Miserable Misery   作:むにゃ枕

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Moon River

 月面都市は人類が宇宙に上がる際に重要な役割を果たした場所である。月面から資源は採取されスペースコロニーを建造する際の材料となった。更には地球に比べると経済的に優遇された月面都市には多くの企業が存在し、毎秒に渡り、私の給料の何倍のも金を稼いでいるらしい。

 

 月面には多数の都市が存在するが、人々が月面都市と聞いてまず思い浮かべる都市は二つだ。地球側に存在するフォン・ブラウン、月の裏側に存在しジオンとの繋がりの強いグラナダである。この二大都市には多数の企業が存在している。

 

 そんな企業を語る中で外せないのがアナハイム・エレクトロニクスである。多数の企業の集合体であり、いわゆるコングロマリットを形成するアナハイムには黒い噂が幾つか存在している。地球連邦軍とジオン軍の両方に物資を提供し戦時特需にもありついたという噂が例として挙げられる。

 

 そんなアナハイムが戦後に吸収合併した企業にジオニック社がある。ジオニック社はジオンの国営企業と言ってもいい存在だったが、今はそんなかつての栄光は形骸化してしまっている。そのことで不満を持っているジオニック社の役員も多い。

 

 その不満を利用してデラーズフリートに出資をお願いしようということだ。やることがテロリストそのものである。しかし私に反対する権利はないし、反対しようもない。今やデラーズ機動部隊に養ってもらっている身なのだ。給料だって一応は貰っている。

 

 長々と語ったが、簡単に纏めるとグラナダで連邦に不満を持っている金持ちから金をもらってこいということだ。お金が無ければ戦争は出来ないのだから仕方が無い。軍艦単体で生活できる訳はなく補給が必要であり、それには金がかかる。

 

「ガトーさん、お昼はどうします?」

「ああ、気が回らなかったな。ミゼ、君の食べたいものでいい」

 

 大尉だとか准尉だとかを付けて呼んでいたら怪しまれること間違いなしである。それで階級を付けずに呼んでいるのだが違和感が凄い。

 

 お腹がぐ~という間抜けな音を出したので、私は本気で店を探すことにした。観光客向けに配布されているフリーペイパーにはグラナダではピザが有名だと書かれていた。月面ピザというらしい。折角なので有名なものを食べるくらいは良いだろう。私もそれくらいのお金は持っている。

 

「ガトーた、いえガトーさん。月面ピザというものがグラナダでは有名だそうですよ」

「そうか。ならそれにしよう」

 

 私たちはグラナダの市街を歩いたがそれらしき店は中々見当たらなかった。仕方がないのでガトー大尉が通行人に店を聞くことになった。ガトー大尉の顔の良さを発揮する絶好の機会だろう。

 

「すまない、私達は旅行者なのだが、この辺りで月面ピザというものを扱っている店を知らないかな?」

「知っているわ。私のお気に入りの店が有るのだけれど、そこで良かったら案内出来るわ」

 

 ガトー大尉が声を掛けた相手は赤に近い茶髪の女性だった。快活とした様子で、どこかの企業の制服を着ている。薄水色の制服にはAEという社員証が有った。おそらく彼女はアナハイム・エレクトロニクスの社員なのだろう。

 

 彼女の案内に従って路地裏に入るとそこには小洒落たレストランが有った。実物の煉瓦では無いだろうが煉瓦に似せて作られた外見は無機質な都会で有るグラナダの景観とはかけ離れたものだった。だからこそ、こんな裏路地にひっそりと有るのだろう。

 

「びっくりしたでしょ?私もここを同僚から教えてもらった時は驚いたの」

「ああ、これは確かに驚くな」

「びっくりしました……」

 

 店の内装も外装に合わせたシンプルなものだった。店内には幾つかのテーブルと椅子が手前にあり、奥には厨房が有る。壁には旧世紀のミュージシャンのものであろうポスターが飾られ、店内にはそのアーティストの曲が流れているようだ。

 

 効率と金を第一に考えてそうな月の住民(ルナリアン)だが、どんな集団にも例外というものはいるらしい。旧世紀めいた木材を使用した壁には安心感がある。運がいいことに私たちの他には客はいなかった。

 

「このお店はね、隠れ家って感じで落ち着くの」

 

 確かに隠れ家という表現には合致する店だろう。

 

「良かったら同席しない?私もこの店にお昼を食べに来たところだったの」

「ああ私は構わない。ミゼ問題はないな」

「ありません。ガトーさん」

 

