「…突然だが君は〇〇鎮守府へ異動する事となった」
「……はい?」
突然すぎる出来事に思考が固まってしまった。〇〇鎮守府と言えば前提督がいろいろやりたい放題していたと噂のブラック鎮守府だったはずだ。少し前にとある艦娘が憲兵に命をかけて内部告発をして前提督は捕まったと聞いていたが…元帥直々に呼び出しされて何かあるかと思ったらこれか…
「えっ…あ…その……」
「何だ?何か不都合があるのか?」
唐突すぎて言葉が上手く回らなかった。元帥がじろりと圧のある視線を提督へと向ける。あまりの気迫に緊張感が高まる。自分でも少しだが震えているという自覚を感じる。
「いえ…特にありませんが異動まで少し時間を頂ければと思いまして…俺の鎮守府の今後等もいろいろ考える事が必要なので最低でも一週間は時間を貰えたら…」
「そうか、わかった。あまり〇〇鎮守府を野放しにしておく訳にもいかないんだ。あそこでは前提督によって心に傷を負った艦娘が沢山いるからな。君にはその子達のメンタルケアをしてあげて欲しい。わかったな?」
「了解しました」
この後元帥からいろいろ説明等を受けたが、全く頭に入って来なかった。立場が上だというだけで何も言い返せなかった自分が情けない。そう思いながら大本営を後にした。
「提督…何かあったのか?目が死んでいるぞ」
外で待っていた秘書艦の長門が心配そうな目で尋ねてきた。長門とはかなりの古参で俺が新米の頃からずっと一緒に秘書艦として支えてくれているのだが秘書艦と言うよりはもはや相棒という表現の方が適切であろう。
「あぁ実はな………」
先程の出来事を全て長門に伝えた。すると長門は目を見開いて
「馬鹿な!そんな事あっていいわけ無いだろう!第一、我々の鎮守府はどうするって言うんだ!私は認めんぞ!絶対にだ!」
今まで見た事のない剣幕で怒鳴られて正直驚いてしまった。だが長門が何と言おうとこれは既に決定事項で俺にはどうする事も出来ないのだ。
「お、落ち着け長門。その辺りは時間を貰っているから後々じっくり考えるさ。それに、あそこで俺が元帥に逆らっていたら間違いなく首が飛んでいた。そうしたら海軍関係者でもなくなって二度とみんなと会えなくなってしまうんだぞ!」
「それはそうだが…提督は何とも思っていないのか?」
「勿論俺だって思う所はあるさ。俺の鎮守府のみんなも大切だし正直離れたくもない。だが〇〇鎮守府で傷ついている艦娘がいるのも事実だ。そんな娘を放っておいて自分の鎮守府を優先しろと言うのが長門の考えか?」
「それは…その…」
とうとう俯いて黙ってしまった。それからどれだけ時間が経過したのかはわからない。
「…帰るか」
その一言に長門は頷いてくれた。帰りの車の中でも長門は何一つ話そうとはせずずっと悩んでいるような顔をしていた。長い沈黙の後ようやく自分の鎮守府が見えて来た。
「あー長かったー」
「提督、この事は鎮守府のみんなにはいつ話すんだ?流石にずっと秘密にしておく訳にもいかないだろう?」
長門が唐突に口を開いた。
「うーん…〇〇に向かう三日前位にしようかな。あんまり早すぎると離れるのが辛くなっちゃうしあんまり急だとみんな混乱しちゃうだろうしね」
「そうか…わかった。私も手続き等は手伝おう」
「いつもありがとな、長門。」
そうして執務室へ戻り、今後について長門と話し合う事にした。
「さーてどうした物かね…」
俺は目の前の書類の山を見て完全に萎えてしまっていた。と、いうのも俺がいなくなった後の鎮守府の運営方針の報告書や異動手続きの書類等の数があまりにも多すぎるのだ。その時、長門が一枚の書類を手にこちらへ近付いて来た。
「提督、私も提督と一緒に〇〇へ行ってもいいか?」
「へ?そんな事出来るのか?」
そう返すと長門は手に持っていた書類を見せてきた。その手は僅かに震えていた。そして書類を見るとそこには『護衛について』というタイトルと共に『〇〇鎮守府への異動の際には護衛を目的として艦娘を同行させる事を許可する。但し、人数は多くて三人までとする。』と書いてあったのだ。
