「……眠れん」
提督は執務室から出た後、前提督の私室とされていた部屋で睡眠を取ろうとしていたのだが…
「こんな趣味悪い家具一体何処で売ってるんだ全く…」
いかにも高そうなきらびやかに装飾された天井を眺めながら一人そう呟いた。再び目を閉じて眠りを誘うが、一向に寝付ける気配がない。
「……あーくそっ!だめだ落ち着かん!」
寝袋からガバッと起き上がり、頭をかきむしる。
「しっかしここも荒れてるなぁ…」
入って来た時は部屋の見た目のインパクトが強烈だったので気にならなかったが、目を凝らして見てみると、執務室同様前提督の私室は至る所が荒れていた。
「……まぁ明日辺り明石にでも相談するか。教えてくれた響には悪いがこの部屋はどうも好きになれん。……にしても…」
ふと部屋の窓の外の景色が目に入った。前にいた鎮守府よりも田舎だからか、星がより一層綺麗に見えた。
「綺麗な空だな…お、今夜は満月か」
まんまると強く輝く月に提督はまるで心が吸い込まれるかのように見入ってしまった。しばらくの時間が過ぎたような気がした後、ゆっくりと立ちあがって寝間着を脱ぎはじめた。
「うーん…ちょっとその辺を散歩でもして気分を変えるしかないか…」
そう独り言を呟いた後、いつもの軍服に着替えて外に出た。
「おぉ…これはすごい…」
そこには窓で見たよりもずっと綺麗な夜空が広がっていた。真っ暗な闇の中、まるで宝石かの様にキラキラと星が散りばめられていた。月明かりが無かったらきっと足元すら見えないのだろう。そんな事を考えながら海沿いの道をゆっくりと歩いていった。
「む、これ以上は進めないのか…仕方が無い、引き返そう」
空を眺めながら夢中になって歩いているといつの間にか舗装のされていない道に出てしまっていた。自然が多く、月明かりが差し込まないせいかとても不気味に見える。
(……何か出そうだな…なーんて、そんな訳ないよな)
子供じゃあるまいし、と一人で乾いた笑いをした。
「さーて、いい気分転換になったし…戻るか」
ぐいーっと深く伸びをした後、深呼吸をして来た道を引き返した。行きとはまた違う星空を見上げながら歩くスピードを上げていく。実は少し怖くなった事は内緒である。
しばらくの間テンポよく早歩きをしていたその時、提督は少し先にある堤防の上にぼんやりだが人が立っているのが見えた。
(……!!で、出たあああああああ!?!?)
心臓が激しく波うっているのが分かる。しかし○○鎮守府に戻る為にはその道を通らなければならない。提督は恐る恐る気配を消しながら道を歩いていった。
『北上さん……きて………』
「もー大井っちー。そんなに急かさないでよー。すぐにそっちに行くからさー」
大井っちが呼んでいる。こっちだ。
『きて…北上さん…』
「何回も言わなくてもわかるってー。こっちでしょー?」
北上は大井の声の聞こえる方向だけを頼りにふらふらと足を動かしていた。こっちで大井っちが呼んでる。ただそんな気がする訳ではない。はっきりと声が聞こえるのだ。
(ここは…潮風が当たる…波の音…僅かな虫の声…外……あたしは今外にいる……あれ?大井っち?何処にいるの?声を…声を聞かせてよ…ねぇ……ねぇってば…)
ふとつぅーと右頬に温かい感触を感じた。北上は薄々気がついていたのだ。大好きだった大井はもうこの世界に存在していない事、そんな大井が消えたという現実を受け入れられずに逃げている自分がいる事。この大井の声も単なる幻聴だという事も全て。だがどうしようもない。例え受け入れたとしてその重い現実は自身の心を押し潰してしまうだろう。かといって逃げれば酷い自己嫌悪に陥ってしまう。
「ねぇ大井っち…あたしは一体どうしたら……」
今度は右頬だけでなく左頬にも温かい感触が伝った。その時北上は大井の言葉をふと思い出す。
「きて………来て……なぁんだ…そういう意味かー」
そして自分が大井になぜこの場所に呼ばれたかも分かった。固いコンクリートの感触、潮風の心地よい美しい満月の夜。そして何よりここはあの一番お気に入りの写真を撮った思い出の場所。これ以上の条件は無かった。北上の中で重い鎖が外れたような気がした。
