敵駆逐艦は沈んでいく浜風を見てにやりと口元を歪めていたが、接近して来る多数の雷跡を確認すると途端に焦り始めた。浜風に意識を向けすぎた敵駆逐艦に魚雷を避ける術はなかった。
『ズガアアアアアンン』
「………やった!」
大きな水柱が上がる。魚雷は敵艦隊のど真ん中に当たったように見えた。言葉にならない断末魔の雄叫びを上げながら、多数の駆逐艦が沈んでいく。その後ろにはゆらゆらと揺れる一つの影があった。
「嘘……」
そこにはほぼ無傷と言っていい程の敵軽巡の姿があった。恐らく駆逐艦が庇ったのだろう。そんな事を考える暇もなく、再び光が見えた。
「……!!次発装填…『バシャアアン』
すぐ近くに水柱が上がった。再び敵軽巡の主砲が唸る。
「……雪風ちゃん!危ない!」
雪風にはその一瞬がスローモーションに見えた。自分に向かってくる弾、横から物凄い速さで飛び込んでくる島風、何もかもがゆっくりに見えた。
『…ゴハァッ……』
ほんの数十センチ先で爆発する島風。その轟音と共にまた時間が元通りになる。
「島風ぢゃあ゙あ゙あ゙あ゙ん゙!!!」
雪風が声にならない叫びを上げる。
「……だい…じょう………ぶ……だよ……ゲボッ」
血を吐きながらも何とか答える島風。轟沈だけは免れたが、酷い損害だった。自力での航行はまず無理だろう。その時、消え入るかのようなノイズまみれの無線が入って来た。声の主は長良のようだ。
『……げ……は…く………』
「……!何ですか?長良さん?長良さん!?」
『に……げ…て………は…や………く………こ……まま………と………み…な……し………む……わ……し……じ………く……す…る……』
「なっ…何言ってるんですか!?よく聞こえませ『ギイイイイイイ!!!』
突然敵軽巡が暴れだす。激しく体を動かし、必死に何かを振りほどこうとする。敵軽巡の顔は真っ青になっており、かなり焦っている様子だった。その背中には瀕死だったはずの長良が全身を血に染めながらもしがみついていた。
『ゆ……ちゃ………い……き…て………』
長良はそう無線で伝えると、何かから開放されたような穏やかな笑顔を見せ、その笑顔と共に大爆発を起こした。しばらくして煙が落ち着いてくると、さっきまで長良がいた位置には何もなく、ただ水面がゆれているだけだった。
「雪風…ちゃん…私達……勝ったんだね………」
島風がぐったりとした状態で振り絞るかのように話しかける。
「……はい、勝ちまし…………!!」
雪風は海中からかすかに聞こえる音を聞き逃さなかった。潜水艦だ。じっと目を凝らして見てみると、海中から一本の白い線のような物がこちらに接近してきていた。魚雷である。その魚雷はまっすぐに、そして的確に島風の事を狙っていた。
「島風ちゃん!危ないです!」
雪風が全速力で島風の方へ駆けつける。
(…よし!このスピードなら何とか島風ちゃんを庇える…!!)
間一髪で雪風は向かってくる魚雷と島風の隙間に入り込んだ。目を力強く閉じ、歯を食いしばる。
『ドオオオオン』
(……………あれ?痛くない…?でも音が……???)
