Miserable Misery   作:むにゃ枕

8 / 11
Rhapsody of the moon
Fly me to the moon.


 宇宙空間はとても静かだ。音すら通さない漆黒の空間である。その宇宙を数列の光がか細い糸のように伸びていく。そんな夢を見た。どうやら私を乗せた船は私が寝ている内に沈みはしなかったようだ。ここが現世でないならどこなのだろう。

 

「やあ、お目覚めかな准尉。私はアナベル・ガトー。階級は大尉だ」

 

 私の目覚めは快適なものとは残念ながら言えなかった。私が寝転んでいるベッドは病人用のものだが、ガトー大尉が医者である可能性は低いだろう。髪を後ろで一纏めにしている渋い声のイケメンで大尉の階級章を付けた軍服を着ている。白衣など着ていない。

 

 私はこの状況を理解するためにゆっくりとベッドから上体を起こそうとした。事実としては若干筋肉がこわばっており直ぐに起こせなかっただけであったりする。

 

「私個人としては病人に無理に問いただすべきではないと思うのだがね……」

 

 現にこうして尋問されている訳だから全く説得力がない。私が何をしたというのだ。これが味方に対する扱いだろうか?

 

「ゆっくりで構わない。君は突撃機動軍の所属だな?」

 

 私は返事をする代わりに頷いた。こんな信用ならない相手に真剣に向き合いたくなかったからだ。

 

「ミゼ・ミゼリー。階級は准尉。ここまでで問題はないな?」

 

 問題はない。

 

「さて准尉。君の名前が突撃機動軍のデータベースには存在しなかった。しかし、君の階級章は偽物ではない。この訳を説明してもらえるかな?」

 

 なんだ、それは!?そんなことは初めて聞いた。

 

「えっ、いやそんなことは……?」

「さて准尉、君の所属している突撃機動軍だがこの軍を取り仕切っている方を知っているかな?」

 

 それくらいのことなら知っている。

 

「キシリア少将です……」

「そうだ。この艦隊の司令官であるエギーユ・デラーズ大佐はギレン総帥の派閥に属している。言いたいことは分かるかな?」

「いえ、分かりません」

「しらばっくれても無駄だ。准尉、君は怪しすぎる」

 

 正直私はどうしてこんな事態になっているのか分からなかった。命からがら逃げた先は味方の船ではなかったのだろうか。混乱して泣きそうになった。

 

「さて准尉、君の搭乗していたMSだが、ザクにこのような派生機体が有るとは私知らなかったよ」

「えっそれは」

「やれやれ、受けごたえすら満足に出来ないのか?」

 

 私の混乱は極致に達していた、味方のはずなのにこの扱いは何なのだ?どうして私が責められなければならないのか。

 

「正直に白状したらどうかな准尉?今なら私が便宜を図ってやる。銃殺刑はつらいぞ」

「え、えぅ。えっ」

 

 どうして責められているかも全く理解できなかったし、銃殺刑という単語が出てきてもうどうしようもなくなってしまった。

 

「君のような少女を拷問に掛けたくはなかったのだがね」

「言いますから、やめてくださぃ。嫌だ。いやぁ。やだぁぁ」

 

 全身を焼けつくされる感覚が突如私を襲った。それに私が殺した連邦兵の恨みに満ちた眼差しがこちらを見ている。

 

「いや……やだ、あつぃ、ああ。ごめんなさぃ。ころさなぃで。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 息が出来なくなった。かひゅーという音が私の口から漏れるだけになって。視界が完全に黒くなった。

 

 

 

 目を覚ますと、ガトー大尉が済まなさそうな顔をしていた。全身が汗で湿っているし、股間を中心にアンモニア臭がした。

 

「すまない准尉。そこまで責めるつもりはなかった。女性士官に着替えを持ってこさせる」

 

 ガトー大尉は部屋から出て、着換えを持った女性士官が入ってきた。惨めで最悪な気分だ。それにあの連邦兵たちの目が忘れられない。今後しばらくは夢に出てきそうだ。

 

「うぇ」

 

 近くのトイレを教えてもらいそこで私は吐いた。逆流した胃液でのどがヒリヒリした。胃の中身が空っぽだったのが不幸中の幸いというものだろうか。

 

 病室に戻るとシーツは替わっており、綺麗なものになっていた。そしてガトー大尉が神妙な顔で私を見ていた。

 

「私はそこまでするつもりはなかった。辛いことを思い出させてしまって済まなかった」

 