「あははっ!待たせてごめんね!大井っち!」
北上はそう叫ぶと爽やかな笑顔をして力なく堤防から身を投げた。落下した時に頬から流れていた涙は月明かりを受けてキラキラと輝いていた。
「………落ちた!?」
提督は目の前の人が落下したのを見るなり一目散に走り出した。考えるより先に体が動いていた。人が困っていたり危険な目に会っていたら助けろという昔からのおばあちゃんの教えを提督は走りながら頭の隅で思い出していた。
「ハァ…ハァ……どこだ!?どこに落ちた!?」
落下したと思われる場所から海を見下ろして人影が無いかを確認する。落ちてからそこまで時間は経っていないのでまだ間に合うはずだとキョロキョロと海上を見渡す。しかしいくら月明かりがあるとはいえこの時間帯だと流石に見つけるのに苦労してしまう。
「えーっと…えーっと……あ!あそこか!」
しばらく見渡していると視線の先にはゆらゆらと浮いている人影を見つけた。提督はその人影に向かって軍服の上だけを脱ぎ捨てて海へと飛び込んだ。泳ぎにはそこそこの自信があったので、すんなりと人影の場所まで辿り着く事が出来た。
「おい!大丈夫か!!って君は……いや、それよりも…」
提督はぐったりとしている北上を運んで堤防沿いを泳いで行き、何とか陸に上がれそうな階段を見つけた。
「よし!ここからなら…!」
水を吸って重くなった軍服と相変わらずぐったりとしている北上を背負い、一段一段階段を登っていった。
「息は無し…心臓は……駄目か」
助けるのが少し遅かったのか、北上は心肺停止の状態に陥っていた。
「いや、諦めるかよ!確か軍学校時代に…」
提督は軍学校時代に習った事を思い出し、手際よく北上の気道を確保して心肺蘇生法を行った。
(頼む…頑張ってくれ北上……)
無心で人工呼吸と心臓マッサージのループを何度も繰り返した。提督の頬からは汗が滴っていたが、そんな事も気にならないくらい集中していた。
『……ゲボッ…ゲホゲホッ…ゲホッ』
「!!」
何回目かわからないくらいの心臓マッサージの時、北上は突然むせこんで海水を吐き出した。
「おい北上!!大丈夫か!!っと確か頭を横に向けるんだったな」
提督が北上に問いかけるが、北上はぐったりとして動かない。が、頭を横に向けた時、腕にかすかにだが感触を感じた。もしやと思い北上の口に手をかざすとわずかではあるが風の当たっているのを感じた。
(……よかった…ひとまず呼吸は戻ったか…)
スースーと呼吸をしている事を確認した提督は脱ぎ捨ててあった軍服の上を優しく北上のにかけた。
「俺よりも明石に診てもらった方がいいよな…」
そうぼそっと呟くと、提督はよいしょと北上を背負い、鎮守府へと歩き出した。
「お、重い…明日は筋肉痛確定だな…」
提督は足を震わせながら一歩ずつ確実に鎮守府へと向かおうとしていたその時だった。
「う…うぅ…ここは…?」
「よかった!目を覚したか!」
北上の意識が戻った。ひとまずは安心…そう思っていたのもつかの間、北上が低い声で提督に話しかける。
「……下ろして」
「は、はぁ?もう少しで死んじゃうかもしれなかったんだぞ?無理なんかしなくていいから…」
「下ろしてって言ってるでしょ」
先程よりも更に低く、まるで提督を威圧するかの様に吐き捨てた。その言葉を聞いた提督は戸惑いながらもゆっくりと北上を地面へと下ろした。下ろされた北上はおぼつかない足取りで立っているのがやっとという状態だった。しかし目だけは鋭く提督を睨みつけていた。
「…どうした?」
心配する提督に対して北上は予想外の言葉を放った。
「……助けてなんて頼んだ覚えないんだけど」
はいという事で23話目が終わりました!最初の頃とかの細かい設定等忘れているかもしれないのでん?感じたら遠慮なく指摘してください!感想と評価の方も良かったらよろしくお願いしますー!ではまた次回でお会いしましょー!
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