病院内をうろつくのが関の山だ。
運動がてら院内を散歩していたある日のことだった。散歩中の私は看護師に呼び止められ、部屋に戻されたのだ。どうやら私に来客があったらしい。
私に会いに来る人間などいるだろうかと考えたが答えは出なかった。誰だろうと思い部屋に入るとそこには少尉がいた。いや、軍服の飾りが増えていることから出世したのかもしれない。
「ミゼ伍長。久しいな……」
「お久しぶりです少尉、いえ中尉でしょうか?」
「ああ、出世したんだ」
そう答える少尉、いや中尉の瞳にも声にも力は無かった。
「僕は、君たちを誰一人として守ることが出来なかった。生きて帰ってきたのは……僕と君だけだ。すまない。本当にすまない。無力だ。僕は本当に無力だ。許してくれ。許してくれ。許してくれ」
中尉は泣き崩れた。どうやら小隊で生きて帰れたのは私と中尉だけだったらしい。サキの遺体は見つからなかったそうだ。けれど私には彼女がまだ生きているように感じられた。
「サキは生きてます」
「いや彼女は死んだ。全て私の責任だ。私を殺してはくれないか?」
中尉は明らかに焦燥していた。現実から目を背けたものがする目を彼はしていた。
結局中尉は私に謝り自分を責めるだけだった。サキは死に、中尉は狂った。残されたのは傷だらけの私だけだ。目を瞑って病院の屋根を見る。するとそこが宇宙に繋がっているように見えた。その宇宙ではサキが微笑んでいた。
オカルトの代名詞的な存在である転生者の私が言うのもおかしいが、病院の天井は宇宙ではない。宇宙であったらそれこそオカルトである。疲れから幻覚でも見たらしい。
万全を期すために医者にその旨を伝えたら、私は特殊な検査を受けさせられるらしい。困ったことだ。そしてその検査結果を見て医者は大いに驚いていた。何があったのだろう。私は脳に重いダメージを受けてしまい幻覚を見るようになったのかもしれない。
その後も、何度か精密検査を受ける羽目になった。
そろそろ元のように動けるようになったころ、看護師から嬉しいニュースと悲しいニュースが有ると話しかけらられた。こんなテンプレートな問いを投げかけられるとは彼女にはジョークセンスがあるらしい。戦争で夫を失った彼女はせめて明るく生きたいそうだ。
悪い知らせというのは中尉が地球降下作戦で戦死したことだった。そしてよいニュースというのは中尉が私宛に纏まったお金を遺してくれたことと、私が傷痍軍人として退役するのではなく、フラナガン機関という機関で雇われるようになるという話だった。
根無し草の私は軍を追われたら居場所が無かったので嬉しい限りである。
ケレス師団
アステロイドベルトの出身者によって構成された部隊。記録には部隊内の規律が守られていなかったことや、市街地での問題行動が指摘されている。
いわゆる一週間戦争において、サイド1攻略戦の際に地球連邦軍主力部隊を誘いこむための囮舞台として使用された。練度の低さによってその成果は殆ど挙がっていない。
中核部隊にはMS隊が何個か存在していた。所属艦艇は民間からの徴用艦が殆どであった。
残存部隊は地球降下作戦において危険な任務を任され、生き残りは殆ど存在していない。
著名な士官としては、シェイ・ハーディー少佐(二階級特進時)が挙げられる。