 ガトー大尉は私に頭を下げた。私には状況がさっぱり理解できなかった。

 

「准尉、ここはお互い正直に話そう。私が君に質問しそれに君が答える。その代わりに君が私に質問していい」

「分かりました」

「では私からだ、君はジオン公国軍に正式に所属するものかな?」

「はい。そうです。私からですが、この艦隊はジオン公国軍に属するものなのでしょうか?」

「ああ、そうだ」

 

 このような形で情報交換が行われ私は現在の情報を得て、ガトー大尉は私の情報を得た。

 

「すまなかったな准尉。しかしそちらにも勘違いされる要素は有っただろう」

 

 当然だがこのような事態になったのは情報の行き違いからだった。私の軍籍は突撃機動軍のデータベースに登録されていないのだ。いや正確にはこの艦隊からはアクセスできない情報だったらしい。これはフラナガン機関という組織の機密を保護するために取られていた措置だった。

 

 私の機体が特殊だったことも誤解を加速させた。味方のMSの登録記録に照会して存在が確認されなかったのだ。つまりは敵のMSということになるだろう。

 

 そして、階級章やノーマルスーツだけがジオン公国軍のものとされる怪しい機体とパイロットの出来上がりである。

 

 更にこの艦隊の状況も悪かった。デラーズ機動艦隊が所属する派閥はギレン派閥である。そしてギレン総帥は私が所属する突撃機動軍のトップであるキシリア少将に暗殺されたらしい。

 

 これはデラーズ機動艦隊からすると、ジオン公国軍には存在しない機体に乗った、データベースに照会しても合致しない人物が何故かジオン公国軍のノーマルスーツや階級章を持ち、派閥のトップを殺した敵対派閥の所属を表明して不時着してきたのだ。

 

 我ながら怪しさのオンパレードである。状況から地球連邦軍のスパイが特殊な機体で損壊したふりをして潜入してきた。もしくは突撃機動軍がこちら側にスパイを送り込んできたなどと考えられていたらしい。そこをガトー大尉が取りなして私の命は助かったそうだ。

 

 恐ろしい状況である。そしてもっと最悪なことにジオンはア・バオア・クー要塞を失陥しグラナダで地球連邦と講和を結んだそうだ。それを目の前のガトー大尉は認めないし、この艦隊のトップであるエギーユ・デラーズ大佐も認めないそうだ。とんだテロリスト集団だ。

 

 私は負けでいいから戦争を終わりにしたいと思ったが、よく考えれば私は貴重な生きるデータではないだろうか。フラナガン機関の研究は実戦で効果的だったことは私自身が証明してしまった。連邦はその技術を欲しがるに決まっている。

 

 地球連邦はジオンに勝つくらいの巨大な組織である。あのア・バオア・クー要塞に駐留していたジオン艦艇群を倒せるのだ。恐るべき規模である。つまりは私の前途は真っ暗なのだ。

 

 ジオン本国も戦争に負けたらしいから荒れているだろう。アステロイドに戻っても食うに困ることは間違いない。改めて考えてみると私の二度目の人生は詰んでいるのではないだろうか?このままテロリストと一緒に過ごすしかないではないか。

 

「准尉、君の身柄は私が保証しよう。君の瞳は嘘で濁っているようには見えなかった」

 

 私が人生について悩んでいることをデラーズ機動艦隊内での扱いがどうなるか心配しているように取ったのだろう。それも十分私の悩みの範疇に入っているから慰めはそれなりに嬉しかった。

 

 ガトー大尉に連れられて私の不時着したチベ級からランチでグワジン級戦艦へと移動した。このグワジン級の艦名はグワデンというらしい。しかし、なんとも趣味が悪いことに、この艦内のあちらこちらに三白眼の男の写真だったり肖像画が飾られている。

 

 この船はもしかしなくても危ない人間しか乗っていないのではないだろうか。胃が痛くなってきた。ガトー大尉に連れられてデラーズ大佐の執務室に赴いた。そしてそこには例の三白眼の男の胸像が有った。

 

「ガトー大尉、この女は吐いたのかね?」

「いえ、彼女と我々の間には誤解があったようです」

 

 ガトー大尉は私が話したことをデラーズ大佐に伝えていた。しかしデラーズ大佐は嫌な目をした男である。髪の毛が無い分陽気な風に見えるがそんなことは無い。かえってスキンヘッドが注目を浴びさせる。それに頭とは裏腹に蓄えられた髭も否が応でも注意を引き付ける。