その瞬間、雪風は自分でもサーッと顔が青ざめていくのがわかった。雪風は震えながら恐る恐る後ろを振り返る。雪風はその光景を見て喉が潰れる程の声で悲鳴を上げた。
『あ…ああ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!』
流れ出した大粒の涙を拭う間もなく雪風は島風を抱きかかえた。島風はもう目を開ける事すら出来ないのか、ぐったりとしたままピクリとも動かなかった。潜水艦の放った魚雷は角度が深かったのか雪風の足元をすり抜けて瀕死の島風に命中してしまった。
「何で……何で何で何で何で何で!!!雪風の!!運が!!!よかったからですか!?…だから”雪風に”命中しなかったとでも言うんですか!?」
どんどんと重くなっていく島風。膝の辺りはもう既に海の中に沈みかけている。雪風はそんな島風を必死に助けようとしているが、その努力のかいも虚しく、腰の辺りまで沈んでしまう。
「嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!お゙ね゙がいだがらっ……」
雪風が泣きながら叫んでいたその時、かすかに島風の声が聞こえたような気がした。目を見開いて島風の口を見ると、わずかにだがまだ動いていた。
「島風ぢゃん゙!!!」
雪風は島風の口の前に耳を持ってきて、耳打ちのような姿勢になった。そして島風は掠れた声で雪風に伝えた。
『雪風…ちゃん………幸せに……生きて……ね……』
その一言を言い終わると、島風は雪風に向かって微笑みかけ、力が抜けたようにグダっとなった。雪風はその重みに耐え切れず、手を離してしまう。
「やだやだやだやだやだ!!!島風ぢゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん!!」
断末魔に近い声を上げながらバシャバシャと必死に水をかき分けて海中に手を伸ばすが、もう何もかも手遅れだった。それから島風はゆっくりと、暗い海の底へと消えていってしまった。その場に一人残された雪風の心の中はぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「……あは…あはははははははは!!!!もういい!!もういいです!!!本当の幸運何てありはしない!!!持ってたってどうせ何の役にも立たない!!!何が奇跡の駆逐艦ですか!!!こんな奇跡なんかいらないです!!!!」
一人呆然と空を見上げながら自分に言い聞かせるように喚く。
「そうですよね!?ねぇ!?ねぇ!?ねぇってばああああああ!!!!」
雪風が自分のお腹を何回も殴る。と、その瞬間に島風の言葉がフラッシュバックする。
『幸せに……生きて……ね……』
雪風はハッとしたように手を止める。そして力なく独り言を話し始めた。
「……幸せ?幸せって何ですか?どうしたらいいんですか?雪風にはもう幸せなんて分かりません……誰か………誰か教えて下さい………」
すすり泣きながら答えを求める雪風に、一つの案が思いついた。
(……そうだ!幸せがないなら作ればいいんです!いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい笑顔になればいいんです!そしたらそのうちきっと幸せになれるはずです!)
それからの毎日、無理やり笑顔を作っては、雑草などを大量に食べて誰も見ていない所で吐く。その繰り返しだった。たまに出撃して他の艦娘が沈んでも自分は何も感じない。笑顔でいなきゃ。幸せでいなきゃ。ほら、笑わなきゃ。頭の中はそれだけで一杯だった。前任がいなくなってもそれは変わらなかった。そんなある時、また誰かが鎮守府にやって来たらしい。
(食べ物があるみたい…笑顔にならなきゃ…幸せに…)
「…そんな事が……」
鳳翔は絶句していた。何せ今まで雪風がそんな風になっていたなんて思いもしなかったからだ。それは天龍と龍田も同じようだった。
「…なぁ雪風」
「……なんですか?」
「雪風が食堂に入って来る時さ…その……やっぱり怖かったりしたのか?」
雪風は黙って頷いた。その目は泣きすぎて赤くなっている。
(……やはり反抗してくる艦娘もいれば近寄ってきてくれる艦娘もいるのか…)
提督がそんな事を考えていると鳳翔が優しい口調で雪風に対して話しかけた。
「雪風ちゃん。今度はみんなでお粥を食べましょうね。その後にお掃除しましょう?」
「はい…」
「私もお掃除手伝います!」「俺も手伝うぜ!」「私も!」「私も手伝おうかしら〜」「当然、俺もな」
「皆さん…」
鳳翔が再び雪風の皿にお粥を盛る。雪風はお粥をスプーンで一口すくい、口元へと持っていく。
「…あったかい……です……とても……どでもっ…」
泣きじゃくりながら再びお粥を食べる雪風の顔はとても晴れやかだった。提督達はそんな雪風をずっと優しく見守っていた。
「ごちそうさまでした!」
一杯のお粥を食べ終わった雪風はにぱっとした笑顔でそう言った。その笑顔にはかつてのような違和感はなく、純粋な感情が浮かんでいた。
「さーてっと掃除を始めますか!悪いけど天龍と龍田と雪風はここに来なかった艦娘達にお粥を届けてくれないかな?俺達が行っても受け取ってもらえないだろうし」
「おう!任せとけって!二人共、行くぞ!」
三人はわいわいと話しながらお粥を届けに回った。提督達も少し時間はかかったものの、綺麗に雪風の吐瀉物の掃除を終わらせた。
「じゃあ私はまた工廠に戻りますね!」
「おう!頼んだぞ、明石」
明石は提督に敬礼をして工廠へと戻っていった。
「さて、俺達も執務室に戻るか…と、鳳翔さんはどうしますか?」
「そうですね…私はもう少しここに残って洗い物とかしなきゃいけないので…」
「そうですか!頑張ってくださいね!」
鳳翔を食堂に残し、長門と吹雪と提督は再び執務室へと戻った。
はい!13話目が終わりました!よかったら感想と評価の方もよろしくお願いします!暖かい言葉でもダメ出しでも全然大丈夫なんで気軽にお願いしますね!では次もまた14話目で会いましょー!
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