 ガトー大尉が了承したのなら私が断れるはずがないじゃないか。私に問いかけるのは大尉の優しさなのだろうけど。

 

「ねえ、あなたたち退役軍人かしら?歩き方で分かるわ」

「ああ。私達はルウムからグラナダへ少し旅行にね」

 

 ガトー大尉は嘘は言っていない。曖昧に答えただけだ。それで彼女は納得したらしい。戦争直後で心に傷を負っている人間が多い中、深く追求することが禁忌であることは暗黙の了解である。

 

 メニューをガトー大尉が真剣な顔で眺める中、私は隣に座った彼女と一緒にメニューを眺めていた。私は左目に眼帯をしているので彼女は気をつかって色々と教えてくれた。この店ではピザと一緒にパスタも扱っているようだ。

 

 各々、会計は別であるし微妙な距離感が有ってたので、パスタ類はシェアするということは無く食べたいものを各自で頼む形となった。

 

 私はスラム育ちのせいか食い意地が張っていて人の二倍くらいは食べられるので、ペペロンチーノとプロシュートを頼んだ。それを隣の彼女は驚いた表情で見ていたがそのことをガトー大尉が説明すると、納得したようなしていないような表情をして引き下がった。

 

「ねえ、今更なのだけど自己紹介くらいしない?」

「構わない」

「あっ、はい」

 

 堂々とガトー大尉が答えたので私はいささか面食らった。あなたはお尋ね者なんですよ!?何考えているんですか?と叫びたい衝動に駆られたが口にはギリギリのところで出さなかったし、表情にも出ていないはずだ。

 

「私はクリスチーナ・マッケンジー。アナハイム社に勤めているわ。戦中は軍にいたの」

 

 ガトー大尉が私にアイコンタクトを送ってきた。答えろということらしい。

 

「ミゼ・ミゼリーです。えっと、が、ガトーさんの恋人です……」

「私は口がうまくないのでな。手短で済まない。ガトーだ」

「えっ、そうだったの。どんな繋がりかと不思議だったけどそうだったのね」

「はい……」

 

 もちろんそんなことは無い。これはあらかじめ決められたロールプレイだ。ガトー大尉は任務の為になら私という少女を恋人と言い張って周囲からロリコン野郎とレッテルを張られることを恐れないらしい。クリスチーナはガトー大尉が堂々としていたのもあって、まんまと騙されたようだ。

 

 私の恥ずかしがる演技が効いたのかもしれない。実際、恋愛経験のない私にはこの行為はとても恥ずかしかったので、より真に近い演技が出来ていたかもしれない。

 

「私のことはクリスでいいわ。短い付き合いになるでしょうけどよろしくね」

「ガトーでいい。よろしく頼む」

「ミゼです。よろしくお願いします……」

 

 クリスはおそらく連邦の退役軍人であろう、そして私たちは現役のテロリストである。最高に愉快な組み合わせではないか。にもかかわらず泰然自若とした様子を崩さないガトー大尉は心臓に毛でも生えているのだろうか。この分だと何食わぬ顔で連邦基地に潜入くらいはこなしてしまうかもしれない。

 

 やがて、食事が運ばれてきた。スラムの残飯や軍の食堂、研究機関の食事しか記憶にない今世では初めてのレストランでの食事かもしれない。運ばれてきたピザは大きかった。蕩けたモッツァレラチーズが私の食欲を引き立てる。

 

 ピザカッターでピザを八等分に切り分ける。切れ目から蕩けたチーズが落ちてしまいそうになる。冷める前に早く食べなくてはという使命感に駆られた私は、ピザの一切れを手に取る。チーズがだらんと伸びた。私はマナーなど知らぬとばかりに大口を開け、口にピザを放り込んだ。

 

 生ハムの塩味と若干クリスピーな生地、それに蕩けたモッツァレラチーズにトマトソース。美味しかった。軍の食べ物もおいしくは有るが、違うのだ。なにしろ今世で初めてのレストランでの食事である。美味しくないはずがない。

 

 私がもしゃもしゃとピザを食べるのを見て、クリスが呆れたような顔をした。このピザは私のものだ。分け与えるなどはしない。

 

「もう少し、落ち着いて食べたらどうなのかしら?ミゼ?」

 

 私は食べるのを優先した。それを見てガトー大尉が助け舟を出した。

 

「ミゼは少々食い意地が張ってまして……お恥ずかしい」

 

 マナーなど知らぬ。私は目の前の御馳走を食べねばならないのだ。やがてペペロンチーノも運ばれてきた。ピザを食べ終わった私はそちらに取り掛かった。

 