 

 私が人体の不思議について考えていると話は終わったようだ。ガトー大尉が私を監視し裏切ることが有ったらすぐに処罰するそうだ。

 

「ガトー大尉、貴官の実直さは長所だ。しかし男というものはそれだけではいかん……」

「はっ。了解しました」

 

 ガトー大尉は言葉に込められた意味が分かっていないようだった。あのいけ好かないデラーズ大佐は暗に女に慣れろとでも言いたかったのだろう。

 

「准尉、私には大佐の御言葉が分からない。だが男というものは義に生きるものだ。つまりはそういうことなのだろう。私は粉骨砕身デラーズ大佐に仕えようと思う」

 

 ノーコメントだ。ガトー大尉の中では結論が出ているようだし、この三白眼の男にまみれた船内では正しい答えかもしれない。そんなことで連行されていったのだが、私はまだ病人である。病み上がりに無茶をしたので疲れた。しばらくは寝るとしたい。

 

 私が寝ている間も勤勉なガトー大尉は隣の部屋で私を監視していたらしい。こんなことをする暇があるのならばもっと有意義に時間を使えばいいのだ。MSの整備でもしていればいいのだと私が皮肉を込めて言ったら、ガトー大尉はMSを壊してしまったらしく、整備する機が無いらしい。

 

 それに自分が格納庫に行くと整備をやらせてもらえないらしい。ソロモンの悪魔と自分が呼ばれていたことを嬉々として話し始めた。おそらくMS戦闘が好きなのだろう、もしくは私に対して気を遣っていないかその両方かもしれない。

 

 ガトー大尉の自分語りにも少しは有用な部分が有ったので、完全に無駄な時間という程ではなかった。それに話のセンスはないが私の左目が見えないことを気にして自然と左側に入ってエスコートしてくれるのだ。生真面目さとジオンへの狂信が全てを台無しにしているが、大尉は良い人間なのだろう。

 

 私の体調も戻り、すっかり元のように動けるようになった時にガトー大尉に命令が下った。内容としてはデラーズ大佐が中将となり、デラーズ機動艦隊を中心としたアクシズに赴かず地球圏に残ったギレン派で、デラーズフリートという組織を結成し連邦に攻撃を仕掛けるための準備の為にグラナダへ行けというものだった。

 

 要は金が無いので、ギレンのシンパでグラナダで安穏と暮らしている連中から貰ってこいという話だ。グラナダは月の裏側にあり、サイド3つまりはジオンに近い都市だ。そのため戦中にはジオニック社などが有り、親ジオン派の住民も多いらしい。

 

 しかし現在は地球連邦軍がグラナダにいる。そんな場所にお尋ね者のガトー大尉を送り込むのは如何なものか。それに関しては、ある程度の人間に知られていないと信用してもらえないという問題が有るようだ。ガトー大尉は有名だが大尉である。大佐だったり将官クラスではないのだ。

 

 パイロットとしては有能だが、死んでも代わりはいるレベルである。そのため彼が選ばれたらしい。そしてそんな危険地帯に行くガトー大尉だが、私もそこに含まれているそうだ。確かにずっとガトー大尉の世話になっていたが、それはどうなのだろう。

 

 私が裏切ったらどうするつもりなのだろう。するとガトー大尉はこう返してきた。

 

「准尉、君もワケ有りだ。今更安穏と生きられる場所などないだろう?それに私は君を信頼している」

 

 そもそも裏切って行く場所は無かったし、真っすぐに信頼していると言われると裏切れない。こういうところがガトー大尉の魅力なのだろう。

 

 グラナダには軍用艦で行くわけにはいかない。そんなことをしたら連邦軍に沈められてしまう。そこで利用するのが民間の船だ。親ジオン派の民間船を雇いその中に乗客として紛れ込む。古典的だがグラナダへはその方法で侵入できた。

 

 月面都市に来るのは初めてだから心が躍る。クレーターを利用してその地下深くに作られた都市と巨大な天井は、人間の可能性というものを感じさせるものだった。

 

 グラナダではなくフォン・ブラウンにも出来れば行ってみたいのだが、あちらはジオンには優しくない場所だ。このグラナダだって素晴らしい都市である。任務の間に観光位は許して欲しいものだ。

 

 

 

 




アンケートは撤去しました。
20.6.14修正しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。