近いうちに戦場になるであろうア・バオア・クーは異様な熱気に包まれていた。それは死への恐れを紛らわすという意味もあっただろうし、敵を殺すという忌避感を薄れさせるためでもあるようも思えた。また、人間が獣としての本性を発揮するべく興奮していたのかもしれない。
要塞内部の異様な熱気は学徒兵として徴用された若者が醸し出していたものだ。その熱気が陰惨な戦場を経験した者までもを興奮へと引き込んでいった。
その状態でパイロットにはア・バオア・クー基地の最大スペースであるメイン格納庫に集まるよう命令が出された。しかし私は小格納庫で整備された自機のチェックをしなければならなかったのでそちらにはいかなかった。
しばらくして、小格納庫に音声が流れた。おそらく要塞全域やこの宙域全体に向けて放送しているのだろう。
「我が忠勇なるジオン軍兵士達よ!
今や地球連邦軍艦隊の半数が我がソーラ・レイによって宇宙に消えた。
この輝きこそ我等ジオンの正義の証しである。
決定的打撃を受けた地球連邦軍に如何ほどの戦力が残っていようとも、それは既に形骸である。
敢えて言おう、カスであると!
それら軟弱の集団が、このア・バオア・クーを抜くことは出来ないと私は断言する。
人類は我等選ばれた優良種たるジオン国々民に管理運営されて、初めて永久に生き延びることが出来る。
これ以上戦い続けては、人類そのものの存亡に関わるのだ。
地球連邦の無能なる者どもに思い知らせ、明日の未来の為に、我がジオン国々民は立たねばならんのである!」
「ギレン総帥だ……」
「ジークジオン!」
「ジークジオン!」
「ジークジオン!」
演説が終わり、私がいた小格納庫内の整備兵たちがジークジオンと声を上げた。その声はきっとア・バオア・クー要塞のいたるところで聞こえただろう。
彼らの歓声はジオンというナショナリズムに酔っているようで、ある種の不気味さを伴っていた。しかし私もジオン軍の兵士であるし、新鮮な食べ物と安全な寝床を提供してもらったり賃金をもらっている恩は有る。
それに周囲がジオンというイデオロギーに酔っているのだ。ここで何も呟かなかったら私は怪しまれてしまうだろう。だから私は小さくジークジオンと呟いた。
「機体のチェック完了。ミゼ・ミゼリー准尉出る」
戦端はもうすぐ開かれるだろう。次々に要塞の格納庫からMSが宇宙へと上がっていく。私もそんな彼らの中の一機となった。乱れ咲くバーニアの内、果たしてこの内の何機が生きて帰れるのだろうか。きっとそんなことは考えるだけ無駄なのだろう。
時刻は04:50になった。基地の管制から連絡が入る。敵艦隊が要塞の至近距離にまで近づいているそうだ。10分以内に戦闘が始まるらしい。
手元の時計を確認すると時刻は05:00だった。瞬間、宇宙をビームの輝きが覆いつくした。先ほどまでは真っ暗だった闇が光跡に覆われる。ある種の前衛芸術のような光景だったが、その光が放たれる度に味方の誰かが死んでいるのだろう。
要塞の固定砲台や周囲の宙域に浮かんでいた艦が襲い来る光条に対抗するようにビームを吐き出す。おそらくミサイルなども敵味方共に放っているのだろう。前衛の艦隊がビームに当たったのではないのに爆散したのはその仕業だったのだろう。
敵はMSではなく腹にミサイルを二発も抱えた攻撃機を送り込んできた。当然鈍重な機体であるから味方のMSや艦砲によって次々と火を噴いていく。それでも彼らは彼らなりの役割を果たしたのだろう。敵のMSが堰を切った津波のように押し寄せてきた。
私の僚機はフラナガン機関の実験体の青年だったが、敵の物量を見て闘志を燃やしているらしい。ジークジオンと喧しくつぶやいている。
「准尉、俺は前線に行く。俺は選ばれた人間だ。俺にはその義務がある!ついてきてくれ!」
研究員の彼女が彼のことを強化しすぎたか、と嘆いていたが、その評価は正しかったようだ。私達はSフィールドの後方でア・バオア・クー要塞へ取りつこうとする敵を食い止める役目なのだ。それなのに前へ前へと行ってどうするつもりなのだろう。