「ねえミゼ、私の分けてあげようか?」

 

 くれるものならもらう。これは悲しきスラム生まれの性である。私の食い意地が張っているのではないのだ。食事が終わるとクリスがこちらを見て、忍び笑いをした。なんだと尋ねると私の食べっぷりの良さに何故か笑ってしまったという。

 

「きっとアルのことを思い出したのね。ミゼが子供みたいだったから」

 

 私は身長ばかり大きくなったが実際はまだ13である。十分子供の範疇に入るだろう。おそらくクリスには私が16辺りに見えているのだろう。実年齢を伝えたらガトー大尉は変態ロリコンの汚名を被ることになるだろう。いくらイケメンでも常識的にアウトである。

 

 そもそも私の年齢は入隊時点でごまかされているのでガトー大尉は私の実年齢を知らなかったのだろう。知っていたなら恋人の振りなど提案しなかったに違いない。私たちは各自で会計を済ませ店を出た。

 

 アナハイム・エレクトロニクスの社屋はフォン・ブラウンに存在するがグラナダにも支社が存在する。クリスはそちらに戻るのだろう。私とガトー大尉が向かう目的地も同じだったため、途中までは一緒に行動すことになった。

 

 移動中もガトー大尉はクリスとの会話から情報を抜き取っていく。スパイの才能は確かに有るだろう、デラーズ大佐の采配は的確だったのかもしれない。デラーズ大佐はいけ好かない顔の禿げというだけではなかったのだ。

 

 クリスと別れ待ち合わせの場所に向かう。資金援助者はそれなりの立場にいるらしく、私たちとの待ち合わせは厳密な時間指定をしていた。ここでタクシーを拾えば待ち合わせ場所には十分間に合うだろう。幸いタクシーが来ないということは無かった。向かう先はグラナダ下層の郊外にある廃工場だ。

 

 私の悪運ももう尽きたらしい。今日は万事順調だ。素敵なレストランでピザを食べられた。これだけでも幸運である。待ち合わせも上手く行き、月面での任務は無事に終わるだろう。そう私は楽観的に考えていた。

 

「お客さん、何やらこの先で渋滞が発生しているみたいですね。どうします?」

「裏道はないのか?」

「ここに行くには一本道でしてね、お客さんみたいな変わった人くらいしか行かない場所ですよ。朝方もあそこに行きたいという客を乗せましてね。ガラの悪い連中でしたよ」

「そうか」

 

 それきりガトー大尉は黙り込んだ。私も先ほどまでは楽観的に考えていたが、嫌な予感がしてきた。しかし今日の私はツイているのだ。きっとこの嫌な予感も気のせいだろう。

 

「おかしいですねえ。ナビには渋滞って書いてあんだけどな、故障かな?」

 

 故障で有ってほしいものだ。本当に。

 

「ああ、直りましたよ故障だったみたいですね。よかったよかった」

 

 なるほど単なる故障だったらしい。本当に良かった。このまま無事に目的地について口座番号を受け取り、帰る。それだけのことなのだ。失敗する要素が見えない。

 

 目的地に着くと、そこには車両が停まっていた。どうやら密会予定者のもののようだ。随分と物々しい車だ。軍用車両を改造したように見える。金持ちということもあって、そういう車両を用心のために使うこともあるのかもしれない。

 

「准尉、車内で待っていてくれ。万が一の時は頼む」

 

 ガトー大尉が私に耳打ちした。安全性の高い任務とはいえ警戒は必要だろう。

 

 ガトー大尉が車を降りると、向こうに停まっていた車から初老の男とその護衛であろう男たちが降りてきた。ガトー大尉と男たちは廃工場の中に入っていった。話し合いをするようだ。タクシーの運転手にはチップを弾ませることで黙秘を約束してあるから心配ないのだ。

 

 問題は無いはずである。今日の私はツイているのだ。心配しなくても取引は無事に終わるのだ。

 

 バスッという何かの音がした。サイレンサー付きの拳銃の発砲音に聞こえたがそんなことは無いはずだ。

 

 第六感というか虫の知らせのようなものが頭をよぎる。私は勢いよくタクシーから飛び降り身を伏せた。その瞬間にタクシーを銃弾の嵐が襲った。 

 

 車外に出たとはいえ、そこには碌な遮蔽物が無かった。

 

「こいつはまだガキだが上玉じゃねえか」

「殺す前に味見くらいは良いだろうな」

「おいおいナニを食いちぎられないようにしろよ」

 

 下品なことを口走りながら銃器を持った男たちに私は囲まれていた。なんてこった、もう助からないぞ!

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