『そうやって…また逃げるんですか』
その言葉が北上の頭の中でぐるぐると駆け回っていた。
「別に…あたしは逃げてなんか…」
か細い声を漏らしながら部屋に飾ってある一枚の写真を手に取る。色あせてしまっているが折れ曲がったりなどは一切なく、とても大事にされている様だった。
「ごめんね…大井っち……あたしのせいで…」
胸に写真を当て、目を閉じる。一筋の涙が頬を伝う。やがてそれは小さな嗚咽へと変わっていった。
「バカだよねあたし…親友の一人も守れないくせにさ…」
北上が再び写真に向き直る。目に入ってくるのは楽しかった過去、茶色いロングヘアーの艦娘”大井”と海を背景に満面の笑みでピースをしている写真。北上と大井、二人の一番のお気に入りの写真であり、唯一残っている二人の写真でもあった。そんな写真に向かって北上はまた話しかける。
「わかってる…わかってるよ大井っち……ちゃんと受け入れなきゃいけないのに…でも……でもどうしても………」
そこから先は無言で、一つしか埋まらないボロボロのベッドの上で写真を眺めながらただただ時間だけが静かに過ぎ去っていった。
(食堂)
「鳳翔さん、ごちそうさまです!」
「はい提督、今日はありがとうございました」
「あれ提督?もう行っちゃうんですか?」
「あぁ、ちょっとな…」
提督は一足先にお粥を食べ終わり、部屋から出ていこうとした。
「あ、司令官、ちょっと待ってくれるかな」
その時、入り口付近の席に座っていた響に呼び止められた。
「悪いね、もう少しで食べ終わるから…」
残っていたお粥をすぐに流し込み、食器を返却してから提督に近寄った。
「響ちゃん、どうかしたの?」
「何、ちょっと鎮守府の案内をしてあげたくてね」
どうやら鎮守府の案内をしてくれるようだ。
「そっか…うん、この鎮守府の状態も把握しておきたいし…頼めるかな?」
「もちろんだよ…あ、それと間接的とはいえ司令官は私達の命の恩人だから変なマネはしないよ。だからそんなに険しい顔をしないでくれるかな」
話を聞きながら響の方をチラチラ見ていた吹雪と響の目が合う。数秒間目があった状態が続いたが、吹雪は力の抜けた様な表情になって、静かに頷いた。
(どうやら嘘は言っていないようですね…司令官が納得しているなら私が止める理由もありません)
「おっけーが出たみたいだし、行こうか」
それから提督は工廠の位置や入渠ドック、演習場などの施設を次々と案内された。工廠や入渠ドッグは明石のお陰でまぁまぁ綺麗な状態になっていた。その他の施設もお世辞にも綺麗とは言えないが、何よりダントツで艦娘寮が酷かった。
(艦娘寮)
案内された場所はギリギリ寮と呼べるかわからないくらいのボロボロの小さなアパートみたいな建物だった。駆逐艦寮に案内されたが、もはや寮というより刑務所の様な雰囲気だった。
「ここが私達の寮だよ。かつては戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐、それぞれで二部屋ずつ用意されていたけど今の私達の人数なら丁度いいかな」
「今の…?」
提督からの問い返しに響は若干声のトーンを下げて話す。
「…かつてはこの寮も艦娘で溢れていたんだ。前の司令官…いや、あいつは毎日狂ったように建造をしていたからね。この小さな寮はいつもパンク状態だったのさ。ほら、想像できるかい?こんな小さな部屋に何十人の艦娘が住んでいたんだ。住んでいた…?いや、その後に泣き叫びながら引きずられていったから実質待機場みたいな役割だったね」
「……………」
提督は黙って響の話を聞いていた。
「今でも思い出すよ…新しく入ってきては異様な雰囲気に怯える駆逐艦。助けてと嘆きながら戦艦や空母のみんなに引きずられながらどこかへ連れていかれていたな…その後戻って来る事はなかったけどね。何回目かわからない初めましてに精神がおかしくなりそうになったりした事もあったね」
「…………………………」
更に響の話は続く。
「暁も雷も電も…もう何人目か覚えていない。建造ドックから飛び出してきて『響!』って笑顔で手を振る姉妹の顔が絶望に染まっていくんだ。…立場が逆だったとしたら酷く心が痛むね」