「…なぁ、これって三人までなら〇〇へ一緒に行けるって事だよな?」
「それ以外何があると言うんだ…それと提督は元帥から説明を受けていたんじゃなかったのか?」
「ごめん、頭真っ白になっちゃってあんまりよく覚えていなかったんだよね…」
「まぁいい。それで、私は提督と〇〇に行ってもよいのか?」
長門目は真剣な目でそう言った。それはまるで何かを決心したかのような強い目でもあった。
「勿論、これからも迷惑かけるかもだけどよろしく頼むよ。」
「あぁ」
そう言って長門は微笑んだ。普段は凛としている長門でもこの時ばかりは凄く優しそうな表情をしていた。ふと時計を見るとかなり夜が更けていた。
「さて、もう遅いし長門は先寝てもらっていいよ。俺ももう少ししたら寝るからさ。」
「わかった。提督もしっかりと休養を取るんだぞ?」
「わかってる。おやすみ長門」
「あぁ。おやすみ提督」
そして長門は自室へと戻っていった。執務室に残された大量の書類を見てふと昔を思い出した。
「…夏休みの宿題もこんな感じで追い詰めてたなぁ俺」
とりあえず書類の整理だけして今日は寝床に着いた。
(次の日の朝)
(やべぇ…全然眠れなかった…)
当たり前と言えば当たり前だが昨日は一晩中モヤモヤしていてほとんど眠れなかったのだ。まぁいいかと思いつつ顔を洗って歯を磨いて軍服に着替えるといういつものルーティンを行って食堂に行った。食堂の前に着くとふんわりといい匂いが漂っていた。我慢できずに食堂の中へ入ると、そこでは既に何人もの艦娘達が食事を楽しんでいた。厨房の方へ行くと割烹着に身を包んだ二人の艦娘が出てきた。間宮と伊良湖である。
「あら提督、おはようございます」
「おはようございます。提督」
「おはよう間宮さん、伊良湖ちゃん。今日のオススメは何ですか?」
「今日は鯵の干物が美味しいですよ。今朝近所の漁師さんがいつもありがとうって分けてくれたんです。」
「いいね。じゃあ鯵の干物定食一つで」
『はーい』
二人が同時に返事をしたその瞬間背後から
「私も司令官と同じのお願いします!」
元気な声でそう言ったのは吹雪だった。彼女は初期艦であり、同時にこの鎮守府で最も練度の高い艦娘だ。見た目こそ中学生っぽいが実は鎮守府で一二を争う程の権力の持ち主…らしい
「司令官!一緒に朝食食べてもいいですか?」
「あぁもちろんだ。先に席を確保しておいてくれないか?吹雪の分の食事は運んでおくからさ。」
「了解です!」
そんなこんなで間宮から二人分の朝食を受け取ると同時に俺は吹雪の座っている席についた。
「司令官大分お疲れの様ですね…昨日はあまり眠れなかったのですか?」
この質問に正直に答えようとしたが、やめておいた。
(こんなに人が多い所で昨日の事がバレたら混乱を招くだけだ!何とかごまかそう!うん!)
「いやーわかるかー?実は昨日寝る前に濃いめのコーヒー飲んじゃっt…」
「嘘なんかつかなくてもわかりますよ。大本営でなんかあったんですよね?」
「あっいやっ…えーっと…」
(完璧な演技だったのになんでバレたんだー!?)
(司令官の嘘をつくと後頭部をかく癖ってまだ治らないんですね…)
吹雪はそう思いながらも何となく察してはいた。なぜなら昨日執務室に向かう提督を見ていたからだ。その時の司令官の目には光が無かった。吹雪はそう思い、話を聞く為にわざわざ提督と朝食の時間を合わせたのだ。
「ここで話せないような話なら後で執務室に行きますよ?」
「…そうしてくれ」
そして二人は無言で鯵の干物を平らげて執務室へ向かった。無駄に大きな重い扉を開けたら、そこには既に長門の姿があった。
閲覧してくれてありがとうございます!これからもこんな感じの小説をゆっくり不定期に上げていこうと思いますので、応援してくださると嬉しいです!それではまた次回お会いしましょう!
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