彼は薬でもやってるような言動を過去にも繰り返していたので遅かれ早かれ死ぬだろう。彼との無線回線を切断して私は後方にとどまった。味方が押され始めたら救援に行く程度の気概でいいのだ。
むしろ全員が前線に行ったら補給の隙を突かれ全滅するだろう。その程度のことが彼には分からなかったのだ。最前線では死闘が繰り広げられている。その穴を何とか掻い潜ったジムを私たち後衛が仕留めていく。連携は確実に機能していた。
実際のところ後衛といっても真新しいゲルググに乗った学徒兵が殆どだ。彼らは要塞表面から援護射撃程度の役割しか果たすことが出来ない。私のような開戦以来のベテランが敵MSを排除して前線の味方の補給を維持していた。それにしても私がベテランに数えられるとは悪夢のような現状だ。
数時間くらい、私は後方で支援に明け暮れていた。
「支援ご苦労」
前線部隊のゲルググ小隊がこちらに通信を送ってきた。彼らは機種転換が間に合った恵まれたパイロットだろう。小隊陣形の乱れの無さは彼らが新米ではないことの明確な証拠だ。
「貴官も、後方では退屈だろう。我々と共に前線でひと暴れしないかね?」
暗に後方に隠れている臆病者だと言われた私は、前線に赴くことにした。普段の臆病な私なら絶対に取らなかった選択肢だったが、この時は戦場の空気に飲まれていたのだろう。
「了解した。墜とされないように自分の身は自分で守ってくれよ」
「随分な言い草じゃないか、嬢ちゃん。フラナガンだかフラミンゴだかいう機関でおつむがイカレちまったんじゃないか?」
「さて、それがどうだかは見ていれば分かる」
「おう、お前らこの嬢ちゃんに負けるんじゃないぞ」
名も知らない小隊長は私を見くびっているらしい。それもそうだろう。私は小娘だ。しかし一介のMS乗りとして舐められたままではいられなかった。
「ビット展開」
背部のビットが私の意識に従って飛び去った。前回のことで私は学習している。私が動かすよりサキが動かした方が良いのだ。ビットへの意識を手放してサキに操作権を委ねた。
ビットは宇宙空間を滑るように飛び、ジムの支援をしていたボールの小隊を内からずたずたに打ち破った。支援が突如として止んだことに意識を背けたその瞬間が私のねらい目だった。
ザクマシンガンを弾が一点に集中するように放つ。ジムには多少の固さがあるがそれはせいぜい多少の枠にしか入らない。更にこちらに注意を向けようとしたもう一機をバズーカで吹き飛ばす。残った一機は隊長機だったのか、動きは俊敏だった。
生意気にもビーム兵器を装備しているがそんなものは当たらなければ意味はない。マシンガンで牽制し制限された射線にバズーカを撃ち込む。それだけでジムは宇宙の藻屑へと変わった。
「口だけじゃなかったのか。惚れ惚れするような腕じゃねえか」
「そいつはどうも。貴官も無事なようで何よりだ」
どうも私は戦場の空気で酔っている。それもどうしようもなく。ミノフスキー粒子の濃さが戦場全体の狂気に拍車を掛けている様だ。あちらこちらで爆発が起こるたびに誰かの魂が砕ける。常人なら耐えられない光景だったが私はそれを許容してしまっていた。
連邦のジムを、ボールを墜としていく。
「嫌だ。死にたくない。ママっ……」
ジムのパイロットは少女だったらしい。だからといって私の手は緩まなかった。ここは戦場なのだから。
周囲の時間が停滞したように私には感じられた。私は確実にこの戦場を支配しているとの自負があった。それが私の加虐心に火をつける。
——私は強い。
それがこの戦場で得た答えだった。あのガンダムが異常なのだ。私と愛機は確実に敵機を宇宙の藻屑へと変えて行った。
ゾクリと背筋に寒気が走った。私は墜とそうとしていたジムから離れる。先ほどまで私がいた空間をビームが通り抜けて行った。
「ガン……ダム」
白を基調としたトリコロールのMS。間違いなくガンダムだった。ここで後ろを見せるわけには行かなかった。なにしろこの戦いはジオンの行く末に関わるのだ。ここでコイツを通してはいけないという確信に近い何かが有った。
「悪いが私にも生活が懸かっている……それにお前をここで通すと後が怖い。墜とそうなんて思っちゃいないさ、ただ足止めだけでもして一矢報いてやりたいだけさ!」