帽子を深く被り、歯を食いしばりながら必死に涙を堪えながらも尚、話を止めない。
「…どちらにせよ、過ぎた話さ。今は暁と雷……電の三人がいてくれている。何度も失って…決して慣れたという訳ではないが今の三人を失ってもどこかで『またか』と思ってしまいそうな自分がいるんだ。それが怖い…怖いんだ……とても」
いつの間にか溢れだした涙を拭う事もなく真っ直ぐと提督を見つめる。
「司令官…私は……辛いんだ…だからいっそ……」
「おっと響、それ以上は駄目だ」
「でも…」
「でもじゃない」
いつになく低く、強い口調で話す提督。その声に響は若干怯む様子を見せた。
「さっき自分で言ってただろ。響がいなくなったら残されたあの子たちはどうなる。…少なくともいい反応はしないと思うぞ」
「司令官…」
「無論辛かった過去をさっぱり忘れろなんて言わない。不可能だからだ。それはあの子達も同じだろうな。響の事をさっぱり忘れる事は出来ないだろう」
「……………」
「だけど心配するな。あの子達も、そして響も、この鎮守府のみんなも大切な仲間だ。簡単に失ったりはしない。いや、させないから」
提督はきっぱりと断言した。その目には決意と信念の思いがはっきりと表れていた。その目を見た響は俯いたかと思うと提督の背中にゆっくりと回って抱きしめてきた。
……ぽすっ…
「…ごめん司令官…もう少し…このままでいいかな」
「……響が満足するまでいいぞ」
「…うん」
響の乾いた涙は月の光に照らされて輝いていた。その表情はどこか安心したような、何かから開放されたような穏やかな顔をしていた。
(司令官の背中…大きくて温かいな…)
「なぁ響ちゃん、一つだけ聞いてもいいかな?」
「なんだい?」
響がそのままの姿勢で話す。
「何で響ちゃんは前提督の時の戦艦や空母に連れて行かれなかったんだ?」
「……さぁね、運がよかったんじゃないかな」
一瞬の間のあと、軽く流されてしまった。この後会話する事なく同じ時間が続いていた。しばらくこの時間が続いた後、寮の入り口の方から足音が聞こえた。
「おっと…戻ってきたようだね」
響はぱっと手を離し、帽子を整える。
「もういいのか?」
「流石にあんな姿を見られる訳にはいかないからね…それにもう充分さ」
「…そうか」
「司令官、今日はありがとう」
その言葉と共に響はにへらっと屈託のない笑顔を提督に向ける。
「いーや、元気になってくれたようで何よりだよ」
「またお願いしてもいいかな」
「…程々にな?」
そんな会話をしていると元気よく雷と暁が入ってきた。
「響!戻ったわ!って司令官も!」
「あ、ごめんね!勝手にお邪魔しちゃって」
「全然大丈夫よ!むしろ歓迎するわ!」
「ははっありがと…しかし改めて見ると……」
響との会話に夢中になっていたのであまり気にしていなかったが、いざ部屋を見てみると本当に殺風景である。…殺風景どころか生活必需品すらない。
「…ねぇ雷ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?」
「いいのよ!何でも聞いてちょうだい!」
どんとこい!と言わんばかりに胸を張る雷。
「えっと…寝具とかは?」
「そんな高価な物使えないわ!床があるじゃない!」
「床って…このコンクリの上でかい?」
「そうよ!夏はちょっと暑いけど…冬はみんなで固まって寝るから寒くはないのよ!」
まるで当然かのように話してくる。どうやらこの環境に慣れてしまっているらしい。文句を言わない辺り、雷にとっての”当たり前”として定着しているのだろう。
「そっか…ありがとね。じゃあ俺はもう行くから」
そう言い残し、艦娘寮から去る提督。その時寮の二階、軽巡洋艦寮からその背中を睨む視線があった事を提督は知らない。
はい!19話目が終わりました!モチベ上がるんで感想と評価の方もよろしくお願いしますー!次は記念すべき?20話目ですー!ではまた次回で会いましょう!
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