私は意外と負けず嫌いでプライドが高かったらしい。コイツに無惨にやられたのを恨みに思っている。そして死に損なった八つ当たりも有った。私に情けを掛けて見逃した仮をここで返してやりたくなったのだ。
「サキ、ビットをお願い」
ビットから完全に意識を外した。理論上は動くことすら出来ないビットが流れるように宙を駆けた。複雑な動きをしながらガンダムへと向かっていく。けれど前回の戦闘でそれが足止めにしかならないことは分かっている。
射撃武器が当たらないなら近接武器だ。装備していた遠距離武器を全て外す。新装備のヒートナイフを腰から引き抜く。
「私の悪あがきだ!受けてみろガンダムゥゥゥ!!!!」
スラスターを全開にし、機体がオーバーヒートする限界まで速度を上げる。この後はどうなったっていい。ただこいつを墜としたかった。
————ヒートナイフは刺さらなかった。
ガンダムは背中からビームサーベルを抜き、ナイフを受け止めていた。
「クソォォォォ!!!アアアアァァァァァ」
スラスターを限界を超えて吹かす。ここで爆散して奴を巻き添えに出来るならそれでもよかった。
ジジッジジッ
ビームサーベルと競り合うヒートナイフはもう保ちそうになかった。しかし、一矢くらいは報いることが出来たかもしれない。ここで死ぬのが私の運命なのかもしれないのだ。
「ああ、駄目か。最悪だったけどいい人生だった……」
次の瞬間には私は死んでいるだろうという奇妙な確信があった。だから私は目を瞑り死を待った。
「生きてる……?」
すぐ横を味方機が通り過ぎて行った。
「准尉、君には奴が私の獲物だとは言っていなかったな」
シャア大佐の声だった。
機体の後ろ姿からその機体が噂に聞いていたジオングだということが分かった。ジオンの名を冠する機体がなぜか大佐には似合っているように思えた。
ジオングは有線サイコミュに連動したビームでガンダムと互角の戦いを演じていて、しかし私にはその戦いを最後まで見ていることは出来なかった。機体にアラームが鳴り響いていたからだ。
無茶をさせ過ぎたらしい。ア・バオア・クー要塞の格納庫までは辿り着くことは出来ないだろう。しかしSフィールドでも出来るだけ後方の艦隊に収容されれば私は生き延びることが出来るだろう。
アラートがしきりになっている機体は素直に私の操縦に従わず、目標地点とはあらぬ方向へと流されていった。この分では機体を捨ててノーマルスーツで宇宙を漂うことも覚悟しなければいけない。
艦隊がいるはずもない宙域になぜか艦隊が存在していた。おそらく戦闘中の配置転換か何かだったのだろう。
「こちら突撃機動軍のミゼ・ミゼリー准尉だ機体が損壊している。収容を要請する」
「こちらデラーズ機動艦隊所属ローゼンブルク、前方ハッチを開放する」
一隻のチベ級からガイドビーコンが出され、前方のハッチが解放された。機体はまだもつようだが、慎重に着艦する。
「ふぅ。なんとかなったぁ」
ガンダムとの戦いでは、精神的身体的に消耗していたようで今更汗をぐっしょりかいていることに気が付いた。死ななかったことが奇跡のように思えて、身体の力が抜ける。
「危ない、危ない」
ここで機体が爆散でもしたら大変であるから、すぐにコクピットから出る。周囲には爆発を警戒してか遠巻きに整備員がこの機体を眺めていた。
無事にコックピットから出ると疲れが出たのかふらついてしまった。その様子を見て、整備兵が担架に私を乗せた。素晴らしい判断だ。消えそうになる意識の中、私は戦争が終わった後のことを考えていた。この艦隊も無事にかは分からないが、ジオン本国に戻るのだろう。
私はジオン本国には縁もゆかりもない人間だ。ぞれ以前に無事に済むかは不明だがこの艦隊は規模が大きい。小規模な艦隊よりこちらに辿り着いて運が良かった。
この前もそうだったように私は少し長く寝込みそうだ。次に目が覚めるのは何日か先になるだろう。その時には……
神様が全く私に優しくないことにその時の私は気が付いていなかった。私は安心しきってベッドに身体を預けていたのだ。おそらく未来の私が見たら今すぐにその艦から降りろと叫んだであろう。
戦争はまだ終わらない。